月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
アシュルク。
生まれ変わり物。アッシュとルーク+αが転生を繰り返してます。
何度、生まれ変わっても、悪夢に魘され続けるルークと、側に在り続けるアッシュの話。
ルークが大事なアッシュなんですが、病んでます。
ひたすら暗い話なので、苦手な方はご注意ください。
注!ティア&ガイに厳しめ
呻き声に、アッシュは目を開けた。
ああ、またか。
慣れきってしまっているせいで、もはやため息も出ない。ただ無言のままにベッドの中で身体の向きを変え、アッシュは隣で眠るルークを見つめた。
ぼんやりと淡い淡いオレンジ色の光が点るだけの薄闇の中、ゆっくりと目が闇に慣れてくる。
そして見えるのは、きつく眉間に皺を寄せ、脂汗を額に滲ませた双子の弟の顔だ。
「…な、さ…ご…め」
緩く開かれた唇から零れるのは、謝罪のそれ。誰に対するものか、何に対するものか。
それを当の本人は目覚めてしまえば忘れてしまう。いや、知らないと言った方がいいのだろう。
ルークが見ている夢は、遠い遠い古の夢。今のルークとは違う『ルーク』の夢だ。魂に刻まれた漠然とした絶望の夢。罪悪感が見せる罰の夢。
その『ルーク』は朱色の髪に翡翠の目を持っていた。けれど、双子の弟であるルークは違う。
ルークの髪は自分と同じく淡い茶色で、瞳も澄んだハシバミ色だ。
手を伸ばし、汗ばんだルークの額から前髪を払う。きつく眉間に皺を寄せた顔には目覚めの兆候は見つからない。
うう、うう、と呻き声を上げ、苦しむばかり。
起こしてしまうのは、簡単だった。悪夢から引き摺り上げるように起こすことは簡単だった。肩を掴んで揺さぶって、起きろ!と怒鳴ってやればいい。
けれど、それは一時のことで。一時のことでしかなくて。ルークは毎夜、眠りに落ちては悪夢を見る。
アッシュは唇を噛み、己の無力さを嘆く。
(いつ、まで)
いつまで、こいつの魂は悪夢に囚われ続けるのだろう。
暗い澱んだ眼差しをルークに向ける。荒い呼気がルークの唇から漏れる。
じわり、と長いルークの睫毛に涙が滲んでいた。
つぅ、と伝い落ちていくルークの涙を見つめながら、アッシュは指折り数える。
これで何度目だったろうか。──生まれ変わるのは。
くつりと苦い笑みがアッシュの顔に浮かぶ。
転生するたびに、アッシュは記憶を重ねてきた。一度目、二度目、三度目と何度も何度も。前の生はどれもぼんやりとしたものではあるけれど、自分とルークの繋がりの記憶ははっきりと続いている。
必ず、ルークを見つけ出せるように。ルークを見つけ出すように。そう言わんばかりに記憶は続く。
前世の記憶。そう言えばいいだろうか。
どうしてそんなものを持って、自分は何度も生まれ変わっているのだろう。考えたことがないわけではないが、結論はすぐに出た。
一番、最初。今と同じ『アッシュ』という名の生に原因はある。
「…ルーク」
『アッシュ』の記憶は、何度転生を重ねようと、輪廻を巡ろうと、アッシュの中で色褪せることがない。
鮮烈に生々しいほどの濃さで、きっかけはさまざまにせよ、いつもいつもアッシュの中でその記憶は蘇るのだ。
そして、蘇った記憶を抱え、アッシュはルークを探す。探さずにはいられないから、探し出す。
探し出したルークは、いつも誰かの犠牲になっていた。自らそうであろうとしているようだった。
自分の幸せなんて二の次で、いつだって他人のため。そうでなければならないというように、自己を犠牲にし、死んでいく。
(今回も、そうだ)
魂に刻み込まれた『傷』は深く、あまりに深く、ルークの悪夢は止まない。ルークを苛み、幸せとなろうとすることを許さない。
呪いのようだ、とアッシュは唸る。ルークを不幸へと誘う呪い。厄介なのは、その呪いを掛けたのが、ルーク本人だということだ。
何度生まれ変わろうと、ルークは自身を許さない。ルークが自分を許さなければ、その魂が癒えることはないのに。
ルークに、前世の記憶はなかった。ルークを苛む、『ルーク・フォン・ファブレ』のレプリカであったころの記憶も。
そのすべての記憶は、アッシュの中にあるからだ。大爆発。その現象で、かつてルークの被験者であったが故に、ルークの記憶は自分の中に取り込まれてしまった。
それでも、ルークの魂には傷が残った。感情は残ってしまった。
消えない罪悪感が、呪いのようにルークを蝕み続けている。
アッシュはルークへとにじり寄り、首の下に手を差し入れ、抱き寄せた。ぎゅ、と強く抱きしめる。
けれど、ルークは目覚めない。変わらず、魘されているままだ。
短く切られた髪に指を滑らせ、形のいい頭を撫でる。耳元で、そっと大丈夫だと囁く。
声もぬくもりも、ルークの夢の中にまでは届かぬと知りながら。
「……」
目を閉じ、ルークの呻き声に耳を傾ける。今回のせめてもの救いは、こうしていつでも抱きしめられる場所に幼いころから在れたことだ。
いつぞやの生では、ルークと出会えたのは、互いが成人してからだった。そのときのルークは女性で、婚約者がいた。幸せならば、遠くで見守ろう。そう思っていたアッシュの決意はすぐに揺らいだ。
ルークは、ちっとも幸せそうには見えなかった。
「……ルーク」
あどけなさの残る顔に浮かんでいたのは、寂しさを孕んだ笑みだった。理由はすぐにわかった。それは彼女の婚約者のせいだった。
ルークの婚約者は、ガイによく似ていた。幼馴染という立場も、その性質も。
その男は、ルークにお前には俺がいなければダメなんだと言い聞かせ、自分に依存しないと生きてはいけないのだと吹き込んでいた。それこそ、幼いころからだ。
男はルークが自分の意に沿わないことをしたときには、それを許さなかった。あからさまに罵ったわけではない。周りから見れば、優しく窘めているように見えただろう。
けれど、アッシュは気づいた。男がルークの自由を奪い、ルークから自信を奪い、「やっぱりルークには俺がいないとな」と周囲にそう思わせていることに。そうすることで、ルークが男から離れようとすることを、周りの人間が非常識だと、それは悪いことだと責めるように仕向けていたのだ。
男が意識的に仕向けているのか、それとも、ルークを手放したくないあまりに無意識のうちに仕向けているのか、それはアッシュにもわからなかったけれど、どちらでも同じことだった。
ルークが不幸であることが、許せなかった。ルークが寂しそうに笑うことが許せなかった。
だから、アッシュは男をルークの側から消し去った。難しいことではなかった。記憶とともに受け継ぎ、生まれ変わるたびに力を増していくローレライの力さえ、必要なかった。
事故を装って、橋から落とす。ただそれだけのことで済んだ。目撃者もいなかった。
優しいルークは解放されながらも、男の死に心を痛めていたから、漬け込むような真似だと自己嫌悪に陥りながらも、アッシュはルークに近づいた。近づいて、慰めて、愛した。
ルークも婚約者の死に戸惑いながらも、少しずつ笑顔を取り戻していった。
それでも、その生でも、ルークは悪夢に魘されていた。そして、やっぱりアッシュはそのときも、手を握ってやっていることしか出来なかった。
「もう、いいんだ」
お前はたくさん傷ついただろう。
たくさん不幸にもなっただろう。
生まれ変わるたび、ルークを愛して、見守って。幸せになって欲しいと、努力してきた過去を思う。記憶を巡る。
けれど、いつでも、ルークの最期は、どうしたって幸せには思えない。
ルークを束縛していた男を殺したときだってそうだ。やっと幸せにしてやれると思った矢先、ルークは狂った女に殺された。
『彼が死んだ場所で貴方も後を追ってこそ、愛でしょう?彼はあんなに貴方を愛していたのだから』
友人だと信じていた女に、ルークは殺された。捕らえられた女は言った。
捕らえられたことを理不尽だと叫びながら。
『だって、彼が可哀想じゃない。一人でなんて。あんなに彼女を愛していたのだから、一緒にいるのが当然でしょう?私は愛し合う二人のために当然のことをしたまでよ』
酷い動機だった。女はそれを当たり前のように言ってのけたけれど。
愛されていたのだから、そのために犠牲になるのは当然だとでも言うのか。女はその方があの子のためでもあったのよ、とわかったような顔で言った。
『愛する人を失って、一人で生きていくなんて、可哀想だもの』
まるで救ってやったのだと、そう言わんばかりに。
独りよがりの夢に酔う姿は醜悪で──ティア・グランツに似ていると、ルークを失ったアッシュは思った。
(いつも、そうだ)
あいつらは、当然のようにルークの側に集まろうとする。いつでも、そうだった。
足りないのだと言うように。贖罪は終わっていないのだと言うように。
帰ってこなかった貴方が悪いのよ、とでも言うつもりだろうか。待っていたのに。帰ってきて、私たちを幸せにしてくれるべきだったのに、と。
馬鹿馬鹿しい、とアッシュは剣呑な光を瞳に宿す。自分たちこそがルークを愛し、ルークに愛されているのだと勘違いをしている愚者たちめ。
お前たちこそがルークを傷つけ、魂が癒えるのを邪魔していることに何故、気づかない。
「…近づけさせないからな、ルーク」
誰一人、お前を傷つける人間は近寄らせない。そのためなら何でもする。
この力を使って、消し去ってもいい。お前が笑顔でいられるならば。
今度こそ、今度こそ幸せになってくれるなら、そのために必要なら、俺自身を消したっていい。
だからどうか夢の中で苦しむな。夢の中で一人でなんて苦しむな。
──夢の中じゃ、助けに行ってやれないじゃないか。
「なぁ、ルーク」
もういいんだ。
何度も何度も、アッシュはルークに言い聞かせる。お前の苦しみも、お前の記憶のようにこの身に刻まれていたらよかったのに。
記憶だけじゃなく、お前を不幸にする何もかもが、俺の身に移ってしまえばいいのに。
何度、生まれ変わっても、不幸になっていくばかりのルーク。どうしたら救ってやれるんだろう。アッシュは一人、啜り泣く。
「…愛してる」
今度こそ、幸せになって欲しい。
悪夢から解放され、これから先、何度、来世を迎えようと、もう二度と一人で魘されて欲しくないんだ。
ルーク、なぁ、ルーク。
目覚めることなく、悪夢に苦しみ続ける半身を、抱きしめてやることしか出来ない己に、アッシュは涙を流し、絶望した。
END