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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2008.08.19
5万HIT企画

「灰の騎士団」四話目。
すいません、四話で終わりませんでした…。
今回はユーディにスポット。
当初、考えていたキャラ設定から微妙にズレてきたような…。
今回はジェイドとナタリアに特に厳しめ。
アシュナタ好きさんは注意。

注!同行者厳しめ




コンコン、と扉をノックし、ユーディは返事を待たずに中に入った。待っていたところで無駄だと知っているからだ。

「こんにちは、ディスト」

譜業を前に唸っているディストの背に声を掛け、右手に持ったバスケットを揺らす。中にはお茶の道具と二人分の湯が入ったポットとお菓子が入っている。

「休憩にしませんか?」

にこり。微笑むユーディに、ディストが渋る。
微笑を零しながら、ユーディは近くのテーブルの上を適当に片付け、お茶の用意を勝手に始めた。

「行き詰っているなら、休んだ方がいいですよ。ハーブティでも飲んで、一息ついたら、またいいアイディアが浮かぶかもしれませんし」
「ですが、ユーディ」
「顔色もあまりよくありませんし、また寝ていないんでしょう?貴方のことですから、ろくに食事も取っていないんでしょうし。ね?私とお茶にしましょう」

ティーポットにカモミールの葉を入れ、湯を注ぐ。ふわりと漂う香りに観念したようにディストが席に着いた。
褒めるように、ユーディはディストの前にマフィンを並べていく。

「疲れているときには甘いものですよ」
「ありがとうございます、ユーディ」
「いえいえ」

葉が蒸れるのを待ちながら、アイシングの掛かったブルーベリーマフィンに齧り付くディストを眺める。また寝る間も惜しんで研究していたのだろう。眼鏡の奥の目の下には、くっきりと隈が浮いて見える。頬もこけたようだ。
放っておけば、倒れるまでディストは研究を続ける。そうならないよう、いつでも見計らったように面倒を見てきたのは、ユーディだった。

「…困りましたねー」
「何かあったんですか?」
「ええ、貴方が心配なんですよ、ディスト」

自分がいなくなったら、誰が彼の面倒を見るのだろう。ディストも六神将として部下がいるが、ディストは基本的に他人を研究室には入れたがらない。
部下たちもそれを知っているので、ここには用がない限り、近寄らない。
色づいた紅茶をカップへと注ぎ、ディストへと差出すとユーディは自分の分のカップにも同じように注いだ。ディストが迷子のように不安そうな目を、ユーディへと向けてきた。

「ど、どうしてですか、ユーディ」
「実は、神託の盾騎士団を辞めることにしたもので」

ふぅ、とハーブティに息を吹きかけ、一口啜る。温かな紅茶にほこりと身体は温まるが、気がかりが消えるわけではない。
どうしたものかな、と首を傾ぐユーディに、ディストの顔が蒼ざめた。

「や、辞めるって…何故、また急に…」
「魅力がなくなった、といいますか」

アッシュやバラガスがいなくなってしまった神託の盾騎士団に、ユーディは興味を持てない。預言に死を詠まれながらも、己から生まれたレプリカのためにもそれを覆してみせようとするアッシュが己が道を進むのならば、それを側で見ていた方が面白い。
そこにバラガスがいるのならば、なおさらだ。バラガス・カーンほど、自分を惹きつける者を、ユーディは他に知らない。
それに、このままだと巻き込まれかねないということもある。既に何度も何度もそれはしつこく、モースやヴァンから、モース旗下の情報部へと異動するよう言われてきたのだ。ユーディの諜報能力を欲して。これまで自分を庇ってきたバラガスがいなくなれば、彼らは強引に自分を異動させようとするだろう。
彼らのために働くなど、冗談ではない。

「ですからね、ディスト」
「はい…?」

酷く悲しげに顔を歪め、寂しげに鼻を啜ってすらいるディストにハンカチを差し出し、ユーディは眼鏡の奥で糸のように細い目で笑みを作った。

「一緒に行きませんか?私たちと」

同じく眼鏡を掛けたディストの目が、ぐ、と見開かれた。
カップを持ったまま、硬直している。

「頼みたいこともありますし」
「頼みたい、こと…?」
「ええ、確か、マルクトの皇帝とは幼馴染でしたよね。彼と渡りをつけてもらえないものかと」

にこ、と人のいい笑みをディストに向ける。硬直がさらに強まったようだ。
ディストが明らかに狼狽し、口をあくあくと開いては、閉じる。何を言うべきかもわからないと言わんばかりに。

「ああ、亡命の件については、貴方の身の自由と引き換えに出来るくらいの情報が揃っていますから、問題ありません。貴方を危険に晒すような真似はしませんから」
「それはありがとうございます…って、そうではなくてですね!」
「何です?」
「どうして急にそんなことを言い出したんです?!」

肩を怒らせ、声を荒げるディストに、ユーディがおっとりと微笑む。
あくまでいつもどおりに穏やかな態度を保つユーディに、ディストが、ぐ、と押し黙った。

「私はね、ディスト。人でなしなんですよ」
「は?あなたを善人と言う者はいても、人でなしだなどと言う人間はいませんよ」

だから人でなしなんですよ、と苦笑する。わからないと首を傾ぐディストに、ユーディはふ、と吐息した。

「私は、排他的な人間ですから」
「排他、的?」
「ええ。大切なものを守るためなら、大切なもの以外はどうなってもいいと思っています」

ぎょっとしたようにディストが目を瞠る。ユーディはそんなディストを前に、何でもないように紅茶を啜った。
コチコチと壁に掛けられた時計の針が、時を刻む音が沈黙が落ちた部屋に響く。

「…そうでなければ」
「え?」
「そうでなければ、にこにこと人のいい笑顔を浮かべて、他人の秘密を探り、あまつさえ、利用したりなんてそうそう出来るものではありません」

自嘲が、ユーディの唇に僅かに滲む。それを手のひらで隠すように眼鏡のブリッジを押し上げ、空になったカップをソーサーへと戻す。
ディストが眼鏡越しにユーディを見つめ、はぁ、と一つため息を零した。

「…そうだとしても、私はあなたは優しいと思いますが、ユーディ」
「ふふ、そんなことを言ってくれるディストの方が優しいですよ」
「なっ、わ、私は…」
「そんな優しいディストが私は大好きなのものですから、一つ、情報を」
「何です?」

一瞬前の狼狽ぶりが嘘のように、ディストの瞳が知性的にきらりと光る。取捨選択するべき事柄があることを、ディストは理解している。
恩師ネビリムのレプリカを作り出し、過去を取り戻したいという願いへの執着だけはなかなか捨て去ることが出来ないようだが。

(それを捨てることが出来れば、楽にもなれるでしょうし、こんなところで天才的な頭脳を無駄にするかのように燻っていることだってなくなるんでしょうけれど)
そういう人間であったなら、自分はディストとこうしてお茶を飲むどころか、会話を交わすことすら疎んでいただろうと、ユーディはひっそりと思う。
ディストは口でこそ奢っているが、その実、内面はその逆だ。ユーディの目から見れば、己を過小評価しているようにしか見えない。もっと自信を持ってもいいだろうに、と思うくらいだ。
だが、だからこそ、ディストは努力を怠らない。いい意味でも悪い意味でも真っ直ぐなディストの気性を、ユーディは気に入っている。

(だからこそ、気に入らないなわけですけど)
ディストのそういった気性を利用する者たちが。
この自分が気に入った者を傷つける者が。
ふ、と吐息し、ユーディはディストの手を取った。不思議そうに、ディストが首を傾ぐ。
これからディストに告げる情報は、彼をヴァンやモースから引き離すためには必要だとは言え、ショックを与えることは間違いない。
そして、賭けでもあった。ディストが過去に縋るか、それとも、今の友人である自分を選ぶか。それ如何に寄っては、アッシュやバラガスへと害が及ばぬよう、ディストを殺さねばならないかもしれない。出来れば、何としても避けたいが。
ユーディはいつも細めている目を薄く開き、ディストを見つめた。

「ヴァンもモースも、ゲルダ・ネビリムのレプリカ情報を持っていません」

ディストの顔から血の気が引き、血色の悪い唇が戦慄いた。





隣でそわそわと落ちつかなげに椅子の上で身じろいでは、ちらちらと視線を向けてくるディストに、ユーディは内心苦笑しながらも、顔には穏やかな微笑を浮かべていた。
落ち着き払った態度を崩さないユーディを、興味深いものでも見るかのように目を細めて見やるピオニーにも、ユーディの笑みは変わらない。

「たいした度胸だなぁ。ユーディ・リーンとか言ったか」
「お褒め頂き光栄です」
「褒めたっつーか…まあ、いいけどな」

苦笑するピオニーにも、ユーディはまったく動じない。隣に座ったディストは気が気ではなさそうに、幼馴染と友を見比べているというのに。
大丈夫ですよ、とでも言うように、ユーディは顔色の悪いディストの腿の上で、神経質そうに組まれた手をぽん、と叩いた。

(緊張するのもわかりますけどね)
何しろ、場所が場所なのだから。
ユーディたちがピオニーへの謁見を許可された場所は、グランコクマの城の一室だった。
そこは、謁見の間ではなく、皇帝の私室からも後宮からも離れた牢獄に近い一室であり、皇帝が表立って受け入れられない、知られたくない『訪問客』を迎えるときに使われる部屋だった。
過去、その部屋を訪れた者は様々であるが、大概が裏社会に属する者たちである。情報屋や暗殺者などだ。清廉な城と謳われるマルクトの城であろうと、そういった闇といえる部分は常に存在してきた。
ピオニーも何度か使ったことがあるのだろう、とユーディは殺風景ながら、荒れた様子のない部屋をちらりと見回した。

「で、わざわざサフィールの奴に俺に連絡取らせたわけはなんだ?そいつがマルクトで指名手配されてるのを知らないわけじゃないだろう」
「ええ、知っています。ですが、こうして貴殿に『謁見』を申し出るには、ディストの協力を得るのが一番だと思ったものですから」

賢帝と名高いピオニーだが、己の懐に入れしまった者やかつての幼馴染に甘いことは、口先こそ丁寧なものの、幼馴染としての態度そのままにピオニーに接しているというジェイド・カーティスが証明している。ジェイドのピオニーへの態度の問題も、ユーディは掴んでいた。
まったく崩れることのない愛想のいい、穏やかなユーディの笑みにピオニーの頬がひくりと引き攣る。ピオニーの護衛として背後に立っているアスラン・フリングスや側近として立ち会っているゼーゼマンもまた、ユーディの度胸のよさに内心、舌を巻いていた。

「わざわざ非公式な謁見を申し込んだ意図はなんだ」
「もちろんお答えしますし、損はないと思います。その代わり、ディストの指名手配を解除して頂けますか」
「そんだけの価値があるってことか?」
「ええ。…和平を成功させ、マルクトを救いたいのならば」

スゥ、とピオニーの顔から表情が消え、凍てついた目がユーディを捉えた。アスランやゼーゼマンもまた訝しげに眉を寄せ、ユーディを窺っている。
ユーディはなおも穏やかに笑んだまま、どうしますか?とピオニーへと訊ねた。

「…聞こう。話の如何によっては、サフィールの処遇も考える」
「わかりました。では、まず確認からしましょうか。ジェイド・カーティス大佐からは、どこまで報告が上がっていますか?」
「ジェイドからの報告?和平妨害を目的とした神託の盾騎士団の妨害に合い、タルタロスを奪われたが、導師とともに無事ケセドニアに着いたって報告はあったが…」
「その時点で可笑しな話ですが、もしかして、それだけですか。詳細は?」
「何の」
「…ディスト、貴方、尊敬する相手を間違えているかもしれませんよ」

ダアトからマルクトへと向かう途中、ケセドニアから届いたロベリアの報告書を読んだ時点で薄々察してはいたが、肝心なことは何も報告していないらしい。
眩暈を起こしたように項垂れるディストとともに、ユーディの唇から吐息が漏れる。

「タルタロスの件に関しては、ダアトへ抗議を?」
「当然だろう。あちらからも抗議されたが」
「連れ出された導師を奪還するためだ、というところですかね。どうやら、カーティス大佐は正式な手続きを踏んで導師イオンを連れ出したわけではないようですから。まあ、これに関しては、導師イオンや導師守護役にも落ち度はありますから、ダアトも最終的にはお茶を濁そうとするでしょうけど。ああ、ちなみにタルタロスですが、今では元が付きますが、当時の特務師団長がタルタロス襲撃前に他の六神将たちとともに自軍へと、捕虜としたマルクト兵とともにセントビナーへと運ぶよう命じていますから、セントビナーに問い合わせてください。セントビナーのマグガヴァン将軍からならば、報告がきちんと上がっていることかとは思いますが」
「ああ、タルタロスとマルクト兵を保護した旨は届いてる。一応、表向きは演習の末の故障と負傷にしてある。ダアトと本格的にぶつかり合うつもりもないしな」
「和平は機密扱いですしね、一応。…タルタロスなんてもので移動した上、漆黒の翼を追いかけている時点で機密の意味をカーティス大佐が理解しているのか疑わしいですけど。で、ここからが更なるカーティス大佐への疑問というか…。彼が和平を成功させようと本気で思っているのか、不思議でならない点なのですが」

小首を傾げて言えば、若干、顔色を悪くしているピオニーが、何だ、と息を呑む。アスランやゼーゼマンの二人は、ジェイド・カーティスに和平の使者としての任を与えたピオニーの判断を疑うような台詞を口にするユーディをどう扱ったものか考えあぐねているらしく、複雑な面持ちでピオニーを窺っている。
ディストの気遣わしげな視線を受けながら、ユーディは躊躇いなく話を続けた。

「キムラスカより、ファブレ公爵家長子であり、第三王位継承者でもあるルーク・フォン・ファブレ様が神託の盾騎士団の女軍人に誘拐され、マルクトへと連れ去られた可能性があるという報告が入っているかと思いますが」
「ああ。無事、キムラスカに帰国したという報告も入っていたはずだが」
「ええ、では、マルクトにいた間、エンゲーブ近くのチーグルの森で彼が導師イオンの『我が侭』により、住みかを燃やしたチーグルへの報復と身重の身であるため、チーグルの森に居座っていたライガクイーンの『討伐』に無理矢理参加させられた上、そのライガクイーンをカーティス大佐が状況も把握しないまま殺したことや、森を出るや否や、マルクトへの不法侵入者として、容姿を見れば素性が一目瞭然であるルーク様をカーティス大佐が捕まえ、和平に協力しなければ幽閉すると脅したことはご存知ですか?」

一息のうちに滑舌よくそこまで言い放ち、笑んだ目で、じ、とピオニーたちの反応を泰然と待つ。小分けにせず、まとめて告げた話をそれぞれの速さで噛み砕くピオニーたちの顔から音を立てて血の気が引いていく。
滔々と告げられた内容を、もう一度、話してくれるよう頼むべきか、彼らが迷っているのは明らかだった。つまりそれは、彼ら三人が皆、ユーディがもう一度繰り返すまでもなく、話を理解しているということだ。
理解していないならば、もっとゆっくりと話を切って言ってくれとでも頼んできていただろう。

(身内には甘くとも、さすがは賢帝と謳われているだけはある、といったところでしょうか)
護衛と側近の二人も、青を通り越して緑色になっている顔色を見るに、頭の回転は悪くないようだ。同じ軍人ならば、そこにいるフリングス将軍をキムラスカへと送ればよかったものを。
誰よりも今、そう思っているのは、間違いなく、ピオニー本人に違いない。

「正直、これで和平が成功したら、奇跡でしょうね」
「……まったくだ。くそっ、どうしたもんか」

がしがしと頭を掻き、アスランへとジェイドの居場所を確かめるよう指示を出すピオニーを、ユーディは片手を上げて止めた。
何だ、と訝しげに首を傾ぐピオニーに、微笑を向ける。その必要はない、と。

「彼の居場所ならばわかっています。ケセドニアに留まっているはずです」
「まだケセドニアにいるってのか?あいつから報告が入って、二日経つはずだが」
「一日目は過度の疲労から、身体の弱い導師ともども、宿での休息を取らざるを得なくなり、二日目はキムラスカへの連絡船の席が埋まっている上、導師の体調が回復しないため、宿に留まっているようですよ」

含みを持たせるユーディの声音に、ピオニーが金茶の眉を寄せる。が、何も言わなかった。

「…三日目もケセドニアに足止めかな、それでは」
「導師の体調が回復しなければ難しいでしょうし、カーティス大佐の体調も少々、思わしくないらしいですから」
「そうか」

それは好都合だと言わんばかりに頷くピオニーは、暗黙の了解を示したも同然だった。すなわち、現和平の使者の進路を秘密裏に妨害することへの。
ロベリアが喜びそうですね、と内心、ユーディは苦笑う。ミシェルから新しく届けられた薬も試してみたいと報告書の隅に書いていたくらいだ。このことを知らせれば、嬉々として彼らを実験台にするだろう。どうやら相当、彼らに対して怒りを募らせているようでもあったから。
もちろん、命を奪うような真似はしないはずだ。

「しかし…ジェイドの失態を、これからどう挽回するかだな、問題は」

はぁ、と深くため息を零すピオニーに、ユーディは眼鏡のブリッジを思わせぶりに押し上げた。ディストもまた、覚悟を決めたように、あるいは、ジェイドへの愛想を尽かしたように、ピオニーを見つめている。
ス、とピオニーの蒼の目が眇められた。

「二人とも、何かアイデアでもあるのか」
「どうぞ、ディスト」
「ユーディ…」
「貴方の身の安全のためにも、貴方から告げるべきです。ああ、スパイの情報も持ってるでしょう?ついでにそれも差し上げればいいと思いますよ。もちろんその前に、ディストの身柄の安全を考えるだけではなく、確約して頂かなければなりませんけど」

スパイの一言に、ピオニーたち三人の目が暗く光る。タルタロス襲撃のことだと、察しが付いているはずだ。
そして、ディストが情報として持っている、ヴァン・グランツの計画や、ユーディがモースやヴァンを探って得、ディストへと教えた秘預言のことも取引材料としてあげれば、ディストの身の安全はより強固なものになる。
何しろ、ジェイド・カーティスによってキムラスカへと有利となってしまった和平も、キムラスカのアクゼリュスでの企みが明らかになることで対等なものへとすることも可能となるのだから。

(その上、これは、世界の存続にも関わりますし、ね)
せっかく危険を冒してまでも握った情報だ。存分に活かさなければ、もったいない。
ユーディはディストの身の安全を確約したピオニーに、にっこりと笑み、ディストに話をするよう、目で促した。
先ほどまでの調べればすぐにわかるような情報とは違い、これから先の情報は小出しにするよう、事前に言い含めてある。特に秘預言は切り札だ。アッシュとルークのために、ユーディは使うつもりでいた。
アクゼリュス崩落から、『聖なる焔の光』である二人を守り、キムラスカから引き離すために。
ゆっくりとスパイの名前や素性から話し始めたディストの横で笑みを浮かべたまま、ユーディはこれからのことに思考を巡らせ始めた。





公爵邸の玄関ホールでルークたちを迎えたのは、ラムダスや白光騎士、メイドたちだった。そこに、クリムゾンやシュザンヌの姿はない。
表情を曇らせるルークを気遣ったのか、シュザンヌ様は心労のあまり伏せられております、とラムダスがルークが肩に乗せたミュウに首を傾ぎつつ、ルークの帰還への喜びの言葉とともに言い添えた。

「母上は大丈夫なのか?」
「ルーク様のお姿をご覧になれば、きっと元気になられますよ」

ルーク付きのメイドの励ましに、ルークがホッとしたように頷くのを、アッシュは見つめていた。少なくとも母や使用人たちはルークを心配してくれていたらしいことに、内心、安堵の息を吐く。
船の中、俺が帰っても、誰も喜ばねぇかもしんねぇし、と寂しげに言っていたルークの姿がアッシュの脳裏に浮かんでいた。

(…父上は、いないんだな)
ジョゼット・セシルがご帰還を知らせてまいります、と屋敷へと入るや否や、奥へと姿を消したところを見るに、登城しているわけでもあるまい。ならば、港に着いたという連絡があった時点で、玄関ホールで待っていてもよかっただろうに。
あの人は七年前と変わらないんだな、とアッシュは仮面の下、眉をひそめる。ルークが与えられなかった父からの愛を、代わりにヴァンへと求めてしまったのも道理だ。

(俺だって、バラガスがいなければどうなっていただろうな)
偽りと知りながら、ヴァンへと父性を求めていたかもしれない。少なくとも、ヴァンにダアトへの亡命を持ちかけられた幼いころは、ヴァンに理想の父親像を重ねていたように思う。
監禁され、自由を奪われ、洗脳まがいの虐待を受けるまでは。バラガス・カーンが本当の優しさや厳しさを、教えてくれるまでは。

「ルーク様、閣下が報告をと望まれておいでです。その、アッシュ殿かバラガス殿に」
「…俺に、じゃなくてか」
「ルーク様には伏せられているシュザンヌ様に先に顔を見せるように、とのことです」
「……そっか。ええと、どうすりゃいいか」

落ち込むルークが、顔に無理矢理、笑みを貼り付け、アッシュとバラガスに振り向く。ルークを抱き締めてやりたいと、アッシュは思った。無理をして笑う必要などないのだと、そう言ってやりたかった。
顔くらい見せればいいのに、お帰りの一言くらい、言ってやればいいのにと、父へと苛立ちを抱く。バラガスが拳を震わせるアッシュの横を抜け、ジョゼットへと進み出た。

「私が行きましょう。アッシュはルーク様のお側に」
「…ああ、すまない、バラガス」

公爵の前に出れば、礼儀として仮面を外す必要が出てくるだろう。今もラムダスや白光騎士たちから訝しげな目が向けられている。幸い、鮮血のアッシュが仮面で顔を隠しているのは、酷い傷を覆っているからだという噂が流れているため、今のところ強要されていないが。
だが、もし外せと言われても、仮面の下の顔を見られるわけにはいかなかった。ルークとよく似た顔を見られるわけにも、クリムゾンへと怒りを滾らせる顔を見られるわけにもいかないアッシュは、こくりと頷くバラガスに拳を緩める。
バラガスがいてくれてよかったと、内心、吐息する。

「頼むな、バラガス」
「ええ、お任せを、ルーク様」

にこ、と頼もしげな笑みをルークに向け、ジョゼットとともに公爵の書斎へと向かうバラガスを見送り、アッシュはルークの側へと寄った。行こうぜ、と自身を励ますように明るさを装うルークに、胸に痛みを覚えながら、頷く。
自分の分も愛されていてくれたなら、とずっとそう願ってきたのに。ルークが笑っていてくれることだけを願って、それを支えにこれまで生きてきたというのに。
アッシュは唇を噛み締め、通り抜けようと応接室の扉を開けたルークの背を見つめた。

「ルーク!」

扉が開くや否や、鼓膜を揺らした少女の声に、一瞬、アッシュの身体が強張る。昔よりも大人びているけれど、知っている声だった。

(ナタリア…)
たたたっ、とルークへと駆け寄ってくる少女を仮面越しに見つめる。幼いころの初恋の思い出が蘇る。
明るい金色の髪に、勝気な緑の瞳。輝くばかりの笑顔。
昔と変わらない笑顔を零すナタリアに懐かしさが、アッシュの胸にこみ上げた。

「げ、ナタリア」
「まあ、何ですのその態度は!わたくしがどんなに心配していたか…」
「う…、その、悪かったよ」
「わかればよろしいのです。あら、そちらの方は?」

ナタリアの視線が向き、アッシュは、お目にかかれて光栄です、殿下、と深く頭を下げる。礼儀正しい態度に、注がれていたナタリアの訝しげな視線が少し和らいだ。

「アッシュって言って、俺を助けてくれたんだ」

嬉しそうなルークの声音に、アッシュはそっと微笑を零す。ルークが自分を心から慕ってくれていることが嬉しい。
アッシュの存在を知らされていたらしいナタリアがなるほど、と頷いた。

「貴方がそうですの。それでそのチーグルは何ですの?」
「ミュウはミュウですの!」
「ペットっつーか、家来っつーか。そんな感じ?」
「…喋るなんて珍しいチーグルですのね」

応接室でナタリアの警護に当たっていた数人の兵士が、ギョッとしたようにミュウを見ている。気持ちもわかる、と内心、アッシュは苦笑する。

「ところで、グランツ謡将はご一緒ではありませんの?」
「師匠?会ってねぇけど。師匠がどうかしたのか?」
「あの襲撃犯、何でもグランツ謡将の妹だとか。身内の犯行ということで、グランツ謡将にも疑いが掛かっているのですわ」

公爵邸への襲撃及び子息誘拐の罪を犯した犯人の兄でありながら、疑いだけで済んでいるのか、とアッシュは眉間に皺を寄せる。親族もろとも捕らえられてもおかしくないだけの罪な上、今回の騒動の原因をヴァンは担っているというのに。何しろ、襲撃犯の真の狙いはヴァンなのだから。
何か裏があるな、とアッシュは密かに嘆息する。ユーディが何か掴んでいるといいのだが。

「なっ、師匠は関係ねぇだろ!頼む、ナタリア。お前からも言ってくれ」
「出来る限りのことは致しますけれど…その代わり、早く思い出してくださいましね」
「…また、その話か」

思考に耽っていたアッシュは、うんざりしたようなルークの声に、ふと顔を上げた。
ナタリアが両手を組み合わせ、夢見るような目をルークへと向けるのが見えた。

「だって素敵ではありませんか。一番最初に思い出すのが、あの約束だなんて」
「んなこと言われても、ガキのころのプロポーズなんて知るかよ…」
「ですから早く思い出してくださいな、と言っているのです。ルークから言ってくださった約束ですのよ?私、またあの約束を聞くことが出来る日を心待ちにしておりますわ。本当に素敵なプロポーズでしたもの…!」

うっとりと思い出に想いを馳せるナタリアに、アッシュは頬が引き攣るのがわかった。笑い出してしまいたくなる。
あれはそんなものではなかったのに。超振動の実験で心身ともに病んでいた自分にとって、いつでも明るく前を向いているナタリアは支えだった。そんなナタリアとなら、ともすれば憎みそうになる国を導いていけると、そう思ったから。キムラスカという国を愛していけるとそう思ったから。
──愛しているのだと自分に言い聞かせ、約束を支えに二人で頑張っていこうとそう、思ったから。
誰もが笑って生きていける国をいつか築くのだと、そういう願いを自身の糧にしたかったから、王族の証を持って生まれなかったが故に陰口を叩かれ、落ち込んでいたナタリアの糧にもなればいいとそう思ったから。
なのに。

(あれは、ナタリアにとってただのプロポーズでしか、なかったんだな)
ははっ、と短く、心の内で笑う。表面こそ取り繕っているが、その実、ただ民から徴収した税を割り当て、つかの間の潤いしかもたらさない『福祉活動』を繰り返すことしか出来なかったわけがやっとわかった。

(しかも、それをルークに『思い出せ』だと?)
ルークは記憶喪失とされているはずだ。記憶喪失の者に失くした記憶を思い出せというのは、ストレスを与える以外のなにものでもない。実際、ルークも負担に思っているのだろう。朱色の眉が寄せられている。ミュウもまた、不快そうにナタリアを睨んでいる。
己の幸せだけを夢見て、ルークを思いやろうとしないナタリアに、アッシュの思い出が色褪せていく。ルークを想ってくれていると、支えてくれていると、信じていたのに。

(もし俺が本物のルークで、約束を口にしたら、あっさり俺を受け入れそうだな)
皮肉に唇の端を吊り上げる。七年もの間、自分とルークの違いに、気づきもしなかったくせに。
アッシュは困ったようにたじろぐルークへと助け舟を出すべく、口を開いた。

「ルーク様、お母上がお待ちかと思われますが…」
「あっ、うん、だよな!悪い、ナタリア。俺、母上に会ってくるから…」
「ああ、そうですわね。私は城に戻りますわ。グランツ謡将のことは、お父様に伝えておきます」
「うん、頼むな」

応接室を出て行くナタリアに、ホッと息を吐くと、ルークはアッシュへと苦笑した。ありがとな、と唇が動く。
ふるりと首を振りながら、アッシュは一人、息苦しさを覚えていた。抱き締めて、ルークに謝りたかった。七年もの間、苦しい思いをさせてすまなかった、と。

(だが、これからは、違う)
ルークの身も心も守ってみせる。
ルークに忠誠を誓った、『灰』の騎士の名にかけて。
アッシュは応接室を抜け、両親の寝室へと姿を消したルークを扉の前で待ちながら、強く己に誓った。


NEXT


約束が嫌いなアッシュにとって、誓いは重い言葉だと思ってます。
「灰の騎士団」は4話で終える予定だったんですが、企画リクの「聖焔騎士団」までの時間軸が空いてしまうので、もう少し続けます-。
全員合流して、アクゼリュスまでは書きたいところ…。あ、あと、何話かな…(汗)
長くなってきた話ですが、リクを下さった慧さんや皆様に最後までお付き合い頂ければ幸いです。

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