月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ディスルク。スレルクです。
短めですー。イオンが頑張ってます。
おかんなディストも大好きですが、男前なディストも大好きです。
注!同行者厳しめ
「誰かのものになるなんて、死んでもゴメンだって思ってたけど」
ディストを見つめ、ルークがふわりと笑った。
ネフリーやネビリムが向けてくれた親愛の笑みとは違う、愛情の混じった笑み。
誰にも向けられたことのない、痛いほどの優しい笑みに、ディストは胸を押さえた。
ありえない、とうめく。
こんなものは擬似的なもの。実際に胸が痛んでいるわけではない。
(ああ、なのに、どうして)
どうして私の胸は。
「お前のものにだったら、なってもいいよ、ディスト」
ルークの笑みに、確かにディストの胸は、軋むように痛み。
朱色の髪で縁取られたルークの顔から、ディストは目を逸らせなかった。
*
ケセドニアが、見えてきた。
ルークはホッと息を吐く。
もうすぐ。もうすぐだ。あと少しで。
「あっつーい」
「このあたりは砂漠地帯ですからねぇ」
「アニスちゃんの玉のお肌も荒れちゃいますよぅ」
文句とともに顎の先からたらたらと汗を滴らせ、ちろ、と恨みがましい目を向けてくるアニスから、ルークは顔を逸らした。
フードの影に隠れるように、深く被り直す。
アニスだけでなく、ティアにまでも、ルークは咎めるような目を向けられた。
「ちょっとルーク。あなた、男なんだから、そのフード、アニスかナタリアに貸したらどうなの?」
「そうだよねー。大体、なーんで用意しとくの一人分だけなわけ?全員分、用意してくれてたっていいじゃん!ホント、自分勝手!」
「そうですわねぇ。ルーク、男性ならば、女性に優しくするものですわよ!」
砂漠を越えるというのに、準備を怠った己の迂闊さを棚に上げ、よくもまあ言えたものだと、内心、ルークは唾を吐く。
男なんだから、とティアは言うが、軍人に女も男もない。色を使う任につく者たちならば、肌の手入れも怠るわけにはいかないのはわかるが、ティアやアニスはそうではない。さすが、前衛に堂々と貴族の子息を立たせる愚か者だけはある。
傷つくのが嫌ならば、軍人になどならなければよかっただろうに。
ナタリアも、今の己の立場がわかっているのだろうか。王女としてこの場にいるのならば、なるほど、確かにルークは臣下として、このフードをナタリアへと差し出すべきだろう。
だが、王女として扱うな、と言ったのはナタリアだ。何故、王の名代として親善大使を務める身である自分が、民間人の命令を聞かねばならないのだ。
都合のいいときばかり王女面するナタリアに、ルークは嫌悪感を募らせる。
(女どもだけじゃねーけどな)
自分は無関係とばかりに女たちを嗜めるつもりのないジェイドや、むしろルークを嗜めるガイから距離をとるように、ルークは足を速める。一刻も早く、ケセドニアにたどり着きたい。
こいつらとこれ以上ともにいるのは飽き飽きだ。
背後で罵倒の言葉を吐いているアニスたちに、心底、呆れる。
親善大使が熱射病で倒れこみ、アクゼリュス救援に間に合いませんでした、などとなったら、和平に障害が出ることがわかっているのだろうか。
いや、わかってはいないだろう。わかっていたら、イオンを救出しろ、などと喚くわけがない。
それも、イオンは、六神将、いわばダアトの身内に攫われたというのに。
イオンの救出は、あくまでダアトの問題だ。キムラスカの、ましてや、アクゼリュスに派遣された親善大使である自分の仕事ではない。
(ホント、やってらんねー)
早く会いたいな、とルークは口の中で呟く。
癒しが欲しい。こいつらと出会ってからというもの、心が荒む一方だ。
肩に乗ったミュウが、「みなさんこそ勝手ですの」と軽蔑の視線を向けている。
魔物の仔の方が常識を理解しているのだから、あの同行者どもは本当に始末に負えない。
「…あ」
キムラスカ側のケセドニアの入り口に立つ人影が、ルークの翠の目に映る。
日光を避けようと、パラソルを開いて立つその人影に、ルークは顔を輝かせ、走り出した。アニスたちが声を荒げたが、ルークの耳には届かない。
「ディスト!」
「ああ、ルー…って、ちょ、ちょっと待ちなさ…!」
勢いそのままに、ルークは人影──ディストに抱きついた。
研究者として生涯を過ごしてはきたが、曲がりなりにも六神将としてダアトで一個軍隊を率いている身であるディストは、なんとか倒れることなく、よろめきながらも、ルークを受け止めた。
ディストの手から零れ落ちたパラソルが、地面に横たわる。
ルークはディストの胸に頬をぐりぐりと押し付けた。
子どものようだと思わないでもなかったが、ディストは呆れることなく、優しく頭を撫でてくれる。
ほぅ、とルークは安堵の息を吐いた。
「大丈夫ですか、ルーク」
「も…すっげ疲れた」
「でしょうねぇ」
苦笑し、ご苦労様でした、とぽんぽん、とディストがルークの背を軽く叩く。
ディストもお疲れ様、とルークはお返しとばかりに、ディストの背に腕を回し、同じように手を弾ませた。
追いついた同行者たちが、怒鳴り声を上げた。
「死神ディスト!」
「ルーク、あなた…六神将と繋がっていたの!?」
アニスとティアが武器を構え、ルークを睨む。ディストよりも、ルークの『裏切り』を責めることの方が重要らしい。
ディストが苦虫を噛み潰したような呻きを漏らし、ルークは肩を掴まれ、ディストの背に庇われた。
ディストの背に、怒気が滲み出ているのが、ルークにはわかった。
「黙りなさい、グランツ響長、タトリン奏長。愚かな発言を聞かされるこちらの身にもなってもらえませんかね」
「な…!あなたこそ、黙りなさい!」
「そうだよ、敵のくせに…!イオン様、返してよ!」
「朝まで寝こけて、導師がベッドから抜け出す気配にも気づかなかったのはあなたでしょうに」
「わ、私は悪くないもん!あんたたちがイオン様を勝手に連れ出したんじゃない!」
「そうよ!アニスは悪くないわ!」
頭が痛い。そう言わんばかりに米神を押さえるディストに、ルークは苦笑するしかない。
他の面々もアニスがいかに護衛としてありえないか、気づいている様子がないのだから、頭も痛くなるというものだ。
どう言えば、こいつらは理解するのだろう。
いや、何を言っても無駄かとルークは首を振った。馬鹿につける薬はない。
「私は直接ではないとはいえ、上官のはずなんですがね…」
「ディスト、相手にするだけ、時間の無駄だぜ?」
「ええ、そのようだ。さっさと終わらせましょう。説教する価値もない」
全員、言葉の通じない相手ばかりだ。
確かに、ディストが説教してやる価値もないな、とルークは頷く。
ディストの時間をそんなことに使わせるのも、もったいない。
そんな時間があるなら、二人っきりで過ごしたい。
「時間の無駄はこちらの台詞ですね。さっさとそこをどいてくれませんか、サフィール」
笑みに唇を吊り上げ、ディストに馬鹿にした目を向けるジェイドを、ルークはぎろりと睨み返す。
いつまでディストが自分を尊敬していると、自分に弱いと思っているつもりだ。
ディストのジェイドへの尊敬の念など、とうに尽きているというのに。
「どうぞ、ジェイド。マルクト領事館に貴方を通すように言われていますから」
「何ですって…?」
「ピオニーも、いい加減、貴方の愚かな振る舞いに目を瞑れなくなったようですよ。当然でしょうね。私のルークに対する不敬の数々。到底許せるものではありませんから」
凍て付いたディストの声音。ジェイドがかつて向けられることがなかった、死神としてのディストの声だ。
赤い譜眼が、驚きに見開かれている。
ルークは「私の」というディストの台詞に素直に喜び、笑みを零した。
ルークの翠の目は、もはや同行者たちを映さない。
ガイが「ルーク」と何度となく呼んでいるが、ルークにとっては雑音以外の何ものでもなかった。
「何の…話、です」
「貴方の許しがたい罪の話ですよ、ジェイド・カーティス。ともに来て頂きましょう」
ザッ、とジェイドの周囲をマルクト兵たちが囲んだ。
動揺するジェイドに向かって、兵たちの囲いから一歩進んだ銀髪の軍人が、剣を突きつけた。
ジェイドが口を開く前に、口を塞ぐよう、その軍人が部下たちに命じる。
ジェイドは猿轡を噛まされ、両手を拘束された。
同行者たちが不当だと訴えるが、それを聞く人間はいない。
「ルーク様、御前、失礼致しました。後ほど、名代としてご挨拶に伺います」
「ああ、フリングス将軍。宿で待っている」
「はっ。…連行しろ!」
アスランの命令でジェイドはマルクト領事館へと為すすべなく連行されていった。
ディストとルークに掴みかからんばかりに、ティアたちが詰め寄ってくる。
顔を怒りに赤らめ、罵詈雑言を吐く様は、醜悪の一言に尽きた。
「そこまでですよ、アニス、ティア」
ディストの背後で庇われているルークへとアニスが手を伸ばしたときだった。
激昂する二人の声に哀しげな響きを持った声が重なったのは。
イオン様!とアニスが叫んだ。
「イオン様、ご無事だったんですね!心配したんですよぉ」
「寝ずの番もしてくれなかったのに、ですか?」
「え」
「僕が無事なのは、ディストとアリエッタとシンクのおかげです。アニス、貴方のような役立たずのおかげじゃない」
「い、イオン、様?」
ス、とディストの横に、アリエッタとシンクの二人を従えたイオンが並ぶ。
ルークは、哀しそうに、けれど、厳しい目をアニスとティアに向けるイオンの肩に、ぽん、と手を置いた。
イオンがこくりと頷き、小さくありがとうございます、と唇を動かす。
「アニス・タトリン。ティア・グランツ。両名の軍位を導師イオンの名の下に剥奪します」
「そんな!私たちが何をしたというのです!」
「ルーク!あんたイオン様に何を言ったの!」
何をも何も、彼ら二人が犯した罪を上げていけば、一度の死刑でも足りないほどの罪になるというのに、一つも理解していないとは。
呆れてものが言えませんね、とディストが首を振る。
シンクやアリエッタも、二人に蔑視を向けている。
ナタリアがイオンの前に進み出で、ルークは眉根を寄せた。
ナタリアが何を言うか、容易に想像出来た。
「お待ち下さいな、導師イオン!この二人は導師救出のためにここまでやって来ましたのよ?!それなのに、そんな不当な扱いはおかしいですわ!」
「ナタリア、これはダアトの問題です。貴方が口を出すことは、キムラスカがダアトの内政に干渉することに等しいとわかっていますか?」
「な、わ、私は」
「それに、僕の救出と貴方は言いますが、アニスはともかくティアはルークの護衛のためについてきたはずですよ。公爵廷襲撃とルーク誘拐の罪の軽減のために」
「私はそんなつもりはありませんでした!それに、モース様はお許し下さいました」
「モースもそんなことは言っていないはずですが…なんにせよ、意味はありませんよ、ティア。貴方の罪は軽減されるどころか、増している一方ですから。これ以上、ダアトの、そしてユリアの権威を下げるようなまねをさせるわけにはいきません。シンク、アリエッタ。二人を捕らえてください」
「了解」
「任せて、ください」
シンクとアリエッタがサッ、と動き、ティアとアニスはあっという間に拘束された。
二人は素早く猿轡を噛まされ、これ以上、耳を汚さずに済むことに、ルークはホッと安堵の息を吐く。
耳が腐りそうな発言ばかりで、嫌気がさしてしょうがなかったのだ。
清清した、とルークは笑って、ディストの指に自分の指を絡める。
ディストの目がルークを映し、二人は一緒ににこりと笑いあう。
「ナタリア、ガイ。お前たちもキムラスカの領事館に行ってもらうぞ」
「ルーク…、お前、何でアニスとティアを助けてやらないんだ…!」
「さっきイオンが言ってたろ。俺が口を出せば、内政干渉になる」
「仲間ですのよ、ルーク!導師イオンは誤解なさっておられるのです!」
「何を?何を誤解するってんだよ。アニスもティアも罪人でしかないぞ。それすらもわからないなら、お前、もう口を開くなよ、ナタリア。俺は頭の悪い民間人にかまってられるほど暇じゃねーんだから」
「何を仰ってますの!私は王女…」
「って、扱うなって言ったじゃん、お前。もう忘れたのかよ?本当、頭悪いよな、お前。王位継承権を自ら捨てたのはお前だ。証拠だって取ってあるぜ?ディスト特製の小型録音機ってやつでな。責任を持つものとして、一度、口にした発言を取り消すことは出来ないんだぜ、ナタリア。ま、放棄してなかったとしても、王命に逆らった時点でお前の処遇なんて決まってるけどな」
くすくすとルークは笑って、ナタリアを見やる。
憤慨しているナタリアは、今の言葉を半分も理解出来ていないのだろう。
十七年間の教育は、すべて無駄に終わっているようだ。
ナタリアの教育係はよほど使えない人間らしい。今頃は、責任を取って首を切られていてもおかしくないな、と薄ら笑う。
(その点、俺の教育係は最高だよな)
もちろん、ガイのことではない。教育者としてガイは未熟だ。教わるようなことは何もないとルークは思っている。
使用人としての立場もわきまえず、親友面するさまもずっと気に入らなかった。その素性をいずれマルクトへの外交手段として用いるために生かしておいたに過ぎない。
ルークにとっても教育係は、ディストである。
屋敷にルークとして返された自分がレプリカであることに早々に気づいた父母が、情報を求めるためと、レプリカである身体の診断のために内密に召喚したのがディストだったのだ。
もともと完全同位体という稀なレプリカである自分に興味を持っていたディストは、あっさりとその召喚に応じたらしい。
研究を進めるうちに、レプリカとオリジナルは別個の人格を持った個体であると、ディストは苦悩の末に認めた。認めてくれた。
貴方はオリジナルとは違うのですね、と言ってくれたときのことを、ルークは覚えている。オリジナルよりも、遥かに私は貴方のほうが好きですよ、と言ってくれたときの喜びを、忘れられない。
(キムラスカだろうとヴァンだろうと、好き勝手にされるのは冗談じゃねぇけど)
ディストだったらいい。ディストのものにだったらなりたい。ディストのものでありたい。
ルークはキムラスカ兵にナタリアとガイを連行するよう、命令を下し、ディストに擦り寄った。
貴方は猫みたいですね、とくすくす笑って、ディストがルークのフードを払い、髪を掬う。
ちゅ、と朱色の髪に落とされる口付けに、ルークは嬉しそうに頬を赤らめた。
「ディスト」
「何でしょう」
「俺はお前だけのものだからな」
ディストが微笑み、ルークの耳朶に唇を寄せ。
「私も貴方のものですよ」
優しくそう囁いた。
キムラスカの親善大使は、アクゼリュスの崩落が世界の危機に繋がることを公表し、新しい名代と六神将三名たちとともに、世界の危機を救うべく奔走し、後に英雄王として長く平和な時代を築いた。
彼の隣には、常に彼を気遣う医師が寄り添っていたという。
END