月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
「やさしい悪魔」×TOA。
「やさしい悪魔」という漫画とのクロスです。
双子の弟を助けるために、金貨を集める必要があって、人間の願いを叶えている悪魔の話です。人間が好きでもある変わった悪魔が、やさしい悪魔でして。
一度、連載終了したんですが、続編もあって、続編では弟も一緒に願い事を叶えてます。
この話は、基本的には、昔の設定(弟助け出す前)のやさしい悪魔で書いてますが。
もし知っている方がいらしたら、嬉しいなぁ…。
話の中でとあるキャラが逆行してきてます。ルークはスレ気味。
いらっしゃい、と迎えてくれたのは、コートを纏った帽子掛けだった。思わず、ギョッとするけれど、さぁさぁ奥へ、と押し込められ、促されるまま、奥へと向かう。そこには、一人の男が立っていた。
マグマ茶を淹れてきますね、と帽子掛けがひらひらとコートの裾をはためかせ、去っていく。
「いらっしゃい」
「…やさしい悪魔か?」
「そう、僕がやさしい悪魔だ」
金貨と引き換えに君の願いを叶えよう。
見透かすような涼やかな目、尖った耳を前に、ごくり、と自分が唾を飲んだ音が耳に響いた。
*
「初めまして、ルーク様。今日から貴方の世話係兼家庭教師となったマキメル・リィです」
「ガイは?あいつもとうとう、俺に嫌気が差したのか」
くす、と暗く笑い、首を傾ぐ。マキメルと名乗った男は何も言わず、ただ黒々とした目でじ、とルークを見つめていた。
黒髪に黒目。自分の周りには珍しい色だ。
何でもいいよと、ルークは肩を竦める。どうせ、自分の意思で動かせるものなど、ろくにない。
すべてはただ公爵である父の望むがまま。自分に許されているのは、諾々とそれに従うことだけ。
「喉、渇いたな。さっそく、紅茶でも淹れてくれ」
「かしこまりました」
ス、とマキメルが音もなく部屋を出て行き、ルークは窓辺に腰をおろした。ぼんやりと窓の外を見やる。
見慣れた、見慣れすぎた、変化のない風景。
樹から、ヒラ、と葉が一枚落ちていく。その程度の、微かな変化しか、翡翠の目には映らない。
ああ、退屈だとため息が漏れる。
毎日、毎日、退屈だ。面白いことなどありはしない。
「お待たせ致しました」
「…早かったな」
眉を跳ね上げ、いつの間にやらまた音もなく戻ってきていた男を見やる。黒服に黒い靴。すべてが真っ黒だな、と部屋の入り口に立ち、ティーセットを持つ男に思う。
眼鏡が光を受け、キラリと反射した。
ティーカップに紅茶が注がれ、馥郁たる香りが部屋に広がる。いい匂いだとルークは目を細めた。
「ミルクとレモン、どちらに致しますか?」
「ミルク」
「砂糖はいかが致しましょう」
「二杯」
「かしこまりました」
サラサラと落とされた真っ白な砂糖が紅茶に溶け、次いで同じく白いミルクも注がれる。褐色の紅茶が白く濁り、ルークの前に差し出された。
受け取り、ふぅ、と息を吹きかけ、ゆっくりと啜る。
「…うまい」
ガイやメイドが淹れるものよりも味は上だ。
ご満足頂けたようで何よりです。
マキメルが笑み一つ見せずに、頭を下げる。無愛想な男だな、とルークは小さく苦笑した。
「笑顔の一つもないのか」
「笑えと仰るなら、笑いますが」
「別に無理して笑えなんて言わねーけどさ」
無理して笑われたところで、つまらない。偽りは見飽きている。
皆までは言わず、肩を竦めるに留め、紅茶を味わう。甘く、ミルクたっぷりの紅茶は優しい味がした。
「それを飲み終えられましたら、勉強の時間にしましょう」
「必要ねぇよ」
「楽しい時間を過ごせますよ」
ぴく、とルークは眉を寄せた。ずいぶんと自信があるようだ。
カチャ、と中身が半分ほど減ったカップをソーサーに置き、口の端を吊り上げる。
「つまらなかったら、クビだからな」
「お好きなように」
深く頭を下げる男の口の端が、僅かに笑みに滲んでいたことにルークは気づかなかった。
そして、魔法のように煌く授業が待っていることにも、気づくはずがなかった。
*
マキメルはどこだ、とルークは屋敷を駆け回る。もう授業の時間だ。なのに、どうして部屋に来ない。
どの家庭教師の授業も、気に入ったことはない。どいつもこいつも、皆、以前の自分と今の自分を比べ、嘆くばかりだったからだ。
出来て当たり前。そんな授業の何が楽しい。ろくに基礎を教えてもくれない。
けれど、マキメルは違った。彼の授業はわかりやすく、そして、まるで魔法のようで。
例えば、理科の授業では、部屋が一面の宇宙と化した。地理の授業では、ベッドが雲となり、大地を見下ろしながら、マルクトの首都の場所や特徴を教えてもらった。
ルークはあっという間に虜になり、マキメル自身にもよく懐いた。二年を経てもなお、マキメルは無愛想で滅多に笑うことはなかったけれど、それでも屋敷の誰よりも優しい。
繊細な細い指がごくまれにご褒美のように頭を撫でてくれるときは、その優しさにうっとりするほどだ。
いつしかルークの心は、マキメル・リィが多くを占めるようになっていた。
「なぁ、マキメル、見なかったか?」
「マキメルでしたら、先ほど、東館に向かっていましたよ」
「そっか。ありがとな」
メイドに礼を言い、ルークは東館へと走る。東館は書庫などが並んでおり、あまり人の出入りがない場所だ。
そんなところに何をしにいったんだと首を捻りながら、屋敷を駆け、東館へと入ったところで、ルークの耳に話し声が聞こえた。
マキメルと女の声。メイドだろうか、と気配を感じる角で足を留め、様子を窺う。
「好きです」
聞こえてきたのは、告白する声だった。震える声は本気の証か。バクン、とルークの心臓が跳ねる。
マキメルはどんな返事をするのかと、息を呑む。緊張に手のひらが汗ばんだ。
(もし、マキメルの奴も同じだったら)
そうだったら、どうしよう。
嫌だ、とルークは思う。嫌だ嫌だ。マキメルが誰かのものになってしまうなんて。
メイドには可哀想だけれど、断って欲しいと、そう思う。そう思う心を、浅ましいと思いながらも。
「君の気持ちには応えられない」
パタパタと廊下を走っていく音がする。泣き声が混じっているのは、きっと気のせいではない。
マキメルが告白を断ったことに、思わず、安堵の息を吐く。そして、すぐに舌打ち。メイドは悲しいはずなのに、ホッとするなんて。
「ルーク様」
「ッ」
名を呼ばれ、ルークの肩が跳ねた。息を飲み、そろそろと角から顔を覗かせる。
眼鏡の奥で目を細めたマキメルが、吐息を漏らした。
「…わりぃ。立ち聞きするつもりじゃ、なかったんだけど」
「探しに来て下さったんですか?」
「…うん」
「それはありがとうございます」
怒らないのかと、ルークはマキメルをおずおずと見やる。マキメルは反省しているんでしょう?と首を傾いだ。
それに、こくりと頷く。
「自分で反省しているなら、もうとやかく言う必要もないでしょう」
「そういうもん?」
「反省していないなら、わかっていないなら諭すべきでしょうが」
貴方は賢いから、必要のない説教をするつもりはありません。
そうマキメルが言い、微笑む。穏やかな微笑とは、きっとこういう微笑を言う。
マキメルの笑みが、ルークは好きだった。朱色の髪をさらりと揺らし、笑みを返す。
「…マキメルには恋人でもいるのか?」
「何故?」
「断ってたから、だから」
「…いませんよ」
「…なら」
お前、どんな奴が好きなんだ。
興味に駆られ、問いかける。マキメルの心を惹き付ける者がいるとすれば、それはどんな人間なのだろう。
翡翠の目を瞬かせ、マキメルの目を見つめる。マキメルの漆黒の目もゆっくりと瞬き、薄い形のいい唇が開いた。
「綺麗な人が好きです」
「え?」
「魂が、綺麗な人が」
たましい、と口の中で転がす。考えもしない答えだった。きっと今の自分は間の抜けた顔をしているに違いない。
マキメルはそれ以上何も言わず、授業の時間です、とルークを促した。
(魂の、綺麗な人間)
それがどういう人間かはよくわからないけれど、自分の魂が綺麗であればいいと、ルークはマキメルの後に続き、広い背中を見つめながら、願った。
*
困ったことになったな、とマキメル・リィ──やさしい悪魔は、熱心に授業に打ち込む朱色の少年を見やり、心の内で嘆息する。
翡翠の目がキラキラと煌き、自分を映すたびに思う。困ったな、と。
(彼の魂は、あまりに、あまりにも)
綺麗で、心惹かれずにはいられない。
けれど、自分は悪魔で、彼の側にこうしているのにも理由がある。その理由がなくなれば、待っているのは別れだ。
(…いつものことか)
やさしい悪魔は、そっと一人、苦笑う。またナナイロに馬鹿にされることだろう。
お前は本当に懲りない奴だな、と。
(あと、一年)
一年後に、すべてが始まる。これまでルークを導き、育ててきたのも、すべてはそのため。
それが、金貨一万枚と超振動と言われる力の欠片を引き換えに叶える願いだ。
『俺の半身が同じ悲劇を辿らぬようにして欲しい』
レプリカルークのもととなった被験者である、アッシュと名乗った少年の願い。それを叶えるために、やさしい悪魔はルークの側へとやってきたのだ。
アッシュは『過去』を見たのだと言った。いや、『過去』へと戻ってきたのだと、言った。
同じ悲劇を繰り返さないために。二度と、半身を失わないために。
けれど、と疲労し、暗く荒んだ表情で彼は言った。いつも同じだったと。いつもルークを失うのだと。
どうすればいいかわからぬときに、お前の夢を見たのだと、そう言った。そして、自分は彼の願いを叶えることを引き受けた。
ルークへのこの授業も、そのための一つであり、大爆発という現象を避けるため、音素をルークに気づかれることも負担を掛けることもなく、長い時間を掛けて、ゆっくりと書き換えてきた。
(必ず、幸せになる運命を)
綺麗な魂を持つ、ルーク。君にあげよう。
傷つきながらも、同じく綺麗な魂を持つ、アッシュとともに、幸せになる運命を。
魅せられずにはいられない、二人の焔の光。君たちの願いを叶えよう。
ルークが自分に惹かれていることに気づいていたけれど、やさしい悪魔はその想いから目を逸らす。応えるつもりはなかった。自分も翡翠の瞳に心惹かれてはいるけれど。
(ルーク、君は泣くかもしれないけれど)
大丈夫。君には、君を想ってやまない半身がいるから。僕がいなくなっても、大丈夫。彼が君の側にいてくれるから。
やさしい悪魔は眼鏡の奥からルークを優しく見つめ、微笑んだ。ルークの顔にも、笑みが零れた。
END
「やさしい悪魔」のエピソードもちょこっと混ぜてます。