月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ss
ディスルク。
ルークはスレルク。
ルーク誕生時の話。描写はあっさりさせてますが、血みどろです。
コーラル城にいた科学者とかそのあたりが…。
うちのディスルクはどうにもルークが押せ押せになります(苦笑)
するり、と首に絡んできた白い腕に、ディストは息を呑んだ。
眼前で嫣然と微笑む翡翠の目から、目が離せない。
緊張で、我知らず、身体が震えた。
「貴方、は」
「うん?」
「何者、なんですか」
く、と喉を低く鳴らし、子どもが笑う。それは決して子どもの笑い方ではなかった。
まして、生まれたばかりの何の刷り込みもされていないはずのレプリカにはありえないはずの笑みだった。
なのに、目の前の朱色の髪をした子どもは。
「俺が何なのか、なんて、あんたが一番よく知ってるだろ、ネイス博士?」
「なぜ、その名、を」
喉がからからに渇く。舌がうまく回らない。
ディストが腰掛ける譜業椅子に、ディストの腿を挟む形で両足を乗せたレプリカルークが、全部知ってる、と愉しそうに笑った。
頬に飛んだ血を拭うこともせず、噎せ返るような血臭に怯む様子すら見せず。レプリカルークの誕生に関わったディスト以外の科学者たちを、ヴァンに心酔する神託の盾騎士たちを超振動で吹き飛ばし、血の海を作り出した子どもは、酷く美しかった。
血の匂いにくらくらと眩暈に襲われる。
(ああ、それとも)
それとも、自分はこの少年に酔っているのだろうか。
思考がうまくまとまらない。霧が掛かったかのように、淡くぼやけている。
子どものあどけない声が、頭に響く。
「全部、ぜーんぶ、見たから」
「ぜん、ぶ?」
「そう、全部。これから起こるはずだったすべて。…ローレライが、夢として見せてくれた」
レプリカルークは、滔々と語った。子どもはすべてを知っていて、そして、そのすべてを暴いていく。
ヴァンの過去、ヴァンの復讐、ヴァンの計画。
『聖なる焔の光』に詠まれた預言。世界の消滅。
レプリカネビリムのことまでも、子どもは知っていた。
驚愕に言葉を失くすディストを、哀れむように子どもはゆるりと首を振る。
「夢のとおりにするつもりなんて、俺にはないよ」
死ぬために生まれてきたなんて、冗談じゃない。使い捨ての道具になど、されるつもりもない。
だから、全部殺したのですか、とディストは震える声で問う。うん、と子どもが無邪気に頷く。
「なら、どうして、私は」
「あんたにとってレプリカは道具じゃないから」
「……」
「そうだろ?あんたにとってレプリカは、『希望』だろ?」
幸せだった過去を取り戻すことが出来るかもしれない、唯一の『希望』。
ディストにとって、確かにレプリカとはそういうものだ。レプリカでネビリムを復活させ、そして、そして。
幸せだった、銀世界を、この手に、もう一度。
「俺個人の意見を言わせてもらえば、あんたの『希望』が叶うとは思えないけど」
だって、被験者とレプリカは違うから。どうしたって違うのだ。
完全同位体として生まれた自分が、顔立ちは同じでも、纏う色彩が異なり、うちにある意識も違うように。
だから、叶うとは思えないけど、と憐れむように子どもが苦笑する。
「でも、きっとこの世界であんた一人だから」
「私、一人?」
「レプリカを、レプリカとして『愛して』くれるなのは」
ディストは目を見開き、眼鏡の奥から子どもを見つめる。ギシ、と椅子を揺らし、子どもがディストの頬に自身の頬を摺り寄せてきた。
白い柔らかい頬が、滑らかにディストの青白い頬を撫でる。
それは、温かかった。熱を、子どもは持っていた。
生きている者が、発する熱だ。
「あんたにとってレプリカは道具じゃない。…そうだろ?」
確認のような問いかけは、子どもの不安を覗かせていた。これほどの力を持ちながら、これほどの知識を持ちながら、それでも、ディストに擦り寄ってくるのは、子どもだった。
恐る恐る、ディストは細い腕を子どもの背中に回し、そうっと抱いた。子どもの身体は震えていた。微かに、本当に微かにではあったけれど。
「貴方は、レプリカだからこそ、愛されたいと?」
「うん。俺は被験者とは違うし、被験者になりたいわけでもないから」
ディストの耳元で子どもが頷く。呼気が掛かり、くすぐったい。
はは、と短い笑いがディストの口から零れた。体温が欲しいというように擦り寄る子どもは猫のよう。髪に指を滑らせ、頭を撫でてやれば、子どもの口から満足そうな吐息が漏れた。
ますます猫のようだと、目を細める。
(レプリカ、であることは)
レプリカであるということは、この子どもの存在の根底の事実。その事実を認め、それを当たり前のものとして愛するのは、子どもが自分たちとは違う異質の存在であろうとそれを受け入れ愛するものは、サフィール・ワイヨン・ネイスだけだと、子どもは微笑む。
自分が生み出したものに認められていることは、ディストを酷く高揚させた。
「『愛』がどういうもんかは、知らないけど」
でも、と子どもが瞬く。頬を温かい息が擽る。
赤い瞳で、ディストは子どもを見た。子どもも翡翠の瞳でディストを見た。
「ローレライが見せてくれた夢の中で、母親に抱かれてる『被験者』を見た」
嬉しそうに、幸せそうに彼女は笑っていたよ。幸せそうに、赤子に乳を吸わせていた。
あれは、温かそうだった。あれが欲しい、と思った。
あれが、『愛』ってものなんだろう?と子どもが縋るように唇を震わせる。
「俺も、あれが欲しい」
私に母親となることを求めているのか、とディストは苦笑する。けれど、そう的外れでもないのだろう。
レプリカルークを生み出すための譜業を作ったのは自分で、彼が誕生するまでの一切合財を管理していたのも自分だから。
「…私は男ですから、乳はあげられませんが」
下半身をかき消された者。顔を吹き飛ばされた者。
身体の部位が欠けた死体がごろごろと転がる城の地下で、自分は何をしているのだろう。しかも、この地獄絵図を作り出した張本人を抱きしめて。
まるで美しい残酷な悪魔のようでありながら、愛を欲しがる無邪気な子どもでもある、レプリカルークは、きっと恐ろしい生き物だ。
恐れるべきなのだろう。怖がるべきなのだろう。怯えるべきなのだろう。
けれど、恐怖はどこかへ消えてしまった。この常軌を逸した光景に、精神が破綻してしまったのだろうかと自問する。
朱色の子どもに魅せられてしまったのかと、自問する。
答えは出ない。わかることがあるとすれば。
「貴方は、温かいんですねぇ」
「ネイス博士も、温かいよ」
「…サフィールで、けっこうですよ」
うん、サフィール。
名前で呼んでいいと言われたことが嬉しいのか、子どもが不意に子どもらしい笑みをパッと零した。
可愛らしいと思ってしまった自分に、苦笑う。子どもが擦り寄ってくる前に、逃げ出さなかった時点ですべては決まっていたのだろう。
──自分はこの子を手放せない。
「サフィール、俺も名前が欲しい」
「名前、ですか」
この子に用意されていたのは、『ルーク』の名だ。『聖なる焔の光』の身代わりとなるべく、何も知らぬままに与えられるはずだった名前。
けれど、それは本来ならば、被験者の名であって、この子のために考えられた名ではない。ならば、この子だけの名を与えてやりたいとそう思う。
「ルキフェル」
「ルキフェル?」
「ええ。『光を帯びた者』という意味です」
ルキフェル、と舌の上で与えた名を転がせ、にこりと笑う子どもに目を眇める。
この子に夢を見せたのは、ローレライだとこの子は言った。ならば、この子はローレライに守護されている身。聖なる焔に愛された身。
第七音素の光を帯びた子どもだ。血に塗れながらも、翳ることのない光を帯びた。
ディストは、心のうちで死神としての名を捨て、サフィールの名を掬う。ルキフェルがその名を好むなら、サフィールを再び名乗るのも悪くない。
「行きましょうか、ルキ」
血の匂いで頭が痛くなってきた。
ルキフェルの頬についた血をポケットから取り出したハンカチで丁寧に拭ってやってから、サフィールは譜業椅子をふわりと浮かせた。足の間に収まるように、ルキフェルが座り込む。
ぽすん、と預けてきた背中を受け止め、腹に手を回せば、嬉しそうに目を細め、首を仰け反らせて、笑う顔で見上げてきた。
「俺、海ってのが見たいな」
「海ですか。すぐに見られますよ」
「本当?じゃあ、次は雪ってのも見たいな!」
ご希望に沿いましょう?
サフィールは笑って、頷く。この子に自分が愛して止まない銀世界を見せてやるのも一興だ。
細い足をぶらつかせ、ルキフェルが喜ぶ。
「ああ、そうだ」
服につけたルビーに似た石をつけたピンブローチをプチン、と外し、カチカチと台座を回す。
それをポン、とレプリカを作るための譜業に投げてから、サフィールは椅子を操作し、地下を出た。
さっきのは何?とルキフェルが首を傾ぐ。ルキフェルによって人気のない城を出口へと向かいながら、問いに答える。
「譜業爆弾ですよ。ブローチにつけた石は小型ではありますが、地下を吹き飛ばすには十分な火力があります」
そして、台座はダイヤルだ。爆発の時間を調整するためのものである。
城を抜けた二人をサァ、と風が撫でた。心地よく晴れた日だ。海に日の光が煌き、美しいことだろう。
ルキフェルも気に入るだろうな、と思いながら、城を離れる。
「どこか街にも寄って、服と鬘を手に入れましょうね、ルキ」
「鬘?染めなくていいの?」
「だって、もったいないじゃありませんか」
ルキフェルの髪を一房掬い、さらりと風に流す。毛先にいくにつれ、金色へのグラデーションを描く髪は奇跡とも言えた。こんなに美しい色を染めてしまうなんてもったいない。その方が安全だとしても、だ。
サフィールが気に入ってくれてるなら、鬘でいいや、とルキフェルが嬉しいことを言ってくれる。
「何か美味しいものも食べましょうか」
うん、とルキフェルが頷き、背後で轟音が響き、大地が揺れた。
わぁ、と楽しそうにルキフェルが歓声をあげ、サフィールもほくそ笑む。
被験者ルークをダアトへと連れて行くため、コーラル城を離れているヴァンは、不調を起こした譜業が爆発し、全員死んだものだと思うだろう。もちろん、自分たちも含めて。
あの爆発で塞がったであろう地下を掘り出すのは難しい。まして、そこから特定の死体をとなるとなおさらだ。
レプリカにいたっては、回収不可能。何しろ、死ねば乖離してしまうのだから。
「とりあえず、海を見て、ケセドニアにでも行きましょうか」
あの雑多な街では金があれば、何でも手に入る。身分証や手形ですらだ。
ルキフェルのために、用意しておいた方がいい。
サフィールは裸足の足をぶらつかせ、興味深げに景色を見渡すルキフェルの頭に顎を乗せ、穏やかに微笑んだ。もう何年も浮かべることがなかったほどに、穏やかな笑みを。
END
ううん、うちのルークはディスト相手になると、俺を愛してよ、な子になる…。
で、ディストが絆されるというか、引き摺られるというか。