月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
2008.05.10
中編
二話目です。案の定、三話じゃ終わりそうもない。
被験者イオンの苦悩と決意と行動。途中からピオニー視点に飛んでます。
カンタビレも出てますが、ファンダムはプレイしてないので、口調が違ってても許して下さ…。
二話目はヴァンやモースに厳しめです。
一話目の少し前の話。
二話目です。案の定、三話じゃ終わりそうもない。
被験者イオンの苦悩と決意と行動。途中からピオニー視点に飛んでます。
カンタビレも出てますが、ファンダムはプレイしてないので、口調が違ってても許して下さ…。
二話目はヴァンやモースに厳しめです。
一話目の少し前の話。
預言に導師となることが詠まれていた。
そんな理由で、それだけの理由で売られるように連れて来られたダアトで、イオンは勉学に励んだ。そうしなければ、ならなかったから。そうしなければ、存在を認めてもらえなかったから。
導師となることでしか、イオンはダアトで居場所を得ることが出来なかった。
導師となるべき少年だからと、遠巻きにされ、友人は出来なかったが、味方は出来た。カンタビレがその筆頭だ。彼女は努力を怠らない自分を好み、忠誠を誓ってくれた。
導師となったころには、慕ってくれる者たちも増えた。敬う者たちも増えた。縋りついて来る者たちも増えた。才を示すイオンに、従う者たちも増えた。
このまま、導師として生きていくのも悪くはないと、そう思えるようになった矢先、イオンは惑星預言を詠んだ。導師として、ユリアが遺したすべてを知るために。
──愕然と、した。
たかが十二年。十二年で死ぬと、そう預言に記された己の人生。何のために生きてきたのか、イオンは混乱した。憎悪した。預言に縛り付けられ、預言に殺される。そうとしか思えなかった。
自分の生は無意味なものでしかなかったのだと、そう思った。
預言を妄信する世界を、イオンは憎んだ。生きとし生ける者たちを、皆、憎んだ。
僕は死ぬのに。たった十二年で死ぬというのに!
ヴァンやモースがあれこれと唆すようになったのは、そのころだ。憎悪をうまく利用されている。それがわからないイオンではなかったけれど、ヴァンの預言への憎悪に協力を選んだ。
預言を滅ぼす。そのために、世界を作り直す。その考えに、惹かれた。
預言がなければ、どうせこの世界の人間たちは、路頭に迷うことになるのだろう。ならば、滅びてしまえばいい。預言とともに、死んでしまえばいい。
暗い暗い道しか、イオンにはなかった。
*
「イオン様、これ、アリエッタ、頑張って作ったです」
にこにこ微笑み、リグレットに教わって作ったというクッキーを持ってきたアリエッタに、イオンはお茶を淹れてくれるよう、笑顔で頼んだ。アリエッタに出会うまで、ずっと忘れていた、本当の笑み。
嬉しそうに頬を赤らめ、頷くアリエッタの桃色の髪がふわふわと揺れる様を見つめる。
愛しいアリエッタ。彼女に出会えたことが、このくだらない腐った世界で唯一の幸運。
初めて会ったころよりも、随分と手際のよくなったアリエッタが、紅茶の葉をティーポットに入れ、湯を注ぐ。ふわりと漂ってきたバニラの香りに、イオンは微笑んだ。
アリエッタと自分が好む、バニラティーだ。甘い香りに、胸が満たされる。温めたミルクもたっぷりと注ぎ、自分のものには砂糖を、イオンのものには甘みをつけず、アリエッタがクッキーとともにテーブルにカップを並べた。
イオンは立ち上がり、テーブルにつく。アリエッタが向かいに腰掛け、じ、とイオンを見つめた。小さく、イオンの口元に楽しそうに笑みが滲む。
「いただきます」
一口サイズのクッキーを一つ手に取り、ぱくりと口に放り込む。さくさくとした歯ごたえで、程よい甘さのクッキーには、ナッツの歯ざわりと香りも混じっていた。仄かなハチミツの香りも。
イオンは固唾を呑んで自分を見つめているアリエッタに、にこりと笑んだ。
「うん、美味しいよ、アリエッタ」
「よかったです…!」
ホッと安心したように息を吐くアリエッタに笑う。本当に可愛い。愛しい。
一心に自分を思ってくれる、アリエッタ。彼女だけだ。これほどに自分を愛してくれるのは。
これほどにイオンという人間に、心を砕いてくれるのは。
(僕がいなくなったら、アリエッタはどうなるんだろう)
イオンは、それが怖かった。ずっと死ぬことが怖かった。死そのものが怖かった。得体の知れない死というものが怖かった。
けれど、今では、残して逝くアリエッタの方が怖かった。アリエッタがどうなってしまうか、それを考えると怖かった。
(わかってる、アリエッタは自然の中で育った。魔物に育てられた身だ。死というものを、僕よりもよほど知っているに違いないってことくらい、わかってる)
それでも、怖い。自分にこれほどに心の比重を傾けているアリエッタだから、自分の死を知ったら、壊れてしまうかもしれないという恐怖を、イオンは捨てきれない。
だから、レプリカ作成を受け入れた。アリエッタのために。他の誰のためでもない。ただ、アリエッタのために。
自分が死んでも、レプリカがいれば、導師イオンがいれば、アリエッタはきっと生きていられる。イオンを想って生きていける。
レプリカ情報を抜けば、ただでさえ悪くなりつつある体調がより悪化を辿るだろうという、ディストの言を思い出す。預言のとおりならば、死ぬと定められたその日まで、どれほど体調が悪くなろうと死ぬことはないだろうと、イオンはそれに笑って答えた。
どうせディストの診断では、既に預言の年まで生きられるかどうかという結論を下されているのだ。死ぬことに変わりはないのなら、気にしたところでどうなるものでもない。預言を少しでも覆すためにも、『導師イオン』の死はあってはならない。
(ああ、でもアリエッタを心配させてしまうな)
自分が倒れれば、アリエッタは不安がるだろう。それは嫌だな。イオンは紅茶の表面にふぅふぅと息を吹きかけているアリエッタをぼんやりと眺める。猫舌なアリエッタは、紅茶を冷まさないと飲めないのだ。
クッキーをもう一つ手に取り、口に運ぶ。アリエッタが作ってくれたクッキー。アリエッタが淹れてくれた紅茶。
どれも、死んでしまえば口に出来なくなる。
「……」
甘いはずのクッキーがほろ苦い、なんて。
まるで下手な小説だと、イオンは苦く笑う。君から離れたくないんだ、アリエッタ。でも、連れてはいけない。アリエッタは、生きていてこそ美しい。
生に輝くアリエッタを愛しているから、殺せない。連れては逝けない。
「イオン様」
「ん、なぁに?」
「今度、フレスベルグに兄弟、出来るです」
「へぇ、そうなんだ」
「はい!それで、イオン様にアリエッタと一緒に、名前、考えてあげて欲しいです」
「うん、いいよ。それがアリエッタのお願いなら」
「ありがとう、です!」
嬉しそうに、アリエッタが笑う。この笑顔を曇らせたくない。
友だちに兄弟が出来ることが嬉しくて堪らないらしいアリエッタに、イオンは頬を緩めながら──ふと、気づいた。
気づかないよう、ずっと目を瞑ってきたことに。
(世界が滅びたら、アリエッタも死ぬ、のかな)
たとえ、アリエッタが死ななかったとしても、人類が滅びれば、食物連鎖に亀裂が入ることは確かなはずだ。その亀裂が埋まる前に、アリエッタの友だちは死んでしまうかもしれない。
いや、そもそもヴァンは世界をレプリカの世界に創りかえるつもりだ。そうなれば、オリジナルである魔物たちも、皆、レプリカに挿げ替えられるのだろうか。
友だちが死ねば、アリエッタは一人生き残ったところで、泣くだろう。アリエッタを、一人ぼっちにしてしまう。
「……」
それ以前に、レプリカイオンがアリエッタを冷遇したらどうなる?
ティーカップを両手で包み込むように握り締め、イオンは紅茶の表面に目を落とす。揺れる表面に、波紋が出来、縁にぶつかる。
両の手のひらが、じわじわと熱くなってくる。
ヴァンやモースならば、導師がレプリカと入れ替えられたことに気づかれぬよう、現在の導師守護役たちを解任する可能性がある。もちろん、アリエッタもだ。アリエッタは、一番自分に近いのだから。
(そう、なれば。そうなれば)
『イオン』の死よりも、アリエッタは辛い目に合うかもしれない。イオンは愕然とする。
そうだ。敬愛するイオンに冷遇されるようなことになれば、アリエッタは絶望する。今までずっと愛してくれていたのに、どうしてと裏切られたように思うだろう。
自分がアリエッタを裏切ったように、アリエッタには思えるはずだ。嫌だ。そんなのは嫌だ!
憎しみに凝り固まっていたイオンは、アリエッタを前にして、気づいた。
このままではいけない、と。このままヴァンやモースに従っていたら、アリエッタは不幸になる。ヴァンがアリエッタを利用しないわけもないのだから。駒のように、アリエッタを扱うことに、あの男は躊躇いを持たないだろう。
そんなことは、駄目だ。許せることじゃない。許せない。
「イオン様?どうかしたですか?具合でも、悪いですか…?」
不安そうに、心配そうに揺れる緋色の目。この目が涙で濡れるところなど見たくない。
アリエッタが歩むのはただただ幸せの道だけでいい。
「…アリエッタ」
「はい」
「頼みが、あるんだ」
世界なんてどうでもいい。滅びるなら好きにしろ。
でも、アリエッタのためになるなら、アリエッタが幸せになるためなら、滅ぼすわけには、いかない。
アリエッタのために、世界は存続しなければならない。
そのために、残された時間を、僕は費やそう。アリエッタ。君だけのために。君の幸せのために。
イオンはティーカップをソーサーに戻し、口の中に残るハチミツの香りを味わいながら、アリエッタににこりと微笑んだ。
陰りのない笑みだった。
*
ピオニーは瞠目した。窮屈な宮殿を抜け出し、息抜きとばかりに出歩いていたグランコクマの片隅で、自分の手を引いた少年の姿に。
フードを目深く被った姿に、初めは物乞いかと首を傾げた。が、すぐにフードの奥から覗いた、悪戯めいた緑の目に、息を呑む羽目になった。
「導…」
「しっ。名前は出さずに。貴方だって騒がれると困るでしょう」
「そりゃ…まぁ…」
ここでバレれば、何のために変装してまで抜け出してきたかわからない。ぐい、と手を引かれるままに、ピオニーは少年、導師イオンの後に続く。路地裏へと入っていくイオンが何を考えているのかはわからない。
一瞬、偽者かと勘繰る。だが、自分を攫うのが目的ならば、何も導師イオンに似た子どもを用意する必要はない。やはり、これは本物なのだろう。以前、会ったときと、少年は同じ目をしていた。
「にしても、よくわかったなぁ」
自分で言うのも何だが、今日の変装はうまく行ったのだ。宮殿で働く下男の服を拝借し、鬘を深く被り、頬に詰め物もした自分に通り過がる軍人たちも気づかなかったというのに。
イオンがフードの下でくすくすと忍び笑った。
「確かに、並みの人間なら騙せるでしょうが、僕には優秀な部下がいますから」
その言葉に、ピオニーの脳裏に彼のお気に入りの導師守護役の姿が過ぎる。確か、アリエッタと言ったか。魔物に育てられたという彼女ならば、気配を読むことに長けているだろう。だが、側に彼女の気配を感じない。
きょろきょろと周囲を見回していることに気づいたらしいイオンが、アリエッタ以外にも優秀な部下はいますよ、と苦笑した。そりゃ失礼とピオニーも苦笑する。
「それで、何の用なんだ?」
「もう少し先まで行ったら、お話しますよ」
両隣に立つ建物のせいで満足に陽が差すことのない路地裏は薄暗く、黴臭い。大人が二人、並んで歩ける程度しかない狭いそこは、ピオニーに幼いころを思い出させた。昔はよく、ジェイドたちを連れて、こんな路地裏を探検したものだった。
今はジェイドは自分を陛下と呼び、サフィールもダアトへと亡命し、ネフリーも自分ではない男のもとに嫁いでしまった。ネビリム先生ももういない。皆が皆、それぞれの道を歩んでいる。
ケテルブルクでの輝かしい日々。決して戻っては来ない日々。それでも、今のピオニーを形作る大切な思い出が詰まった日々だ。
(この導師にも、それがあるかどうか)
十歳ほどの子どもの背を見つめる。子どもらしい子ども時代など、彼にはなかっただろう。
それを哀れむ気も同情する気もない。そんなことをすれば、彼が生きてきた時間を侮辱することになる。子どもだからと甘えることなく、導師として生きてきた彼の努力を、軽んじることになる。
ただ、だからこそ必要なのだろうな、と思うだけだ。アリエッタという絶対の味方が。彼を導師としてだけでなく、一人の人間として慕ってくれる存在が。
「ここです」
イオンがぴたりと足を止め、指差す先を見やる。ピオニーの蒼の目に、粗末な木の扉が映った。何の変哲もない裏口か何かに見える。
どうしてこんな場所を知っているのかと胡乱げに見やれば、にこり、と喰えない笑みが返ってきた。
「僕にはね、信頼出来る協力者もいるんですよ」
「…なるほど」
その協力者がグランコクマにこういった場所を提供出来る立場にあるのかと思うと頬が引き攣るが、入らねば話も聞けないだろう。やれやれと肩を竦め、ピオニーは扉を開けた。
中は小さな部屋だった。木で出来た机と、それを挟むように置かれた椅子が二脚あるだけの殺風景な部屋。壁もコンクリートが剥き出しのままで、見るからに寒々しい。
そして、そんな壁の一隅に背を預けて立つ、人影が一つ。
(確か、カンタビレ、だったか)
六神将の一人だったはずだ。黒髪の奥、眼帯で覆われていない右目が、ちろりとピオニーを一瞥した。六神将の中でも指折りの実力の持ち主と噂の彼女ならば、自分の気配を悟ることも簡単だっただろう。
どうぞ、とイオンに促されるままに、中に入る。同じように中へと入ってきたイオンの側へと、カンタビレがス、と歩み寄り、椅子を引いた。
ピオニーも自分で椅子を引き、さっさと腰掛ける。公式な場とは程遠いのだ。今さら礼儀も何もないだろう。イオンがフードを頭から取り去り、乱れた髪をさっと整えた。
「さてと、何から話しましょうか。ああ、この部屋には譜業で防音を施してありますから、安心してくださいね。見た目は粗末ですが」
「つまり、非公式な内緒話ってことか」
「まあ、そんなところです。僕が話した内容を公式なものにするかどうかは、貴方にお任せしますよ」
にこやかに告げてきたイオンの声音に、強要の響きをピオニーは感じ取る。──公式なものにせざるを得なくなる、という脅しにも似た響きを。
足を組み、余裕の態度を崩さぬようにしながら、ピオニーはイオンと目を合わせた。この導師は、ジェイドが十歳のころよりも、数倍たちが悪い。ため息を零し、先を促す。カンタビレは何も言わず、導師の背後に控えている。
確か、モースによって左遷されていたはずだ。どうやってこのグランコクマに潜り込んだことやら。警備を見直すよう、言っておかねばとピオニーはため息混じりに心に留める。
「ピオニー陛下。貴方が預言を重用していないことは、よく知っています。そのせいで僕としても、モースに貴方と接触したことが知られないよう、アリエッタにダアトで僕が寝込んでいるフリをしてもらっているわけですしね。それでも、マルクトの民全員が貴方と同じではないし、世界に目を向ければ、圧倒的に預言に頼る者たちの方が多いのは自明の理だ」
「献立一つでも預言に頼るやつがいるくらいだからなぁ」
「ええ。ですから、秘預言がどういう意味を持つか、おわかりですよね?」
ぴくり、とピオニーの金茶の眉が跳ねた。カンタビレが僅かに息を呑む。どうやら、あの女傑も何の話をイオンがするつもりかまでは知らされていなかったらしい。
小部屋に緊張が満ちる中、イオンだけがにこにこと微笑み続けた。
「…世界が引っくり返りかねぇだろうなぁ」
ユリアが世界から隠した預言。そこに何が記されているか。昔から何度も問い沙汰されてきたことだ。
そして、今まで知られずに来たことでもある。歴代の惑星預言を詠んだことがあるはずの導師たちも、皆、口を噤んできた秘密。
それを、この幼い導師は口にするというのか。訝しげな視線を向ける。イオンはその視線を意に介さず、話を続けた。
「それを、貴方に教えます。カンタビレ、君にもね」
「ですが、導師、何故…」
「今までの導師が教えてこなかった方が僕としては疑問だ。惑星預言を詠めるだけの第七音素を操る能力に長けた者が少なかったということもあるのだろうけど…世界の滅びを隠してでも、預言成就を願う愚か者たちが多かったということでしょうかね。嘆かわしいことに」
ピオニーはカンタビレとともにあんぐりと口を開け、呆けた。二人の様に、イオンがけらけらと楽しげに笑う。
今、この少年は何と言った。世界の、滅び?
「ま、待ってくれ!秘預言というのは、消滅を詠んだ預言なのか…?!」
「別に不思議ではないでしょう?世界を未曾有の混乱から救うため、という大義名分のもと、ユリアが隠していたのだとしても」
「そりゃそうかもしれないが…いや、でも…」
「どうせ過ぎたことです。貴方が今考えなければならないのは、今を生きる民たちのことでしょう、ピオニー・ウパラ・マルクト九世」
笑みを消し、突き刺さんばかりの視線と声を向けてくる導師に、ピオニーは一瞬、たじろぎ、ゆっくりと息を吐いた。まったくそのとおりだ。己の半分も生きていない子どもに諭されるとは、情けない。
くっ、と笑みに片頬を吊り上げ、イオンを見据える。蒼の目には迷いの欠片もなかった。
「聞かせてくれ、導師イオン」
満足げにイオンが微笑した。カンタビレも覚悟を決めたように息を吐いた。
聞かされた秘預言は、ピオニーを動揺させはしなかった。最初のショックが強すぎたということもある。それを乗り越えたあとで己の死を聞かされたところで、世界の滅びに比べれば小さいことのように思われた。
問題は、いかにして預言が定めた道から逸れるか、である。
「鍵は『聖なる焔の光』の存在でしょうね」
「キムラスカのルーク殿、か」
「ええ。…ああ、ちなみに、今、キムラスカにいるのはヴァンが造り出したレプリカです。協力者が誰かはわかりますよね?」
「待て待て待てッ!あんた、一体、幾つネタを隠し持ってんだ。協力者はサフィールだろ。よくないがとりあえず、今はあいつのことはいい。それより、キムラスカにいるのがレプリカってんなら、本物はどこだ」
「ヴァンが弟子としてダアトに匿ってますよ。髪を染めさせたりもせずに。馬鹿ですよねー」
「…導師、笑いごとではありません」
けらけら笑うイオンに、カンタビレが疲れたように口を挟み、額に手を当て天を仰ぐ。苦労してんだろうなぁ、とピオニーは少しだけ己を省みた。これからはあまりアスランに迷惑を掛けないようにしよう。
はぁ、と深くため息を吐き、ピオニーは頭を掻き毟った。情報量が多すぎて、混乱しそうだ。
「キムラスカはそれ、知ってんのか?」
「知るわけないでしょう。ちょっと調べればわかりそうなものですけどね。でも、秘預言のことは知っていますよ。キムラスカの繁栄まででしょうけど。モースもそこまでしか知らないみたいですから。第七音素をの素養がないから当然ですけど。そのくせ、キムラスカに取り入ろうと必死なんですから、救いようがないですよね。まったく仕事もせずに、あの豚樽は」
「…あんたの個人的な恨みは置いといて。つーか、あれか。キムラスカは繁栄の礎となる『聖なる焔の光』という名の生贄さえ手元にいるなら、それでいいってことなんだろうなぁ」
「胸糞悪いですよねぇ」
「……」
アリエッタがいないからだろうか。今日の導師はやたらと口が悪い。
わざとらしく咳払いをし、ピオニーはイオンを見つめた。
「で、何でそれを急に言う気になったんだ?」
「僕にだって、守りたいものがあるんですよ」
穏やかな微笑が、イオンの唇に浮かび、緑の目が澄んだ湖面のように静まる。
子どものする顔ではなかった。そのことがピオニーの胸に棘のようにちくりと刺さる。彼はまだ何かを隠している。けれど、それを口にすることはないだろう。きっと、導師イオン自身に関わることなのだろうから。
「話はこれで終わりか?」
「キムラスカのファブレ公爵にも協力を求める気でいます。『聖なる焔の光』を贄に捧げたところで、無駄死にするだけだとわかれば、父親としても元帥としても動かないわけにはいかないでしょうし」
「人が悪いな、導師イオン」
「お互い様ですよ、ピオニー陛下」
にやり、とピオニーはイオンと意地の悪い笑みを交し合う。
カンタビレが呆れたように肩を竦め、首を振った。
END
もう一話、被験者イオン中心で進みます。
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