月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
匿名さまリク「運命とは奇なるものと知る」のアーシェ視点の話になります。
ルーク(ナタール)の対のような話になったかな、と。
アッシュ女体化となりますので、苦手な方はご注意下さい。
ナタール視点の話よりもシリアス成分過多。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
伝わっていなかっただなんて、考えもしなかった。アッシュは頭に流れ込み、走馬灯のように巡るルークの記憶に呻いた。
だが、考えてみれば当然だ。伝わるわけがない。
屑やレプリカと罵倒する言葉ばかりを口にする自分が、ルークに心底惚れていただなんて、ルークにわかるわけがない。自分がルークであったとしても、同じように嫌われているのだと、そう思ったはずだ。
違う、とアッシュは叫ぶ。違うんだ、と大声で頭を抱え、叫ぶ。
わだかまりがなかったわけではない。ルークと、かつて己のものであった名前で、お前を呼ぶことに躊躇しなかったわけじゃない。
だけど、それ以上に。
煌く朱金の髪が。
悲しみに揺らめく翡翠が。
それでも、立ち上がろうとする力強さや痛々しさが、何もかも、お前のすべてが愛しかったのも紛れもない事実で。
「…愛しているんだ」
伝わらなかったけれど。伝わっていなかったけれど。
せめて、誤解だけでも解けたらと、アッシュは唇を噛み締める。
嫌ってなどいなかったのだと、愛していたのだと、お前は愛されているのだと、せめて伝えることが出来たなら。
「ルーク…」
この名で、お前をもっと呼んでやりたかった。やればよかった。
後悔が募り、胸が重く澱む。腹の底でぐるぐると行き場のない想いが渦巻いている。
もし、再び、お前に出会うことが出来たなら、そのときは。
アッシュの翡翠の目に、七色に揺らめく焔が揺らめいた。
*
苦しい、とアッシュは呻いた。温かいが狭いところに、押し込められていることに気づく。
ここはどこだと首を傾ぐ。目を凝らそうにも、視界が判然としない。
どこからか、女の呻き声がした。呼吸が荒い声は、聞き覚えがある。
この声は、と思ったところで、アッシュは自分が温かいその場所から、押し出されようとしていることに気がついた。狭い狭い方へと向かって。
(…何なんだ…!)
身動きも満足に取れず、流れに逆らうことも出来ない。けれど、向かう先に一筋の光を感じ、アッシュは暴れるのを止め、流れに任せた。
何がどうなっているのか見当もつかないが、何がどうであってもよかった。ルークに誤解を抱かせたまま、死なせてしまった苦痛や失望に比べれば、すべてがもうどうでもよかった。
だから、狭いそこから引きずり出されたとき、アッシュはただため息だけを零した。
血の匂いが鼻を擽り、顔を顰める。溢れる光に目を閉ざしたけれど、それは瞼を突き刺し、目をも突き刺してくる。
聞こえるはずの泣き声が聞こえぬことに蒼ざめる女たちの中で、アッシュは目の痛みにようやく声を上げた。
アッシュは一人、愕然とした。己の唇から零れたのが、赤子の泣き声であることに。
(な…、どういうことだ!)
眩しい、とそう叫んだつもりであるのに、漏れる声は意味を成すものではない。
おぎゃあ、おぎゃあ、とあがる泣き声に、女たちが安堵に表情を緩め、張り詰めた息を吐く。そして、取り上げた赤子を「私の赤ちゃん」と細く白い腕を頼りなく宙にさ迷わせ、赤ん坊を求める母親のもとへと運んだ。
「ああ、なんて可愛いのでしょう…。元気な子だわ」
五体満足に生まれてきてくれてよかった、と涙を浮かべる翡翠の目にアッシュは息を呑み、泣き止んだ。ぱちぱち瞬き、女が赤い髪も持っていることに気づく。
温かな喜びに満ちた笑みは。その顔は。
「おめでとうございます、シュザンヌ様。元気な女の子ですよ」
おめでとうございます。
口々に、その場にいた医師や看護師たちが祝辞を口にする。
シュザンヌの名に、ではこの人は母なのか、と思うと同時に、アッシュは何を言っているんだと眉をひそめた。可笑しなことを言う。女の子だなんて。
(俺にはちゃんとついて…)
産湯へと浸かる前の、裸のままの己の姿を見下ろし──再び、泣き声が響き渡った。アッシュとしては驚愕の叫び声であったが、端から見れば元気な赤ん坊の泣き声でしかない。
シュザンヌが驚いたように目を瞠りながらも、病弱な己と似ず、元気である様子に安堵の息を漏らした。
(あ、ああああありえないだろ…!)
俺は男のはずだ、いや、こんな赤ん坊に戻っているのもすでにおかしい話ではあるのだが、それにしたって!
それにしたって、何故!酷く酷く混乱する。これは夢だ、と自身に何度も言い聞かせるが、夢だと断じるには目に感じた痛みは本物で。
アッシュは産湯へ、と運ばれながら、泣き叫び続けた。父であるクリムゾンが部屋に通されてもなお。
「元気な赤子だな、シュザンヌ。よく頑張ってくれた」
「ええ、あなた。本当に可愛い女の子です」
「…女」
生ぬるい湯で身体を洗われているうちに泣き疲れたところで聞こえてきた呟きに、アッシュは耳をそばだてた。どうにか落ち着きを取り戻した頭を働かせる。
ここがもし過去だとすれば、預言に詠まれているのは『男児』のはずだ。つまり、自分は男でなければならないということだ。預言を妄信しているキムラスカにおいてはなおのこと、どういう理由か『女児』として生まれたこの身は疎ましいものとなる。
殺されるかもしれないな、とアッシュは眉をひそめる。けれど、それでもいいという思いもあった。
ルークが、どちらかしか生きられないのなら、自分が生きることを望んでくれていたことを、ルークの記憶を見たアッシュは知っている。だから、おそらくローレライの仕業だろうが、赤ん坊にまで戻ってしまった今も、自ら死ぬつもりはない。ルークの最期の願いなら、それを叶えてやりたいと思うからだ。
(…だが、ルーク)
ここにはお前がいない。
もし、同じ歴史を辿り、ヴァンが自分を誘拐し、レプリカを生み出したとしても、それはルークではない。
自分が知るルークではないのだ。愛した、否、今でも愛している半身とは違う。
アッシュの身体は、看護師の手からクリムゾンの腕の中へと移った。自分を覗き込むクリムゾンを見つめ返す。
アッシュの毛が生え揃っていない眉がピクリと跳ねた。つぶらな翠の瞳も丸くなる。
クリムゾンが顔に浮かべているのは、喜びに満ちた笑みだった。若干、ひそめられた眉から戸惑いを感じはするものの、預言に反する自分の存在を疎ましく思っている様子はない。
「ああ、優しげな目元がシュザンヌ、お前にそっくりだ」
「うふふ、頑固そうな口元はあなたにそっくりです」
「この子はお前によく似て、美人になるぞ。…嫁にやりたくないものだ」
「まあ、あなたったら。今からそんなことを言って」
にこやかに笑みを交わし、赤子を愛する言葉を紡ぎ合う二人にアッシュは言葉を失った。
ここはもしかしたら、自分が知る過去ではないのかもしれないとすら、思う。
それとも、──それとも、愛されていたのだろうか、自分も。生まれた赤子を、今、目の前で笑んでいるように、自分が知る過去の父も、祝福してくれていたのだろうか。
嬉しいと思う反面、どうして、ともアッシュは憤りを抱く。愛してくれていたのなら、何故、あんな目に合わせた。実験などさせた。愛してくれていたのなら、どうして守ってくれなかったのだ!
アッシュは顔を真っ赤にし、火がついたように泣き出した。言葉を満足に操れない赤子の身では、泣き叫ぶことしか出来ない。だから、精一杯の想いをこめ、泣きじゃくる。声を上げる。
どうして、どうして。どうして自分を抱きしめてくれなかった。愛していると言ってくれなかった。
どうして、どうして。ルークをもっともっと愛してくれなかったんだ。
(あいつは、あいつ、はッ)
すべての愛は、アッシュへと──被験者へと向けられるもので、どれも自分のものではないと、そう認識したまま、逝ってしまった、のに。
レプリカというものは、本当になんて哀しいんだろう。アッシュはあやされながら、顔をくしゃくしゃにして、涙を零す。
レプリカの肉体年齢は、被験者がレプリカ情報を抜かれた年齢から始まる。赤ん坊のころに抜かれたレプリカ情報から生み出されない限り、レプリカたちには赤子の時代がない。
ただただ庇護されるべき時を、レプリカたちは持たないのだ。それが、悲しくて、哀しい。
ルークもシンクもイオンも、レムの塔で消えていったレプリカたちも、みな、抱きしめてくれる腕も無償の愛も知らぬまま逝ってしまった。悲しすぎるとアッシュは泣く。
「あらあら、どうしたのかしら」
「ど、どうすればいいのだ」
おっとりと首を傾ぐシュザンヌと動揺露わなクリムゾンを前に、赤子はひたすら泣き叫ぶ。
彼らを救う術は本当に何もなかったのだろうか。何かあったのではないのか。
きっと自分はずっとずっと後悔し続けるんだろうな、とアッシュはひっく、としゃくりあげる。不器用に自分を抱く温かい腕の中、思う。
(…ルーク)
もし、再び、歴史が同じ道を辿り、お前やシンクたちが生まれてきたならば、今はまだ小さな小さな力がなく、頼りない手ではあるけれど、抱きしめよう。
抱きしめて、そして、守ってみせる。生まれてくる『ルーク』は愛したお前ではないとしても、それでも、消えようのない後悔を抱きながら、愛していく。
アーシェ・フォン・ファブレとしての新たな始まりに、アッシュは一人、決意を固めた。
今はまだ、一人きりの決意を。
*
婚約者だというナタール・ルツ・キムラスカ・ランバルディアに紹介されたときのことを、アーシェは覚えている。預言を違えた生を受けたのが、自分だけではなかったということにまず驚いた。初めて会ったのは、アーシェがまだ赤子のころであったため、会話を交わすことは出来なかったが。
自分が知っているインゴベルト王の子どもは、ナタリアただ一人。正確に言えば、死産となってしまった娘だった。
それが、この『過去』では、ナタールという名の男児であり、五体満足で育っているのだから、預言というものは絶対ではないのだと、改めて思い知らされる。同時に、父母や王である叔父が預言に疑いを持ち、預言から脱却の道を模索するのも当然のことだと思えてくる。
死産となることなく、王子として生きるナタールは、会うたびにアーシェを戸惑わせた。
それは、レプリカの身ではないのに預言に詠まれていないから、という理由からではなく、その眼差しゆえに、である。
(ナタールの眼差しは、あいつに、似てるんだ)
奥底に哀しみを隠した優しい、ナタールの翡翠の眼差し。それは、アーシェにルークを思い出させてやまないのだ。
顔かたちが似通っているのは、血の繋がりがあるから当然にせよ、何故、眼差しまで、と幼いアーシェはあどけない姿でため息を零す。
事情を知らぬ人の目があるときは『聖なる焔の光』は預言どおり、男児であると思わせるため、男装を纏うことにはなるものの、屋敷の中で過ごすときのアーシェの服装は愛らしいドレスだ。
今日もシュザンヌが選んだフリルがたっぷりと靡くシルクのドレスに、クリムゾンが街中で買い求めてきた黒いビロードのリボンを肩まで伸びた紅い髪に結わえている。愛らしいその相貌は母シュザンヌによく似ており、将来は引く手数多の美女となるでしょうね、とはメイドたちのもっぱらの噂だ。
日々の勉学や剣術の稽古をこなす傍ら、ナタールは時間を見つけては、アーシェを訪ねてきていた。時には、ダアトに預言どおりことが運んでいると思わせるために王女として引き取った義妹メリルを連れて。
遊び相手になってくれていることは、ありがたいと思う。おかげで退屈しないですんでいるのも事実で、ナタールの訪問を心待ちにしている自分がいることにも、アーシェは気づいている。
けれど、ナタールが側にいることは、苦痛でもあった。ルークを愛しているのに、ナタールの眼差しはアーシェの心を惹きつけようとするから。
(…冗談じゃない)
ナタールがプレゼントだと持ってきてくれた積み木をコトン、と重ね、アーシェは手慰みに積み木を積んでいるナタールを前に嘆息する。ナタールにルークの面影を重ねている自分に、どうしようもなく腹が立つ。
自分がこうして過去へと戻ってきたように、ルークも過去へと戻っていて、それがナタールであったらなどと思う己の心の有り様が、酷く苛立たしい。ルークに対しても、ナタールに対しても失礼だ。
しっかりとしなくては、とアーシェは自身に言い聞かせる。今からでも出来ることは、進めたいのだ。色恋沙汰に頭を悩ませている場合ではない。
ナタールはルークじゃないんだ、とふっくらとした唇を噛み締め、首を振ろうとしたところで──「アッシュ」という名がアーシェの鼓膜を打った。
「……は?」
今、何て言った。
目を丸くし、ナタールを仰ぐ。ぽかん、と呆けて見上げた先で、ナタールが苦笑していた。何でもないよ、とそう笑って、首を振る。
何でもないわけあるか、とアーシェは眉を吊り上げた。今のは、聞き違いなんかじゃないはずだ。
聞き違いであって欲しくない。願望故の空耳であって欲しくない。
「ルーク」
願うように、確かめるように、アーシェはその名を口にした。え、とナタールが呆ける。アッシュ?と小さく微かに、惑うようにナタールが呟く。
ああ、そうだ。聞き違いなんかじゃなかった。
(…この、馬鹿…!)
散々、悩んだ時間を返せ。
けれど、罵倒は罵倒にならず、胸の奥からこみ上げてきた喜びで、アーシェの思考は埋め尽くされて。
「ルーク…ッ」
もしも再び、会えることが出来たなら、何をおいても謝ろうとそう思っていたことすら忘れ、アーシェは──アッシュは、こみ上げてくる衝動のままにルークに抱きついた。首に噛り付くように細く短い腕を回し、しがみつく。抱き締めたい。それしかなかった。
ぼろぼろと溢れる涙が止まらない。アーシェとなってから、涙腺が弱くなったように思え、内心、苦笑する。
「ルーク…」
本当は呼んでやりたかった名前を、ナタールの耳元で繰り返す。記憶にあるような昔の自分の低い声とは違う、高い幼い声音だけれど、何度も何度も繰り返す。
繰り返す合間に、会いたかった、好きだ、と混ぜ込んで。
「あ、アアアッシュ?!」
待ってよ!
肩を掴まれ、アーシェはべり、とナタールから引き離された。思わず、頬を膨らませ、上目に睨む。
う、とナタールがたじろぎながらも、アーシェの顔を覗き込んできた。
「…アッシュ、なの?」
「そうだ。…お前は、ルーク、なんだろ。俺が知っている」
「…はは」
まさか、アッシュまでだなんて思わなかった。
呟くナタールに、俺だってそうだとアーシェも頷く。驚いたのは、お互い様だ。
じ、と翡翠の目で、アーシェはナタールの目を覗き込む。髪の色こそ黒く染めているため赤ではないが、瞳は本来の翡翠色だ。
ぱちん、とナタールの目が瞬いた。
「愛している」
「ッ」
「伝わっていなかったんだろう?伝わるわけがなかったよな。俺はお前に…本当に酷いことを言ったから」
お前の記憶を見たよ。すまない。すまなかった。
思考の回転に間に合わず、回りきらない拙い舌を動かし、何度も謝り、愛を伝える。目を逸らしてしまいそうになる己を叱咤し、ナタールを必死に見つめながら。
アーシェはもう逸らしたくなかった。逃げたくなかった。目を逸らして、後悔するのは嫌だったから。
大きな瞳を見開き、しっかりとナタールを見つめる。
ナタールが顔を真っ赤に染め上げ、顔を隠すように目を伏せた。さらりと前髪がナタールの顔に落ちる。
「俺、も見たよ」
「え?」
「アッシュの、記憶。…だから、知ってる。アッシュが本当は俺のこと、好きだった、ってこと」
「…それだけじゃ足りない」
緩く首を振り、ナタールの手を握る。温かい手。もう二度と、この手を離したくない。
身長差があることをいいことに、ナタールの懐に潜り込み、俯いた顔を下から覗きこむ。戸惑うように、ナタールの翡翠が揺れた。
(なんてことない)
理由なんて、単純なことだったとアーシェはそっと口の端に笑みを昇らせる。
この眼差しに惹かれたのも、当然だったのだ。だって、ここにいるのは、ナタールは。
(俺が愛しているル-クなんだから)
惹かれて、当然だったのだ。
「愛している」
好きよりも深く。
誰よりも深く。
穏やかに目を細め、幼子が浮かべるには柔らかく、愛情に満ちた笑みを零す。ナタールが息を呑む音がアーシェの鼓膜を打つ。
アーシェは両手でそっとナタールの頬を包んだ。触れられることが嬉しい。
「俺は後悔してきた。お前に何も伝えられなかったことを」
それどころか、誤解させてきたことを。
傷つけてきたことを。
誰にも愛されていないと、そう思いこんだまま、逝かせてしまったことを。
どれほど愛していても、伝えなければ、伝わらなければ意味がないこともわからなかった、以前の自分を何度罵ったことか。
「好きだ、愛してる」
「わ、…わかった、から」
「ダメだ。何度も言う。言わせろ」
「ええ?!」
「お前が本当にわかるまで、俺は何度でも言う」
言わなかった分も、傷つけた分も。たくさんたくさん。
ナタールにとって、それが当然になるまで、何度も何度も言ってやる。
愛されることが当然だと、そう思うようになるまで。
「愛してる」
覚悟しろよ。
にっ、と不敵な笑みをアーシェは浮かべる。そして、ひく、と引き攣るナタールの頬に口付け一つ。
「俺の愛は、お前のものだ」
他の誰のものでもない。
ただ一人、ルークという魂を持つ、お前だけのもの。
苛烈な感情を秘めた翡翠の両眼で、一心にナタールを見つめる。
「今度こそ、お前が幸せに生きられる道を作ってみせる」
「…アッシュ、ううん、アーシェ。俺だけじゃダメだ」
アーシェもみんなも幸せに生きられる道を作るんだ。
アーシェが愛する、哀しみを知る優しいナタールの目に、決意が煌く。
みんな、というのが、こいつらしいな、と苦笑いを零しながらも、アーシェは力強く頷いた。
「そうだな、ナタール」
みんなが笑って幸せになれる道を、今度こそ。
誰かを犠牲にするのではなく、みんなが手を取り合って。
それは綺麗事で理想論でしかないと笑う人間もいるだろう。けれど、預言とも、そして、自分たちが知る『過去』とも違う生を受けたナタールと一緒ならば。
「力、貸してくれる?アーシェ」
「当たり前だろう」
性別も名も変わっても、ローレライの力を持って生まれてきたのは、きっとそのためだ。
ルークの──ナタールのために。ナタールが愛するすべてのために。
そして、アーシェを愛してくれるすべてのために。
「…今度こそ」
後悔のないように。
アーシェはにこりと微笑み、誓いを立てるかのようにナタールの手の甲にキスを落とした。
この腕は短く、細いけれど、精一杯伸ばして。
「俺はお前を抱き締めるから」
ルーク。
ナタール。
抱き締められなかったアッシュの分も、アーシェとして抱き締めていくよ、と優しい翡翠の眼差しに、燃えるような紅い髪の少女は決意する。
ナタールもそれに頷いて、一人の決意は二人のものとなった。
END
10万HIT感謝企画一本目でした!
後悔はしているけれど、女々しくないアッシュ・・・と思いながら書いたのですが、お気に召して頂けたなら幸いです。
押せ押せアーシェとたじたじなナタールの二人は書いていて、楽しかったですー。