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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2024.05.03
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2009.01.31
クリスマス企画再録

12月、web拍手でアップしていたクリスマス企画のssを一つにまとめてアップしました。
アンバランスに天使を愛して」の設定を使ってます。
灰が愛する天使たち」のその後の話なので、そちらを先に読まれたほうがわかりやすいかと。
特に子どもたちの名前が。

厳しめ要素は特にはありませんが、若干、キムラスカに厳しめ。
基本的にはほのぼのです。





クリスマス二週間前

クリスマスか、とアッシュは呟いた。
依頼で訪れた街の至るところにクリスマスの飾りが見て取れる。
街の真ん中では大きなもみの木も置かれ、オーナメントが煌びやかに緑の木を飾っている。
よく見れば光を放つ譜業も飾られ、夜になれば明かりが灯されるのだと知れた。

「…あいつらへのプレゼントは、どうするかな」

貴重な書類を届けて欲しい、という依頼を、向けられた刺客をものともせずにあっさりとこなし、あとは家へと帰るだけの身となったアッシュは、目に付いた店先を覗き込んだ。
スプレーで雪の結晶が描かれた窓の向こうに、ところ狭しとおもちゃが飾られた店内が見える。
自分と同じようにプレゼントに悩んでいるらしい父親や母親の姿もあった。
苦笑を零し、アッシュもまた店の扉を開けた。

「…ううむ」

子どもたちの好みは熟知しているつもりだし、十分すぎるほどの資金もあるが、いざ選ぶとなると難しいものだな、とさまざまなおもちゃを前にアッシュは唸る。
先日、サンタクロースに何を頼みたいかと、子どもたちに訊ねたことを思い出す。
子どもたちは揃って、内緒、と返してきた。
はぁ、と思わず、ため息が漏れる。
去年はあっさりと聞き出せたというのに。

(まあ、去年はルーシェとカノだけだったからなぁ)
だが、今年は二人だけではない。
初めてクリスマスを迎えるウインたちもいる。
きっとウインたちは喜ぶだろう。

(カノも…喜んでいたな)
カノ──ルークをルーシェと暮らす家へと連れて来てから、初めて、三人でクリスマスを迎えたとき。
あまり興奮することがないカノの頬もルーシェに負けずに紅潮し、二人揃って、嬉しそうに笑い転げていた。
こんなに楽しいクリスマスは初めてだ、と本当に幸せそうに、カノは顔を綻ばせていた。
そんなカノを見て、アッシュが思い出したのは、己の過去。
ルーク・フォン・ファブレであった、自分の過去。

ファブレでのクリスマス。それは、城で行われるパーティに出席することを意味している。
煌びやかではあるが、その裏では、権謀渦巻く駆け引きが行われ、子ども心にくだらない、と思った覚えがある。
決して子どもが楽しめるものではなかった。
贈り物は、たくさんあった。公爵の機嫌を伺う貴族たちからの下心に塗れたものがほとんどだったが。
シュザンヌやクリムゾン、ナタリアからのプレゼントもあった。
彼らからのプレゼントは、嬉しかった。けれど、寂しくもあった。

絵本の中のクリスマスイブ。サンタクロースがプレゼントを持って訪れる夜。
クリスマスの朝、枕元にこっそり置いた靴下の中に、プレゼントが入れられていないものかと期待しながら、目を覚ました、幼い日。
けれど、靴下は、空っぽのまま。ぺたんこのまま、ベッドのポールにぶら下がっていた。
部屋の片隅には、シュザンヌたちからの贈り物が山と積まれていたけれど、それだけだ。
サンタクロースは自分のもとには訪れなかった。

幼いころ、空っぽの靴下に、自分はいい子ではないのだな、と哀しく思ったことを思い出し、アッシュは苦く笑う。
本当は父や母がサンタクロースの代わりとなって、プレゼントを眠る子どもの枕元に置いているのだと知ったのは、神託の盾騎士団に連れて行かれてからのことだ。
あのときは、サンタクロースが存在しないのだ、ということよりも、父母がサンタクロースになってくれなかったのだと知ったことの方が、ショックだった。

(カノは、目をキラキラさせていたな)
初めて、サンタクロースに何を頼む、と聞いたとき、カノは顔を曇らせていた。
まるで自分のところにはサンタクロースは訪れないのだと言うかのように。
だが、朝、枕元の靴下に、カノが欲しがっていた本が入っているのを見つけたとき、カノの顔に広がったのは、輝かんばかりの笑みだった。
カノの喜びがどれほどのものか、アッシュが一番、知っている。

子どもたちの笑う顔が見たい、とアッシュはおもちゃを見渡す。
クリスマスの寒い朝、目を覚まし、枕元の靴下を見たあの子たちの顔が笑顔に輝くさまを思い描く。
それが、見たい。
それこそが自分にとって最高のクリスマスプレゼントになるだろう。
欲しながらも、自分には与えられなかったものすべてを、あの子たちに与えたい。

「ああ、そうだ。隠し場所も考えないとな」

ルーシェとカノ、二人のときはまだクローゼットの奥にしまっておけたが、五人分となるとクローゼットには収まるまい。
家の中で隠しておけそうな場所を考える。
屋根裏あたりが妥当だろうか。
問題は、いかにして五人に気づかれることなく、プレゼントを家へと持ち込むかだ。

(音素に分解して持ち込むか…)
いっそ音素に分解したままの方が気づかれないだろうが、あまり長く音素に分解したままだと、今度は構築に時間が掛かる。
屋根裏だな、とアッシュは頷き、一番の問題──子どもたちが欲しいと思うプレゼント選びに意識を戻した。
たくさんのおもちゃがひしめき合う棚に、アッシュは周囲の同じ悩みを抱えた男女とともに、ため息を零した。






クリスマス一週間前

「いってらっしゃい!」

全員、並んで揃って、仕事へとアッシュを送り出す。
アッシュは「戸締りはきちんとな」と言い残し、仕事へと出掛けていった。
パタン。扉が閉じ、アッシュのあるかなきかの足音が遠ざかっていく。

「さて!」

ルーシェの掛け声で、扉へと向いていた全員の視線が、ルーシェに向かった。
こくりと子どもたちは頷き合い、それぞれ、ポケットに入れておいた色違いの揃いの財布を取り出し、絨毯の上へと円を描いて腰を下ろす。
円の真ん中へと、全員の財布の中身がバラバラと吐き出された。

「けっこう溜まってきたなー」
「貯金箱に入ってる分もあるからね。十分なんじゃない?」
「ですけど、ちゃんと、買い物リストは作りましょう。無駄なものを買う余裕はないですから」

ウインの提案に、四人がこくりと頷く。
それじゃ、とシンクがメモ帳と鉛筆を取り出し、構えた。
四人の中で一番、字が綺麗なのはシンクなので、こういったリストを作るのは、主にシンクの仕事なのである。

「まずは、何を作るか決めないとな」
「あんまり難しいものだと、失敗しちゃうよ、きっと」

フローリアンがカノへと、不安そうな目を向ける。
ああ、そうだな、とカノがフローリアンに真剣な顔で頷いた。
ルーシェが「じゃあさ!」と手を上げた。

「なぁに、ルーシェ」
「カレーは、カレー。あれなら、父さんと作ったことあるし、レシピもあるし」
「僕、カレー大好き!…でも、普通のカレーだと、特別って感じがしなくない?」
「それは言えてるな…」

うーん、と五人は腕を組み、唸る。
特別なカレー。どんなものがいいのだろう。
少なくとも、チキンは欠かせないな、とカノが呟けば、確かにね、とシンクがメモに鶏肉、と書きとめた。
他にも、カレーに必要と思われる食材をサラサラと記していく。
ジャガイモやタマネギの他にニンジンの文字も足され、ルーシェとカノが呻いた
が、シンクは聞かなかったことにした。

「父さん、チキン、好きだからね」
「じゃあ、チキンカレーってことでいいとして…でも、特別ってどうすりゃいいんだ?」
「問題はそこですよね…」
「…オムライス」

ぽつ、と呟いたカノに、四人の目が集まる。
自分へと注がれる視線に若干、たじろぎながらも、カノは口を開いた。

「前にその…食べたことがあるんだが、オムライスにカレーが掛かっていてな」
「オムライスかー。美味そうだな…!」
「うんうん、すっごく美味しそう!」
「ええ、ふわふわのオムライスにカレーは見た目も特別っぽいです」
「じゃ、卵もいるよね」

メモに卵が追加され、カレーの材料が一通り、記される。
全員がそのメモを覗きこみ、あどけない顔に満足げな笑みが浮かぶ。
と、そこで、ルーシェがあ、と声を上げた。

「なあなあ。あとワインとかは?」
「失敗したときに備えて、材料、多めに買う必要はあるだろうけど、一本、買おうか。父さん、赤ワインは時々飲んでるしね」

サラリ。ワインの文字もメモに踊る。
シンクが書いた形が整った文字で、淡いクリーム色の紙が埋められた。

「あと、一番の問題はカレーが出来上がるまで、父さんに気づかれないにはどうするか、だよな」
「やっぱり驚かせたいしね」
「…そこが一番難しいな」
「だよねー。お父さん、鋭いもん」

ううん、と唸る子どもたちの中で、ス、ウインの手が挙がる。
にこ、と穏やかに笑む口から、僕に考えがあります、と零れた。

「考え?」

どうするんだ?と首を傾ぐルーシェに、ウインは自分の案を口にした。
ルーシェがなるほど、と頷き、他の四人も頷く。

「じゃあさ、早速、頼みに行こうぜ」
「今からか?」
「善は急げ、って言うだろ」

パチ、とルーシェはカノへとウインクすると、ぱっと立ち上がった。
翠の目を煌めかせ、ルーシェがカノを見つめる。
カノの顔に、苦笑が滲んだ。

「行こうぜ、カノ兄ちゃん」
「仕方ないな…。留守番、頼むぞ、ウイン、シンク、フローリアン」

任せて、と若草色の髪をアッシュやルーシェ、カノと同じく黒に染めた三つ子が、こっくりと頷いた。
戸締りしとけよ!と父に倣い、ルーシェが三人に言い残し、カノと二人、外に飛び出す。
向かう先は、村長と兼任の自警団の団長の家だ。
アッシュは自身の仕事の他に、その剣の腕を見込まれ、自警団の副団長を務めており、親子ともども、この村に住み着いてからというもの、何かと世話になっている人物でもある。
真っ白な口髭を生やした好々爺然とした団長とその家族は、みな、いい人ぞろいで、ルーシェもよく懐いており、カノやウインたちもまた心を許し始めている人たちである。

「アッシュ父さん、喜んでくれるといいな、ルーシェ」
「うん!ウインたちにとっても、楽しいクリスマスになるといいな」
「ああ、あの三人にとっては、初めてのクリスマスか」

自分が初めてルーシェたちとともにクリスマスを迎えた日のことを、カノは思い出す。
枕元に置かれていた、プレゼント。
靴下に窮屈そうに詰められていたのは、ずっと欲しかった童話集だった。
一度、ファブレにいたころにも、求めたことがあった本。
けれど、そんな子どもじみたものを読む暇があるのでしたら、古代イスパニア語で書かれた書物をお読みなさい、と家庭教師が許さなかった。
だからこそ、嬉しかった。そして、どうしてサンタクロースには自分が欲しいものがわかったのかと、不思議でならなかった。
カノがいい子だから、サンタクロースにはわかったんだよ、と両腕に本を抱き、どうして、と訊ねた自分に、アッシュは笑って、そう答えてくれた。
あのときの喜びも、頭を撫でてくれたアッシュの手の優しさも、よかったな、カノ兄ちゃん!と自分のことのように喜んでくれたルーシェの笑顔も、カノは忘れない。

「楽しいクリスマスに、しような」
「もちろん!」

にっこり。二人は笑みを交わし、手を繋いで、村を駆けた。
本当に仲のいい双子ね、と洗濯物を干していた主婦が一人、微笑ましそうに目を細めた。






クリスマスイブ~クリスマス当日

燃え盛る火は消えたものの、暖炉の熾き火が部屋を温めてくれている中、アッシュは壁に掛けた時計を見上げた。
子どもたちを湯たんぽで温めておいたベッドに寝かしつけてから、三時間ほど、経過している。
今年こそ、サンタさんが来るまで起きてるんだ、と粘ろうとしていたルーシェも、とっくに眠りに落ちている頃合だろう。
他の四人も、ルーシェとともにサンタの到来を待とうと考えていたようだが、子ども部屋はシン、と静まり返り、気配を探ってみても、動いている様子はない。
全員、ベッドのぬくもりには勝てなかったらしいな、と小さく笑う。

「さて、と」

くい、と呷り、空にした紅茶のカップをテーブルに置き、アッシュは立ち上がった。
熱が残っている紅茶のカップからは、ほのかにウイスキーの甘い香りも立ち昇っている。
アッシュが足音一つ立てずに向かった先は、自分の部屋だった。
部屋の天井の鍵穴に鉤棒を引っ掛け、屋根裏に通じる扉を引く。
油を事前に差しておいたため、扉はスー、と静かに開いた。
音でルーシェたちが目覚めることはないだろう。ホッとアッシュは息を吐く。

扉の内側に備え付けてある折りたたみ式の階段を掴み、広げる。
屋根裏に上り、降りて抱えてきた袋に入っているのは、すべて子どもたちへのプレゼントだった。
屋根裏の入り口を元通り閉め、子どもたちの部屋へと向かう。
案の定、五人はすやすやと心地よさそうに寝入っていた。
子どもたちの寝顔に、ふ、とアッシュの目が和らぎ、目尻に皺が寄る。

「メリークリスマス」

小さく口の中で呟き、子どもたちがそれぞれのベッドの支柱にぶら下げた大きな靴下の中へと、プレゼントを入れていく。
眠る子どもたちの額に口付けを落とし、ルーシェやフローリアンの飛び出している手をベッドの中へとしまいこんでやれば、むにゃ、と唇を動かし、にこ、と微笑んだ。
何か楽しい夢でも見ているらしい。アッシュの笑みも自然と深まる。

「いい夢を」

カノとウイン、シンクの額にもそっと愛情のこもった口付けを落とし、アッシュは子どもたちが夢の中でも幸せであるようにと祈り、部屋を出て行った。
カーテンの隙間から月明かりが細く差し込み、子ども部屋の床を柔らかに照らしていた。





コーヒー片手に朝食の用意をしているアッシュの耳に、子どもたちの歓声が飛び込んできた。
続いて、ドアがバタンッ、と開く音。そして、バタバタと駆けてくる足音。
狭い廊下を競うようにして、まずルーシェがリビングへと飛び込んできた。
キッチンから顔を出し、頬を紅潮させている息子に、おはよう、と苦笑を噛み殺し、声を掛ける。
おはよう!と叫ぶようにルーシェが言い、後に続いたフローリアンも同じように叫んだ。
ウイン、シンク、カノも走りこそしなかったものの、急ぎ足でリビングへとやって来た。
五人それぞれが大事そうにプレゼントを抱え、目を輝かせている。

「サンタさん、来たよ、父さん…!」

ルーシェが頭上高く掲げる、鞘に入った新しい稽古用の刃を潰した剣に頷く。
長いため、剣の先を靴下に入れ、あとは壁に立てかかるようにしておいたものだ。
ルーシェが起きた時、倒れていないといいんだが、と多少、不安に思っていたのだが、無事だったらしい。
次の稽古で使うんだ、とルーシェが大事そうに鞘を撫でている。

「僕のには、これが入ってたよ!」

銀色のハーモニカを両手に持ち、ふぅっ、とフローリアンが息を吹き込んだ。
プピー、とハーモニカから混ざった音が零れ出し、フローリアンが失敗しちゃった、と言いながらも、嬉しそうに笑う。

「僕のには、これが…。サンタさん、頑張って靴下に入れてくれたみたいで、靴下、広がってました」

ウインが両腕に抱えているのは、一冊の絵本だ。
昨夜、靴下を限界まで広げ、何とか詰めたことを思い出し、アッシュは内心、苦笑う。
ウィンがそっと絵本を開けば、中から紙細工が飛び出した。
立体的な背景や動物たちに、ウインの目が見開き、感嘆の息が漏れた。

「僕は、これ」

小さな縦長の箱をパカッ、と開け、シンクが壊れ物でも扱うかのように一本の万年筆を取り出した。
艶やかな白のボディにシンクの名が刻まれているそれに見惚れるように、緑の目が細まる。
薄く開かれた唇からは、吐息も零れている。

「俺には、これだった」

落ち着いた物言いではあったけれど、カノの声音にも喜びが感じられた。
カノが抱えているのは、ウインと同じく一冊の本。だが、ウインのものよりも厚い。
それは譜術の本だった。特に回復譜術について詳しく書かれた、初心者向けのものである。

「あれ、カノ兄ちゃん、また本?」
「譜術の本だ。…お前はすぐ無茶をするだろう、ルーシェ。稽古でも、自警団にくっついていくときも。だから、お前が怪我をしたとき、治してやれるようにと思って、前から回復譜術を使えるようになりたいと思ってたんだ」

照れくさそうに言うカノの言葉に、ルーシェがきょとん、と翠の目を瞬かせ、それからすぐに笑みになった。
輝くばかりの明るい笑み。その笑みを浮かべ、剣を握ったまま、ルーシェがカノに抱きつく。
そんなルーシェを真似るように、フローリアンもカノに抱きつき。
シンクもまたウインに手を引かれ、二人一緒に抱きついた。
離れろ!とカノが叫ぶ。そんな子どもたちに、アッシュは声を上げて笑った。

「でもさ、何でサンタさん、俺たちが欲しいって思ってた物、わかったのかな。俺たち、誰にもこれが欲しいとか言ってなかったのに」
「決まってるだろ?お前たちがいい子だからだよ」

不思議そうに首を傾ぐルーシェの頭を撫で、言う。
内心、子どもたちが欲しいと思っていた物を揃えてやれたことに安堵しながら。
ルーシェがじゃあ、とぽつりと一人ごちた。

「じゃあ、俺たちがしたお願いも、聞いてくれるかな…」
「お願い…?」

ルーシェの呟きを耳にしたアッシュは、首を傾ぐ。
サンタクロースに願ったのは、本当は違うものだったのだろうか。
だが、あの喜びようから察するに、それぞれに贈ったものが欲しかったことは確かだろう。
ルーシェが慌てたように、ええと、と視線を揺らし、シンクがルーシェの足の甲をガッ、と踏んだ。

「何でもないよ、父さん」
「ええ、何でもありません」

にっこり。
痛む足を押さえ、蹲るルーシェを背後に押し隠し、にっこりそれは無邪気に笑うシンクとウインの二人に、アッシュは頬を引き攣らせ、怪訝に思いながらも、何も言えなかった。






クリスマス当日

朝食を食べ終え、ルーシェたちがそれぞれプレゼントを眺めては笑顔を零していると、ノックの音がした。
誰だ?と玄関へと向かうアッシュを見送り、五人は視線を交わす。
玄関先からは、自警団所属の村の青年たちの声がした。
予定通り、とルーシェがこくりと頷けば、他の四人も同じように頷いた。

「悪いが…少し、出てくる」

戻ってきたアッシュが、眉間に皺を寄せ、ため息混じりに言う。
壁に掛けた剣を腰に提げ、グミを入れたポーチも一緒に提げるアッシュに、五人は揃って頷く。
結果として騙すことになるのは心苦しくはあったが、アッシュには外出してもらわねば困るのだ。
五人は、いってらっしゃい、と村人たちとともに出て行くアッシュを見送ると、早速とばかりに準備に移った。

「一応、夕方まで連れ出してくれるよう、村長には頼んであるけど…」
「早く帰ってくる可能性もあるからな。急ごう」

全員は頷き合い、肉や卵など、新鮮なものを手に入れるために、買い物組として足の速いルーシェとシンクが家を飛び出し。
既に事前に買い求め、子ども部屋のクローゼットやベッドの下に隠しておいた野菜の調理組として他の三人が動き出した。
野菜をキッチンへと運び、カノの指示のもと、フローリアンがジャガイモやニンジンを洗う。
洗ったそれらの皮をピーラーでウインが剥き、カノがトントン、と一口大に刻む。
ピーラーで手を傷つけないようにな、とカノが心配そうな視線を向ける中、ウインは慎重な手つきで剥いていく。
玉ねぎも、フローリアンが皮を剥き、白くつるりと艶やかな実を、カノがくし切りした。
三人、くっつくように作業していたこともあり、三人の目から涙が溢れる。

「ウイン、フローリアン。目を洗って来い」
「カノ兄さんは…?」
「俺も玉ねぎ切ったら、行くから」
「わかりました。行きましょう、フローリアン」
「うん」

フローリアンを連れ、洗面所に向かう二人を見送り、残りの三つの玉ねぎに取り掛かる。
溢れる涙を袖で拭い、トントン、と刻んでいく。
単調な作業とキッチンに満ちた静けさに、『聖なる焔の光』として生まれた自分についてカノは考え出す。
それは、時として、どうしても考えてしまうことだった。
特に、幸せだと思うとき、それはカノの中で頭をもたげた。

(俺は…逃げてるだけなのかもしれないとも、思う)
王族の責任から、逃げているだけなのかもしれないと、カノは思う。
超振動の実験も、化け物と指差されながら、科学者たちに調べられることも、確かにどれも苦痛だった。
誰に助けを求めることも出来ず、孤独に押し潰されそうになったのも一度や二度じゃない。
アッシュからの手紙が何よりの救いで、あれがなければ、今頃、自分は壊れていたかもしれないとも、思う。

(…いつか)
王族としての責任を果たさねばならない日が来るかもしれない。
カノはトン、と刃を下ろす。玉ねぎが二つに割れ、まな板の上で転がった。
今の幸せを、手放したくはない。カノと呼ばれる今の幸せを、失いたくない。
けれど、ルークとして生きねばならぬ日が来たら、そして、ルークとして生きねば、アッシュたちの未来もないような、そんな日が来たとしたら。
来ないことを祈りながらも、カノはそんな日が来たときには、自分はルークに戻るだろうなと、翠の目を伏せた。まな板の上に、ぽた、と涙が落ちる。
ルーシェが泣き喚く顔が見える気がした。





「やれやれ」

村と少し離れた隣町とを繋ぐ街道に最近、盗賊が出るらしい。
討伐を手伝ってくれ、と言われ、自警団の青年たちと連れ立って家を出たのはいいのだが、結局、盗賊どころか魔物一匹出会うこともなかったアッシュは、深くため息を零した。
暮れ始めた空に、アッシュの眉間に深く皺が寄る。
太陽が落ち始めた空は赤く焼け、あと一時間もすれば、夜の帳が落ちるだろう。

「夕食の準備が…」

隣町でせっかくだから、と青年たちとともに買い求めた評判のチョコレートケーキがあることがせめてもの救いだろうか。
好物をいろいろと揃えてやろうと思っていたのに、とアッシュは首を振る。
だが、こうなっては仕方がない。

(それにしても…)
今回のことを報告するために会った村長が、にやにや笑っていたことを思い出す。
いい子どもたちを持ったもんじゃな、と笑っていたのだ。
ちら、と見やれば、共だっていた村人たちも笑っていて。
一体、何だったんだ、とアッシュは訝しさに眉間の皺を濃くした。

「ただいま」

玄関のドアを鍵で開け、中に入ったアッシュの鼻腔を擽ったのは、食欲を誘う匂いだった。
スパイスの効いた香りだ。カレーか?と首を傾ぐ。でも、何故。

「お帰り、お父さん!」

出迎えてくれたのは、フローリアンだった。こっちこっち、と手を引かれるままに、後に続く。
お帰り、とみんなで飾り付けたツリーが置いてあるリビングに、残りの四人がテーブルを囲んで揃っていた。
テーブルの上には、カレーが掛かったオムライス。その脇には、赤ワインが注がれたグラスも置かれている。
これは、と戸惑うアッシュに、子どもたちはえへへ、と照れくさそうに笑った。

「俺たちからのクリスマスプレゼント!」

冷める前に食べて!
フローリアンに背を押され、アッシュは椅子に腰掛けた。チョコレートケーキはテーブルへと傾けないよう、そっと置く。
スプーンを握り、カレーを見下ろす。いただきます、と少し硬めのオムライスにスプーンを入れ、カレーを絡めて口に入れれば、自分が子どもたちのために作るカレーと同じ、甘口のカレーの味がした。
卵がカレーと優しく交じり合う。
ちら、と子どもたちを窺い見る。みな、息を呑み、アッシュを窺っている。

「…美味い」

アッシュは胸を詰まらせながら、子どもたちに言った。本当に、美味しい、と笑う。
やった!と子どもたちが張り詰めていた息を吐き、歓声を上げた。

(…なるほど)
村長や村人たちの笑みは、こういうことか。彼らが自分を連れ出したのは、子どもたちに頼まれたからだったのだと、気づく。
まったく、本当にいい子どもたちを持ったものだと、アッシュは改めて思う。

(ルーク、お前もいたら、よかったのに)
お前がいたら、きっと泣いていただろう。笑顔で泣いて、美味しいよ、とカレーを食べていただろう。
なぁ、ルーク。そして、一緒に、子どもたちを抱きしめていただろうに。
けれど、自分は一人で、ルークはいない。だから。

アッシュは立ち上がり、子どもたちに向かって両腕を広げた。
子どもたちが顔を見合わせ、アッシュの胸に飛び込んでくる。
カノやシンクもまた、少しばかり気恥ずかしそうにしながらも、アッシュにしがみ付いてきた。

(お前の分も、子どもたちを抱きしめて)
お前がいない分の子どもたちの寂しさも埋められるよう、頑張るよ。
アッシュは笑顔で子どもたちを抱きしめる。嬉しそうに子どもたちも破顔し、フローリアンがサンタさんってホントにすごいね!と声を上げた。
首を傾げるアッシュに、実はさ、とルーシェが頬を掻いた。

「サンタさんにさ、お願いしたこと、あるって言ったじゃん」
「ああ…。言っていたな、そういえば」
「あれさ、その…お父さんが笑顔でいられますように、ってお願いしたんだ。俺たち、みんなで」

お父さん、時々、寂しそうに空を見上げてることがあるから。
そう面映そうに口にするルーシェに、言葉を失う。確かに、自分は時折、そこにいないとわかっていながら、ルークの姿を求めるように音譜帯を見上げていた。
そのことに気づかれていたとは、思わなかった。

「っ」

アッシュはきつく子どもたちを抱き寄せ、真ん中にいたルーシェの髪に顔を埋めた。
温かなカレーの匂いに、子どもたちの温かさに、子どもたちの優しさに息が詰まる。幸せに、身体が打ち震える。

「…ありがとう」

本当に本当に、ありがとう。
本当に、本当に。この子たちが、愛しくて仕方ない。
お前たちを愛しているよ。
アッシュが言えば、俺も、僕も、と木霊のように、声が返ってくる。笑顔が、全員の顔に溢れる。

「あ」

不意に、フローリアンが声を上げた。窓、見て!と指差す方に全員、顔を向ける。
夕闇が迫る窓の向こうで、ちらちらと真っ白な綿毛のような雪が降り始めているのが、見えた。
わぁ、と誰ともなく息を吐く。

「…明日、積もったら、雪だるまでも作るか」

家族全員分の。
笑って言ったアッシュに、五人が満面の笑みで、頷いた。
アッシュが買ってきたチョコレートケーキを分け合い、食べるときも、家族全員の笑顔が絶えることはなかった。


END

 

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泣きました
子ども達、いじらしくって本当に可愛いですね。
アッシュの、子ども達へのひたむきな愛情やルークに対する切ない想いがひしひし伝わって、泣きながら読みました。
きんぎょ姫: 2011.02/26(Sat) 15:44 Edit
遅くなりましたがありがとうございました!
子どもたち、可愛いと思って頂けてよかったです!
ルークの分も、いえ、それ以上に子どもたちに愛情を注ぎながら、ルークを思い続けるアッシュ…。
何かしら、胸に残すことが出来たなら、幸いです。
返信が遅くなりましたが、コメントありがとうございました!
2011/07/19(Tue)
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