月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
モニさまリク「アッシュ×傭兵なガンナールーク」。
ルークはレプリカではなく、キムラスカ出身のケセドニア傭兵ギルドに属する駆け出しです。
いろいろと細かい設定、ありがとうございます!どこまで活かしきれるかな…!
少しでも楽しんで頂ければ幸いですー。
なお、ルークがレプリカではなく、家族も存命なため、その家族ががっつりオリキャラです。
父母に弟三人妹一人。(一話の最後に簡易メモとして名前と年齢を載せてます)
苦手な方はご注意ください。
3~4話くらいを予定してます。
注!ティアに厳しめ
水を汲むために、と休憩に立ち寄ったタタル渓谷で、朱色の髪を緩く編んだ青年が、ぴく、と眉を跳ね上げた。
ざわり。空気が震えている。魔物たちもざわついている。
青年はすぅ、と目を細め、渓谷の奥を見やった。
「どうかしたのかい、シュルツの坊主」
「あー…、うん。何か…空気が震えてる」
「…魔物か?」
怯えたように周囲を見回す、護衛の依頼主である顔見知りの御者に、シュルツと呼ばれた青年は振り返った。大丈夫、と安心させるように笑む。
ホーリーボトルを撒いて、結界を敷いてあるから、このあたりの弱い魔物は寄ってきやしないよ、と。
「でも、ちょっと気になるから、見てくるよ。ここから動かないでくれ」
「怖くて動けるか。早く戻ってきてくれよ」
「了解」
ひら、と手を振り、シュルツは腰に提げたホルスターに収めた譜業銃を一撫でし、結界を飛び越える。
これを抜くほどの魔物は、タタル渓谷の奥に進むとなると話は別だが、入り口付近には生息していないはずだ。向かってくるものがいるとしても、拳で十分か、と一人頷く。
パシンッ、と手甲を嵌めている右手を左の手のひらに当て、シュルツは空気が震える先を目指し、進んだ。
(第七音素が…乱れてんなぁ)
せっかく素質があるのだからと、幼いころから第七音素の扱いを身体に叩き込まれてきたシュルツにとって、第七音素の流れを肌で感じることは容易い。その第七音素が、どういうわけか乱れている。
タタル渓谷はセレニアの花が群生するだけあって、第七音素が安定している地域だというのに。
足音一つ立てず、木々を抜けるシュルツに向かってくる魔物はいない。獣は実力差を弁えている。人間は弱い者ほど、弁えないが。
森を抜けた先に、星がちらちらと瞬く夜空に、白銀の月がぽかりと浮かんでいるのが見えた。そして、その月の光がまるで鏡のような暗い海に反射しているさまに息を呑む。波の揺らぎに合わせ、映りこんだ歪んだ月も、ゆらゆらと揺らいでいる。
月の光を吸ったように、淡い光を放つセレニアの花もまた美しい。月の光を集めて出来ているのではないかと、そんなふうにすら、思えてくる。
「…ん?」
その花の中に、あるはずのない色をシュルツは見つけた。
純白のセレニアの花の中、その紅は包まれるようにたゆたっていた。一瞬、惚けたように、白と紅に見惚れる。
「って、人間か…!?」
う、と小さな呻き声が聞こえ、シュルツは慌てて、紅に駆け寄った。大丈夫か、と声を掛ける。
ゆるり。紅が動き、人影が起き上がった。
「あんた、大丈夫か?」
「っ、何が…」
起き上がった人影は、シュルツと年の変わらぬ青年だった。その顔に、思わず、息を呑む。
驚くほどに、その顔はシュルツと酷似していた。
もっとも、髪の色はシュルツのものよりも色濃い紅であったし、着ているものも動きやすいが、質がいいとは言えないシュルツの服に対し、青年が着ているものは見てわかるほどに上質な仕立てのものだったが。
「え、ええと」
「…お前、誰だ…?」
青年の声には、怯えと警戒が入り混じっている。シュルツは慌てて、膝をついた。青年の素性に、心当たりがあった。
キムラスカ出身者ならば、誰もが知っているはずの特徴を、青年は備えていたのだ。すなわち、赤い髪と翡翠の目という、王族の特徴を。
そして、この年頃で王族の特徴を持つ者は、ただ一人。
「私はルーク。ルーク・シュルツと申します。お初にお目に掛かります。キムラスカ出身の者です。現在は、ケセドニアにてギルドの一員に属する身ですが」
「お前、ルーク、というのか」
「はい。『聖なる焔の光』は縁起がいい名だからと、両親がつけてくれた名です。…もしや、貴方様も、ルーク、という名では…?」
「…俺を知っているのか?」
頭を下げたまま、シュルツは頷く。やはり、この方はルーク・フォン・ファブレか。ファブレ公爵子息であり、キムラスカの第三王位継承者。
何故、その彼がこんな時刻に、こんなところで倒れていたのか、疑問は尽きない。が、不躾に訊ねることも躊躇われ、シュルツは、さてどうしたものかと思い悩む。
「顔を、上げていい」
「は…」
い、と頷こうとしたところで、殺気を感じた。もう一人、倒れていたことには気づいていたが、どうやら起きるや否や、殺気を飛ばしてきたらしい。
ちろ、と殺気の主を朱色の髪の奥から見やる。栗色の長い髪を背に垂らした、神託の盾騎士団の軍服を着た女がナイフを構え、立っていた。
見るからに接近戦に向いているタイプではない。あの服からして、おそらく、音律師といったところか、と見当をつける。
やはり、人間は弱い者ほど、己の実力を弁えないと実感する。
(…にしても)
何故、ダアトの軍人とキムラスカの王位継承者がともにこんなところで倒れていたのか、ますます疑問は深まる。駆け落ちか、などと一瞬、思ったが、窺い見るルークの様子を見る限り、その可能性は低い。すぐに首を振る。
ルークが女に向けた視線は、疑心暗鬼に満ちたものだったからだ。
こちらが顔を伏せているためか、女がルークと自分の顔の相似に気づいた様子はない。気づいているならば、もっと訝しげな視線を向けてきていただろう。
「貴方、誰?!彼から離れなさい!」
「そういう貴様こそ何者だ。何故、屋敷に侵入し、俺を浚った?」
「貴方を浚ったですって?馬鹿を言わないで。私はヴァン・グランツを狙っただけよ。これは擬似超振動による事故よ。貴方、第七音素師だったのね。迂闊だったわ…」
シュルツは二人のやり取りに、ぽかん、と呆けたように口を開け、信じがたいものでも見たかのように眉を寄せた。この女、正気だろうか。
シュルツが呆けている間にも、女の一方的な会話が続く。屋敷に入り込んだのは、そこにヴァンがいたからであって、他意はないだの、ヴァンを狙った理由は個人的なものだの、貴方に言ったってわからないわ、だの。信じがたい言葉が次から次へとシュルツの耳を流れていく。
二人の関係が段々とシュルツは掴めてきた。女はファブレ邸への侵入者であり、第三王位継承者誘拐犯だということだ。
女は事故だと言い張っているが、そんな言い訳が通じると本気で思っているとしたら、軍人など今すぐ辞めてしまえ、とシュルツは呆れる。
一般人としても、この女の態度はありえない。
(しっかし、この女の格好…)
シュルツは女の服装に、眉間に皺を刻む。あまり考えたくはないが、神託の盾騎士団の軍服を着ているところを見るに、この一連の犯罪は任務なのだろうか。
だとすれば、ダアトとキムラスカの間に、戦争が起こることになる。女の行動は、ダアトからキムラスカに対する宣戦布告とも考えられる。だが、そうなると事故だと言い張る理由が成り立たない。
とすると、ルーク・フォン・ファブレ誘拐にはダアトが絡んでいると、キムラスカに思わせるための罠だろうか。ルークも似たようなことを思ったらしく、貴様は何者だ、と女に訊ねた。
「もっと丁寧に訊けないの?私の名前はティアよ。それ以上は知る必要はないわ。貴方は…ルーク・フォン・ファブレね」
道理で傲慢な物言いなわけだわ、と女がぼそりと呟く。ルークの素性を知っていてなお、答えにもならない答えを返し、あまつさえ、侮辱までするとは。これだけのことでも、不敬罪として、今この場で切られたところで、文句は言えない。一体、どれだけの罪を重ねれば気が済むんだ、とシュルツはティアと名乗る女に呆れを通り越して感心すら抱く。間違っても見習いたくなどないし、弟たちにも見習わせたくないが。
この女は、親兄弟はもちろん、一族もろとも巻き込んで死刑に処されたいとでも思っているのだろうか。実にはた迷惑な自殺志願者だ。
シュルツはちら、とルークを横目に窺った。そっとルークに近づき、あの女を捕らえるかどうかを訊ねる。ルークが申し訳なさそうに、こくりと頷いた。出会ったばかりだというのに、手を煩わせてしまってすまないとでも思っているのだろう。
貴族なのだ、平民である自分に横柄な態度で接しても許されるというのに、謙虚なその態度に、シュルツは好感を抱いた。
ぺき、と指を鳴らし、頭を低く下げ、地面を蹴り、一瞬で女に肉薄する。ティアがヒュ、と息を呑む。ナイフを振り下ろす間など、与えるつもりはない。
女を殴ることは好むところではなかったが、相手が罪人となれば、話は別だ。腹に拳を叩き込み、身体を折ったところで、うなじに手刀を落とす。
ぐぅ、と呻き声一つ残し、ティアは気を失った。どさっ、と花の上に弛緩した身体が落ち、ぽとりとナイフが手から転げる。
「…あっけねぇなぁ」
この程度の力で公爵邸を襲撃し、あまつさえ、侵入に成功したとは。
よっぽど、公爵邸の警備はザルなんだな、と思っていれば、「歌が」とルークが呟いた。
「その女、歌を歌っていた。…眠気を誘う歌だった」
「譜歌ですか」
やはり、音律師だったか、と頷くとともに、公爵邸の警備に当たっていた騎士を揃いも揃って眠りに落とすほどの威力を持つ譜歌などあっただろうか、と首を捻る。譜歌にはそれほどの威力はなかったはずだ。
音律師としては優秀なのだろうか、とうつ伏せで倒れこんでいるティアを疑わしげに見下ろす。だが、腕は細く、殴ったときに感じた腹筋もろくに鍛えられていないさまを見るに、とてもそうとは思えない。
「この女、如何致しますか?」
このまま、放置していってもいいんじゃないのかな、と少しばかり思いながらも、ルークに意見を求める。この女の生殺与奪権を握っているのは、ルークだ。
ルークが考えるように、つ、と首を傾ぎ、ゆっくりと口を開いた。
「…ヴァンを狙った理由が聞きたい。殺すのは待ってくれ」
「ルーク様がそう仰るのでしたら、従いましょう。さて、それでは、このようなところに長居は無用です。ここから出ましょうか。幸い、私の今の雇い主は御者ですから、足もありますし」
グランコクマに向かう彼には悪いが、一度、ケセドニアに戻ってもらおう、と考えを巡らせる。彼もルークの素性を知れば、否とは言わないはずだ。
むしろ、ファブレ公爵に恩を売ることにもなるのだから、悪い話ではない。褒美を期待できるというものだ。
シュルツは女を肩に担ぎ上げ、ルークの前に立った。女が邪魔で拳を揮うことは難しいため、腰のホルスターから譜業銃を抜く。ルークの腰には木刀がぶら下がっているが、当然、戦わせることなどできるわけもない。
「足元にお気をつけください」
「…何故、俺を助ける」
「何故って…貴方はキムラスカの次代の国王となられる方でしょう」
王位は三番目ではあるが、ルーク・フォン・ファブレは第二王位継承者であるナタリア王女の婚約者だ。実質的には、次代の国王と言える。一国民として、守るべき存在だ。
もっとも、ろくな整備も恩恵も与えられることもなく、環境が悪いままに捨て置かれたようなバチカルのスラム街で育った身としては、王家への忠誠心など持ち合わせていないが。
だが、それを王族当人の前で口にするわけにもいかず、当たり障りのない答えとして返したというのに、ルークの顔に浮かんだのは、自嘲めいた昏い笑みで、シュルツは内心、息を呑んだ。
(何で、そんな顔…)
まずいなぁ、と譜業銃の柄で鼻の頭を掻く。そういう表情を見てしまうと、放っておけなくなってしまうじゃないか。
またルーク兄ちゃんのお節介の虫がむくむく起き上がってるよ、と弟たちが呆れ顔をするのが目に浮かぶ。だが、見てしまったものは、見てしまったのだ。
あんな辛そうな、影の落ちる表情を見てしまって、どうして放っておけようか。
「…お前は、キムラスカ王家に関わりがあるのか?」
「え?…ああ、この髪ですか」
ルークが歩きやすいようにと、草を踏みしだき、枝を払って進みながら、ぽつりと呟いたルークに、シュルツは顔を振り向けた。苦笑し、緩く編んだ髪を揺らす。
子どものころから幾度となく訊かれてきたことだが、まさか王族本人から訊かれる日が来るとは思わなかった。
「先祖にご落胤だか何だかいたらしくて、俺は先祖返りなんですよ。両親も弟妹たちも違うんですけどね」
おかげで、自分が生まれたときは大変だったらしい。何しろ、父は黒髪、母は銀髪で、朱色の髪の子どもが生まれてくるなど、普通は考えられないことだったから。
周囲からは、母が浮気して作った子どもではないのかと、散々、陰口を叩かれたのよ、と叔母から聞いたことがある。でもね、と彼女は続けて言った。義兄さん、すごかったのよ、と微笑み付きで。
「親父が陰口叩く連中に言ったらしいです。ルークは正真正銘、俺の息子で、彼女は不貞など働いていない。俺が心底惚れた女は、そんな女じゃないと、誰よりも俺が知っている。そう啖呵切ったみたいで」
結果、離婚どころか父と母の絆は深まり、それからさらに弟三人、妹一人が出来た。結婚してから二十年が経った今でも、近所で評判のおしどり夫婦である。
それでも、自分の髪の色や目の色は不思議ではあったので、調べたところ、先祖にも赤い髪、翡翠の目を持つ者がいたという記録が出てきた。その先祖が当時の国王のご落胤であったという記録も一緒に。
「まあ、それも珍しいですけどね」
「…顔が、似ているのも同じ理由だと?」
「んー…。先祖返りですから、ねぇ。元を辿れば同じなわけですし…。それにほら、世界には、そっくりな人間が三人いるって言いますし」
俺はその一人ですよ、とシュルツは笑った。ルークが小さく苦笑する。
ああ、笑えないわけではないのか、と心のうちで安堵する。すぐに笑みは消えてしまったが、ルークが昏い笑み以外にも、柔らかい笑みを浮かべることができることを知ることができてよかった。
「そんなわけですから、関わりといっても、極々うっすいものです」
「そうか」
「…まあ、でも、その」
「?」
こり、と頬を掻き、ちらりとルークを見やる。不思議そうに首を傾けるルークは、果敢無げだ。寄る辺ない子どものようにすら、思える。
不安定な地面の上を、ゆらゆら揺れているような、そんな危うさが漂っている。やっぱり放っておけない、とシュルツは内心、嘆息する。
「顔が似てる上に、名前まで同じなんて人間が出会える可能性なんて、奇跡に近いですよ。きっとこれも何かの縁でしょうから」
身分違いは承知しているが、それでも、言ってやりたい言葉があった。
身の程を弁えろと窘められることになるとしても、構わない。
この翠の瞳の奥に、空虚な闇を覗かせる青年に、シュルツはにこりと明るい笑みを向けた。
「俺に出来ることがあったら、言ってください。力になりますから」
「…それは、俺がルーク・フォン・ファブレだから、か?」
「貴方がルークだからです。家柄は二の次です」
俺は学がないから、うまく言えませんけど。
もっとうまい言葉が見つかればいいのだけれど、この頭ではなかなか思いつかない。けれど、ルークは目を見開き、それから、きゅ、と唇を引き結んで。
「…ありがとう」
消え入りそうな声で、呟いた。
どうしてか理由はわからないけど、深い深い傷を彼は背負っているのだと、シュルツは気づいた。
*
ケセドニアに戻ったシュルツを真っ先に迎えたのは、弟たちだった。三人が揃って目を丸くする。
戻ってくるのは、半月後のはずであったから、驚くのも無理ないか、と苦笑し、シュルツは三人に手を振った。
「ルーク兄さん、仕事は?!」
「あ、クビになったのか?!」
「ちっげーよ!他に大事な用事が出来たんだよ!」
上からアンスル、ルーン、ラズと名づけられた弟たちが、疑わしげな視線を向けてくる。生意気盛りの弟たちにため息を零しつつ、ルークをキムラスカの領事館へと連れて行くべく、足を向ける。
タタル渓谷からここまでは馬車の旅であったとはいえ、屋敷に軟禁されていたというルークの身体は、疲労が溜まっているはずだ。早く領事館で休ませてやりたい。
それに、とシュルツはじと、と自分を睨んでくる女を一瞥する。この罪人もキムラスカにさっさと引き渡してしまいたい。自分が罪人であるという自覚が一欠けらもない、厄介極まりないこの女の面倒をこれ以上見るのはごめんだ。
「わぁ、ルーク兄ちゃん、そっくり!」
四男のラズが感嘆の声をあげ、シュルツが貸したフードケープを被り、髪を隠したルークの顔を、覗き込むように近寄る。きらきらと好奇心に輝くはしばみ色の目に、ルークがたじろいだ。
コラコラ、と弟たちを下がらせる。あとで説明してやるから、と苦笑すれば、弟たちが渋々、頷いた。
「俺はこれからキムラスカの大使館に行って来るから。その後は、またすぐにグランコクマに向かうから、ちゃんとフリージアの面倒、みろよ」
「兄ちゃん、口開けば、フリージアのことばっかだよなぁ」
「仕方ないだろ、ルーン。ルーク兄さんはシスコンなんだから」
「フリージアは可愛いんだから、当たり前だろ、アンスル」
「…シスコンの自覚があるのか」
次男のアンスルが、はぁ、と深くため息を零す。アンスルに続いて、ルーンやラズも同じくため息を零した。
男ばっかりの兄弟の中で、たった一人、やっと生まれた歳の離れた妹なのだ。可愛くないわけがないだろ、とシュルツは一人、うんうん、と頷く。
シュルツたちのやり取りに、ルークが小さく笑った。もっと笑わせてやりたいな、とその笑みに思う。
ティアの方は相変わらず、尖った視線をシュルツに送り、ティアの存在を罪人の扱いだからと黙殺する弟たちにも咎めるように顔を顰めている。自分だけでなく、弟たちにまで敵意を向けるのは、気に入らない。本当に始末に負えない罪人だ。
譜歌の対策のためにもと、猿轡を嵌めていなかったなら、今頃、シュルツの対応を理不尽だと喚き散らしていることだろう。
ここまで話が通じない相手に出会ったのは初めてだ。出来ることなら、二度と同じ類の人間には会いたくないものだと心底、思う。
「ほらほら、どけ、お前ら。さ、行きましょう」
ぐい、とティアを縛った縄を引き、シュルツはルークを促す。アンスルが、兄の対応から、ルークが身分貴い立場の者であると気づいたらしく、弟たちを下がらせた。頭の回転が速い弟で助かる、とシュルツはアンスルに感謝の笑みをちらりと向ける。
照れくさそうに微かに頬を染め、アンスルが頷いた。
「騒々しくてすみません」
「いや…。…妹も、いるのか?」
「ええ、フリージアって言って、今年、六歳になりました。カールがかかったふわっふわの銀髪で、長い銀色の睫毛が縁取る目は藍色で、まさに夜空のように深い色なんですよ。頬も薔薇色で、性格もいい子でほんっとに可愛い可愛い妹です」
目に入れたって痛くないほど、とシュルツは満面の笑みで妹を褒めちぎる。もちろん、弟たちもみんな、いい子たちで可愛いし、愛している。
ルークが呆気に取られたように瞬き、くっ、と吹き出した。
「はは、なるほど…!シスコンと言われるわけだな」
あはは、と声をあげ、ルークが笑う。出会ってから、初めてだった。
ルークが声を出して笑うのも、こんな明るい声を響かせるのも。
深い深い傷を背負っていても、こうして笑う力が残っているなら、ルークはきっと大丈夫だろう。
シュルツも目を細め、笑う。
「いつか、その妹にも会いたいものだな」
「そうですねぇ、驚きますよ、あの子も。…ああ、でも、やっぱりダメかな」
「何故だ?」
少しばかり傷ついたように、ルークの翡翠の目が揺れる。シュルツはそんなルークに、優しく微笑んだ。
ルークが目を瞠り、戸惑うように視線を揺らす。優しい微笑を向けられることに、慣れていないというように。
「だって、あの子が貴方に惚れちゃったら困りますから」
「は?」
「俺がシスコンなら、あの子はブラコンですからね」
にや、と口の端を吊り上げる。毒気を抜かれたようにルークが眉を跳ね上げ、また可笑しそうに笑った。
なるほど、とくすくす、目尻に涙が溜まるまで、笑う。
「…いいな」
「え?」
「お前が、羨ましい」
俺にも兄弟がいたら、と寂しそうに、ルークが視線を伏せる。
が、すぐにその視線が上がり、だけど、と言葉が続いた。
「兄代わりはいてくれたから、そう寂しいばかりでもなかったがな」
面映そうに頬を掻き、苦笑するルークの表情は柔らかい。いつも悲痛そうに寄せられている眉間の皺も、その兄代わりのことを思い出しているからだろう、和らいでいる。
よかった、とシュルツは温かな笑みを零す。彼にもそういう人間が側にいて、よかった。
(きっとそいつのおかげだろうな)
ルークが笑う力を失わずに、これまで生きてこられたのは。深い傷を心に負いながら、闇を抱えながら、それでも、穏やかに笑むだけの力が残っているのは、きっとそいつのおかげだろう。
シュルツは、俺も、と目を細めた。
「俺もいつか、貴方のその兄代わりって人に、会ってみたいもんです」
「そうだな。気が合いそうだ、お前たちは」
「それはますます楽しみです」
「お前の妹に会うのも、楽しみにしている」
「ええ」
他愛もない戯言だと、シュルツはわかっていたし、ルークもわかっていただろう。
こうして二人、出会ったのは、偶然でしかない。本来なら、出会うことなど、道が重なることなどありえないほど、自分たちの間には、深い身分という差がある。
(そう、この出会いはまさに奇跡、だ)
同じ名、似た顔。まるで鏡の向こうの半身に、出会えたような奇跡。
自分の身に起こった奇跡を、大事にしたいとシュルツは思う。
領事館が、近づいてくる。もう目の前だ。
「…ルーク様」
フードの下の翡翠の目を、覗き込む。ルークがぱちん、と瞬いた。
紅い髪が、僅かにフードの端から覗いている。
「渓谷出るときにも、言いましたけど」
「ああ」
「必要なときには、俺を思い出してください。俺は貴方の力になりますから」
「…俺が、ルーク、だからか?」
ふ、と笑みを唇に滲ませ、シュルツは右手でルークの手を握った。本当が両手で握ってやりたかったが、左手はティアを繋ぐ縄を掴んでいるから、仕方ない。
ルークが、シュルツ?と不思議そうに目を見開く。
「貴方が、貴方だからです」
「……」
「失礼だってことはわかってますけど…俺、半身にでも出会えた気分なんですよね」
「…シュルツ」
きゅ、とルークがシュルツの手を握り返してくる。
ルークの手のひらに、薄っすらとだが、剣だこが出来ていることに気づく。嗜み程度には剣を使えるのだろう、と腰に提げられた木刀に思う。
「俺も、そう思っている」
紅い髪のルークが、朱色の髪のルークに向かって、微笑む。
朱色の髪のルークも、紅い髪のルークに微笑を返し。
二人のルークは優しく強く、手のひらのぬくもりを分け合った。
NEXT
ルークがシスコンですいませ…(汗)
続きも楽しんで頂けるよう、頑張りますー。
<シュルツ一家簡易メモ>
父:シュタット・シュルツ(42)
母:エレオノーラ・シュルツ(40)
長男:ルーク・シュルツ(17)
次男:アンスル・シュルツ(15)
三男:ルーン・シュルツ(12)
四男:ラズ・シュルツ(10)
長女:フリージア・シュルツ(6)
※もしかしたらわかりづらいのかな…と思ったので…。(追記:12/4)
ルーク・シュルツ=原作でのレプリカルーク
ルーク・フォン・ファブレ=原作でのアッシュ
なので、レプリカのルークはこの話では登場しません。(レプリカ技術自体はあります)