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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2008.05.29
5万HIT感謝企画

絵理子さまリク「逆行女アス×逆行ルークでキムラスカ&六神将捏造」です。
ヴァンも捏造メンバーに入れちゃったんですがよかったのかな。
いろいろ細かい設定もありがとうございました!
六神将は名ばかりで、かついないキャラもいたりで応えられてるか不安ですが(汗)
微同行者厳しめ要素があります。





世の中、何が起こるかわからない。だから、どんなに不可思議なことが起きたとしても、不思議ではないのだ。
かといって、こんな事態は想定してなかったなー、ハハハ、とルークは乾いた笑みを零し、力なくため息を吐いた。幸せは幸せだが、先が読めなさ過ぎる。
だからこそ、思い描ける未来もあるのだけれど、不安も大きい。

「でも、頑張るしかないんだ」

拳を握り、天を仰ぐ。目に映るのは品のいい赤で塗られた天井ばかりで、空は見えない。空に浮かぶ音譜帯も見えないということだ。見えたところで、今、この時間軸では、感謝してもいるがはた迷惑でもある第七音素集合体は地殻に封じられているのだから、意味はないが。
コンコン、とノックの音がし、ルークは何だと声を返す。

「アーシェ様がお見えです、殿下」

メイドの答えに、個人的な客に使うよう、専用として与えられている応接室に通すよう命じる。迂闊に部屋に通すわけにはいかない。嫁入り前の令嬢を男の私室に通すのは躊躇われる。たとえ、婚約者同士であってもだ。
ルークは部屋の壁に取り付けた姿見の前に立った。ザッ、と格好を確かめる。
本来は赤い、だが、今は、黒に染め上げた長い髪がビロードのリボンで結ばれ、背に垂れている己の姿。着ている服は、かつてファブレの屋敷で過ごしていたころよりも形式ばったものだ。

「昔、か」

ぽつりと落とし、苦笑う。今となってはありえない未来の話だ。
ルーク──現在、ある理由から、本来の地位よりも下位の身である第四王位継承者に置かれている、キムラスカ・ランバルディア王国第一王子である、ナタール・ルツ・キムラスカ・ランバルディアは、髪を尾のように揺らし、婚約者の待つ応接室へと向かった。







全てを終え、消えていくのだと目を閉じたルークは、再び、閉じた目を光が白く焼いたことに驚き、目を開けた。目が開くと同時に、抑え難い衝動がこみ上げ、小さな口から泣き声が零れ出た。
おぎゃあおぎゃあと響く赤ん坊の声。それが己の声だと知ったときのルークの驚きようは、筆舌に尽くしがたい。

「ああ、私の赤ちゃん」

疲れきってはいるものの、優しい声とともに降ってきたのは、口付けだった。汗と乳の甘い香りのする女性は、どうやら母親らしい。黒髪の美しい女性は、どこをどう見てもシュザンヌとは似ても似つかなかった。

(何だよ、これ。どうなってんだ…?!)
困惑するものの、それを訴える術といえば、泣くことだけ。伝わるわけもなく、ただただルークは泣き叫ぶ。抱いてくれる女の腕の中は心地よく、ともすればうっとりと眠ってしまいそうだったが、それどころではない。だが、それどころではないのは、自分だけではなかったらしい。

「な、何故…ッ」

しわがれた老女の声がした。困惑を露わにする老女が、悲鳴じみた声を上げ、母の腕から赤子を奪おうとした。疲労しきっていたはずの母親は、それでも凄まじい力で赤子を庇い、側で控えていたメイドが悲鳴を上げ、黒髪の女から引き剥がそうと、老女を突き飛ばした。その声にバタバタと慌てて衛兵が走りこんでくる。

「私の赤ちゃんをどうしようと言うの…!」
「それは忌み子なのです、女王様!預言に詠まれたのは王女のはず!男児が生まれるなんて…そんな、そんな馬鹿な…!これでは孫を王女に出来ぬ…!呪わしい子どもは殺さなければぁ!」

預言を妄信し、世迷言を叫ぶ老女は、容赦なく引き摺られていく。廊下に叫び声が響いていたが、いつのまにやら聞こえなくなった。どうやら口を塞がれたらしい。

「大丈夫よ、私の愛しい子。愛しい王子。お前は私が守ってあげます」

女王と、彼女は言われていた。ルークは必死で頭を働かせ、状況を整理する。黒髪の王妃。彼女をどこかで見たことがなかったか。

(そう、だ。叔父上の部屋に飾ってあった肖像画…!)
この人は、あの肖像画に描かれていた亡き王妃にそっくりなのだ。ルークは驚愕し、泣くのを止めた。唇にふくよかな乳房を押し当てられ、本能のままに吸い上げる。

「乳母が何事か騒いだようだが、大丈夫か?!」

バタンッ、と扉を蹴破らん勢いで入って来たのは、ルークの記憶よりも年若いインゴベルトだった。推論が確信へと変わる。ルークはくらくらと眩暈を覚える。

「ああ、陛下。ご覧になってください。貴方の子です。玉のように立派な王子ですわ…!」
「王子…」

一瞬、インゴベルトが困惑に顔を歪めたが、赤子が己の乳房から乳を吸っているという歓喜に震える王妃は気づかなかった。ルークはんくんくと喉を鳴らしながら、近寄ってくるインゴベルトを待つ。彼の王が自分が知るように、預言を固く守ろうとする王であり、老女が口走ったように生まれるはずの子が女児であったなら、自分の命はないだろう。
緊張に震えたルークは乳房から口を離し、身を硬くした。インゴベルトの手が伸び、赤子をそっと胸に抱く。

「…おお、利発な目をしておる」
「ええ。鼻の辺りが貴方によく似ていますわ」
「口元はお前に似ておるな」

注がれる眼差しの優しさに、ルークはぱちぱちと瞬く。自分を殺しはしないのだろうか。預言から外れているであろう赤子を、彼は殺しはしないのだろうか。

「…陛下、先ほど、乳母の言ったことは」
「忘れなさい。あれは欲に溺れたのだ。預言という欲に」
「……」
「この子こそ、お前が生んだこの子こそ、我が子だ。愛しい我が王子」

額にインゴベルトの唇が押し付けられ、髭のくすぐったさに、ルークは身をよじった。小さな手でその髭を掴む。あいたたた、と痛がりながらも、インゴベルトは嬉しそうだった。

「父として、お前を守らねばな」

優しく穏やかに微笑む王の目に、きらりと光る決意をルークは見つめた。







(過去に戻る、なんてことがあるなんてなぁ)
何を思ってこんな真似をしたのかまではわからないが、ローレライの仕業に違いない。ナタールは頭を掻く。他にこんな真似が出来るものがいるとは思えない。それに、ヴァンとのこともある。
通り過ぎる使用人や衛兵たちに、ご苦労様と声を掛けながら、廊下を行くナタールは彼らの敬愛を高めていく。何も意識してやっているわけではない。ナタールにとって、それはごく自然な友愛を示しているに過ぎない。だからこそ、ナタールは人を惹きつけてやまなかった。

(あんな体験したあとじゃ、もう何にも驚くことないって思ってたけど…)
応接室の前に立ち、扉を軽く叩く。中からすぐに返事があった。
ノブに手を掛け、ゆっくりと押す。
どんな不思議なことがあっても、自分自身が既に不思議なのだから、驚くことはないと思っていたナタールを驚かせたものが、中で待っていた。

「ああ、会いたかった、ナタール」

長く紅い髪を背に垂らし、男装に身を包み、対外的には『ルーク』と名乗る、ファブレ家令嬢、アーシェ・フォン・ファブレの笑みに、ナタールも笑みを返し、扉を閉めた。途端に駆け寄ってくる、自分よりも小柄な身体。
受け止めたナタールの頬に、アーシェの口付けが送られた。

「だ、誰もいないからって…」
「誰かいたとしても問題はないだろ?婚約者同士なんだから」

にっ、と凛々しく笑うアーシェに苦笑する。確かにそのとおりだ。慎みを持てと説教もされるが、大体の人間に微笑ましいものとして見られていることをナタールは知っていた。お返しとばかりに、アーシェの頬にもキスを送る。嬉しそうに笑うアーシェに自然と笑みが浮かんだ。

(本当…始めはどうなることかと思ったけど)
なるようになるものだ。髪を翻し、作ってきたというタルトへと歩み寄っていくアーシェに続きながら、ナタールは『初めて』アーシェに出会ったときのことを思い出した。
自分よりも時を遅くして生まれたアーシェに出会ったのは、アーシェが生まれたばかりのころだ。最初は複雑な思いがあった。お前の婚約者となる赤子だ、と産後の肥立ちが悪く、亡くなった母の分も愛情を注ぎ、守ってくれるインゴベルトに連れられ、出会った子ども。
出会うまでは不思議でならなかった。ルーク・フォン・ファブレは男児であるはずなのに、何故、同じく男児である自分の婚約者となりえるのか、と。それを言うなら、ダアトに預言どおり、女児も生まれ、死産となり、乳母の孫と取り替えたのだと思い込ませるため、二卵性の双子の妹として引き取ったメリル・オークランドに、ではないのだろうか、と。
メリルを王女としてもなお、ナタールの存在は預言に詠まれていないと抗議されたようだが、存在していないとも詠まれていないだろう、とインゴベルトは跳ね除けた。強引極まりないが、キムラスカとのパイプを獲たいモースがそのとおりだと周囲を説得したらしい。そのモースも今では、ダアト内の汚職に関わったとして、降格処分となり、一信者と変わらぬ身の上らしい。せいせいした笑うインゴベルトに、ナタールも思わず、頷いてしまったほどにモースは恩着せがましかった。

アーシェに会って、ナタールはすぐに納得した。シュザンヌが生んだルーク・フォン・ファブレとなるはずの子は、自分が男児として生まれたのとは反対に女児として生まれていたからだ。ナタールは幼いころ、ダアトを欺くため、ルークという仮初の名とともに、男児として育てられることになったアーシェとよく遊んだ。
ある日、ナタールは自分の知る眉間にいつも皺を寄せていたアッシュにも、こんな可愛い子ども時代があったんだよなぁ、と幼いアーシェとともに遊びながら、しみじみ思い、ふと思いついたままに、アーシェを「アッシュ」と呼んでみた。戯れのつもりだった。アーシェがきょとん、とするだろうと。けれど、実際にはアーシェは目を丸くはしたものの、ぼろぼろ泣いてナタールに抱きついてきたのだ。
ルーク、と呼ばれ、ナタールは心底驚いた。過去へと戻ってきたのは、自分だけではなかったのだ。
それ以来、アーシェはナタールにべたべたと懐いた。それこそ、両親よりも。シュザンヌはアーシェはナタールが本当に好きなのね、と微笑んでいるが、クリムゾンの方は男親だけに、複雑そうにしている。たぶん、愛娘に夢でも見ていたんだろうなぁ、と眉間の皺が増えたクリムゾンを見るたびに、ナタールは苦笑している。「アーシェはパパのお嫁さんになるの」とでも言って欲しかったに違いない。

うきうきとタルトを切り分けるアーシェを横目に、椅子へと腰を下ろしたナタールは、内心、吐息する。それにしても、まったく、思いもしなかった。
アッシュが自分に惚れていた、なんて。

(わかるわけねぇよなぁ)
何しろ、顔を合わせれば屑だの、レプリカだのと罵倒されていたのだ。それが実はすべて照れ隠し、愛情の裏返しだったなんて、誰にわかるというのだ。大爆発により、記憶を共有するまで、ルークはまったく気づいていなかった。知ったときは言葉を失ったほどだ。
そして、今、アーシェとして生きるアッシュは、自分がアッシュの記憶を共有したのと同じく、ルークとして生きた自分の記憶を見たらしく、猛反省したらしい。まったく伝わっていなかったことを悔い、せっかく得られたやり直しの機会では、素直に愛情を表現することにした、と以前、宣言された。
その言葉どおり、アーシェは積極的にナタールへと愛を伝えてきた。好き好き好き大好き愛してる。何度言われたか、数え切れないほどである。
アッシュの記憶を見て、それが本気であることを知ってしまっているナタールが、アーシェに陥落させられのに時間は掛からなかった。

「ほら、ナタール」
「ん、ありがと、アーシェ」

微笑とともに果物一杯のタルトを受け取る。嬉しそうに頬を染めるアーシェは実に愛らしい。ナタールも同じく頬を薄く染め、タルトをナイフで切り分けた。口に入れれば、タルト生地がサクホロッと砕け、カスタードと果物の甘さが広がる。

「うん、美味しい」
「そ、そうか、よかった!」

ホッと息を吐くアーシェに、ナタールは何度も頷いた。本当に美味しい。もっとも、今や料理が趣味の一つとなっているアーシェの作るものは何でも美味しいが。
そのうち、エンゲーブに連れて行ってやりたいなぁ、とナタールはタルトを味わいながら思う。エンゲーブの素晴らしい食材の数々を前にしたときに見せてくれるであろう、アーシェの輝かんばかりの笑みを想像し、ナタールの頬が緩む。
あっという間に一切れ食べ終わり、おかわりと皿を差し出したところで、二人の他、誰もいない応接室にノックの音が響いた。誰だ、と問えば、「私ですわ」と可憐な少女の声。アーシェが、く、と眉間に皺を寄せるのに吐息し、ナタールは入室の許可を出した。ここで断れば、あとが大変なのだ。

「失礼致します、お兄様。あら、アーシェもいましたのね」
「知っていて邪魔しに来たんだろ、メリル」
「あら、イヤですわ。私は愛しいお兄様に勉強を見てもらいたくて探していただけですのに」

ほら、と勉強道具一式を持ち上げるメリルに、アーシェが舌打ちする。ナタールは、はは、と乾いた笑いを零し、隣に来るよう、妹を手招いた。この二人はいつもこうだ。顔を合わせるたびに、自分を巡って喧嘩している。こうなったのはいつからだろう。幼いころには始まっていた気がする。
城でもナタール大好きと堂々と公言するアーシェと、ブラコンであるメリルの喧嘩はよく知られていた。今日はどちらが勝つか、とこっそりと賭けをしている者すらいる。不敬で捕まえるのは簡単だったが、数少ない楽しみなのだろうと、ナタールも王も見て見ぬフリをしている。

(アッシュって少なくともガキのころは、ナタリアに惚れてたはずなのになぁ)
まったく、と両隣で火花を散らす二人の少女に挟まれながら、ナタールはぱく、とタルトを口に入れた。誰か救いの手を差し伸べてはくれないだろうか。
そんなナタールの心の声が聞こえたかのように、使用人がヴァンの来訪を告げた。

「ヴァン師匠が?!」

ラッキーと言わんばかりに顔を輝かせ、そそくさと席を立ち上がるナタールに、少女二人の恨めしげな目が向く。う、と思わず、頬を引き攣らせながらも、ナタールはわざとらしく咳払うと、それでは、と二人に向かって優雅に腰を折った。
二人を置いて、部屋を出る。中では二人が予期せぬヴァンの来訪にぐちぐちと文句を言い合っているようだ。何だかんだと言いつつ、二人の仲は悪くないのである。
助かったよ、と使用人の肩をポン、と叩き、ナタールはヴァンが待っているという公式な場で使う、今までいたのとは別の応接間に向かう。アーシェのことは愛しているし、メリルも妹として可愛がっているが、それはそれ。これはこれ。

(でも、何でヴァン師匠、こんな急に…)
たくさんの人を、ルークは救えなかった。だから、理由も方法もわからないが、前とは違う立場で与えられた機会を、ナタールとして活かすことを考えた。ヴァンも救いたいと、そう思った。ヴァンも六神将たちも、みんなみんな。贅沢なことだとわかっている。救いたいなんて、本当は傲慢でしかないのかもしれないともわかっている。所詮、エゴだと、わかっている。
それでも、捨てられない願いを叶えるため、ナタールはアーシェとともに動き出した。まずは王子としての立場を利用し、自分とアーシェのための剣の稽古をつけてくれる相手として、ヴァン・グランツを配してくれるよう、王に頼んだ。アーシェ──『聖なる焔の光』に近づきたがっていたヴァンは、一も二もなく了承した。

「ヴァン師匠!」

応接間の扉を開けてくれた使用人に礼を言い、中へと入る。花瓶に生けられた鮮やかな花を眺めていたヴァンが、笑みとともに振り向いた。その笑みを見るだけで、ナタールはいつも嬉しさと一抹の哀しみを覚える。ヴァンが心から笑んでくれていることは嬉しい。けれど、自分が知っていたヴァンが向けてくれていた笑みが、偽りのものでしかなかったのだと思い知るのも事実で。心のうちで苦笑し、ナタールはヴァンに歩み寄った。

「急な来訪、申し訳ありません、ナタール殿下。公務のお邪魔にならなければよかったのですが」
「大丈夫ですよ。今日の公務は午後からですから」

会議も昨日から休会となっている今、急ぎの仕事はない。だからこそ、アーシェは腕を振るい、タルトを持って、顔を見せに来てくれたのだ。そんなアーシェの気遣いが、ナタールは愛しくて仕方がない。何かアーシェに贈り物がしたいな、とヴァンを促し、自身も椅子へと腰掛けながら考える。
あの紅い髪に合うような髪飾りがいいかもしれない。あとでメイドに相談してみよう、とナタールは決めると、ヴァンと向き合った。

「それで、今日はどうなさったんですか?」
「うむ…」

何やら言いよどむヴァンに、ああ、と頷くと、ナタールは扉の前に立つ衛兵にサッ、と手を振った。ヴァンが人払いを望んでいると察したのだ。察しのいい弟子に、ヴァンが穏やかに目を細める。言葉はなかったものの、褒められたように思え、ナタールは薄く頬を染めた。

「さて、と。この部屋は当然、防音になっていますから、敬語も止めてくださいね、ヴァン師匠」
「しかし」
「ダメですったら。イヤなんです、俺が」

ね?と小首を傾げて言えば、わかったとヴァンが苦笑しながら頷く。人の目のある場所で公的な口調を用いねばならぬのはわかるが、人の目がない場所ならば、砕けた口調でいて欲しいとナタールは思う。ローレライ教団の謡将とキムラスカの王子としてではなく、師と弟子として接して欲しいのだ。

「それでは、ナタール。インゴベルト陛下にも内密に伝えたのだが」
「父上に?」
「うむ。マルクトがキムラスカとの和平に動き出した」
「…そうですか」

もうそんなときか。ナタールは眉根を寄せ、吐息する。椅子に深く背を預ければ、ギシ、と僅かに音を立てた。
『聖なる焔の光』の死が詠まれた預言の年。

(アッシュは、また『聖なる焔の光』として生まれた)
自分はそれを逃れ、超振動の力も失ったが、アーシェとなったアッシュにはある。預言と違うのは、性別と真の名だけ。
テーブルの下で、ナタールは拳を握る。死なせるものか。死なせたりなどしない。

「お前の、言うとおりになったな」
「…ヴァン師匠」
「だが、安心しろ。私たちはお前たち二人を守ってみせる。可愛い弟子を預言の犠牲になどさせん」

ヴァンの頼もしげな笑みに、ナタールは胸が詰まる。そうだ、俺は一人じゃない。世界の犠牲になれと、犠牲ばかりを強いてきたあの同行者たちに囲まれるしかなかったあのころとは違うのだ。
ヴァンにくしゃりと頭を撫でられ、ナタールは目を瞠る。優しく、大きな手だった。

「私は、私たちはお前たちに救われた。そんなお前たちを死なせたりなどせん」
「…師匠」

何度か稽古を重ねた、ある日。ナタールはヴァンに一つの賭けを申し出た。どちらか一本取った方の言うことを何でも聞く、という賭けを。
ヴァンは簡単にその賭けに乗った。所詮は子どもの遊び。機嫌取りをするのも悪くはないと言わんばかりに。
稽古はいつでも人払いをして行っていたから、ナタールとアーシェの二人しか、ヴァンの前にはいなかった。二人は満足げに笑み、ナタールはヴァンから一本を奪った。ヴァンから教わっていないはずのアルバート流の奥義で勝利したのだ。
何故、と驚愕に目を瞠り、膝をついたヴァンに、ナタールはアーシェとともに歩み寄り、手を差し伸べた。賭けは俺の勝ちですね、と微笑みを浮かべて。
困惑し、動くことも出来ないヴァンに、手を差し伸べたまま、二人は静かに語った。自分たちが経験したことを。自分たちが知るすべてを。預言に奪われたヴァンのすべてを。その上で、二人はヴァンを説得しようとした。同じ過ちを、ヴァンに犯して欲しくなかったから。
秘預言さえも語る自分たちにヴァンが向けた不審の目。そこには恐れも混じっていたように思う。得体の知れぬ者を見る目。諦めようとしたアーシェに、ナタールも意思が挫けかけたとき、ヴァンを焔が包み込んだ。紛れもない、ローレライの焔。
ゆらゆら揺らめきながら、ローレライは言った。『栄光を掴む者』などどうでもいいが、お前たち二人の幸せに不可欠だというのなら、協力する、と。
やはり、今の状況にローレライが絡んでいたのかと、二人はため息を零さずにはいられなかった。

「あのとき、ローレライが私に見せた『記憶』は、今でも私を苛んでいる」
「……」

メイドが用意していった紅茶のカップに視線を落とす。冷めた紅茶からはもう湯気も昇っていない。色も香りも褪せてしまったようだ。ヴァンが悔いるように首を振った。
ヴァンが見た記憶。それは、ルークとアッシュが互いに共有し合い、混ざり合った記憶だった。二人が得た希望。二人に与えられた絶望。二人の──死。
ローレライが離れたあとのヴァンの顔を、ナタールは忘れない。どうやらアーシェも同じらしい。
ヴァンは、愕然としていた。その目には、涙すら滲んでいた。ナタールはヴァンへと差し出していない手でアーシェと手を握り合った。故郷を奪い、幸せを壊した預言への憎しみに凝り固まってはいたけれど、本当は優しい人なのだと、ナタールはヴァンを見つめ続けた。本当に冷たい人だったなら、リグレットやラルゴがついて行くことはきっとなかっただろう。
ヴァンは目尻の涙をそのままに、ゆっくりと顔を上げ、差し出した二人の手を取った。

「だからこそ、私は後悔していない。お前たちの手を取ったことを」
「ヴァン師匠」
「ナタール、和平の仲介には、私が向かう。導師イオンの名代としてな。預言に詠まれた死から逃れることは出来たものの、依然、身体の弱い導師に長旅をさせるわけにはいかんからな」

導師イオン。彼のことを考えるとき、ナタールの胸はちくりと痛む。ヴァンは、レプリカに関わることをよしとしなかった。被験者に搾取されるばかりのレプリカを見てしまったヴァンに、それを選択することは出来なかったのだ。ディストもまた、子どもと言えるレプリカたちを待つ『未来』を聞き、研究を止めた。だから、今、この世界にレプリカのイオンはいない。シンクも、フローリアンも。モースにはレプリカという存在を教えすらせず、汚職を理由に導師イオンの側から遠ざけた。
そして、ヴァンはローレライに見せられた『記憶』をリグレットたちに話し、計画を変更する旨を伝えた。その上で、自分について来るもよし、離れるもよし、好きにしてかまわないと言ったヴァンから離れる者は、結局いなかった。

「師匠が、和平の仲介を…」
「ああ。そのために、今日中にカイツールまで出向く必要があってな。そこで待ち合わせることになっているのだ。しばらく、お前たちの稽古は見てやれなくなるから、そのことも言っておこうと思って、呼び出したのだ」
「それは、わざわざすみません」
「何、陛下にも一言言っておいた方がいいだろうと思っていたからな。旅券も頂いた」

時計をちらりと見やり、そろそろ行かなくては、と腰を上げたヴァンに倣い、ナタールも立ち上がる。ふと、視線を感じ、ヴァンに目を向ければ、穏やかな微笑とぶつかった。

「私は──私たちは、皆、お前たち二人に感謝している」
「……」
「過ちに気づかせ、預言からの脱却の道を示してくれたお前たちに」
「そんな…俺は…ただ…俺は」

ゆっくりとヴァンが首を振る。ナタールは言葉に詰まり、俯いた。ぽん、と頭にヴァンの手が乗った。

「お前はお前の道を、迷いなく進みなさい。私たちはお前がその道を切り開くための助力を惜しまない」
「……」
「何があろうと、我々はお前たち二人の味方だ」
「…今の俺には、ルークであったころよりも、守りたいものがあるんです。それこそ、たくさん」
「ああ」

溢れそうになる涙を耐え、ぽつぽつと落とすように呟く。それを一つ一つ、ヴァンが拾ってくれるのを確かめながら、ナタールは続けた。
厚いカーテンの隙間から、細い筋となって日の光が差し込んでいる中、師の前で弟子は不安を口にしていた。

「たくさんありすぎて、俺の手じゃ、零れちゃうんじゃないかって不安に、なるんです。それでも、俺は…俺の道を進んでもいいのか、って不安、に」
「大丈夫だ、ナタール」

水を掬い上げるように小指同士を合わせたナタールの両の手を、下からそっと包むように、ヴァンの手が覆った。自分の手よりも、一回り大きな手。無骨な剣士のたくましい手。

「お前の手が守りきれなかった分は、私が守る。お前の手から零れた水は、私が掬おう。これでもまだ不安か?」

大きな笑みを浮かべるヴァンを見上げ、一、二度、瞬き、ナタールは破顔した。ヴァンという師を持てたことは、ナタールにとって幸いに他ならなかった。

「いいえ、師匠。ありがとうございます」
「不肖の弟子を助けるのも、師の役目だからな」
「あはは」

冗談めかして言うヴァンに、目尻に滲んだ涙を指先で拭い、笑う。ヴァンを嫌っていたろうに、力を貸してくれたローレライに、ナタールは感謝した。

(俺はもう、後悔したくないんだ)
ルークであったとき、味わった絶望を再び味わうような真似はしたくない。
自分を深く愛してくれているアッシュ──アーシェを失いたくもない。
だから、自分が歩んだのとは違う未来へと進む、この行き先が不確定の世界で精一杯生きてみせる。

「それじゃあ、ヴァン師匠。お気をつけて。俺もアーシェのところに戻らないと。今頃、メリルと一緒に愚痴りあってるところでしょうから」
「なるほど、それはアーシェに悪いことをしたな。謝っておいてくれ」
「ええ」

城を出て行くヴァンを見送り、さて、とナタールは廊下を振り返った。拗ねているだろうアーシェの機嫌を、どうやって取ろうか、悩むところだ。

(愛してると言ったら、許してやるとか言い出しそうだよなぁ)
アーシェたちの待つ応接室へと戻りながら、うう、と呻き、嘆息する。もちろん、アーシェのことは愛している。愛しているが、恥ずかしいことに変わりはない。だから、ついつい、愛していると言われると、俺もと返してしまうのだ。それをアーシェが密かに不満に思っていることには気づいているのだけれど。
でも、たまにはこちらから言ってみようかな、とナタールは小さく笑う。きっと顔を真っ赤にして、笑ってくれるだろう。

窓ガラスに映る自分の髪に、目を留める。預言から脱却できた暁には、必ず、赤へと戻すと決意している髪を握る。
為政者として、自分はまだまだ未熟だ。けれど、国を治める者としての誇りは、誰にも負けるつもりはない。頼るのが当たり前だった預言を捨ててでも、自分を守り、愛してくれる父のためにも。

(俺は、ルーク・フォン・ファブレだったことを忘れない)
けれど、今生きるこのときを、生きていくと決めたのだ。ナタール・ルツ・キムラスカ・ランバルディアとして。
ナタールは髪を背へと払い、迷いのない足で踏み出した。


END


本編ギリといったところになってしまったのですが、にょたアス、楽しかったです。
自分だとなかなか思いつかないので…。
楽しんで頂けたなら幸いですー。
ちなみに、第一王位継承者はクリムゾン、第二にメリル、第三にアーシェです。
預言脱却後は、ナタールが第一王位継承者だと公表することになるので、あくまでダアト対策の順番です。

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男前ルークx可憐アッシュですね!
こんばんは。逆行物アシュルクはたくさん読んだことがありますが、男前になったルークx可憐になったアッシュ♀は初めて見ました。とっても新鮮で、しかもヴァン師匠が素晴らしいスパイスで、最高に面白いです!! この設定で他にも読んでみたいと思いました(あくまで読者の我侭意見なので、スルーしてください/汗) ナタール殿下はきっと名君となるんでしょうね。良き父となったインゴ陛下も、マルクトと上手くやっていけそうでホッとしました。この調子だとティアも良い教育を受けて育っていそうだし、アニスもモースに囲われる(違)ことなく過ごしていそうですね。ジェイドは変わらないだろうし、ホド戦争は違いなく起こったようなので、ガイもわかりませんが……PTも結果として原作での一部醜態を晒さなくてすみそうですね。ある意味、誰もが幸せな設定なのかもしれないと思います♪ それでは長々と失礼しました。
アマエ: 2008.05/29(Thu) 18:09 Edit
コメントありがとうございます!
こんにちはー、アマエさん。いつもコメント、ありがとうございますv
私も今回の話は書いていて新鮮でした(笑)書いている間、楽しかったので(特にメリルとの会話あたりが)面白いと言って頂けて嬉しいです!
師匠なヴァンは頼りがいのある師匠を目指してみまして。スパイスとなっていたならよかったです~。
おお、他の話もですか!や、実はアクゼリュス派遣あたり…というか、この続きを書いてみたいなー、と思ってまして。そのうちお目見えするかもしれません(笑)そうなると、ティアは出番があるかもですが、アニスはなさそうかな、と。スパイになる必要ないので、両親説教して地道に借金返してそうなので…。ガイとジェイドはちょっと悩みどころです(汗)でも、ヴァンが改心してると、ガイのことは説得してくれそうなので、この設定の話は確かにいろいろとみんな幸せになれそうかも…。緑っ子たちもロー様が何かしらやらかせばいけるな(笑)
ではでは、コメント、ありがとうございましたv
2008/05/30(Fri)
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