月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
短編
ルークとシンクとアッシュの話。カプ色は特にないです。
ルークはスレルク。
アクゼリュス以降、意気投合してたシンクと二人、死んだことにして、ミュウを連れて表舞台から離脱。
二人は悠々自適でまったり暮らしてます。
アッシュはルークの穴を埋めるようにPTイン。
アッシュがいろいろと不憫な話ですので、ご注意下さい。
注!同行者厳しめ(王など含む被験者全般厳しめ)
見捨てちゃえばいいのになぁ、と自分が抜けた後を埋めるかのように、ジェイドたちに同行を求められたアッシュに気づかれぬよう、こっそりと同調させた意識の中で、ルークは思った。
ナタリアの恋する乙女の熱視線。アニスの茶化すような言動。ティアの小言。ガイの憎悪が混じった視線。ジェイドの無関心。
何だかなぁ、とルークは苦笑する。自分も居心地は悪かったが、これでは、アッシュも居心地がいいとは言えないだろう。
それとも、婚約者として焦がれてきたナタリアがいれば、外野なんて気にならないのだろうか。
ナタリアの声がアッシュの鼓膜を通して聞こえてくる。
「ルーク」
嬉しそうに弾んだ声。ついぞ聞いたことがない声だ。
それにしても、ずいぶんあっさりとアッシュにルークだと言えるものだと、呆れを通り越して感心する。七年間ともにあったのはこの自分だというのに、ナタリアにとってはもはや忘れられた存在らしい。
(あれかな。むしろ、汚点、みたいに思ってんのかな)
レプリカ相手に騙されていたなんて、と憤っているのかもしれない。気づかなかったことも棚に上げて。
そして、レプリカ相手に「約束を思い出してくださいませ」なんて懇願し続けたことも、時間の無駄に過ぎなかったと怒っていてもおかしくない。
「…俺はルークじゃないと、言っているだろう、ナタリア」
諭すように、どこか苦いものを含んでアッシュが答える。いいえ、貴方はルークですわ!とナタリアが反論する。
だって、約束を覚えていますもの、とナタリアの台詞を推測して、ルークはぽつりと呟いた。案の定、ナタリアは同じ台詞を口にした。
あまりにわかりやすくて、可笑しくなる。約束さえ覚えているなら、ナタリアはそれでいいらしい。
それは言い換えれば、約束をアッシュが覚えていなかったなら、被験者だとは認めていなかったということなのではないのだろうか。
(たいしたお姫様だよ、本当)
自分が思い描く綺麗な綺麗な恋の夢。その夢に当てはまることだけが大事らしい。
実際、ナタリアはアッシュの言葉を鵜呑みにし、ベルケンドで検査させるようなことはしていない。仮にも王族を名乗っているのだ。そのくらいはすべきだろうに。
頑なにナタリアに、違う、と否定するアッシュの声を聞きながら、ルークは欠伸を零す。被験者ならば、自分よりもずっといい待遇を受けているんだろうな、と面白半分に覗いてみたが、たいして面白くなかったな、と苦笑する。
面白かったのは、ナタリアがなかなかいい見ものだったことくらいだろうか。ここまで愚かなお姫様が将来の女王様になる国なんて、自分なら願い下げだ。キムラスカの民も可哀想に、と心にもないことを呟く。
(アッシュもさぁ、何を遠慮してんのか知らないけど)
居場所を返せと言ったのは、お前だろうに。
ならば、取り返した今、堂々と名乗ればいいのだ。ルークを、『聖なる焔の光』を。
「ルークの名は、もう俺の名ではない」
なら、レプリカである自分の名だとでも言うのだろうか。
ナタリアに向けられた言葉に、ルークは顔をしかめる。冗談じゃない。自分だっているものか。
(…お人よし)
お前なんて、大ッ嫌いだ。
ふん、と一つ鼻を鳴らし、ルークは繋いでいた意識を切った。
「…つっまんねーの」
意識を自分の身体へと戻し、開口一番、不満とばかりに唇を突き出し、吐き出す。傍らで本を読んでいたシンクが顔を上げ、呆れたように肩を竦めた。
「だから、言ったじゃない。時間の無駄だって」
「だってよ。あいつら、レプリカの俺を散々詰ってくれたんだぜ?だったら、被験者はよっぽどいい待遇を受けるんだろうなー、ってちょっと興味あったんだよ」
「それで?なんか違い、あったわけ?」
「…ナタリアがさらにウザくなってたくらいかな」
ああ、あのお姫様ね、とシンクの顔に冷笑が浮かぶ。シンクにも、ナタリアが吐く台詞の類が思い浮かんでいるのだろう。
どれも愚につかない台詞だ。恋する乙女といえば聞こえはいいかもしれないが、ナタリアの場合、恋する乙女である自分に酔っているから、始末に負えない。そのことに気づかず、相手にも都合がいいように役割を押し付けてくるのだから、たまったものではない。
ああいうのってしつこいから、アッシュも大変だね、と知った顔でシンクが言った。
二歳児のくせに、とルークが笑えば、七歳児のくせに、とシンクも笑った。
「アッシュも辛抱強いよな。よくあんな連中といられるよ」
嘆息とともに首を振る。キムラスカまでの道のりも、アクゼリュスまでの道中も、仕方がなかったからともにいたが、何度、超振動で吹き消してやろうと思ったか、わからない。
日々、募る苛立ちで胃に穴でも開くのではないかと思ったほどだ。
ご主人さま、お疲れさまでしたのー、とミュウがルークの腕を撫でた。本当は頭でも撫でたかったらしいが、身体の小ささと腕の短さに妥協したらしい。
ありがとな、と苦笑し、ルークはミュウの頭を撫でてやった。
「…アッシュはさ」
「うん?」
「なんだかんだで、お人よしだから」
「…何が言いたいんだよ」
眉をひそめ、訝しげにシンクを睨む。
ううん、とシンクは唸り、本を開いて膝に乗せ、ソファに深く背を預けた。ぎゅ、とスプリングが音を立てる。
「僕が初めて食べたお菓子って、キャラメルなんだよね」
「はぁ?」
唐突な話の切り替えに、ルークは目を丸くする。
ミュウも膝の上で、不思議そうに頭を傾いだ。大きな耳が、ゆらりと揺れる。
「アッシュがくれたんだ」
「……」
「訓練で疲れきってる僕に、疲れているときには甘いものがいい、って言ってさ。両手一杯のキャラメル、くれたんだよね」
「…アッシュがねぇ。レプリカを嫌ってるんだと思ってたんだけど…ああ、レプリカっつーか、俺が嫌いなのか」
別にいいけど、と肩を竦める。どうだっていい。
シンクが優しくされていたというのなら、それは嬉しいことだけれど。
「アッシュは、知ろうとしてるんじゃないの」
「何を」
「あいつらが言うとおり、本当にあんたが悪いのかどうか」
「…何だよ、それ」
馬鹿馬鹿しい。
絶対、ハズレだ、とルークは鼻を鳴らす。そんな真似、アッシュがするとは思えない。
──レプリカルークを憎悪しているのは、他の誰でもない、アッシュなのだから。
チク、と微かな胸の痛みには、気づかなかったフリをする。
「…ま、時々は見に行ってやりなよ」
「ふん」
知るか、と舌打ちし、テーブルに置いたままだったグレープジュースに手を伸ばす。
濃厚なブドウの香りが鼻腔を擽り、ほのかな酸味が混じる甘さがルークの舌を滑らかに流れていった。
*
パキンッ、と頭の奥が弾けるように、唐突に痛みが走った。ルークは盛大に顔をしかめ、頭を抱える。
カラン、と握っていたフォークが床に落ち、絡めていたパスタに埃が付いた。
アッシュと繋がらぬよう、フォンスロットを閉じておくことを忘れていた。久々の繋がりは、覚えのある痛みよりもさらに酷い。
自分からアッシュにこっそりと繋がったときは痛みはないのに、アッシュからの通信は狭い道を無理矢理開けようとしているようで、ズキズキと頭痛がルークを襲う。
シンクがちょっと大丈夫?と椅子を立ち上がり、駆け寄ってくる。
「いって…ッ」
『…やっと繋がったか』
「ッ、何の用だよ…!」
痛みに対する苛立ちそのままに、叫ぶ。頭の奥で、アッシュがすぐに済む、と申し訳なさそうに呟いた。
感じる違和感に、眉間に皺を寄せる。アッシュの声は、自分を気遣っているようにルークの頭に響いた。
馬鹿な、と頭を振って、否定する。
「…何の用だ」
『…お前は、ずいぶん、苦労したんだな』
「は?」
『ナタリアたちだ。…疲れたろう、こいつらといるのは』
ああ、とこめかみを押さえたまま、嘲るように笑い、頷く。彼らと一緒にいて、疲れを覚えないのは、彼らの同類くらいのものだ。
よっぽどのお人よしでも、あいつらには辟易するだろうよ、と低く笑う。アッシュが苦笑を零すのが聞こえた。
『…俺は、夢を見ていたんだ』
「夢?」
『……失ったものは優しかったのだと、そんな夢を』
淡々と言葉を綴るアッシュに、ルークは返す言葉を持たない。自分にとって、世界は初めから優しくなどなかった。
アッシュのように、何かを失ったこともない。そもそも、失うものも持ったことなどないのだから、当然だ。
だから、わからない。アッシュが夢見ていた『夢』が、アッシュにとってどれほどの希望だったのかなど、大切であったのかなど、わからない。
シンクが何も言わず、フォークを拾い、テーブルの上でリンゴを齧っていたミュウを連れ、キッチンへと姿を消す。気を利かせてくれたらしい。
ミュウもおとなしくシンクの頭に乗っていった。
『結局、俺は何のために…』
「……そんなの」
どう答えろというのだ。ルークは唇を噛み締め、こぶしを固める。
持っていたものを失うのと、初めから何も持っていないのと、どちらの方が幸せかなど、誰にもわからない。堂々巡りでしかない。
アッシュが、ふ、と息を吐く。すまない、と声がした。
『世界は…辛辣だな』
「……」
『…シンクも、お前とともにいるんだろう?』
「え?…ああ、うん」
よく知ってるな、と言えば、一度、俺の前にだけ姿を見せたことがあってな、と答え。
いつのまに、とキッチンを睨む。そんなこと、一言も言っていなかったのに。文句を言ったところで、言い忘れてた、と悪びれもせずに肩を竦めるだけだろうが。
『シンクの顔は、俺が知るよりも和らいでいた。お前とともにある世界は、シンクにとって優しい世界なんだろう』
よかった、とアッシュが笑う。シンクには優しいんだな、と言い掛け、ルークは慌てて言葉を飲み込んだ。
何だよ、今のは、と呻く。これでは幼い子どもの我侭のようではないか。
アッシュが時間がないな、と小さく呟いた。
「時間?」
『…シンクと一緒に、少しでも優しい世界を生きてくれ。お前たちが生きていることは、誰にも言わん』
「アッシュ…?」
酷く落ち着いた、アッシュの声音。こんな優しく、穏やかな声は知らない。
アッシュが自分へと向けてくるのは、いつだって怒りや憎悪──哀しみに、満ちていたのに。
こんな、…こんな声は、知らない。
「何だよ、らしくねーな…!」
『…いいか、生きろよ。お前はずっと被験者として、俺として生きることを強要されてきた。その七年間の分も、今度はお前自身がお前自身として優しい世界で生きられるよう、生きてくれ』
「アッシュ、お前…」
何で、そんな、遺言のような。
震える声に、シンクが不安げに瞳を揺らし、キッチンから顔を覗かせた。ミュウも不安そうにこちらを見ている。
アッシュの身に、一体、何が起きてるんだ。
『幸せにな、──ルーク』
まるで、最後の贈り物のように言い残し。
フツッ。
アッシュは繋がりを立ち、フォンスロットを閉じた。
ルークは、言葉を失い、唇を戦慄かせる。ルーク、アッシュは確かにそう呼んだ。
幸せに、などという言葉とともに。
「ルーク…?アッシュ、なんて…」
「あ…俺、俺、アッシュ、見てくる…ッ」
身体、頼むな!
そう言い放ち、ルークはフォンスロットを開き、アッシュの音素を探した。探して、探して、見つけて。
繋がって、アッシュの目を通して、真っ先に見えたのは。
(…なんだよ、こいつら)
数多の、レプリカたち。
みな、生まれたてらしい上、ろくに刷り込みもされていないらしく、ガラス玉のような目をアッシュへと向けている。
アッシュ、アッシュ。お前、何してるんだ。何してんだよ、なぁ。
アッシュからの答えはない。自分が中にいることにも、気づいていない。
その手に握ってるのは、何だよ。
刀身が光る剣を、アッシュが振り上げて。
「……さよならだ」
最後に紫色に染まった空を見上げ、それを勢いよく振り下ろした。
途端に、溢れ出す光に、視界が奪われる。アッシュ、と呼びかける間もなく、ルークはアッシュの身体から弾き飛ばされた。
弾き飛ばされる瞬間、脳に流れ込んできたのは。
「うああああぁぁ!」
「ルーク?!」
ルークは自身の身体で叫び声を上げた。がたがた震える身体を、シンクが小柄な身体で押さえ付けてくる。
ミュウが、ご主人さま!と悲痛な叫び声を上げている。
「あ、ああああっ、ああっ」
声にならぬ声をあげ、ルークはぼろぼろと涙を零した。
こんな、こんな、こんな。酷い、どうして、どうして…ッ。
アッシュが望んでいたのは、ただただ、…ただささやかな、本当に、ささやかな。
「アッシュは、願ってたのにっ、ただ、生まれてきてくれてよかったって、そう言って欲しかっただけなのに、頭撫でて欲しかっただけなのに、抱きしめて欲しかっただけなのに、子守唄歌って欲しかっただけなのに、守って欲しかっただけなのに、愛して欲しかっただけなのに…!」
なのに、世界は何一つ、アッシュに与えはしなかった。そのくせ、与えたのだと錯覚させた。そして、そのすべては奪われたのだと思い込ませた。
アッシュは夢見て、──本当に夢でしなかったのだと、知ってしまった。
「うあ…うぅ、ひぐ…ッ」
しゃくりあげ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔でルークは泣きじゃくる。
シンクが、ミュウが、そんなルークを抱きしめた。こんな温かさも、アッシュは、知らないまま。
「…何が、見えたの」
「…アッシュ、死んじまったよ、シンク」
「何で…」
「被験者に、殺されたんだ」
流れ込んできた、アッシュの記憶。世界に蔓延する瘴気を、一万人のレプリカたちともに、超振動で中和して欲しいと言われていた。それも、命と引き換えにして、だ。
何がともにだ、とルークは呻く。一万人のレプリカとアッシュを生贄に捧げておいて、少しでも耳障りのいい言葉を選ぶ被験者が、憎い。
自分たちの罪悪感を少しでも軽くしようとする心根を唾棄する。
すまないなんて偽善だ。そんな言葉が生贄を救うわけがない。
逃げていいなんて偽善だ。王が追うなと言ったところで、民が許すわけもないのに。
自分を大事になんて偽善だ。手を握って、連れ出そうとすることも他の案も考え付かないくせに。
どいつもこいつも、被験者なんて大ッ嫌いだ。
ルークはシンクにしがみ付き、限りない憎悪を吐露する。
世界は優しくなどなかったと絶望し、けれど、少しでも優しい世界と思えたシンクと自分の世界を想って、アッシュは逝った。搾取されるばかりで、生きたいと思うことすら傲慢と否定され、救われることが絶望に近いレプリカたちを連れて、逝ってしまった。
被験者たちが自業自得で生み出した瘴気のせいで、死んでしまった。
「アッシュ、生きろって…。お前と俺との世界で、優しく生きてくれ、って」
赤く泣き腫らした目から、涙を溢れさせ続けながら、ルークはシンクに伝える。すがりついたシンクの身体が、震える。あの馬鹿、と小さくシンクが泣くのが聞こえた。
「本当…馬鹿だよ」
絶望したなら、見捨ててしまえばよかったのに。何もかも、すべてを。
けれど、アッシュは捨てなかった。世界の片隅で生きる二人のレプリカを、アッシュは見捨てなかった。
憎んでたんじゃ、ねぇのかよ。ルークは呻く。
最期まで、憎んでいればよかったんだ。そうしたら、なぁ。
「ルークなんて、呼ぶなよ、アッシュの馬鹿」
捨てられなく、なっちまったじゃねぇか。
アッシュが呼んだから。アッシュがくれたから、捨てられなくなってしまった。
アッシュ、とシンクもまた、ルークにしがみ付き、泣きじゃくる。子ども二人は逝ってしまった同胞たちと、紅い焔を惜しんで、泣きじゃくる。
魔物の仔が、切なげに細く長く、鳴いた。
「…シンク、俺さ」
やがて、涙が枯れ果て、喉も掠れたころに、ルークがぽつりと呟いた。
何も言わぬままに、シンクが頷く。口に出さずとも、お互いにわかっていた。
優しく生きろ、とアッシュは言った。ああ、優しく生きよう。そのために、いらぬものをすべて壊して。
──被験者は、いらない。
「だらだらしてたから、身体、鈍ってるかも」
「そうだなぁ。でも、残ってるレプリカたち集めて、鍛えないとだし…大丈夫だろ」
「そうだね」
ルークはシンクと二人、喉奥で笑った。軋んだ笑い声が、殺風景な部屋に響く。
ミュウもまた、その瞳に魔物の獰猛さを覗かせた。
「忙しくなるね」
「ああ」
朱色と緑のレプリカの子どもたちは頷き合い、互いの瞳に憎悪の闇を煌かせた。
END