月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
2008.08.28
5万HIT企画
「それでも世界は輝いている」の後編です。
特にガイに厳しめです。
アニスやナタリアは出番なしです…。
ファブレの使用人たちや白光騎士たちが捏造入りぎみかな。
クリムゾンやインゴベルトも少し捏造入ってます。
注!同行者厳しめ
「それでも世界は輝いている」の後編です。
特にガイに厳しめです。
アニスやナタリアは出番なしです…。
ファブレの使用人たちや白光騎士たちが捏造入りぎみかな。
クリムゾンやインゴベルトも少し捏造入ってます。
注!同行者厳しめ
はっ、と短い息を吐き、ルークは稽古相手の新参者の白光騎士へと木刀を振り下ろした。ガツン、と音がし、木刀を握った両手に、衝撃。
けれど、木刀は決して離さず、ルークはギッ、と白光騎士を睨み据え、背後へと飛び、間合いを取った。
両手で木刀を握りこみ、足を踏み出す。右に視線をちら、と向け、相手の意識が釣られたのと同時に、左へとルークは飛び込んだ。
今は稽古の相手のために、鎧を纏っていない白光騎士の胴を木刀で薙ぐ。鈍く、重い手応えがあった。
ぐぅ、と呻き声とともに、白光騎士が倒れはしなかったものの、体勢を崩す。
「…お見事です、ルーク様」
「ありがとな。つか、大丈夫か?」
「ええ。…先輩方の扱きはもっと洒落になりませんから」
「そ、そうか。ならいいんだけどな」
ふ、と顔に影を落とす新米騎士に苦笑する。よほど厳しい訓練らしい。
でも、それもそうか、とルークは中庭や廊下を護衛する白光騎士たちを見回した。ティアの襲撃以来、屋敷の警護はより強化されている。猫の子一匹逃さぬ構えだ。
(…でも、だいぶ顔ぶれが変わっちまってるな)
兜を被っているから、正確な人数まではわからないが、聞き覚えのない声の者たちがいる。今日、稽古の相手をしてくれた、この騎士もそうだ。三日前に配属されたのだと、そう言っていた。
何で、と父に詰め寄ったルークに、降格処分となった白光騎士団長が内心の屈辱を隠し、言った言葉が脳裏を過ぎる。
侵入者を許した上、ルーク様の御身まで危険に晒すこととなってしまったのだから、当然なのだと。全員、次の就職先まで世話され、むしろ寛大な処置だったのです、と諭すように、クリムゾンとそう年の変わらぬ彼は言っていた。
(あいつに、突っ込んでったのは俺なのに)
ヴァンを守るためとはいえ、後先も考えず、ティアへと──侵入者へと突っ込んで行ってしまったのは、自分だ。落ち度は自分にもある。
だからこその『寛大な処置』とやらなのだろうけれど、ルークはキリ、と唇に歯を立てた。
悔しかった。自分をわかっていなかった自分が、悔しかった。
「…なぁ」
「はい」
「お前はさ、俺が大事?」
「当然です。ルーク様はいずれこの国の王となられる方。大事な主君となられる方ですから」
一瞬の躊躇も澱みもない答えに少しだけ苦笑を零し、ルークはありがとな、と笑った。アリエッタが言った意味が今はよくわかる。
自分は守られるべき存在なのだという、言葉が。
キムラスカの第三王位継承者であり、ファブレ公爵家嫡男という地位があればこそなのは、わかっている。だが、それも自分の一部なのだと、ルークは屋敷を見渡し、思う。
(記憶のない俺なのに、それでも、みんな、無事でよかったって言ってくれた)
責めたっていいのに。責められても、当然なのに。
浅はかな行動で、多くの人間を傷つけたのは自分だ。元凶はティアであるとはいえ。
もっと自分のことを知らなくては、とルークは一人、頷く。自分という存在がどういった存在であるかを、知らなくては。もう二度と誰も傷つけたくはない。
それに、自分を知らなければ、何が出来るかもわからない。何が出来るかわからなければ、アリエッタを守るために何が出来るかも、わからない。
「忙しいのに、稽古に付き合ってもらって悪かったな」
「何を仰います。こうして相手をさせて頂けるなんて、光栄の極みですから。無事、戻られてからのルーク様は、本当にいろいろと頑張ってらっしゃいますし、そのお力になれたなら、何よりです」
「でも、まだまだだけどな」
「だからといって、根を詰め過ぎても身体に毒ですよ」
心配そうに眉根を寄せる騎士に、こくりと頷く。
確かに、そのとおりだ。腕の痺れは取れたが、握った木刀がいつもよりも重く感じられる。疲労が溜まっているのだろう。
「…ここまでにしとくか」
「はい。ああ、どうやら、勉強の時間でもあるようですしね」
「……もうそんな時間か」
騎士の視線に釣られ、廊下を見やったルークの目に、ぺこりと自分へと向かって頭を下げる教師の姿が映る。
剣の稽古だけではなく、勉強にも身を入れるようになったとはいえ、簡単に苦手意識が消えるわけではない。初歩から教えてくれ、と最初に念を押しておいたから、今度の家庭教師はいきなり難解な本を読ませるような真似はしないでくれているけれど。
「…それでも、やっぱ、剣の稽古のが好きだな、俺」
ぼそ、と呟いたルークに、騎士が密かに苦笑した。
*
家庭教師を玄関ホールまで見送りに出たルークは、玄関ホールの騒がしさに首を傾げた。教師もまた、訝しげに眉を寄せている。
「ルーク様はこちらでお待ち下さい。様子を見て参ります」
スイ、とルークの前に出、玄関ホールへと消えていく背を見送る。一体、何だろうか。また侵入者か。
ぐ、と腹に力を入れ、玄関ホールに続く扉を睨むルークの耳に、「ルークに会わせてくれ!」と叫ぶガイの声が聞こえてきた。
「…帰って、きたのか」
ずいぶん遅かったな、と緩々と首を振る。自分を探していたのだとでも言うのだろうか。だが、報告の一つも寄越さなかったのは、ガイの落ち度だ。
立ち聞きしてしまった、メイドたちが交わしていた密かな会話が頭を過ぎる。ガイが何の報告もして来ないのは、ルーク様をお守り出来なかった上、はぐれた己の怠慢ぶりを、ルーク様を見つけて、言い包めて誤魔化す気だからじゃないのか、というのが、大まかな内容だった。
あながち、そう外れてもいないのかもしれないな、とルークは寂しげに笑って、顔を伏せる。朱色の前髪がさらりと顔の前に落ちた。
「…みんなの前で、呼び捨てだもんなぁ」
必要ないとでも、思っているのか。ガイは自分を主だなんて、きっと思っていない。主に稽古の相手としてだが、白光騎士たちと今までになく接してきて、それがよくわかった。
それでも、友だちとして思ってくれているなら、それでよかった。──でも、とルークはぎゅ、と目を閉じた。本当は目ではなく、耳を、塞ぎたかった。
「ルークとはぐれたのは、俺の責任じゃない!ルークが勝手にはぐれて行ったんだ。しかも敵にくっついていって…!」
先ほどから聞こえてくるガイの言葉は、どれも己の保身のためのものばかりで。お前は俺の親友だよ、と笑った口から聞こえてくる聞きたくない言葉に、ルークの目から知らず、ぽろりと涙が落ちる。
ぱたた、と絨毯を落ちた涙が濡らし、ルークは慌てて手の甲で瞼を拭った。扉の向こうで、パァン!と鋭い音が響いた。
「な、何だ…?」
音が鳴り響くとともに、潮が引いていくように静まり返った玄関ホールにごくりと息を飲む。一体、何が。
ルークは音を立てないよう、そろそろと扉を開け、中を覗いた。ガイの前に、自分付きのメイドが立っているのが見えた。その手が、宙に浮き、ガイの顔が横を向いている。
ガイの頬が赤く腫れているのが、わかった。
「…何でわからないの」
沈黙が満ちる玄関ホールに、ぽとりと落ちる、哀しげな声。痛ましげなその声には、深い怒りが込められていた。ガイの青い目が、戸惑うように己の頬を張った少女を見やった。
触れ合うばかりに近い距離に、ガイの身体がぎくしゃくと後ずさる。
「ルーク様がどんなに心細かったか、わかってる?!あなたが迎えに来て、きっとすごくホッとされたわ、安心されたわ!なのに、どうして守ってないの。どうしてルーク様を戦わせたのッ!ルーク様がどんなに…ッ、どんなに苦しんでいらっしゃるかわかってるの!」
ぼろぼろと涙を零し、喉をしゃくりあげながら、少女が叫ぶ。ルークは胸を右手で押さえ、ぐ、と唇を結んだ。彼女は知っているのだ。夜、自分が悪夢に魘され、飛び起きていることを。
人を殺した瞬間の夢を見て、魘されていることを。
「…ありがとな、俺のために怒ってくれて」
扉を開け、ホールへと進む。全員の視線が自分へと向いた。
お戻り下さい、という気遣うような声に手を上げて抑え、大丈夫だと首を振る。
ガイがホッとした顔で、ルークへと向かって一歩進み出た。が、すぐに白光騎士たちに阻まれ、その足は止まった。責めるように白光騎士たちを一睨みし、ルークへと笑みを向けてきたガイに、ルークは目を眇めた。覚悟を決めるように、拳を強く握る。
「ガイ、お前はクビだ。荷物まとめて今すぐ、屋敷から出てけ」
一息のうちに、ルークは言い切った。ばくばくと心臓がうるさい。長年、ともにあったガイへと叩きつける拒絶の言葉に、胸が痛んだ。ガイの顔から血の気が引いていく。
「ルーク、何言って…」
「お前を雇ってるのは父上だから、俺にはそんな権利ないかもしれないけど、お前をこれ以上、雇っておくわけにはいかないから、父上にそう言うつもりだ」
「馬鹿なこと言うなよ!俺がいないと困るだろ?」
「そうだな、ずっとそう思ってた。でも、困らなかったよ、ガイ。お前が帰ってこない間、何の報告も寄越さず、帰ってこない間、俺、何も困らなかった。俺の世話はメイドたちがやってくれたし、剣の稽古だって白光騎士たちが付き合ってくれたし」
いなかった者があるとすれば、それは友だちだ。けれど、とルークは口の端に自嘲を滲ませる。本当は友人でもなかったのだ。ガイは、何もわかってくれなかったのだから。
自分が苦しんでいることにすら、気づいてくれなかったのだから。
「何言ってるんだ、ルーク。俺の帰りが遅かったから拗ねてるのか?なら、謝るよ、な?」
「っ、そうじゃない…ッ」
「無様な姿を晒すのは、そのくらいにしたらどうだ、ガイ・セシル」
ガイへの怒りと殺気に満ちた玄関ホールの空気を、鋭い声音が切り裂いた。低められたその声に、ハッと全員が息を呑む。
いつの間にやら応接間の扉を開け、クリムゾンが立っていた。常日頃から寄せられている眉間の皺が、一層濃さを増している。
クリムゾンの背後に見知らぬ女の姿が見え、ルークは密かに首を傾いだ。
「長年の計画が失敗に終わるのを恐れているのは、わかるがな」
「な、何を仰って」
「茶番は終わりだと言っているんだ。…ガイラルディア・ガラン・ガルディオス」
クリムゾンが静かに言い放った名前に、周囲がざわりとざわめく。ガイが拳をカタカタと震わせ、唇を戦慄かせた。ルークの前とクリムゾンの前に、庇うようにそれぞれサッと白光騎士たちが立つ。
「目的は復讐か。ならば、もっと早く動けばよかったものを。…連れて行け」
「ハッ」
「待て、俺は…!ぐぁ!」
唖然とするルークの前であっという間にガイは取り押さえられた。クリムゾンへの呪詛を吐く口に猿轡を、暴れる両腕を手錠で繋がれ、連れて行かれたガイを、ルークはただただ呆気に取られて見送るしかない。
復讐とはどういう意味だろうか、と俯き、考える。
「父上、その」
「…ガイの一族を、かつてホド戦争でキムラスカが…私の手が滅ぼした。ガイはその復讐のため、使用人としてこの屋敷に潜り込んでいたのだ」
「…ガイが」
呆然としたまま、頷く。涙は出なかった。あるのは、納得だけ。
ガイが守ってくれなかった理由に、納得しただけ。やっぱり友だちなんかじゃなかったんじゃないか、とルークは低く低く、忍び泣くように笑った。
喉の奥を揺らすように、低く低く。
ルーク様、と気遣うようなメイドの声がした。大丈夫だと、言ってやらなければ。だって、ほら、自分は笑ってる。だから。
ぽん、とルークの頭の上に、クリムゾンの手が乗った。
「……」
言葉は、なかった。
けれど、無骨な手は、不器用ながら優しくルークの頭を撫でて。ルークは笑うのを止め、唇を強く噛んだ。目の奥が熱く、鼻がツンと痛む。
「…泣きたければ、泣きなさい」
ぶっきら棒な口調に、思わず、ルークの口から苦笑が漏れた。こんなふうに父に気遣われるのは、初めてだった。だから、初めて知った。父が不器用な人であることを。
ありがとうございます、とルークは小さく、呟いた。照れ臭くて、仕方ない。きっと父も同じだろう。クリムゾンの声が僅かに上擦っているのに、ルークは気づいていた。
「…ルーク様」
クリムゾンの背後に立っていた女が、ス、とルークへと近寄ってきた。金色の髪を結わえ上げ、後頭部で纏めているきつめだが、整った顔立ちの女に顔を上げる。
「…誰だよ、お前」
「私は神託の盾騎士団第四師団長、リグレットと申します」
「神託の盾…」
アリエッタと同じだと、目を瞠り、リグレットを見やる。リグレットがルークへと向かって、深々と頭を下げた。
「私の弟子の失態、大変、申し訳ありませんでした」
「弟子?」
「…ティア・グランツのことです」
苦々しくティアの名を呼ぶリグレットに、眉を跳ね上げる。見るからに厳格で礼儀正しいリグレットと、礼儀の一つも守れないティアがどうにも結びつかない。どうしてこんな師を持ちながら、あんな弟子に育ったのかと、心底、不思議に思う。
「ルーク様には、此度のこと、何とお詫びすればいいか…」
「ガイのこと、父上に知らせたのって、お前?」
「はい」
「…そっか。詫びなんて、それでチャラでいい。復讐ってことはさ、もしかしたら、ガイ、父上だけじゃなく、ここにいる使用人たちのことも傷つけてたかもしれないってことだから」
そうなる前にわかってよかったと、とルークはリグレットの肩を軽く叩いた。これ以上、使用人や白光騎士たちに何もなくてよかった。ティアの襲撃で、彼らが負った傷は計り知れない。騎士たちは皆、名誉や誇りを傷つけられたはずだ。ガイがもし復讐を成就させていたら、彼らの後悔はもっと深いものになっていただろう。
リグレットがルーク様はお優しい方ですね、と微笑んだ。
「アリエッタから聞いていたとおりのお方ですね」
「アリエッタが、俺のこと、優しいって言ったのか?」
「ええ、優しくて、温かな人だと」
「そう、なのか」
ガイのことで冷え切った心が、俄かに熱を帯びる。アリエッタが自分を優しいと思ってくれている。そのことが嬉しい。
クリムゾンがそんな息子の赤らんだ頬に苦笑した。
「ルーク」
「あ、はい」
「登城する。ついてきなさい。お前も陛下に呼ばれているから」
「俺も?」
訝しく思いながらも、国王の呼び出しとなれば逆らうことは出来ない。ルークはクリムゾンやリグレットの後に続き、城へと向かった。
初めて中へと踏み込む城を物珍しげに見回しながら、謁見の間へと続く階段を見上げる。長く伸びたその階段に、こくりと唾を飲み込む。
緊張で、手のひらが汗で湿った。
(何で俺まで呼ばれたんだろう)
ガイがキムラスカに戻ってきたということは、和平の使者もキムラスカへと辿り着いたということだろう。ガイは何も言っていなかったが、一緒にいたのなら、そのはずだ。
和平のことで忙しいはずなのに、何故、自分まで呼ばれたのかと、ルークは不思議でならなかった。
兵によってゆっくりと開かれていく扉に、気持ちを落ち着けようと、息を吐き、肺一杯に空気を吸い込む。仄かな薔薇の香りが、空気に混じっているように感じられた。香水が撒かれているのだろう。
柔らかな絨毯の上を、胸を張って進む。萎縮してはダメだと、自身を奮い起こす。他の貴族や王の目がある場所では、ことさらに毅然とした態度を取るよう、家庭教師に教えられたとおりに。
「…!」
玉座に向かって進みながら、ルークはイオンの側に立つ桃色の髪の少女に目を瞠った。アリエッタ、とその唇が名を刻む。駆け寄りたい衝動を抑え、クリムゾンに倣って、王の前に膝を着く。
アリエッタの緋色の視線を、肌に感じる。アリエッタの前で醜態を晒す真似はしたくなかった。
(でも、何でアリエッタが)
そろりと前髪の奥からアリエッタを窺う。アリエッタとともにイオンを挟むようにして、アッシュの姿も見えた。すぐに会えるとアッシュが言っていたのを思い出す。だが、まさかこんなに早く会えるとは思っていなかった。
「表を上げよ」
「ハッ」
王に従い、ルークは、玉座に座るインゴベルトへと上げた顔を向け、立ち上がる。今は姿が見えないナタリアとはよく会っているが、インゴベルトと会うのは、記憶を失くしてから初めてだった。
久しいな、ルークよ、と言われても、まったく実感が湧かなかったが、ルークは、はいと返事をしておいた。
「まずは…そうだな、マルクトの使者殿を紹介しようか」
インゴベルトの視線を追ったルークの眉が僅かに寄った。そこにいたのは、ジェイドではなかった。和平の使者はジェイドだったはずなのに、と訝しく思う。もっとも、あの嫌味な男に会いたかったわけではないが。
「初めまして、ルーク様。ピオニー陛下より名代の任を受けたアスラン・フリングスと申します」
「初めまして。その…」
「まずはジェイド・カーティスの非礼をお詫び致します。カーティスは此度の失態の責任を取るため、名代の任を外され、軍位も剥奪されました。そして、代わりに私が名代の任を受けた次第です。本当にルーク様がご無事でよかったと、ピオニー陛下もホッとしていらっしゃいます」
深く頭を下げるアスランに、ルークは頷き、謝罪を受け入れた。ジェイドが既に罰せられているのならば、それ以上、何を言うつもりもない。和平が結ばれるなら、それに越したことはないのだから。
誰も傷つかないでいいのが、一番に決まっている。
寛大な対応をありがとうございます、とアスランがますます深く頭を下げ、ルークはもういいよ、と苦笑した。
「俺は、平和が一番だと思うし。誰だって、痛い思いなんてしたくねぇし、死にたくだってねぇんだしさ。…殺したくだって、ねぇし」
最後の方は、小さな小さな呟きだった。それでも、静まり返った謁見の間にいる者たちの鼓膜を揺らすには十分で。
ルークが両手を見下ろし、目を伏せる姿に、誰もが痛みを覚えたように顔を顰めた。イオンが蒼ざめた顔で、音叉を握り、俯いた。
「…ルークよ、お前に謝らねばならぬことがある」
「え?」
インゴベルトの唐突な台詞に、ルークはきょとん、と目を丸くした。王が謁見の間、つまり公式の場で臣下へと謝罪を口にするなど、ありえることではない。
まして、身分差の激しいキムラスカではなおのこと。ルークは戸惑い露わに王を見上げた。
「お前をファブレの屋敷に軟禁してきたのは、お前を預言の犠牲とし、キムラスカの繁栄の礎とするためだったのだ」
「犠、牲」
「そうだ。お前を『鉱山の街』、アクゼリュスで死なせるために」
ぐらり、と視界が歪んだ。死なせるため、死ぬために、これまで自分は自由を奪われ、生かされてきたのか。身体が震えるのを止められない。死ぬためだけに。死への恐怖に、血の気が顔から引いていく。
震えるルークの手に、何か温かなものが触れた。ぎゅ、と強く手を握ってくるそれを見下ろす。
アリエッタの小さな手が、ルークの震える手を握り締めていた。
「…アリエッタ」
「大丈夫、です。アリエッタ、手、握っててあげます。だから、ちゃんと最後まで、話、聞いてください」
「……うん」
きゅ、とアリエッタの手を握り返し、ルークは頷いた。アリエッタのぬくもりを感じていると、恐怖がじわじわと和らいでいく。落ち着きを取り戻し、再び、インゴベルトへと視線を向ける。
インゴベルトが疲れたように吐息した。
「お前には、ある預言が詠まれているのだ」
「預言、ですか」
「…僕が、詠みあげます」
関節が白くなるほどの力できつく音叉を握り締めながら、イオンが顔を上げた。その目が、ルークへと向けられる。優しいばかりだった目に、決意の色が見え、ルークは翡翠の目を瞬かせた。
離れた間に、イオンにも自分を変えたいと思うような何かが起こったらしい。
「…ND2000、ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王家に連なる赤い髪の男児なり。名を聖なる焔の光と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう」
朗々と詠みあげていくイオンの声に、耳を傾ける。聖なる焔の光、自分のことを詠んだ預言。
自分の預言を聞くのは初めてだった。天気の預言ならば、日々、メイドたちが口にしていたから身近なものであったけれど。
「ND2018、ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ鉱山の街へと向かう…」
不意に、そこでイオンの声が途切れた。言いよどむように俯くイオンに、首を傾げる。
イオン?と名を気遣うように呼べば、ただでさえ色を失くしていた顔色は紙のように白くなっていた。倒れるのではないかと、不安になってくる。
「大丈夫か?」
「ええ、…すみません、ただ、その…ここから先が、その」
「大丈夫、です、イオン様。ルーク様には、アリエッタが、ついてます」
ルークの手を握るアリエッタの手の力が増す。ルークはアリエッタと目を合わせ、こくん、と頷いた。
そう、大丈夫だ。この小さな手のぬくもりがある限り。
(守ろうと思ってる相手に、守られてるってのも情けねぇけど)
いつか必ず、守る力を得てみせる。ぬくもりを与えてくれるアリエッタを守り、自分を想ってくれている屋敷の使用人や白光騎士たちを守る力を。
イオンが微かな笑みを口の端に上らせ、わかりました、と頷いた。
「…そこで若者は力を災いとしキムラスカの武器となって街と共に消滅す。しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。結果、キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる」
「…俺の命と引き換えに、キムラスカが繁栄する、か」
なるほど、まさに繁栄の礎だ。ふざけるな、と以前の自分ならば、喚いていたことだろう。
でも、とルークは考える。上に立つ身として、王が『聖なる焔の光』を犠牲にする道を選んだことは必然だと。──認めたくは、ないけれど。
「だが、今は、その繁栄が結局は泡沫のものでしかないことがわかったのだ」
「うたかた…?」
「そう、一夜の夢だ。永遠に続くものではないことが続く預言に詠まれておった。…それを導師イオンが知らせてくれなければ、私は」
「ルーク、預言には、こんな続きが詠まれているんです。…やがてそれが、オールドラントの死滅を招くことになる、と」
「……!」
ひゅっ、とルークは息を呑んだ。インゴベルトが頭を抱え、クリムゾンの顔に険しさが満ちる。アスランもまた、深い憂慮を顔に滲ませていた。
そんな、とルークの唇が動いた。
「ND2019、キムラスカ・ランバルディアの陣営は、ルグニカ平野を北上するだろう。軍は近隣の村を蹂躙し要塞の都市を進む。やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は、玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄叫びをあげるだろう。
ND2020、要塞の町はうずたかく死体が積まれ、死臭と疫病に包まれる。ここで発生する病は新たな毒を生み、人々はことごとく死に至るだろう。これこそがマルクトの最後なり。以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが、マルクトの病は勢いを増し、やがて、一人の男によって国内に持ち込まれるであろう。かくしてオールドラントは障気によって破壊され、塵と化すであろう。…これがオールドラントの最期である」
イオンの声の余韻が響く中、シン、と謁見の間が静まり返る。誰もが、口を開かなかった。イオンから既に秘預言を聞かされていたインゴベルトやクリムゾン、アスランでさえも、口を開かなかった。
ルークは喉奥で、低く呻いた。
「…私は、七年前、誘拐されたお前が無事帰ってきて、それからすぐにキムラスカの繁栄のため、お前を犠牲にしろ、と言われたとき、赤子のようになったお前から目を逸らした。…逸らし続けてきた」
沈黙を破ったのは、クリムゾンだった。訥々と語る父を、アリエッタの手を強く握ったまま、見つめる。いつになく、クリムゾンの顔に浮かぶのは静かな表情だった。微かに、唇の端が吊り上がっていた。まるで自嘲を零すかのように。
「お前を失うことを恐れ、愛することから目を背け…辛い思いをさせてすまなかった」
「父上…」
「…今だから、言おう。お前を預言への生贄に捧げた後、私はシュザンヌとともに後を追うつもりだった。たった一人の息子を犠牲にしてまで得た繁栄に、一体、どんな希望が見出せよう」
くつりと低く喉を鳴らすクリムゾンに、ルークは唇を噛み締めた。それでも、目を背けはしなかった。初めて見る父の弱さから、目を背けてはならないと、思った。
「だが、お前が死んでも、その先に続く未来が泡沫のものでしかないのなら、私はお前を守る。死なせるものか。そんなもののために」
苛烈な光が、クリムゾンの翡翠の目を過ぎる。インゴベルトが肩を竦め、苦笑した。私とて、泡沫の繁栄のために跡継ぎを犠牲にするわけにはいかぬ、と。
「だからこそ、ルーク。お前に成し遂げて欲しいことがある」
「何でしょうか」
「和平のため、親善大使として、瘴気に覆われたアクゼリュスの民を慰問し、無事、キムラスカに帰ってきて欲しい。預言を覆すためにも」
預言を覆す。その意味が、預言に関わらずに生きてきたルークにもわからないわけではなかった。屋敷の使用人たちが、街の人々が当然のように預言を口にしていたことを、知っているからだ。
知らず、身体が緊張に強張った。
「…アリエッタたちも、一緒、です」
「アリエッタも…?」
「アリエッタたち、一緒いたら、迷惑、ですか?」
「っ、そ、そんなわけねぇだろ!?」
むしろ、その逆だ。アリエッタがいてくれるなら、こんなに嬉しいことはない。
インゴベルトが苦渋に顔を顰めたが、クリムゾンは何か開き直ったように涼しい顔をしていて。インゴベルトは天井を仰ぎ、項垂れた。
イオンが震える足取りでルークへと進み出で、ルークはイオンの潤む目にたじろいだ。
「…ルーク」
「イ、イオン?」
「すみません…ッ、僕、僕は貴方に…辛い思いを…!」
耐え切れなくなったように、ぽろりとイオンの目から涙が落ちた。白くまろい頬を、涙が伝い落ちていく。おろおろと戸惑うルークの前で、音叉に縋り、ぼろぼろとイオンは泣いた。
「リグレットやアッシュに言われて、僕は何もわかってなかったことがやっとわかったんです。導師が何なのかも、責任というものも、僕は何もわかってなかった。ライガクイーンのことだってそうです。僕は教団のマスコットだからと、目の前の教団の益しか考えず、チーグルを庇うことしか考えてなかった」
「…イオン」
「ティアやヴァンのこともそうです。二人がルークを侮辱していることを理解もせずに…教団員だから守らなくては、と周りを考えもせず、僕は…っ、うく」
「な、泣くなよ」
どうしていいかわからず、ルークはアリエッタを見やり、イオンの後ろに立つアッシュを見やる。はぁ、とアッシュが小さくため息を零し、イオンにハンカチを差し出した。
ハンカチに顔を押し付け、声を殺して泣くイオンの肩を、アッシュのグローブに包まれた手が優しく掴んだ。
「ティア・グランツ、並びにヴァン・グランツの両名は、ファブレ公爵家襲撃及びルーク様誘拐の咎でキムラスカに引き渡しました」
「ヴァン師匠も…?」
「ティア・グランツが犯した罪は親族もろとも裁かれるのが当然の罪ですし、…ヴァン・グランツは七年前、ルーク様を誘拐した犯人であることが最近、我々の調査で判明致しましたので」
「!…師匠が、七年前の」
自分が記憶を失くした原因、なのか。
頼もしげな笑みを見せ、頭を撫でてくれたヴァンを思い出す。ハハ、と短くルークは笑った。
「…何だ。師匠も、そうなんだ」
ガイのように、自分を裏切っていたのか。
まるで自分はピエロのようだ。ころころと手のひらで回されて、笑うことしか出来ない。
何だ、と力なく呟き、ルークは項垂れる。
「…覚えておいでか」
「え?」
「信じること、信じる者を己の目で見極めろ、と言った、私の言葉を」
仮面越しのアッシュの目を、じ、と見返す。真っ直ぐに見つめてくる、仮面の影で色まではわからない目から、目を逸らせない。
ルークはアッシュの視線に懐かしさのようなものを覚えながら、ゆっくりと息を吐いた。
「覚えてる。俺がなんて答えたかも」
見上げてくる緋色の目を見下ろす。
桃色の睫毛に縁取られた緋色の目を。
ぬくもりを持った、小さいけれど軍人として鍛え、硬くなった手を。
アリエッタを、俺は信じている。
「俺はアリエッタが信じてるお前たちも、信じてる」
「…ならば誓いましょう。この命に懸けて、我ら六神将、オールドラントの未来のために、預言を覆さんことを。そのために、貴殿の命を必ずや守り通すことを」
アッシュに続き、頭を深く下げるリグレットやアリエッタを見回し、ルークは目を笑みに細め、ありがとう、と笑った。
初めて見た外は、美しいものばかりではなく、醜いものでも溢れていたけれど。
(アリエッタや、アッシュたちと一緒なら)
輝かしいもので溢れた世界を見ることが出来るだろう、と朱色の焔の光は、笑みを深めた。
END
アニスはカイツールの国境で、スパイだとばれて既に掴まってます。
長くなったものの、ルクアリ色が薄いな…(汗)
このあとは六神将や白光騎士、アスランたちとアクゼリュスの預言覆して進んでいくかな、と。
ルークがレプリカであることや、アッシュが被験者であることは多分、誰にも知られないままかな。アッシュもルークに戻る気がないので。ダアトの部下たちや六神将たちと運命を共にするつもりです。
ルクアリは旅の道中、絆を深めていけばいいと思います。
あ、ナタリアが出てないのは、クリムゾンがナタリアには国政に関わる資格はないとインゴベルトに進言したためです(こんなところで…)
楽しんで頂けたなら幸いですー。
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