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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2008.10.24

ss

書庫である本を見つけたシンクの話。特にカップリング要素はないです。
タイトルでどんな本なのか、わかる方も多いかと。
本文中で、タイトルの詩を弄っています。
詩を読みながら、シンクが思うこと。


 





ダアトの広い書庫で、シンクはふとその本に目を留めた。
古めかしい、一冊の本。だが、そんな本はダアトでは珍しくもない。
なのに、その本の背表紙が茶色や白が多い中、くすんではいるものの、ぽつん、と一冊だけ、赤かったからだろうか。目に留まり、シンクを惹き付けた。

「……」

指を引っ掛け、ぐ、と力を入れて、手前に引く。ズズ、と本はゆっくりと手前に倒れ、スコン、とシンクの手の中に落ちてきた。
背表紙に比べ、表紙の方は色褪せておらず、長い間、読む者もいなければ、手に取る者すらいなかったのだと知れた。

「タイトル…が、ない?」

普通ならタイトルが刻まれているはずの表紙を撫でる。ぶ厚い紙の表紙はざらついてはいるものの、そこには何も刻まれていない。
名もない本か、と小さく笑う。作者も不詳だ。
本当なら名前もないレプリカである自分に、これほど相応しい本もあるまい。

シンクは本棚に背を預け、ぱらりと本を開いた。
書かれているのは、詩のようだった。韻を踏み、言葉遊びに興じているような詩が多い。
右に詩が、左に挿絵が描かれている。挿絵もよく見れば細かいところまで描かれていて、詩を一枚の絵で表現していた。

「……」

パラ、とゆっくりとページを捲る。口の中で、気に入った詩を刻んでみれば、リズムよくシンクの心の内で言葉が弾む。
シンクはその本を三十ページほど繰ったところで、壁に掛けられた時計を見上げた。会議の時間が近づいていることに舌打ちする。だが、遅れるわけにはいかない。
遅れれば、ここぞとばかりにモースがうるさいからだ。まったく煩わしい。
はぁ、とため息を零し、パタン、と閉じ、シンクは書庫を出た。
しっかりと本を手にしたまま。





夜、ベッドに腰掛け、枕を背に当て、シンクは書庫から持ち出した本を開いた。この本の何がこれほどに自分を惹き付けるのか。それはわからない。
名もない本。だからだろうか。
塀の上から落ちた卵の絵を、指先で撫でる。割れた卵は戻らない。
くす、と小さく小さく笑う。仮面を外した幼い顔で、小さく、小さく。
毀れた卵は戻らない。戻せない。
挿絵の卵はユーモラスで、その丸い形はシンクにモースを思わせた。レプリカ風情が、と自分を蔑む眼差し。
あいつも塀から落ちて、砕けてしまえばいいのに。
そんなことを、ふと思う。

「……」

ぱらり、ぱらり。
シンクはゆっくりとページを捲る。時折、挿絵を眺め、詩を歌い、リズムを刻みながら。
詩はバラエティに富んでいた。可愛らしいものもあれば、不気味なものもある。
どこかで聞いたことがあるような詩もある。自分が知らなかっただけで、この本に書かれている詩は、昔から知らず知らずのうちに人に親しまれてきたものなのかもしれない。

(そう、きっと子どものころから)
自分にはない子ども時代。幼い時代。
二年しか生きていない今が、そうなのかもしれないけれど、姿かたちはどう見ても幼い子どものものではない自分の姿を頭に描く。
胎から生まれ、言葉も知らぬ赤子のころをレプリカは持たない。子守唄も、自分は知らない。

シンクはページを捲る手を止め、開いた先にあった詩に目を留めた。
隣の挿絵は他のものとは違い、七つのコマに区切られ、一つ一つに絵が描かれている。赤ん坊から始まって、墓までのシーンで終わっている。
挿絵を一枚目から七枚目まで眺め、シンクは視線を詩へと移した。
ソロモン・グランディで始まって、終わる詩だった。

Solomon Grundy,
Born on a Monday,
Loreleied on Tuesday,
Married on Wednesday,
Took ill on Thursday,
Worse on Friday,
Died on Saturday,
Buried on Sunday.
This is the end
Of Solomon Grundy.

それは、ソロモン・グランディという名の男の一週間を綴った詩だった。一週間を使って記された、男の一生というべきか。

「…だから、七枚」

七日。それがこの詩に書かれた一生だから。
ずいぶんとあっけない一生だ。生まれて、結婚して、病に掛かって。
最後の一言も本当にそっけない。
それでおしまい。ただそれだけ。
何の感傷も、この詩にはない。

「…七年、か」

ぽつりと呟いたシンクの脳裏に浮かんだのは、朱色の少年。自分と同じ、レプリカという存在。
今年、彼は死ぬ。預言に詠まれているからではない。
彼が死ぬのは、裏切られるから。信じている師によって、彼は『鉱山の街』とともに消滅する。被験者の代わりに。

「…ルーク、か」

ルークの一生をソロモン・グランディと頭の中で置きかえ、シンクはそっと口ずさむ。

ルーク・フォン・ファブレ
月曜日に生まれ
火曜日に身代わりになり
水曜日に師と出会い
木曜日に親善大使となって
金曜日に『鉱山の街』
土曜日に裏切られ
日曜日に街と消える
これでおしまい、
ルーク・フォン・ファブレ

あっけない。彼には彼の七年があって、その間に楽しかったことも、苦しかったこともあっただろうけれど、七年ですべてが終わる。終わってしまう。
死ぬために作られて、ただそれだけのために七年を諾々と生かされてきた存在だからだ。

「…馬鹿馬鹿しい」

七年、何も知らず、何も知らされず、ただ死ぬためだけに。
無知であるよう、仕向けられて。ヴァンに盲目に従うよう、躾けられて。緩慢に退屈な時間を生かされている存在。
あっけないね、ソロモン・グランディ。

「…僕も似たようなもんか」

く、と低く笑う。
詩の一遍に、女の子は何で出来ているかと歌ったものがあったことを思い出す。
男の子はカエルやカタツムリなんか出来ていて、女の子は砂糖やスパイスのような素敵なもので出来ている。そんな詩だ。
ならば、僕は?とシンクは空ろに笑う。
僕は空っぽ。何もない。この中には何もない。

「…何も知らない、ソロモン・グランディ」

彼もまた空っぽだろうか。七年間、鳥篭で死ぬためだけに大事にされてきた彼も、空っぽだろうか。
会ってみたい、とシンクは初めて思った。無知なまま死んでいく同胞に、何もかも教えてやりたい。
そうしたら、彼は埋まるだろうか。
彼は自分を埋めてくれるだろうか。
素敵なものじゃなくていい。けれど、何かで。
これでおしまい、なんてあっけない最後ではなく、もっと、何か。

「……」

シンクはゆるりと首を振り、パタン、と本を閉じ、テーブルに放った。
ゴトン、と重い音をさせ、本がテーブルに落ちる。
それきり、シンクは本に背を向け、目を閉じた。
半分ほど続きが残った本に、もう二度とシンクが目を走らせることはなかった。


END


※一部、詩を変えてあります。
Christende→Loreleied
洗礼という単語なんですが、少しでもアビスに合わせるならこっちかな、と。
あ、もちろん造語です(笑)

 

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