月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
アシュルク。ED後…というか、ED中。
セレニアの花畑のシーンです。帰ってきたところ。
ジェイドとアニスは救いがありますが、他三人には厳しめです。
注!同行者厳しめ
月光を受けたセレニアは、白く輝いていた。
その花々に囲まれ、すっくと降り立った青年に、その場にいた全員が息を呑む。
ルーク、とまずティアの唇が動いた。青年から返ってきたのは、優しい微笑だった。
「ルーク…!」
ほろり、と涙を零し、ティアが青年へと駆け寄る。
けれど、その軍人とは思えぬ細い指が届く前に、青年が一歩、後ずさった。
「ルーク?」
「どうかしたのか?」
「…どうして、その」
逃げるかのようなの、とティアは青年に目で戸惑いがちに問いかけた。青年はなおもにこりと優しげに笑ったまま、首を傾いだ。
聞き分けのない子どもに言い聞かせるかのように、青年が困ったように眉尻を下げる。
「誰だって汚いものに触れられるのは嫌だろう?」
「え?」
ティアは、そして、ティアの背後にいたガイたちは己の耳を疑った。ただ一人、ジェイドだけが諦観した面持ちで、視線を俯かせ、吐息する。
青年がそんなジェイドをちらりと見やり、ティアへと視線を戻すと、微笑を崩さぬまま、また一歩下がった。
「…貴方は」
ぽつりと呟くジェイドがすべてを言い終わる前に、青年がこくりと頷く。ああ、とジェイドの唇から呻きが零れた。
何ですの、とナタリアがジェイドに問いかける。
「アッシュ、なんですね」
ふぅ、と蝋燭の火が消えるように、青年の顔から優しさが消え、代わりに嘲りが滲んだ。
ジェイド以外の四人が揃って目を瞠る。
「アッシュ…なんですの?」
一人、ナタリアだけがその緑の目を煌かせ、震えるティアの横へと進み、アッシュへと手を伸ばした。
アッシュは嘲りを消すことなく、また後ずさる。アッシュ?とナタリアが訝しげに首を傾げた。
「どうなさいましたの?」
「聞こえなかったか?汚いものに触れられたくないんだ、俺は」
「な、何を、仰いますの」
月明かりの下、ナタリアの顔から血の気が引く。品よく紅が塗られた唇が、ふるふると戦慄く。
アッシュがつまらなそうに鼻を鳴らし、膝を折ると、セレニアの花を一本、手折った。
一本、一本、丁寧に手折り、ナタリアを見ることなく、花束をアッシュの手が作っていく。
「子どものころならばいざ知らず、大人になっても結局、お前は変わらないんだな、ナタリア。いつだって俺とルークの違いに気づかない。まあ、お前に限ったことでもないが」
ちろ、と翡翠の目が、ガイへと滑った。ガイが己の失態は、貴様のせいだと言わんばかりにアッシュを睨む。
拳を握り、一歩踏み出すガイから逃れるように、立ち上がったアッシュの足がまた背後へと向かう。
「ルークはどうした」
「お前に教えてやる義理はねぇ」
「ふざけるな!ルークはどこだ!」
「どうだっていいだろ。ルークが望むなら別だが、あいつはお前らに会うのを望んじゃいねぇんだからな」
「なん…ッ」
「…そうでしょうね」
「うん、…そう、だろうね」
ティアたちと違い、一歩も動かず、アッシュを見つめていたジェイドとアニスの二人が、ぽつりと呟く。ティアたちが何を言っているんだとばかりに、ジェイドたちに訝しげに眉をひそめた。
「だって、私たちは汚いもん」
「ええ、アニスの言うとおりです。ルーク一人にすべての罪を押し付け、ルーク一人を犠牲にした。…そして、私たちは世界を救った英雄の地位に甘んじている。まさに汚い人間、ですね」
表情に陰りを落とすジェイドとアニスに、ティアたちが困惑の目を向ける。
三人は、わかっていなかった。
何も、何一つ。
ルークと記憶を共有したアッシュが、ジェイドとアニスにだけ、僅かに和らいだ視線を向けた。
「そう思うなら、生き残ったレプリカたちを、頼む」
「うん、わかってるよ、アッシュ」
「ええ、ルークにも伝えてください。貴方の言動を考えるに、ルークは音素帯にでもいるのでしょう?」
「ああ、肉体はないがな。だから、あいつの代わりに俺が来た。あいつが見たいと言っていたセレニアの花を摘みに」
決してお前たちに会いに来たのではないと言外に含むアッシュに、ジェイドとアニスの二人が苦笑する。
ナタリアが短く悲鳴を上げ、嘘だというように首を振った。
「側にいてくださるのでしょう?!私を一人になどなさらないですわよね、アッシュ。私とともにキムラスカを…」
「断る。…俺が愛してるのは、お前じゃない」
アッシュがきっぱりと言い捨て、空を仰いだ。きつく吊り上げられていた翡翠の目が緩む。
それは愛しげな光を宿し、唇にも柔らかな微笑が滲んだ。
偽りの優しさではない、本物の優しさがそこにあった。
「今、帰るからな、ルーク」
「待って!ルークを返して!」
悲痛な叫び声を上げ、涙の粒を散らすティアに、アッシュの眉が不快そうに寄った。ジェイドやアニスもまた、悲劇のヒロインのように手を胸の前で組み合わせるティアを目を眇めて睨んでいる。
ナタリアもまた、アッシュへと詰め寄り、懇願の目を向けた。ガイも同じく、ルークを返してくれ、と喚く。
「素直で心優しいルークを返して、か?」
「ええ、そうよ!」
「罪の意識に漬け込み、命を犠牲にしてまでも、お前たちに従順であるように仕向けられたルークを返せ、ということか」
ハッ、と鼻を鳴らし、ティアたちを嘲るアッシュに、ティアたちの頬が怒りに赤く染まる。眉を吊り上げ、何を言うの!とアッシュを睨んだ。
翡翠の目が、月のように冷徹な光を宿し、細まる。
「違うのか?俺はルークの記憶を見た。心を見た。お前たちは、アクゼリュスの前まではルークに何も教えず、嘲り、アクゼリュス後はお前は間違ったんだと、自分たちに従えと強要していた。そういうふうにしか、俺には思えなかった」
違うと反論するティアたちに付き合っていられないとばかりにアッシュは首を振り、また空を見上げた。
紅い髪がふわりと靡くと、焔のように揺らめいた。
焔はアッシュの身体を包み、伸ばされたティアやナタリア、ガイの手のひらを焼いて。
呻くティアたちを置いて、セレニアの花束をしっかりと抱きかかえたアッシュが目を閉じ、ゆっくりとその身体が浮き上がり──焔が一際明るく燃え上がり、アッシュの身体を完全に包み込んだかと思うと、一瞬で掻き消え、あとには何も残っていなかった。
ティアたち三人の手のひらに罪人の証のように刻まれた火傷以外は。
ティアとナタリアが回復譜術を唱えるが、その火傷が消えることはなく、痛みが癒えることもなかった。
「…あれって」
「第七音素が残した『火傷』ですからね、第七音素で癒えるわけがない」
まるで呪いのようですね、とアニスが自分の火傷はなくとも、大切な人の血に濡れた手のひらを見下ろし、目を伏せた。
END