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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.06.19
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2008.05.13
中編

三話目。今回はアッシュを巻き込みます。
アッシュ捏造気味です。厳しめからアッシュ除外。
厳しいのは同行者+α。
最初だけ被験者イオン視点。
ナタリアに厳しめです。アシュナタ好きさんは注意で。





ベッドの上でゆっくりと目を開け、イオンは息を吐いた。両手を伸ばし、顔の前に掲げる。
小刻みに震える両手。止めようと思っても、カタカタ震えて止まらない。

「…ふ」

唇を歪め、イオンは哂う。命の期限はまだある。預言が定めた忌々しい死の日まで、きっと僕は生きるだろう。
けれど、この身体はいつまで持ってくれるのか。歩くことはおろか、ベッドから抜け出すこともままならない日は、近い。
ぎり、と唇を噛み締め、ベッドの脇の小さな文机の上に置いた小瓶を手に取る。フタを開け、手のひらにディストが調合した錠剤を乗せようとしたが、それはざらざらと震える手のひらから零れ落ちた。
真っ白なベッドに散らばる、白と水色の錠剤。

「時間が、ない」

早くしなければ。
落ちた錠剤をわしづかみ、イオンは口に押し込めた。







アッシュはヴァンによってダアトに連れて来られてからというもの、剣の修行をするときは、なるべく真剣を振るうようにしていた。やはり木刀と真剣では、物質的な重みも、精神的な重みも異なるからだ。
その日も、誰も来ないような教会の裏庭で、アッシュは黙々と剣を振るっていた。素振りはもちろん、頭に思い描く仮想の相手との打ち合いもこなす。
一息吐き、額に浮いた汗を袖で拭ったところで、ぱちぱちと拍手の音が響き、眉を跳ね上げた。一心不乱に稽古に打ち込んでいたとはいえ、自分が人の気配にまったく気づかなかったとは。
どこの手練だと、振り返り──アッシュは目を瞠り、跪いた。

「なかなかの腕前ですね。アッシュ、と言いましたか。ヴァンが連れて来たんでしたよね」
「…はい」

何故、こんなところに導師が。しかも、気配を消して。
己よりも若い導師の気配を悟れなかったことの悔しさを押し隠し、アッシュは頭を下げ続ける。出自がどうであろうと、今は神託の騎士団に属する身。騎士団にとって、導師は守るべき主である。
主に忠義と敬意を示すのは、当たり前のこと。かつて白光騎士に仕えられていた己の姿を、アッシュは想起する。

「こんなところで一人で稽古していたとはね。アリエッタに聞かなければわかりませんでしたよ」
「はぁ…」
「いつも一人で稽古を?」
「合同練習以外は。己の腕を磨きたいものですから」
「なるほど」

顔を上げる許可を得られないアッシュには、イオンの顔は見えない。声音で判断するしかない。くすくすと笑みが混じっているところを見るに、機嫌はいいのだろう。
何故かまではわからないが。

「ふふ、僕としては助かりましたけどね。ヴァンや、ヴァンの取り巻きからも離れた場所にいてくれて。おかげでどうやって呼び出そうか、考える手間が省けましたよ。あなたを呼びつけたことが知られれば、ヴァンに何を言われることかわかったものじゃありませんから」

笑い声に、苛立ちが混じるのをアッシュは聞いた。ヴァンは導師も協力者だと言っていなかったか。
どうも二人の間には意見の相違があるようだ。どうしたものかと、アッシュは惑う。
かさり、とわざとらしく草を踏み、イオンがすぐ側へと寄ってきた。伏せた目に、靴のつま先が映りこむ。

「あなたとね、話したかったんです」
「何故、でしょうか」
「だって、いくら僕が導師でも、キムラスカ王族と話す機会はそうそう得られるものではありませんから」

バッとアッシュは顔を上げた。驚愕に彩られる顔を。
目を細め、楽しげに哂う導師の顔がそこにあった。幼い顔に浮かぶ狡猾な笑みに、悪寒が走る。

「気づかないとでも思いましたか?そんな紅い髪に翡翠の目をしておいて。せめて髪くらい隠したらどうです。ヴァンも気が効かないというか阿呆というか」
「……」

顔の両脇に垂れ下がる髪を、ぐしゃりと握る。紅い髪、翡翠の目。どちらも純粋なキムラスカ王族の特徴だ。導師の言うとおり、染めるべき色。それに今まで気づかなかった自分の不甲斐なさに舌を打つ。

「よく今まで誰にも聞かれなかったものですよね。まったく神託の盾騎士団の質も下がったものだ。キムラスカ王家の特徴も知らぬ者ばかりとはね」

忌々しげに顔を歪めるイオンに、アッシュは戸惑う。温厚と評判ではなかったか、この導師は。優しい、穏やかな人柄だと、褒め称えていた同僚たちを思い出す。
この少年は、何匹も猫を被って、導師としての役目を果たしているのだと、初めて気づく。ああ、今日は驚かされることばかりだ。

「あなたはまだ任務についているわけではないですし、ヴァンも秘蔵っ子として、神託の盾騎士団本部からあまり外に出させたがらないから、今はいいですけど、そのうち、ちゃんと任務について外に出るようになれば、バレますよ。…ルーク殿」
「ヴァンから、聞いた…のですか」

驚きの連続で敬語がおろそかになり、幾分、たどたどしい口調で問えば、にこ、とイオンが笑みを浮かべ、首を振った。自分のよりも色濃い緑が、冷徹な眼差しを宿す。

「公爵子息、それも、第三王位継承者を攫って、レプリカと入れ替えるなんて計画知っていたら、事前に止めてましたよ。杜撰にもほどがある」
「……」

今、ファブレの屋敷にいるのがレプリカであるということも知っているのかと、アッシュはため息を吐く。ヴァンもモースも相手が子どもだからとどこかで侮っているところがあるが、この導師の方が一枚上手だ。
唇に弧を描くイオンに、アッシュは圧倒されていた。

「…それで、俺に何の用、です」
「まずはお礼を言わせてください」
「は?礼?」

唐突に切り替わった話と口調に、呆気に取られて、イオンを仰ぐ。にこにこ微笑む導師の顔には、先ほどまでの険は見当たらない。
嬉しそうな笑みは年相応に見え、アッシュは毒気を抜かれ、呆けた。

「アリエッタに優しくしてくれたことに対して、ですよ」
「優しくって…」
「アリエッタは僕のお気に入りで、特殊な出自にありますから、何かと謂れのない差別を受けることが多くて。先日も食堂でお茶を飲んでいたら、獣くさいと陰口を叩かれたそうですね」
「ああ…」
「アリエッタは良くも悪くも素直ですから、僕にその日あったことを全部話してくれるんです。まあ、僕がそう望むからなんですが」

優しげな微笑に何か黒いものが滲んで見えるのは気のせいだろうか。アリエッタを苛めた者たちが、イオンによってどう思われているか考えるだけで恐ろしい。逆らってはいけないと、アッシュの本能が騒ぐ。きっと彼らの査定はマイナスで一杯に違いない。

「いつもなら、無視して流すそうなんですが、その日は違ったと嬉しそうに笑ってましたよ、アリエッタ。あなたが向かいの席に腰掛けて、食事を取り始めたと。陰口のことなど気にせず、たくさん空いている席の中で、自分の前を選んでくれたこと、そして、プリンをくれたことが嬉しかったと言っていました」
「……俺は、ただ気に入らなかっただけです」

こそこそと陰口を叩くしか能のない連中が。昔から、そういった連中がアッシュは嫌いだった。噂話で己の不遇を慰める情けない貴族も、超振動の力を持つ自分のことを化け物と陰口を叩く科学者たちも、大嫌いだった。

「プリンだって、甘いものが苦手だから…」
「理由なんていいんです。あなたの行為に、アリエッタが喜んだことが重要なんですから」

アリエッタ。その名を口にするときのイオンの声音がひどく優しいものであることに、アッシュは知らず微笑む。本当に愛しく思っているのだ、彼女のことを。アッシュの脳裏に、金髪の婚約者の姿が過ぎる。今の彼女はどんなふうに成長したのだろう。きっと美しいはずだ。あのころから、愛らしい容姿をしていたから。──アッシュは知らない。ナタリアが約束ばかりを求め、ルークに以前のルークばかりを押し付け、今のルークを否定していることを。
恋に夢を見、その恋に合う形にルークを押し込めようとしているなんて考えもしていない。『記憶喪失となったルーク』と、新しい関係を築こうと優しい努力をしているに違いないと疑っていなかった。

「そういうあなただから、賭けをしてみようかと思ったんです」
「賭け?」

話の展開が読めず、アッシュは訝しげに眉を寄せる。イオンは唇に人差し指を当て、内緒話をするように頷いた。

「僕はあなたのレプリカに会いました。内緒ですよ?」
「!…レプリカ、に」
「ええ。とても活発で素直な子でしたよ。でも、寂しそうな目をしていた」
「……」

眉間に皺が寄るのがわかったが、どうしようもない。レプリカのことを聞かされるとき、アッシュはいつでも同じ反応をした。嫌悪、憎悪。それを示さずにはいられない。
自分の居場所を奪い、名を奪った憎きレプリカ、と。ヴァンに囁かれ、刷り込まれた憎悪は、アッシュの心に染み付き、消えない。
イオンがそんなアッシュを哀れむように、目を細めた。

「可哀相な子ですよね、彼は」
「何を…!」
「だって、そうじゃありませんか?彼はあなたが背負うはずの預言をすべて押し付けられているんですよ?そのために、外の世界を知ることも出来ず、箱庭という名の檻で飼い殺しにされている」
「……ッ、あんたに何がわかる…!」
「ええ、そうですよ、アッシュ。僕にはあなたの憎悪なんてわからない。僕はあなたじゃないですから。…でも、あなたにだってわからないでしょ?僕の絶望が」
「…何」

戸惑いに、翠の目が揺れる。絶望。年若い少年が口にする言葉ではない。
意味を探るように、イオンの目を覗く。深い闇が、そこにあった。ぞくりとアッシュの身体が震える。呑み込まれそうなほどの昏い緑。

「僕は預言に死を詠まれています。その日まで、あと一年もない」
「な…」
「腹立たしいと思いませんか?人のことを勝手に導師にしておいて、十二年で死ねだなんて。ほら、見てくださいよ、僕の手を。震えが止まらないでしょう?病のせいです。アリエッタの前でどれほど僕が平然を装うことに苦労しているかわかりますか、アッシュ。ねぇ、わからないでしょう。僕がどれほど…ッ」

言葉が不意に途切れ、声を荒げていたイオンが口に手を当てた。何事かと動くことも出来ないでいるアッシュの眼前で、イオンの身体が跳ね、口から血を溢れ出させた。ごぼりとイオンの喉が不快な音を立てる。

「…!」

アッシュは瞠目し、前屈みに倒れこむイオンの身体を支えた。稽古服にイオンが吐き出した血が染みる。イオンを抱きかかえ、膝を立て、抱くように、横にならせる。

「大丈夫か!」
「は…、すいま、せん。服を…汚してしまいましたね」
「んなこたぁどうでもいい!」

言葉遣いを気にする余裕もない。身体の弱いシュザンヌが倒れるさまは、何度も見てきたアッシュだが、血を吐くほどに身体が限界に近づいている病人を見るのは初めてだった。末期の癌患者が収容されている病院へと慰問に訪れたことはある。そのときでも、病院側は穏やかな患者たちしか、アッシュには見せなかった。
アッシュは袖でイオンの赤く濡れた口を拭った。イオンが苦笑を零す。

「ちょっと汗くさいんですが、アッシュ」
「贅沢言うな。仕方ないだろ。ハンカチなんざ、稽古に持ってきてねぇんだよ」
「ふふ」

血の気が引いた蒼ざめた顔で、イオンが笑う。どうしたらいい。医務室に運ぶべきか。いや、医務室はまずい。おそらく、導師は己の病状が人に知られることを恐れている。正確には、アリエッタに知られることを、だろうが。
知られても構わないならば、とっくにベッドの上で安静にしているはず。アッシュは思考を巡らせる。

「…アッシュ、僕のポケットに、薬が」
「ちょっと待て。…これか?」

イオンのポケットを探り、手のひらに収まるほどの小瓶を取り出す。こくりと微かに頷いたイオンに頷き返し、アッシュは器用に片手でキャップを回し、外した。差し出されたイオンの手のひらに、薬を出す。
白と水色。二粒の錠剤を震える手で口に運び、イオンがそれを飲み込み、息を吐いた。

「水もあるが」
「お願い、できますか」

イオンを手近な壁にもたらせ、持ってきていた水筒を掴み、アッシュはフタに水を注ぐと、イオンの口元に運んでやった。唇に入っていくよう、そっと傾ける。

「部屋に運べばいいか?」
「その前に、もう少し話を。賭けのこと、言ってないでしょう?」

後にしろ、と言いかけて、口を噤む。イオンは、自分が死ぬまで、あと一年もないと言った。具体的な日数はわからない。だが、時間がないのは、確かだ。だからこそ、ぼろぼろの身体に鞭を打つような真似をしているのに違いない。
アッシュはイオンの手を握った。小さな手。細い指。自分に気配を悟らせないほど腕が立つけれど、それでも、この手にはもう、ろくな力も入らないのだ。骨と皮となり、痩せさらばえていくのだろう。
ぎり、と唇を噛み締め、イオンを見据える。目を逸らしてはならない。一言一句、聞き落としては、ならない。
イオンが微かに笑んだ。

「僕もね、レプリカを作ったんです。まだ調整中ではあるようですが」
「まさか、レプリカ情報を抜いたせいで…」
「いいえ、それにたいした意味はありませんよ。どうせ僕の身体は既にボロボロでしたから」
「何故、レプリカなど…」
「必要だったからです。僕には」

緑の目がきらりと光る。何のためにレプリカを必要としたのか。アリエッタのためか。アッシュは首を傾ぐ。
イオンが一度深く息を吐き、血が残る唇を舐めた。

「預言には僕の死とともに、導師の不在が詠まれています。でも、レプリカが僕の代わりに『導師イオン』となれば、その預言は回避される。…わかっています、世界全体から見れば、それが些細なことでしかないことくらい。それでも、綻びは綻びです。どれほど小さな儚いものであっても」

けほっ、と咳き込むイオンに、新たにフタに水を注ぎ、手渡す。軽く頭を下げ、イオンはそれを口に含み、口を漱いだ。吐き出された水が、薄っすらと赤い。鉄錆の匂いが、アッシュの鼻を突く。

「…それで賭けというのは」
「作られる僕のレプリカは一体ではないはずです。一回で成功するようなものではないでしょうからね。成功体以外のレプリカは…殺されてしまうかもしれません」
「……」
「それを救ってあげてくれませんか?僕から生み出された者たちです。人間の都合で勝手に生み出しておいて、勝手に殺してしまうのは忍びない。まして…僕はあなたのレプリカと話し、レプリカにも意思があることを知ってしまいましたね。そして、アッシュ。救ったレプリカと接してください。レプリカがどういうものか、あなたは知る必要がある」
「なんだと」
「そして、ここからが賭けです。レプリカを知り、それでもレプリカルークを憎む気持ちが消えなかったら、あなたの勝ち。もし、そうでなければ、僕の勝ち」
「俺に何をさせたいんだ」

顎にこびり付いた血を指で擦りながら、イオンがス、と目を細めた。剣呑な光が過ぎる緑に、アッシュは息を呑む。

「あなたの手で『聖なる焔の光』の哀れな生贄を救ってください、アッシュ。もちろん、あなた自身も忘れず救ってくださいね。『鉱山の街』であなたが死んだら、意味がない」

相変わらず手は震えているのに、イオンの目は鋭かった。強固な意志が煌く目に、惹きつけられる。イオンの命が果敢ないことが、アッシュには惜しまれて止まなかった。

「あなただって、世界に滅んでは欲しくないでしょう?」
「どういう意味だ…?」

ふ、と片頬に笑みを刻むイオンに、乗せられているのはわかっていたが、聞かずにはいられない。世界の滅び。それと自分がどう関係あるのか。秘預言の存在が、頭を過ぎる。
まさか、と首を振りながらも、アッシュは否定しきれなかった。

(ヴァンは俺に何かを隠している)
もしかしたら、それが、イオンが話そうとしていることなのかもしれない。秘預言。はた迷惑な女が遺した、呪われた贈り物。アッシュはこくりと唾を飲み込んだ。

「あなたに僕の知るすべてを教えてあげますよ、『聖なる焔の光』」

賭けなどあってないようなものだと、勝ち誇った笑みを浮かべるイオンを見ているうちにため息が漏れたが、もう遅い。後戻りは許されない。後戻りなど出来ない。
己に残されたすべてを使って、愛しい少女一人のために、為すべきことを為そうとしている少年を、アッシュに見捨てることなど、出来るわけもないのだから。



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