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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2009.05.28
10万HIT感謝企画

春香さまリクで「ED後、ノエルのところに戻ってきたルークを見つけ、ノエルを悪者扱いする同行者」の話です。
二人一緒にキッチンで」の設定を用いてます。
ED後、帰ってきたルークは、ノエルの名前や顔以外の記憶を全部失ってます。(ルークの記憶は大爆発でアッシュに流れてます)
シェリダンでのんびり暮らす二人のもとにやって来た、ガイとティア。

注!ガイ&ティアに厳しめ





ルークは帰ってこなかった、とアッシュがティアやガイたちへと言い聞かせたということを、ノエルは知っていた。兄であるギンジが、マルクトに連れて行ってくれ、と頼んできたアッシュを、アルビオールに乗せて送った際に、その旨を聞かされ、ノエルへと伝えたからだ。
今のルークには、記憶がない。ティアやガイが求めるルークではないのだから、俺は間違っていない、と苦笑混じりだったと、ギンジは言った。
アッシュは他にも、腹の底に溜め込んでいる不満の数々を、ギンジに打ち明けたという。

「そもそも、あいつらが求める『ルーク』なんて、本当はどこにもいなくて、無理矢理、あいつらがルークに押し付けたものだったんだろうがな。──あいつの記憶を見てると、許せなくなる。人間不信になりそうだ」

かつて、ルークの『仲間』たちが、ルークへと放った言葉の数々が、その仕打ちの記憶が、次から次へと、脳裏を過ぎっていくせいで。見捨てておきながら、従順ならば、役に立つならば、拾ってやってもいい。けれど、いつでも見捨てられるのだと、脅しに等しい文句を言ったことに、まったく気づいていないことが忌々しい。
アッシュがそう言ったのだと、ノエルは聞かされた。

「だから、アッシュさん、内緒にしとくんだって。ルークさんが帰ってきて、ノエルのところにいること」

二人には幸せになって欲しいから、だってさ。
ギンジが穏やかに笑って口にした、自分とルークを祝福するかのような言葉に、ノエルが頬を赤らめたのは、数ヶ月前。
──けれど、今のノエルの顔は青白く、緊張に満ちた面持ちだった。いつもは穏やかな眼差しも、今ばかりは鋭い。
ノエルの目の前には、顔に苛立ちと焦燥を乗せたティアとガイが立っていた。
二人は、噂を聞いたのだと、言った。シェリダンに腕の立つ剣士がいるという噂を。
その剣士は朱色の髪をしている、ということも。

「ルークがいるんでしょう、ノエル」

ティアの口調は、酷くきつい。頭ごなしに叱り付けるように、厳しい声音だ。眉も吊り上がり、ノエルを睨んでくる目も吊り上がっている。
まるで、仇を睨んでいるかのようだ。あながち、間違いでもないけれど、とノエルは内心、そっと嘆息する。
自分はティアにとって、恋敵になるのだから。
そして、同時に、ティアは自分にとって、仇の妹ということにもなる。ティア自身に、その意識は皆無だろうが。少しでも、意識しているのなら、こうもあっさりとシェリダンの地を踏むことなど、出来ないはずだ。
しかも、彼女は、犠牲になった被害者たちの墓前に、手を合わせることすらしていない。真っ先に、広場で友人と雑談を交わしていた自分のもとへと向かってきた。きっと思いつきすら、していない。

「ルークに会わせてくれ、ノエル」

ガイの口調は、ティアに比べれば、随分と柔らかい。生来のフェミニスト精神が、そうさせているのだろう。
けれど、ノエルへと向けながらも、周囲を窺っている目は、険しい。ギラギラと尖った煌きが覗いている。
ガイもまた、ノエルの頑なな態度に苛立ちを覚えていることが、忙しなく地面を叩いている爪先から窺える。
ガイも同じだ。ガイも、墓前に向かう気配はない。彼らは犠牲になった人々を何だと思っているのだろう。
世界のための尊い犠牲──世界を救うためには、当たり前の犠牲だったとでも、思っているのかもしれない。或いは、もう過去のものとして忘れているのかもしれない。

「…二人とも、お帰り下さい。お二人の言う、ルークさんは、ここにはいません」

ノエルはガイとティアに向かって、深く頭を下げた。帰ってください、と繰り返し、震える拳をぎゅう、と握り締め、自身の腿に押し付ける。
二人をルークに会わせるわけには、いかない。二人は間違いなく、あの人を苦しめる。あの優しい人を苦しめる。記憶を取り戻せ、と間違いなく責め立てる。
だから、会わせられない。会わせたくない。

そんなことを言わないでくれ、とガイが憐れみを誘うように、ノエルに懇願する。だが、ノエルは折れなかった。ルークのためにも、ここで引くわけにはいかない。
ノエルが女性ということもあり、強くは出られないガイを押し退けるようにして、ス、とティアが一歩、進み出た。
ノエルは顔を上げ、鋭く目を細めたティアと、真正面から視線を合わせた。

「貴方は知らないでしょうけど、ルークは約束したのよ」
「約束、ですか」
「ええ、そうよ。必ず、帰ってくるって」

ティアが口にした言葉はそこまでだったけれど、ティアの勝ち誇ったような顔から察するに、自分のところに帰ってくるはずだったのだと、信じきっているのは明白だった。
ノエルは、じ、とティアを見つめ返した。約束は、あったのだろう。それを否定する気はない。
ただ、本当にルークがティアたちのもとに帰るつもりがあったのかは、甚だ疑問だ。本当に帰るつもりだったのなら、ルークはきっと忘れなかった。たとえ、アッシュとの間に起こった大爆発という現象のせいで、記憶が全てアッシュのもとへと流れてしまったのだとしても、ティアたちの存在を忘れはしなかったはずだ。
けれど、実際には、ルークはすべてを忘れて、帰ってきた。──ノエルという名の、自分という存在以外のすべてを。

「だから、ルークを返して、ノエル」
「まるで、ルークさんが自分の物のような言い方をするんですね、ティアさん」
「それは、あなたのほうでしょう。ルークをこんなところに閉じ込めて…。最低ね」

ティアの頬を張りたくなる衝動を、ノエルは手の平に爪を立てて、必死で抑えこむ。
こんなところだなんて、よく言えたものだ。自分の兄がその『こんなところ』で何をしたのか、彼女は本当に忘れてしまったのだろうか。
いや、忘れていなかったとしても、同じことなのだろう。隣にいるガイもそうだ。

(そうよね、だって、あのとき、二人は言ったもの)
ティアは、肉親の死を悲しむ時間を無駄だと言い放ち、ガイは、遺族よりも加害者の家族の方が哀れだと言い切った。
こんな人たちに、何を期待したところで、無駄な話だったと、ノエルは乾いた土に視線を落とした。
シェリダンの赤茶けた土。たくさんのシェリダンの民の血が染み込んだ土だ。
──祖父の血が、染み込んだ土だ。

(…イヤ!)
この地に、この二人が立っていることが、たまらなくイヤだと、ノエルは心のうちで叫ぶ。両手で顔を覆い、幼い子どものように口に出して、喚き散らしてやりたかったけれど、叫んだところで、二人には届かない。
早くルークを出して、とティアがノエルの肩を掴んだ。退け、ということらしい。
ノエルは足に力を込め、踏ん張った。退くつもりはないと、目を眇め、睨んでくるティアを真っ向から睨み返す。
曲がりなりにも軍人であるティアと、民間人でしかない自分。力任せの勝負の結果など、わかりきっていたけれど。

「あっ」

苛立ち露わなティアに強く突かれ、ノエルの身体が大きく傾ぐ。バランスを崩したノエルは地面に倒れ込んだ。
捻挫などは避けられたものの、手の平に擦り傷が出来、砂塗れの傷から血が滲み出す。血を含んだ土はどろりと粘り、ノエルはヒュッと息を呑んだ。
あの日のシェリダンの土も、こんなふうに血液で色を濃くし、粘りを帯びていた。

「ティア、やりすぎだ!」
「だ、だって、ノエルが強情だから…!」

私は悪くないわ!とティアが焦ったように叫ぶ。この人はいつもこうだ。ノエルは、脳裏に蘇り、心を苛む、あの忌まわしい惨劇の記憶に呻きながら、痛みに耐える。
膝も強く打ちつけたらしく、ずきずきと痛い。立ち上がれるまでに回復するには、まだ時間が掛かりそうだ。
でも、今は倒れこんでいる場合ではない。ルークさんを、この人たちから守らなくては。

ノエルに何するんだ、と誰かが怒鳴り声を上げた。一瞬、家にいるよう伝えて、と雑談を交わしていた友人に頼んでおいたルークが家から出てきてしまったのかと思ったが、ルークの声ではない。
ノエルは顔を上げ、周囲を見回した。怒りに顔を赤くしたシェリダンの民が、ティアたちを距離を測りながらも、囲んでいた。
ティアとガイがたじろぎ、身を寄せ合う。ガイがティアを庇うように前に出て、へらりと愛想笑いを浮かべた。
この人は庇うべきところをいつも間違えているような気がする、とノエルはため息を噛み殺した。

「あ、いや、これは違うんだ。ティアだって、悪気があったわけじゃ」
「どう見ても、悪気があったとしか思えんがね。大体、その娘は軍人じゃないか。軍人が民間人相手に力を揮えば、どんなことになるか子どもでもわかることだろうが」

皮肉をたっぷりと効かせた壮年の男の声に、そうだそうだ、と声が上がる。ノエルの側に近所の主婦が一人寄ってきて、大丈夫?と手を貸してくれた。
ありがとう、と礼を言い、手を借り、立ち上がろうとしたところで、ノエル!と今度こそ、聞き間違えようのない声がした。
ノエルは身体を強張らせ、喉奥で呻く。強張らせた拍子に膝が痛んだ。痣が出来てるだろうな、とちらと思う。
だが、今は自分の身体よりも、駆け寄って来るルークの方が心配でならない。止めなくては、と思ったけれど、ティアやガイは、既にルークに気づき、ルークの名を呼んでいた。
ティアが目に涙を浮かべ、歓喜の表情で、走り出す。けれど、ルークはティアには目もくれず、砂で汚れ、傷を負ったノエルに駆け寄ってきた。

「ノエル、大丈夫か?!外が騒がしいから出てきてみれば…怪我してんじゃねぇか」

早く水で洗って、消毒しねぇと。
ノエルの手を取り、ルークが顔を顰める。他に痛いところは、と訊かれ、ノエルは膝を打ったみたいです、と答えながらも、ティアやガイの様子を窺った。
シェリダンの人々も、ティアやガイがどう出るか、息を殺して見つめている。その顔は、皆、一様に険しい。

「お、おいおい、ルーク!やっとお前を探し当てて、喜んでるティアを無視するなんて酷いじゃないか!」
「そうよ、ルーク!私がわからないの!?」

気安い態度でガイがルークの側により、肩を叩き、ルークの後ろから、ティアが羞恥のためか、怒りのためか、顔を赤くし、ルークに詰め寄る。
ルークが戸惑いの表情を浮かべ、二人を見比べ、首を傾いだ。

「俺を知ってるのか、あんたたち」
「何言ってるんだよ、ルーク。俺だよ、ガイだ。お前の親友だろ?」
「こんなときにふざけないで、ルーク。さぁ、一緒に帰りましょう?」
「そんなこと言われてもな。悪いけど、思い出せない。記憶がないんだ、俺」

ノエルは、困った顔で記憶がないことを二人に告げるルークの顔を見上げた。そして、ゆっくりとティアとガイの顔を見る。
二人は息を飲み、低く唸った。そんな、とティアが唇を戦慄かせ、ぽろりと一粒、涙を落とす。が、すぐにルークに寄り添うノエルの存在に、どうして、と眉を顰めた。

「なら、どうして、ノエルのことはわかるの?…ノエル、あなた、記憶のないルークに何を言ったの」

ルークが記憶を失くしたことも、ティアたちを思い出せないことも、そして、ティアのもとに帰ってこなかったことも、すべてノエルのせいだと言わんばかりの冷たい声音に、思わず、失笑する。彼女の頭の中では、自分は悪女にでも仕立てられているのかもしれない。
記憶を失ったルークに、自分の都合がいいようにあれこれと吹き込んだ、そんな悪女に。
ルークが眉間に深く皺を刻み、周囲もざわめく。

「どういう意味だよ。それじゃ、ノエルが俺にあることないこと、言ったみてぇじゃねぇか」
「その可能性がないとは言い切れないでしょう?記憶がないあなたには、ノエルの言うことが本当かどうか、わからないんだから」
「ノエルはそんなやつじゃねぇ!」

敵意剥き出しの視線をノエルへと投げつけるティアに、ルークがノエルの肩を抱き寄せ、怒鳴る。ティアが傷ついたような表情を一瞬、浮かべ、ノエルを睨みつける目を鋭くした。
苛立ちに、嫉妬と憎悪が混じっている目だ。ノエルは負けじと、ティアから目を逸らさない。自分は何も恥じるようなことはしていない。ただ一心にルークを想っているだけだ。記憶を失う前のルークのことも、今のルークのことも。
ガイがティアの肩に手を置き、落ち着け、と宥めた。

「ノエルが嘘を吐くような子じゃないのは、ティアだって知ってるだろ?」
「でも、ガイ!」
「ああ、わかってるよ。もちろん、このままじゃいけないってのはさ。なぁ、ルーク。いい医者…いや、正確には研究者なんだが、お前のことをよく知っている人がいるんだ。ジェイドって言うんだけどな。そいつに一度、見てもらわないか?もしかしたら、記憶を取り戻せるかもしれないし。お前だって、記憶を取り戻したいだろ」
「そうね、それがいいわ。忘れたままなんて、おかしいもの。記憶を取り戻す手伝いなら、私も幾らだってするわ。ね、ルーク」

ノエルは絶句した。特に、ガイに対して。
ガイは知っているはずだ。幼いころ、記憶をなくしたのだと考えられていたルークが、どれほど苦しんでいたかを。昔の『ルーク』と比べられるばかりで、今の自分を見てもらえないことを悲しんでいたことを知っているはずだ。
悲しんで、苦しんで、だからこそ、その優しさは偽りではあったけれど、ルークをルークとして認めたヴァンに、ルークが縋ってしまったことを、知っているはずだ。
自分が犯した罪を、ルークはエルドラントへと向かう前に、話してくれた。帰ってきたアッシュも、記憶を失くしたルークを、以前のルークと比べることなく愛してやって欲しい、と懇願するように、幼いころのルークのことを話して聞かせてくれた。
それを、この人も知っているはずなのに、とノエルは血が滲む手の平を握りこむ。じくじくと、傷が痛む。この人たちを一刻も早く、ルークの前から消し去りたい。
二人とも、今のルークのことなど、見てもいない。いや、アッシュが言っていたとおり、昔のルークのことだって、見てやいなかったのだ。

(この人たちは、きっと疑いもしてないんだ)
ルークが記憶を取り戻せば、自分たちのもとへ帰ってくるに違いないと。従順で、聞き分けのいい、素直なルーク。そんなルークが自分たちのもとへ帰ってくるのが、当然だと思っている。
自分たちにとって都合のいい、ルーク。そんなルークこそが本物で、自分たちに逆らうルークなど、ルークではない、と彼らはそう思っている。指摘すれば、否定するだろう。彼らにその自覚はないからだ。
怒りで震えるノエルの肩を、ルークが力強く、抱き寄せた。ノエルはぱちくりと瞬き、ルークを見つめた。

「記憶が戻ったらいいって、思わなかったって言えば嘘になる。記憶がないせいで、ノエルやシェリダンのみんなに迷惑を掛けてるんだろうな、って何度も思ってきたし」
「なら…」
「でも、必要な記憶なら、俺にはちゃんと残ってる。今なら、そう自信を持って言えるよ。あんたたちのおかげで」

ルークが皮肉げに片頬を吊り上げ、苦笑う。ノエルはゆるりと首を傾いだ。
さら、と金色の髪が肩先で揺れる。

「ノエルだけで、よかったんだ」
「ルークさん…?」
「俺がさ、ノエルのことしか覚えてなかったのは、ノエルだけいれば十分だったからなんだ。今、やっとわかったよ。気づくの、おせーよなぁ、俺」

照れくさそうに頬を掻くルークを、ひたと見つめる。翡翠の目が柔らかに細まり、ノエルの髪をルークの指が優しく梳いた。
ティアがギリ、と唇を噛み締め、関節が白くなるほど、ロッドを握り締めているのが視界の隅に映った。

「何を言っているのよ、ルーク!ノエルに何を言われたのかは知らないけれど、思い出さなくていいなんて、ただの逃げだわ。あなたには忘れてはいけない記憶があるでしょう?!アクゼリュスのことを忘れたままだなんて、許されるわけがないわ!」

鉱山の街、アクゼリュス。
そこで起こった悲劇のことは、又聞きでしか知らない。けれど、ルークはいつでも、アクゼリュスのことを悔いていた。その悲劇を背負っていた。全てを一人で。一人きりで。
ティアの言うことは、だから、もっともではあるのだろう。ルークも、アクゼリュスのことを、どれほど辛い記憶であるのだとしても、忘れたくはなかったはずだ。
実際、ルークは時折、悪夢に魘され、眠れないからと、夜の散歩に出ていることがある。悪夢がどこから来るのか、ルーク自身もわからないと言っていた。
ひどく恐ろしくて、悲しくて、苦しくて、辛い夢なのだと、顔を俯かせ、話してくれたことがある。その夢を見るたびに、たまらない罪悪感に襲われるんだと、疲れた顔で。きっとその夢は、アクゼリュスの夢なのだろう、とノエルは思っている。

(…なのに、それを『理由』にするなんて)
ティアは、ルークが悪夢に魘されていることを知らない。だから、知らないことを責めるつもりはない。
許せないのは、ティアが自分のためにアクゼリュスを利用したことだ。ルークの罪悪感を利用していることだ。
ティアが許したくないのは、ルークがアクゼリュスを忘れることではなく、ティア・グランツを忘れることなのだと、ルークへと向けられた縋るような眼差しに見て取れる。
ノエルは、ぐ、と胸を張り、ティアを睨んだ。

「なら、ティアさんは忘れてないんですね。ガイさんも、忘れてないんですよね?」
「何のことだい?」
「わけのわからないことを言って、邪魔をしないで。今、私はルークと話しているのよ」

ティアは敵意も苛立ちも隠そうともせず、ノエルを睨み返してきた。ルークが纏う空気を強張らせ、ノエルを守ろうとするかのように、ノエルの前に立つ。
ノエルはルークににこりと微笑み、大丈夫ですよ、と横に並んだ。ティアの視線の険しさが、増す。

「ここで、起こったことを、お二人は覚えてるんですよね?」

周囲で様子を窺っていた人々が色めき立つ。答え次第では、ここにいる皆が、この二人をすぐにでもシェリダンから追い出そうとするだろう。
ティアとガイの顔に、迷うような表情が過った。二人がちらりと視線を交わす。
何を問われているのか、すぐに答えは出てこないらしい。二人は小さく言葉を交わし、アルビオールやタルタロス、ギンジの救出のことに紛れ、やっとシェリダンの惨劇が出てきた。
けれど、二人の顔色が変わることはない。ただ気の毒そうに、同情するようにノエルを見る視線を変えただけ。
この人たちは、本当にわかっていない。

「お忘れですか。今、お二人が立っている土の上で、誰が殺されたか。何人が殺されたか」

そして、彼らを殺した人間を、お忘れですか。
ヴァン・グランツは、シェリダンの人間にとって、その信念や人柄がどうであれ、悪魔に等しい。憎むべき対象、忌まわしい殺人者。そんな印象しかない。
お前はあの男の妹だろう、と誰かが言った。かつての部下なら、身体を張ってでも止めればよかったんだ、と誰かの啜り泣く声もした。
ガイとティアは、当惑の表情を零しはするものの、自分に責任を見出した様子はない。都合のいい人たちだと、ノエルは泣きそうな顔で笑う。
彼らは、兄を、かつての部下を止められなかったことを悔いたような顔をしても、本当の意味で責任を感じてはいない。喉元過ぎれば何とやら、だ。
ルークに関しても、彼らはそうだった。功績ならば、当たり前のように自分たちも受けておきながら、悪行の責任は当事者一人だけに押し付ける。それで仲間だなんて、よく言えたものだと思う。
ノエルは傍らにあるルークのぬくもりを支えに、深く息を吐きだした。ルークが側にいてくれなかったら、泣き叫んでいたかもしれない。

「ルークさんは、お二人にだけは渡しません」

渡せません。だって、そうでしょう?
二人は、変わらない。自分たちを省みることはなく、己の希望だけを通そうとする。そんな人たちに、ルークは渡せない。
渡せば、彼らは今のルークのことを思いやることもなく、記憶を取り戻せ、と責めるだろう。そして、思い出さないルークに、勝手に失望するのだろう。思い出さないならいらない、とまた見捨てるかもしれない。
苛立ちや焦りを、ルークにぶつける姿も容易に想像出来る。
この人は、傷ついた。壊れてもおかしくないくらい、傷ついた。もうこれ以上、苦しめたくない。傷ついて欲しくない。

(ルークさんには、幸せになって欲しいから)
だから、渡さない。
ノエルはルークの前に立ち、腕を広げた。血が滲む手の平の痛みも、膝の痛みも、つかの間、忘れる。
帰ってください、とノエルはもう一度、二人に言った。二人が求めるルークさんは、どこにもいないのだから。
ルークさんが、そんな哀しい人形であることを強いられることなんて、許さない。
嫌よ!とティアが叫んだ。

「私はずっとルークを待っていたのよ?!ルークを好きでい続けたのよ、だから…ッ」
「──だから、ルークもお前を好きでいるべき、か?ティア・グランツ」

身勝手なことだ、と呆れ返ったため息を零して現れたのは、アッシュだった。紅い髪を乾いた風に靡かせ、眉間に深く皺を寄せている。アッシュの後ろにはギンジがおり、ノエルはギンジの眉間にも皺が寄っていることに気づく。
いつも温厚な兄が怒りを露わにしているのを見るのは、久々だった。
アッシュの側には、キムラスカ兵と白光騎士の姿もある。
アッシュ、とガイが苦々しく、その名を呼び、ルークが親しげな眼差しをアッシュに投げた。

「ルークが誰を好きになるかは、ルークの自由だろう。お前にとやかく言う権利はない。ルーク、はっきり言ってやれ。お前が好きなのは、誰かをな」
「待って!ルークには記憶がないのよ?!」
「まったくないわけじゃない。あいつはただ一人、ノエルという存在の記憶だけは、失っていない。それが答えだ。そうだろう、ルーク」

アッシュの確認を取るかのように細められた翡翠の眼差しに、ルークが深く頷き、ノエルに微笑む。ノエルは頬を僅かに上気させ、自分もだという意をこめて、微笑を返した。
ティアが血の気の引いた顔で唇を噛み締め、ノエルを憎々しげに睨む。ティアへと向けられるギンジや周囲の人間たちの視線も、険を増す。
ガイがティアに憐れみの眼差しを向け、アッシュを睨みつけた。

「それじゃ、ティアがあんまりじゃないか。大体、お前にルークの何がわかるっていうんだ」
「…お前よりはわかってるさ、ガイ。今の俺にはな」
「どういう意味だ」

訝しげに顔をしかめるガイに、アッシュは答えなかった。ただ苦しそうな笑みをちらりと浮かべただけだった。
その笑みの理由を知っているノエルの胸が、ちくりと痛む。見れば、ギンジも辛そうに顔を歪めている。
吹いた風に、足元で砂埃が舞った。

「お前には関係のないことだ。それよりも、ガイ、ここに来るのに、ピオニー陛下の許しは得てきたのか。仕事はどうした」
「ブウサギの世話なんざ、誰にでも出来る。陛下にも置き手紙をしてきたさ。話を逸らすなよ、アッシュ」
「…ガイ、お前…──いや、それが目的だったのかもしれないな。喰えない男だ」

一人考え込むようにぶつぶつと呟くアッシュに、ガイが業を煮やしたように一歩踏み出す。
が、キムラスカ兵が刀の柄に手を添え、ガイに殺気をぶつけたことで、ガイの足が止まった。ぎり、と奥歯を噛み締め、悔しげに顔を顰めている。

「二人には、即刻、キムラスカから出て行ってもらおう。インゴベルト王より、その権限も得てきている。文句は言わせん。──船に押し込め」

パチンッ、とアッシュが指を鳴らすと、キムラスカ兵が一斉に動き出し、ガイとティアを捕えた。二人が抵抗しようと武器に手を掛けるが、その前に詠唱を終えていた術師により、二人の頭上にピコハンが落ちる。
二人は気を失い、港へと連れて行かれた。
騒動が去り、シェリダンの住民もホッとしたように息を吐き、ノエルやルークに声を掛け、散り散りに散っていく。それぞれがそれぞれの生活へと戻っていく様を眺めるノエルの手首を、ルークが握った。

「ノエル、傷の手当てしねぇと」
「怪我してるのか!?早く洗わないと、バイキン入っちまう」

駆け寄ってきたギンジが、不安そうにノエルの傷を確かめ、眉を八の字に下げる。幼いころ、怪我をしたときにも、この兄は同じ顔をしていたな、と懐かしさを覚え、ノエルは小さく苦笑した。
護衛の白光騎士一人とともに、シェリダンに残ったアッシュもまた、大丈夫か、と声を掛けてきた。

「ええ、大丈夫です。それより…アッシュさん、どうしてここに?」
「マルクトから、ガイがティアをつれてシェリダンに向かった、と報せがあってな。それで、ちょうど今後の外交スケジュールでの移動の打ち合わせに来ていたギンジにアルビオールを飛ばせて、駆けつけたんだ」
「そうなんですか」
「…ピオニー陛下から、あとで謝罪として何かしら送られてくるんじゃないか、多分」

え、とノエルは目を瞠る。ルークもギンジも、きょとん、と瞬いている。
アッシュが苦々しく顔を顰め、ため息を吐いた。周囲をちらりと見やり、誰もこちらを窺っていないことを確かめると、声をひそめて言った。

「ガイが皇帝のすぐ側にいるとは言っても、ブウサギの世話だけしか任せられていないことを、常々、疑問に思ってたんだがな。理由がやっとわかった。あいつがその仕事を軽んじて、勝手に行動することを狙っていたんだろうと思う」
「どういうことなんですか、それって」
「家畜の世話だろうと何だろうと、それを命じたのが、皇帝陛下直々だってことに意味があるんだよ。ガイは己の都合で仕事を許可なく放棄した。置き手紙なんぞに意味はない。ガイは、そのつもりはなくとも、皇帝を軽んじたんだ。──ホド崩落が前皇帝に責任があることがわかった今、マルクトでは、それを理由に、ホドの生き残りの貴族たちが、ホドの領主だったガルディオス家の生き残りであるガイを押し上げて、幅を利かせようとしていてな。ピオニー陛下や重鎮たちは、前皇帝のことがあるから、表立って不快を示すことは出来なかったんだろうが、快く思っていなかったのは確かだろう。だから、ガイが自ら失態を犯すよう、仕向けたんだと思う。実際、マルクトに帰ったガイに居場所はなくなってるだろうな。まあ、憶測に過ぎないが」

はぁ、とノエルは兄やルークとともに、頷くことしか出来ない。わかるのは、自分たちがどうも利用されたということと、ガイがマルクトでの地位を失ったということくらいだ。
利用されたことには苛立つが、相手が皇帝では文句も言えない。ルークが何か腹立つなぁ、と呟き、ノエルはそうですね、と苦笑するしかなかった。
アッシュやギンジも、苦笑いを浮かべている。

「ティアもダアトでの立場が悪くなるはずだ。あいつも休暇を取るわけでも、許可を得るわけでもなく、ここに来たようだからな。ユリアの子孫として祭り上げようとする動きがあるようだが、一般人に暴力を振るったことや、聖女にあるまじき行為の数々の目撃者は大勢いる。トリトハイム大詠師やカンタビレが今回のことをうまく利用し、そういった動きを潰すだろう。ユリア・ジュエの子孫の台頭は、預言復活にも繋がりかねん。──まあ、これも」
「憶測ってことッスか」
「まあ、そういうことだ」

いろいろ面倒ッスねぇ、とギンジが肩を竦め、まったくだ、とアッシュが嘆息し、こめかみを押さえる。
白光騎士がアッシュの側に寄り、そっと耳打ちした。こく、とアッシュが頷きを返す。

「仕事があるんでな、今日はこれで失礼する。すまんな」
「いいえ、お茶の一つも出せなくて、こちらこそすみません」
「気にするな。…ルーク」
「ん?」
「ノエルが好きか」

ルークがアッシュの目を見返すのを、ノエルは見つめた。ルークは、自分がレプリカと呼ばれる存在であることを、アッシュから聞かされ、そして、アッシュが被験者であることも知っている。
始めは、二人の間がどうなることかとギンジとともにノエルは気を揉んでいたのだが、それは杞憂でしかなかった。ルークは、自分とノエルのことを影ながら守ってくれているアッシュのことを、兄のように慕っている。
ゆっくりと翡翠の目を瞬かせ、ルークははっきりとした声で言った。

「好きじゃ足らねぇくらい、好きだ」
「ルークさん…」

真っ直ぐで飾らないルークの言葉に、ノエルの視界がじわりと滲む。溢れそうになる涙を瞬きで追い払い、ノエルはそっと袖で瞼を拭った。
手首を掴んでくれているルークの手が、温かい。

「そうか」

なら、必ず、幸せになれ。
アッシュはふ、と柔らかな笑みを零すと、白光騎士とギンジを連れ、シェリダンを後にした。
しばらくして、シェリダンの上空に、漆黒のアルビオールが浮かんだ。
ノエルはルークに寄り添い、二人、揃ってバチカルへと飛んでいくアルビオールを見送る。

「…幸せになれ、か」

ぽつりと呟くルークの横顔を、ちらりと見やる。手首を掴むルークの手が力を増し、照れくさそうな笑みが横顔に浮かんだ。

「頑張ろうな、ノエル」
「はい、ルークさん」

早く傷治そうぜ、と促すルークに連れられ、家に向かいながら、ノエルは小さくなっていくアルビオールが飛んでいく空を見上げ、ほぅ、と一つ、息を吐いた。
白くたなびく雲と譜石帯を、太陽がキラキラと照らしていた。


END


いろいろ設定を考えたんですが、ルークが記憶がない設定で書きたくて…。
リクエストに添えてるでしょうか(汗)
春香さんに少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
 

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無題
功をもって罪を雪ぐ、と言う考えがあります。一見正しく、しかし一見でしかない。
崩落しないよう外殻大地を降下させ、その過程で逆賊ヴァンを討伐し、障気をを中和(アッシュとの共同作業だが)せしめ、エルドランドを陥とし、蘇ったヴァンを再度倒し伏し、ローレライを解放させた。アクゼリュスの負債を雪ぐには十分だと思いますがね。無論それには他の面子の協力が必要だった訳ですが、プレイヤーのセレクトによっては「こいつら」が必要でなかったこともあるだろうし(笑)(全殺しのルークオンリーでもヴァンには勝てる(笑))。
さて、本題に戻れば、世界を救ったところで。ティアは公爵邸を襲った襲撃犯であり、公爵家子息を意に沿わず連れ出した誘拐犯で、不遜な言動を取り続けた不敬の罪人のままです。ガイは友人面でルークが傷つき孤立するのを復讐心の命ずるままに放置した裏切り者であり、生家の復興を放擲した親不孝者であり、敵国(和平後には「他国」)に主命無く仕えていた不忠者です。
功と罪は別物。功をもっても雪げないものであるなら、彼らも罪人のままであり、それを忘れてはならない身である、のが、多分永遠に分からない連中なんだろうな、と思う。
雪げるものならば、「こいつら」は認めないのだろうが、それでもって責めたてるのは間違ってると言わざるを得ない。
事情があったと言うならば、レプリカで、人生経験7年で、教育不十分で。免罪符はルークにもある。

結局、ルークが「彼らの思い通りに動くお人形」でなければならないのだな、と再認識させる作品で、おこがましくも「良作」と評させて頂きます。
ルークが真に自由であるなら、「彼ら」を「忘れる」ことも自由であるはず、なのだから。
通りすがり: 2009.06/03(Wed) 13:17 Edit
コメントありがとうございます
アクゼリュスの崩落に関しては、罪の重きは利用されたルークよりもヴァンにあるはずだということを考えても、外郭大地降下、命の危険を冒しての瘴気中和で、ルークの罪は雪がれていますよね。
もちろん、犠牲者や遺族からしてみれば、納得がいかない面はあるでしょうが。
同行者たちの罪状も、ルークに協力したという点から、斜面されている面はあるのでしょうが、うーん…。ルークの同行者が彼らでなくてはならなかった必然性が本当、感じられないんですよねー…。
ジェイドは頭脳の点で、ティアは血筋の点でまだわからなくもないんですが、ルークと彼らの間に必然的な絆が感じられないのがなぁ。
>功と罪は別物。功をもっても雪げないものであるなら~
ティアたちは、まさしくそういう考えでいるのだと思います。ただし、自分たちの罪は厚顔無恥にも忘れ去り、棚上げした上でですが。
ルークにだけ、それを課すんですよね、彼ら。ルークだけは許されない、と言い聞かせているように思えます。自分たちに都合のいい人形でいてもらわなくては困るから。
罪の意識でルークを雁字搦めにしておきたいんだと思います。ルークが真に自由であるならか。まさしくそのとおりだと思います。
>おこがましくも「良作」と評させて~
ありがとうございますー。途中、悩んだ箇所も多い話ですので、お気に召して頂けたなら何よりです
2009/06/08(Mon)
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