月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
「アッシュと天使たち」シリーズ。
昨日の「ハロウィン前夜」の続きです。
当日もアップするだろうな、と読んでいた方もいたんじゃないかな(笑)
仮装して村に向かった五人の話とアッシュの話。
村の子どもも出てきます。
「トリックオアトリート!」
玄関の扉を開け、満面の笑みで迎えてくれたフォレス夫妻に、ルーシェたちは声を揃えて、お決まりの言葉を告げた。
五人それぞれ、アッシュが持たせてくれた袋を広げ、夫妻に負けないくらいの笑みを浮かべて、夫妻を見上げる。
「あらあら、悪戯されちゃ大変だわ」
「可愛いお化けさんたちにゃ、美味しいお菓子をやらんとな」
そう言って、二人は五人の袋に、エルナ手作りのスコーンを入れた。キュ、とリボンが結ばれた透明な袋には、子どもの拳ほどのスコーンが二つ入っている。
チョコチップ入りと、メープルシロップ入りのスコーンだ。いい匂いが、袋を透かして伝わってくる。
「ありがとう、おばさん、おじさん!」
「僕、エルナおばさんのスコーン、大好き!」
「うふふ、ありがとね。さぁ、楽しんでらっしゃい!」
ルーシェたちは、力強く頷き、いってきまーす!と駆け出した。
そんな子どもたちを、夫妻が手を振り、見送る。その視線は温かく、優しさに溢れていた。
「なぁなぁ、次は?どこ行く?」
「順番に回ればいいんじゃないの」
じゃあ、次は、とすぐ近くの家へと足を向けようとしたルーシェの耳を、聞き慣れた声が打った。
くるりと振り向けば、自分と同じ、ジャックランタンの格好をした少年とフェアリーの格好をした少女の二人が立っている。
あ、と口を開け、指差せば、ジャックランタンもまた、あ、と声を出して、ルーシェを指差した。
「お前、ルーシェだよな。お前らも今、出てきたとこか?」
「ガレルじゃん。うっわ、お前もジャックランタンかよ」
「うっわ、とは何だ、うっわ、とは。俺様と同じだなんて、誇らしく思うところだろ、そこは」
何だよ、それ、と村に来て、すぐに友人となった年の近い少年に、ルーシェはけらけらと笑った。顔は隠れていても、お互い、誰かわかるくらいに、仲がいい。ルーシェにとって、親友と言える少年だった。
ガレルはカノたちも見回し、よく出来てんなー、と感心したように頷く。フォレス夫妻が作ってくれたのだと言えば、ああ、と納得したような声が返ってきた。
ガレルの後ろでは、淡い茶色の髪を三つ網にしたガレルの四つ下の妹であるミリアが、もじもじと隠れながら、ウインを見つめていた。
「こんにちは、ミリア。ミリアは可愛らしいから、フェアリーの格好がよくお似合いですね」
にっこり微笑みながら、ウインが言う。ミリアのそばかすのある愛らしい幼い顔が真っ赤に染まり、下を向いた。小さな声で、ああああありがとう、と呻くように礼を言うのが、かろうじて聞こえてくる。
ガレルが、穏やかに微笑んでいるウインをじとりと見つめ、お前ってさ、とため息を吐いた。
「こいつらの中で一番、たらしだよな」
「どういう意味ですか、それ」
「ああ、うん。僕もそう思うよ、ガレル」
「やっぱ、シンクもそう思ってんだ」
「ねぇ、カノ兄ちゃん、たらしって何?」
「いや、それは、その…ガレル!いらん言葉をフローリアンに教えるな!」
「よーし、それじゃ、カノに代わって、俺様が教えてやろう。いいか、フローリアン、たらしっていうのはだな」
「ガレル!」
シンクとカノが揃って、ガレルの腹に拳を叩き込んだ。ぐぅ、とガレルが呻く。
やるじゃねぇか…ッ、とわざとらしくガクリと膝を折っている様子から察するに、まだまだ元気らしい。ミリアが、はぁ、と深いため息を吐き、首を振った。
ルーシェはけらけらと笑い、ぽんぽん、と首を傾げているフローリアンの頭を叩いた。
「なぁなぁ、ガレルたちも一緒に行かね?」
「お、そうだな。ミリアもウインと一緒のがいいだろうし。な、ミリア」
「お、お兄ちゃん、うるさい…!」
顔を真っ赤にした妹にポカリと背中を叩かれ、ガレルがまた膝を折る。なんて可愛い妹なんだ、と打ち震えている。
ルーシェたちは、ガレルに生暖かい視線を送った。
もっとも、そういうルーシェたちも、ブラコンぶりでは負けていないため、村人たちから、よく微笑ましそうに見つめられているのだが。
「それじゃ、一緒に行きましょう、ミリア」
ウインがにこりと微笑み、ミリアに手を差し出した。袋は杖と一緒に左手に握られている。
ミリアが声にならぬ声を上げ、しどろもどろになりながらも、こくりと頷き、ウインの手を握った。
透けた羽根が、ミリアの動きに合わせ、はたはたと揺れている。
「ガレルたちは、どこ回った?」
「俺らもさっき出てきたところだからな。まだ全然。村の奥にあるお前らのうちから回るつもりだったし」
「じゃあ、先にうちに行く?」
「んー…。一周してからでいいよ。エルナおばさんとこを最後にすりゃいいんだし」
立ち上がったガレルと並び、それじゃ、次はキミーばあちゃんのとこだな、とルーシェは袋を振り回した。
カノがそんなルーシェのわき腹をつつく。何?とかぼちゃ頭をぐらりと揺らして、見やれば、カノが眉根を寄せていた。
「忘れたのか、ルーシェ。マダム・キミーと呼ばないと、また怒られるぞ」
「あ、そっか。お菓子くれないかもしれないよな」
「むしろ、俺たちが悪戯されそうだ」
「…はは、言えてるな、それ」
ガレルにも心当たりがあるのだろう。ジャックランタンの顔が心なし、引き攣っているように見える。被り物なのだから、そんなわけはないのだが。
ルーシェの脳裏にも、マダムと呼ばず、うっかりばあちゃんと呼んでしまったことで、思いっきり頬を抓られた記憶が蘇った。ブルッと身体を震わせ、マダムマダム、と口中で繰り返す。
「僕、マダムのマロンパイ、大好きなんだー。作ってくれてるかなぁ」
「マダム・キミーはフローリアンがお気に入りみたいだしね。作ってるんじゃないの、たぶん」
「マダムって優しいもんね!」
それは、フローリアンだからじゃないだろうか。
その場にいた全員が心の中で思った。
*
「トリックオアトリート!」
ルーシェと同じくジャックランタンの仮装をしたガレルと、フェアリーに扮したミリアの兄妹に、アッシュは微笑み、既に中身が詰まっている二人の袋に、アイシングが掛かったキャロットケーキを詰めた袋を入れた。
きれいなケーキ、と嬉しそうに顔を綻ばせるミリアの頭を、優しく撫でる。二人の背後には、帰ってきた愛しいお化けたちも揃っていた。
キャロットケーキは、いつまで経っても、ニンジンを嫌うルーシェとカノのために作り始めたもので、今では、アッシュの得意料理の一つだ。自分もニンジンを嫌っていた覚えがあるため、いかに美味しく作るかに苦心した自信作でもある。
事実、ルーシェとカノも、キャロットケーキをきっかけとして、小さく刻みに刻んだニンジンならば、食べられるようになった。
「それじゃ、俺たち行くな!」
「バイバイ、みんな」
「ええ、また。帰り道には、気をつけて下さいね、ミリア」
「うん、…あの、今日はありがとう、ウイン」
「いいえ、可愛いフェアリーとご一緒出来て、僕も楽しかったですよ」
カァ、と耳まで赤く染まったミリアを見やり、アッシュは内心、舌を巻いた。ウインの台詞が計算から出てきたものではないことが、わかっているだけに。刷り込みがされているとはいえ、まだ生まれて間もないとは思えない台詞だ。
将来が末恐ろしい。それは、ウインに限ったことではない。年上の女性たちにやけに受けのいいフローリアンについても、同じことが言える。
去っていく兄妹を見送り、くるりと振り向いた五人が、笑みを浮かべた。おや、と片眉を跳ね上げるアッシュの前で、五つの口が、揃って開く。
「トリックオアトリート!」
アッシュは目を瞠り、それから、可笑しそうに笑い出した。五人それぞれの頭を撫で、中へと促す。
「ご馳走を用意してあるから、悪戯は勘弁願えるか?」
五人が、ちらりと目線を交わし、こっくりと嬉しそうに頷いた。
大きく膨らんだ袋を抱え、リビングに向かう五人を見送り、玄関を閉めようと扉に手を掛けたアッシュは、ふと、空を見上げた。
空には夜の帳が落ち始め、星が瞬き始めている。昼と夜の境で薄紫色に染まった空に、音譜帯が見えた。
「……ルーク」
お前も、どこかにいないだろうか。そんなことを思う。
ルークが音素となって砕けてしまったことは、よくわかっているけれど、村に蔓延るお化けたちの中に、紛れてやいないだろうか、と期待してしまう。
トリックオアトリート、と笑いながら、現れてくれないだろうか。
「……」
お前なら、悪戯されたっていいから。
一晩だけでも、いいから。
「お父さん、どうしたの?」
かぼちゃ頭を脱ぎ、リビングから顔を出したルーシェの声に、アッシュは我に返ると、今、行くよ、と返事をし、名残惜しげに村を見渡してから、扉を閉じた。
心から愛しいと思うお化けが、この家を訪れることはない。
けれど、と思う。
「けれど、お前を感じるよ、ルーク」
いつでも、いつまでも。
──心の中に。
そして、それは、きっと子どもたちも同じはずだ。
アッシュはゆるりと首を振り、一つに結わえた黒髪を背に弾き、子どもたちが待つぬくもりに満ちたリビングへと、足を進めた。
冷めないよう、オーブンに入れたままのスペアリブを、ご馳走への期待に胸を膨らませた子どもたちの前に並べるために。
END
時系列とか五人の年齢とかは自分の中ではある程度、練ってあるんですが、はっきりさせた方がいいのかどうか。
矛盾が大量にあるような感もありますが(汗)
何はともあれ、ハッピーハロウィン!