月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
「アッシュと天使たち」シリーズ。
ハロウィン話です。
今日は前夜ということで、一日前のお話。
オリキャラが出てきます。
あと細かい設定を出していなかった、アッシュたちが暮らす村のことも。
これから、村人たちがちょこちょこ出てくることになります。
そんなに笑わなくともいいのではないのかと、アッシュはため息を零し、頬を掻いた。
だが、手元を見下ろすと、隣家の夫人であるエルナ・フォレスの豪快な笑いも仕方ないものに思え、また深いため息が漏れた。
(まあ、確かに、な)
これは、酷いと思うのだ、自分でも。
アッシュの手元には、白い布地があった。そして、その布地には、くねくねとうねった歪んだ縫い目。
不気味な出来のお化けが、出来上がっていた。
ハロウィンの日に、「トリックオアトリート!」と仮装をして村中を回ることになっている子どもたちのために、エルナに縫い物を習いながら、作っているものだ。
用途を考えれば、この不気味なお化けは、間違ってはいない。間違ってはいないが、ルーシェたちがこれを喜んで着るだろうか、と考えると、否という答えが出た。
あの子たちは皆、親思いだから、頬を引き攣らせながらも、着てくれるだろうが、せっかくのハロウィンの夜なのだ。心から楽しんで欲しい。
妙なトラウマは残したくない。
「あー、可笑しい。不器用なのねぇ、アッシュ」
「……返す言葉もない」
「ねぇ、アッシュ。あたしが作ってやろうか?ルーシェたちにぴったりの衣装を作ってやるからさ」
「いや、だが、そんな手間は…」
「あんたに教えるのと手間は変わらないよ、その腕じゃ。それに、うちには子どもがいないからね。あの子たちの衣装を作ってやれるんなら、むしろ、嬉しくて仕方ない」
にこにことふっくらとした顔に笑みを浮かべるエルナに、アッシュは苦笑した。
確かに、この不器用極まりない自分の腕前では、教えるのにも労力がいるだろう。
何より、彼女がルーシェたちを自分の子どものように可愛がっていることを知っていたから、素直に甘えることにした。
「それでは、お願いします」
「あいよ。任せておきな」
ふくよかな胸をドン、と頼もしげに叩くエルナに、アッシュは笑みを返した。
*
うわぁ、と歓声を上げる子どもたちと、その様子に満面の笑みを浮かべるフォレス夫妻にアッシュは微笑んだ。
ルーシェたちの前には、エルナ特製の仮装衣装が並べてられている。中には紙で作られたパンプキンヘッドもある。
それは、手先の器用な夫人の夫である、アルガード・フォレスが作ったものらしい。自分では、ああはいくまい、とアッシュは感嘆の息を吐く。
ありがとうございます、とアッシュは衣装を持ってきてくれた二人に、頭を下げた。二人が笑んだまま、揃って首を振る。
「いやいや、構わんよ、アッシュ。お前さんにはいろいろ世話になってるしな」
「そうだよ、アッシュ。あんたがいてくれなかったら、うちの主人、死んでたところなんだし」
フォレス夫妻とアッシュの付き合いは、子どもたちを連れてくる前に遡る。
過去へと戻ってきたアッシュは、生まれたレプリカルークや過去の自分、シンクたちをいずれ、悲劇に繋がるだけの世界から連れ出す計画を立てた。
そのために、子どもたちと暮らす場所は、平和な場所がいいと、いろいろと村を見て回った。
キムラスカやダアトは、頭になかった。始めから、マルクトの領内で見つけるつもりだった。
子どもたちの素性ももちろん、その理由だが、肥沃な大地に恵まれたマルクトには、農村が多かったためである。その中でも、エンゲーブのように大きい町は避けた。
大きな町は、それだけ人の出入りが多い。中には、子どもたちの素性に気づく者がいないとも限らない。
かといって、小さい村では、余所者に排他的な場合も珍しくないので、アッシュはあちこちの村を回りながら、頭を抱えた。
望むべくは、自分が仕事のために家を空けることになっても、子どもたちが平穏に暮らせる村だ。子どもたちが、何の不自由もなく、幸せに平和に生きられる村。
だが、理想的な村は、なかなか見つからない。
けれど、レプリカルークが生まれる時間は、どんどんと迫ってくる。
そんな中で、森で魔物に襲われていたアルガードを、アッシュは助けることになったのだ。
目の前で襲われていた。だから、助けた。恩を着せるつもりなど、まったくなかった。
だが、そろそろ壮年に差し掛かろうか、というアルガードはアッシュに深い恩義を感じ、礼がしたいから、ぜひ家に来てくれ、と半ば強引に、遠慮するアッシュを押し切った。後から聞いたところでは、どうやらアッシュの見事な腕前に惚れ込んだからというのもあるらしい。
アッシュが招待されたのは、イングという村だった。
そこは、穏やかな村だった。他の村との交流もあり、余所者への風当たりも強くはなかったが、こじんまりとした村だった。
アルガードの家に招かれたアッシュは、エルナにも感謝され、ご馳走を振舞われた。どれも心のこもった、温かで美味しいものばかりで、ルークを失ってから、暗く沈んだままだったアッシュの心は、久方ぶりに少しのことではあったが、癒された。
仲のよい夫妻を見ているだけで、この村が平和な村であることが伝わってきた。それを裏付けたのは、アルガードが魔物から助けられたという知らせを聞き、やって来た村長だった。
フォレス夫妻は話に寄れば、もともとはバチカルに住んでいた余所者であったということなのに、村長は心からアッシュへと礼を言い、頭を下げたのだ。
マルクトとキムラスカの間には、長年の不和だけではなく、ホド戦争が終結したばかりで大きなしこりが残っているはずなのに、村長からも、村人たちからも、そんな様子は受けなかった。
ああ、この村だ、とアッシュは温かなシチューを前に思った。
この村こそが、あの子たちと暮らす場所だ。
アッシュは村長に、この村に空き家はないか、訊ねた。この村に住まわせてもらえるならば、荒事だろうと何だろうと、引き受けるから、と。
村長は磊落に笑って言った。そんなことをせずとも、あんたのことは気に入ったから、家を一軒、用意しよう、と。
そして、そこまで言うなら、自警団に入ってくれ、と茶目っ気たっぷりに言い添えた。
アッシュは笑って、頷いた。
そして、今の穏やかな暮らしをアッシュは手に入れた。
「なぁなぁ、エルナおばさん。どれが俺の?」
「ルーシェにはねぇ、このジャックランタンが似合うと思うのよ」
「俺が、かぼちゃ頭、被っていいんだ!?やった!」
嬉しそうにジャックランタンの衣装を手に取り、ルーシェがさっそく、パンプキンヘッドを被る。ちゃんと見えてるか?とアルガードがルーシェの目を覗き込み、ルーシェが勢いよく頷いた。
ありがと、アルガードおじさん!とくぐもったルーシェの声がリビングに響く。
エルナが、子どもたちそれぞれに、さぁ、着てごらん!と衣装を手渡した。わたわたと、顔を綻ばせ、子どもたちが衣装を纏う。
「うん、サイズはちょうどいいみたいだね!」
並んだ愛らしい怪物たちに、大人たちは皆、笑みを浮かべた。
海賊に扮したカノは、鍔のある帽子や腰に下げた歯の潰れたナイフを照れくさそうに確かめ。
ジャックランタンに扮したルーシェは、パンプキンヘッドをゆらゆら揺らして、にこにこ笑い。
ヴァンパイアに扮したシンクは、マントの裾を靡かせ、満更でもなさそうに鼻を鳴らし。
譜術使いに扮したウインは、杖を持ち、楽しげに振って。
ねこにんの着ぐるみを着たフローリアンは、耳を引っ張り、長い尾を振り回した。
「お父さん、僕たち、似合ってる?」
「ああ、よく似合ってるよ」
頬を紅潮させ、喜ぶ子どもたちの頭を、アッシュは撫でた。みんながみんな、本当に嬉しそうに笑っている。
やっぱりエルナに頼んで正解だったな、と心のうちでひっそり苦笑し、自分の不出来極まりないお化けを、アッシュは頭の隅へと追いやった。
「美味しいお菓子、用意しておくからね」
「楽しみにしとけよー、お前ら」
「やったぁ!」
エルナおばさんのお菓子大好き、と五人が笑う。エルナが腰に手を当て、誇らしげに胸を逸らした。
アルガードが、からから笑い、アッシュも愉快そうに声をあげて笑う。
「トリックオア…えと、カノ兄ちゃん、何だっけ、続き」
「トリックオアトリートだろ、ルーシェ」
「ああ、それそれ」
「もう、しっかりしてよね」
「トリックオアトリート!僕、ばっちり覚えたよ!」
「大きな袋、持っていきましょうね、フローリアン」
「うん!」
明日のハロウィンが待ちきれないとばかりに、わいわいと盛り上がる子どもたちに、大人たちはいつまでもぬくもりに満ちた笑みを浮かべ続けた。
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