月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ピオルク。短髪ですが、いろいろ悟ってるところのあるルーク。同行者切り捨ててます。
同行者、ほぼ空気ですが。
レムの塔、瘴気イベント。
瘴気イベント、これで何本目だ…。
残されるピオニーの苦悩。切なめ。
宝珠ががっつり捏造設定です…。
注!同行者厳しめ
「俺は、あなたが好きですよ、陛下」
それは、聞きたくない言葉だった。少なくとも、今、この場では。
ピオニーは悪戯めいた笑みを浮かべるルークに、笑みを返そうとし――失敗した。
ルークの笑みが、苦笑に変わる。
「…そうか」
「陛下は、迷わないから、好きです。迷わずに国を選ぶから。民を選ぶから」
だから、好き。
ルークは笑う。何の陰りもなく、晴れやかに。
それは、死地に向かおうとする者が浮かべる類のものではなかった。
ピオニーは、膝の上で拳を握る。きつくきつく、手のひらに爪が食い込むほどに。皮を突き破り、血が溢れるほどに。
じわりと、ピオニーが纏う自国を象徴する色である青の服に、赤い血が滲む。
「だから、俺は行きます。瘴気を消してきます。この世界で生きることを傲慢と断じられた仲間たちを連れて、逝きます」
私はそんなつもりじゃ、とティアが声を上げる。ルークは一顧だにしない。存在をなき者と、扱っているようだ。
生きているというだけで、同胞たちを傲慢と断じられたことで、彼女を見限ったらしい。
ユリアを描いたステンドグラスから差し込む色鮮やかな光が、ルークを照らす。
ピオニーはルークをあの光から連れだし、ともに逃げ出したい衝動を、息を吐き、抑え込んだ。
ピオニー・ウパラ・マルクト9世という王を、今ほど、憎悪したことはない。
(愛した人間を、俺はまた喪うのか)
しかも、今度はこの俺自身が、死を宣告することで。
ルークの翠の瞳が、笑みを宿したまま、ピオニーを見つめていた。
「少しだけ、頼みごとをしてもいいですか?」
「ああ、なんだ」
「瘴気を消したのは、レプリカたちだって、ちゃんと公表してください。残されたレプリカたちが、少しでも生きやすいように」
「ああ」
「あと…俺が瘴気を消す場に立ち会ってもらえますか?陛下一人で。陛下一人だけで」
俺たちも行く、とガイたちが喚くが、やはりルークは彼らを一瞥もしない。それは拒絶以外の何物でもなかった。
最期の瞬間を、彼らとともに迎えることをルークは拒絶したのだ。彼らが勝手に信じていた絆を、完全に否定していた。
ティアたちがルークに押し付けた、一方的な絆を。
信頼に値しない自分たちを信頼しろ、と押し付けた絆を。
「それがお前の望みなら。構わないだろうか、インゴベルト殿、テオドーロ殿」
二人が頷き、ピオニーはルークと見つめ合ったまま、立ち上がった。ルークがホッとしたように息を吐き、ふわりと笑う。
待ち受ける悲劇が嘘のように、それは穏やかでピオニーの胸を締め付けた。
*
レムの塔に蔓延っていた監視ロボットたちがマルクト兵とキムラスカ兵によって退けられてから、ピオニーはルークと連れ立って、昇降機に乗り込んだ。
レムの塔の入り口で捕まえたアッシュが持っていたローレライの剣は、今、ルークの手の中にある。
関節が白くなるほどの力でそれを握っているルークの手に、自分の手をピオニーは重ねた。ルークの手がぴくりと動くが、振り払われはしなかった。
今は温かなこの手は、もうすぐ消えてしまう。
冷たい手を残すことなく、レプリカであるルークは乖離して、消える。
もっと触れておけばよかった。もっとルークを抱きしめておけばよかった。すべてが、今更だった。
ピオニーはルークとともに沈黙を保ったまま、レムの塔の天辺に立った。一万人のレプリカたちの無機質な目が、二人を出迎えた。
「みんな、お待たせ」
ルークが微笑し、レプリカたちのもとに歩み寄る。するりと手から抜け出ていったルークの手を、ピオニーは見送った。
短い朱色の髪を項で揺らすルークの背が、遠ざかっていく。あの背はもう戻らない。この腕に抱くことは、もう出来ないのだ。
鼻の奥がツン、と痛む。唇を引き結び、ピオニーは涙を耐えた。視界を涙で滲ませる真似はしたくない。滲んだ視界では、ルークまで滲んでしまう。
ルークの最期を見届けるまで、視界を濁らせるわけにはいかない。
「みんなの命を、俺に下さい」
俺も一緒に逝くから。
ルークがレプリカ一人一人に笑みを向ける。怖くないわけはないだろう。それでも、ルークは笑う。
晴れやかな笑みを、浮かべる。己の恐れを払うため。何より、この俺のため。
最期に見せる顔が泣き顔ではないように。笑顔が俺に残るように。俺がこれからも生きていけるように。
ピオニーはルークを見つめた。ルークのすべてを見逃さないよう、ひたすらに。
レプリカたちをぐるりと見渡し、ルークがレプリカたちの中心に立ち、ローレライの剣を振り上げ、深々と塔へと突き刺した。
壮絶な光が、ルークを、剣を中心に渦を巻く。
レプリカたちが一人、また一人と乖離していく中、それでもピオニーはルークから目を逸らさなかった。
ルークの身体もまた光を帯び、手が剣に溶ける。剣と一体化していく。足りない宝珠を補うように、剣と一つになっていく。
──否、ルークそのものが、宝珠だった。
(コンタミネーションか…!)
宝珠をルークは受け取っていたのだ。ピオニーは唐突に理解する。
受け取った宝珠を、ルークは無意識に取り込み、一つとなっていたのだ。そして今、剣と宝珠はルークを介し、一つに戻っていく。
「…ルーク」
レプリカたちが皆消え、ルークが一人、光の中に残された。だが、それももう曖昧だ。ルークが透けて見える。
ルークが、消える。
「……ルー…、ク」
ルークが最後に消えたレプリカから、ピオニーへと視線を移した。翠の目ももう消える。
微かにルークの唇が動くのが見えた。ルークが翠の目を細め、笑みを零す。それは、ピオニーに向ける、最期の笑み。
この笑みを覚えていて、と請われたように、ピオニーには思えた。こくりと頷く。声は、出なかった。
目を白く焼く光がレムの塔に溢れ、視界が戻ったときには、青く晴れた空がピオニーの蒼の目に映っていた。
濁る瘴気にずっと霞んでいた眩しい太陽の光が、ピオニーの足元に黒々とした影を落とす。
「…綺麗な空だ。なぁ」
ルーク。
ピオニーの目から、一粒涙が落ち、視界が歪んだ。もうどれほど目が濁ろうと、見逃すものは何もなかった。心から見たいものは、何もなかった。
朱色はもうどこにもない。翠も、もう。
空を仰ぎ、両手で顔を覆う。手のひらの傷が、じくじくと膿み痛み、ピオニーを苛んだ。
END