月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
web拍手に載せていた「灰の騎士」の過去話です。
アッシュとバラガスの話になります。
二人が任務に赴いた先で交わした会話。
バラガス・カーン。可笑しな男だと思った。
だが、ヴァンよりも信用出来るとそう思った。
その判断が間違いではなかったことを、アッシュは特務師団長となった今、何かとしみじみ実感している。
「…お前がいてくれてよかったと思ってる」
ぽつり、と呟いたアッシュに、バラガスの漆黒の目が丸くなった。
いきなり照れるだろ、と頬を掻き、バラガスが苦笑する。
本心だ、とアッシュは真っ直ぐにバラガスを見上げ、ふ、と笑った。
「バラガス、お前がいてくれなかったなら、俺はきっと押し潰されていただろう」
ヴァンの預言への、世界への憎悪に巻き込まれ、大切なものを見失っていただろう。
そうならなかったのは、バラガスという己の意志を貫く強さを持った男が側にいてくれたからだ。
その強さをすぐ側で示してくれていたからだ。
そうでなければ、とアッシュの唇に苦い笑みが滲む。
ピッ、と剣を振り、付いた血を払って、アッシュは剣を鞘に戻した。
足元には、バラガスと二人で片を付けた、小規模の盗賊団の屍が転がっている。
ここ最近、ダアトへと預言を詠んで貰おうと訪れる金持ちを狙い、襲っていた盗賊団だった。
特務師団を率いるほどの相手ではないとユーディの情報から判断し、アッシュはバラガスと二人で彼らの退治に赴いたのだ。
実際、『鮮血のアッシュ』と呼ばれるほどになったアッシュと、『雷光のバラガス』と謳われる神託の盾騎士団でもヴァンに並ぶ実力の持ち主であるバラガス、この二人の前では彼らは敵ではなかった。
「俺はいずれダアトから、ヴァンから離れるつもりでいる」
激しい動きで崩れ、下りてしまった前髪をかき上げ、アッシュはバラガスを見やった。
こくり、とバラガスが頷く。わかっている、と言わんばかりに。
「守りたいもんのために、だろ?」
盗賊団のアジトがあった森の中は静かで、誰に話を聞かれる心配もない。
アッシュは穏やかに笑み、生まれたばかりの己のレプリカと出会ったときのことを想起した。
「そうだ。ルークのために、あいつのために俺は生きたい」
異端として生まれた自分の半身。
初めて会ったときのあの感動を忘れない。
薄く開かれた透明な翡翠の目の無垢な光を忘れない。
微かに笑んだ唇を忘れない。
一人じゃないと、生まれて始めて思えたあの瞬間を、忘れない。
ルークは覚えてはいないだろうが、それでもいい。
「そんときは言えよ、アッシュ」
翠の目をゆっくりと瞬かせ、アッシュはバラガスを見つめた。
にっ、とその精悍な顔に、笑みが浮かんでいる。
バラガスの笑みは力強く、見ているだけでホッとする。
バラガスが大丈夫だと言ってくれたなら、それだけで安心できる。
バラガス・カーンというのは、そういう男だ。
「俺はお前さんに忠誠を誓った部下なんだからな」
頼りにしている、とアッシュは笑い、頬に飛んだ血をグローブで拭った。
バラガスという部下を得られたことを、誰ともなく感謝しながら。
END