月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ハロウィンで小話。
子ルクの話です。
やっぱりハロウィンと言えば、子どもで仮装かな、と。
間に合ってよかった。
ハッピーハロウィン!
ハロウィンの仮装、今年はどうする?とガイに聞かれ、ルークは首を振った。
今年はしない、と。
「何で。お前、楽しみにしてたじゃないか」
「…いいんだよ」
だって、一人じゃ楽しくない。
一人で仮装して、お菓子をもらって回っても、楽しくなんてない。
絵本の中でトリック・オア・トリート!と叫ぶ子どもたちはみんな楽しそうなのに。
一人っきりじゃ、楽しくない。
「だから、いい」
ルークはくるっとガイに背を向けて、タタッと部屋へと駆け込んだ。
遠い遠い地の底で、寂しがり屋な愛し子たちを祝福する歌が響いた。
*
「…ここ、どこだ?」
ぽかん、とルークはランタンがあちこちに灯された村の入り口に佇み、呆けた。左手には空っぽのバスケットがぶら下がっている。
自分は寝ていたはずだ。シェフ特製だというパンプキンタルトを食べた後は、ぐっすりと。
それじゃ、これは夢なのかな、と首を傾ぐ。何だか頭が重い。視界も狭い。
自分の格好を見下ろしたルークはぎょっ、と目を瞠った。黒いマントが全身をすっぽり覆っている。
ぺたぺたと手袋が嵌められている手で顔を探る。ごつごつと硬い何かに触れた。
「…ジャックランタン、か」
背後から掛けられた声に、ルークはびくりと肩を跳ね上げ、慌てて、振り返る。
頭が重くて、ぐらりと揺れる。バランスをどうにか取りながら、見つめた先に小さな狼男が立っていた。
ヒャッ、と小さく声を上げる。
「…驚くことないだろう。まったく、変な夢だな」
狼男の口からは、少年の声が響いてくる。やっぱり夢なのかな、と戸惑いつつ、ルークはそろそろと少年へと近寄った。
よく見れば、狼男の頭はマスクらしい。にたりと裂けた口は恐ろしいのに、目は妙に可愛らしい。
変なの、とルークは笑う。
「お前だって、十分変だろう。頭でっかちのジャックランタン」
ジャックランタン。絵本で見たかぼちゃ頭のお化けがルークの頭に浮かぶ。
狼男によれば、自分は今、ジャックランタンの格好をしているらしい。じゃあ、この頭を覆うのはかぼちゃのマスクなのかと、納得する。
どうりで重いはずだ。
「本当に可笑しな夢だ。だが…ハロウィン、だからな」
お化けの悪戯なのかもな。
顔は覆われていて、表情はわからなかったけれど、少年は苦笑しているようだった。
見れば、少年の右手にも自分と同じバスケットがぶらさがっている。
ルークはちら、と村を見やった。子どもたちの笑う声。
これが夢ならば、楽しまなくちゃ損だ、とそんな思いがこみ上げてくる。
「なぁ、ええと…」
「…ウルフでいい、ジャック」
「あ、じゃ、じゃあ、ウルフ。…あっち、行かねぇ?トリック・オア・トリート!ってさ」
な?
重い頭が落ちぬよう、ゆっくり傾ぐ。暗い夜の中、ランタンの明かりで満ちる村を見やり、そうだな、とウルフが頷いた。
パッ、とかぼちゃの下、ジャックは顔を輝かす。
「行こう!」
手を差し出し、にこにこ笑う。かぼちゃのマスクもにたにた笑う。
ウルフが逡巡、躊躇いながらも、ジャックの手を掴んだ。しっかりとその手を掴み、ジャックは村へと駆け出す。
走ると転ぶぞ、とウルフが呆れながらも、可笑しそうに笑った。
二人のお化けの子どもは、入り口の近くの家の前で立ち止まり、顔を見合わせ、ノックした。
コンコン、コンコン。
中から、はいよ、と声が返ってくる。
「トリック・オア・トリート!」
二人は声を合わせ、叫ぶ。おやおや、と笑う声がした。
「いたずらされちゃ、敵わないね」
さぁ、持っておいき。
ローズさん特製パンプキンパイだよ。
明るい声とともに、ドアが開き、二人の前に二つの袋。
中には一口サイズの四角いパイが、ごろりと幾つも入っている。
「ありがとう」
ウルフが言う。ジャックも嬉しそうに、ウルフの隣で、ありがとう!と笑う。
可愛い子たちだね、とローズが微笑み、二人のお化けの頭を撫でた。
「さ、もっともっとハロウィーンを楽しんでおいで」
バスケットにパイを入れ、二人は笑い転げながら、家々を回った。
気づけば、二人だけではなく、たくさんの子どもと一緒に、トリック・オア・トリート!と叫んでいて。楽しげな子どもたちの笑い声が、ランタンが灯された村に弾けて響く。
ジャックとウルフのバスケットは、すぐにパイにケーキ、クッキーやキャンディで溢れんばかり。
甘い香りが、バスケットから漂ってくる。
(こんな楽しい夢、初めてだ…!)
終わらなければいい、とジャックは蝋燭がゆらゆら揺らぐランタンに照らされながら、ウルフとしっかり手を繋ぐ。
少年の手を離したくなかった。たくさんの子どもたちがいたけれど、ウルフの手だけは離したくなかった。
やっと出会えた。そんな気がした。
やっと手を繋げた。そんな気がした。
ウルフも同じことを思ってくれているのか、握り返してくる力は強い。
しっかりしっかり。ジャックとウルフは手を繋ぐ。
お互いの手が離れなければ、夢が終わることはないと、そう信じていたいというように。
けれど夜は更け、子どもの時間は終わりを告げる。
ランタンはゆらゆら灯されているけれど、子どもはベッドに入る時間。
一人、また一人。
お菓子でカゴや袋を一杯にした子どもたちが、それぞれ温かい家へと帰っていく。
残されたのは、ジャックランタンと狼男。
二人はそっと手を繋いだまま、村を出た。村の外は真っ暗な夜の闇が広がっている。
「……」
「……」
二人は無言のまま、手を繋ぎ続け、視線を落とした。ぐらぐら、ジャックの大きな頭が揺れる。
お互い、声しか知らないけれど、それでも離れがたかった。
夢が醒めることが惜しかった。
「…夢、終わっちゃうのか」
イヤだな、とジャックが鼻を啜る。楽しくて楽しくて、本当に夢のようなひと時だった。
イヤだなぁ、とウルフも頷く。可笑しくて可笑しくて、こんなに笑ったのは久々だった。
「離れたく、ないなぁ」
どちらともなく、二人は呟く。
互いに握り合う手の力が強くなる。
けれど、星が瞬き、月が煌き。夢は終わりに近づいている。
「…また、会えるかな」
「夢の中でなら、会えるだろ」
「本当?」
「…信じていればな」
ジャックはウルフを見やり、ウルフはジャックを見やった。
かぼちゃのにやにや笑顔が、ウルフには悲しそうに翳って見えて。
ウルフの笑顔に裂けた口が、ジャックには泣き出しそうな顔に見えた。
「じゃあ、来年な!約束!」
ジャックが言えば、ウルフが困ったように唸った。約束は嫌いなんだ、とそう呟いて。
ジャックが思わず、悲しげに呻く。すれば、だけど、とため息ととともにウルフが肩を竦めた。
「今日は、特別だ」
する、とウルフの小指がジャックの小指に絡む。
パッとかぼちゃの下、ジャックは顔を輝かせ、手を振った。
約束、約束。
また、来年。
二人のお化けは笑いあって。
二人、そこで、意識が途切れた。
*
パチッ、とルークは目を開けた。
ぺたぺたと自分の顔に触れる。かぼちゃはない。柔らかな頬があるばかりだ。
悲しげなため息がルークの唇から零れた。やっぱりあれは夢だったのか。
「…わかってたけど、さ」
わかってた。わかっていたけど。
それでも、悲しい。
ぐす、と鼻を啜り、目を擦る。
と、ルークの鼻腔を甘い香りが擽った。バッとベッドから起き上がり、匂いのもとを探す。
「え…」
枕元に見覚えのあるバスケットが置かれていた。お菓子が一杯に詰まった、夢の中のバスケット。
恐る恐る手を伸ばし、中から一つ、袋を取り出し、小さなパイを口に放る。
甘いシナモンが効いたパンプキンが、パイのさっくりとした歯ごたえに続いてルークの口の中に広がった。
「……ッ!」
ルークは満面の笑みを浮かべ、夢の中、繋いだ右手の小指を、大事そうにそっと左手で握った。
シナモンの優しい香りが、部屋にふんわり広がる。
まるで、夢の残り香のように。
END