月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
まったく、とアッシュは小さく苦笑した。
暖炉の前に敷いた絨毯の上で塊となって眠る子どもたちへと注がれるその笑みは、どこまでも柔らかい。
暖炉で赤々と火を燃やすにはまだ時期が早いとはいえ、今日は雨が降っているせいでいつもより寒く、故に自然とくっついて丸まったのだろうな、と見当をつける。
子どもたちの周りには絵本が数冊散らばっている。
外に遊びにいけぬ代わりに始めた読書をしている最中に、睡魔に負けて、眠ってしまったに違いない。
きっと一番最初に眠りに落ちたのは、ルーシェだろうな、と広げられたままの絵本を閉じ、目を笑みに細める。
そして、他の全員もその眠りに釣られてしまったのだろう。
「…仕方のない奴らだ」
アッシュは穏やかに、子どもたちを起こさぬよう、静かに笑う。
カノと改名したルークに、抱きつくようにして眠っているルーシェが、楽しい夢でも見ているのかにこにこと笑っている。
くっつかれているカノも身動きが取れず、窮屈そうではあるが、その寝顔は穏やかだ。
ルーシェの体温に、安心でもしているのかもしれない。
屋敷にいたころは、いつでも眉間に皺を寄せていた子どもだったけれど、最近は本当に表情が豊かになった。
くるくると表情を万華鏡のように変えるルーシェに、きっと感化されたのだろう。
いい傾向だと、自分とは違った道を歩き出した『過去』に、アッシュは微笑む。
「シンクたちも、よく寝ているな」
こちらもいい傾向だ。
ここに連れてきたばかりのころは、すべてに警戒し、怯え、気を張ってばかりだったのに。
もっとも、それも仕方のないことではある。
何しろ、シンクたちは、研究者やヴァンたちから物のようにして扱われていたのだから。
人を信用できないのも、道理だ。
最近では、村人たちへも少しずつ、慣れてきたように思う。
ルーシェとカノを取り巻くように眠る、三人の少年を頭をアッシュはそっと撫でた。
三人が三人とも、気持ちよさそうに寝入っている。
導師イオンの身代わりとなるはずだったウインやフローリアンだけでなく、誰よりも頑なだったシンクでさえ、心地よさそうに眠っていることが、素直に嬉しい。
やはり、この三人も迎えに行ってよかったと、アッシュは一人ごちる。
出来ることなら、ほかの兄弟たちも救ってやりたかったけれど、ザレッホ火山に突き落とされることからは救ってやれても乖離までは防げなかった。
そのことが残念でならない。
導師イオンが亡くなり、ダアトは次代の導師選抜をするため、連日預言が詠まれているらしいと風の噂で伝わってきたが、日々の暮らしを自然の暦に合わせ、過ごしているこの村では、気に留める者は少なく、アッシュにとっても、どうでいいことだった。
大切なのは、今、この目の前にいる子どもたちだけだ。
彼らさえ無事ならば、彼らさえ幸せならば、それでいい。
世界など、被験者がどうにかすればいいのだ。
瘴気中和を後世へと押し付けたのも被験者ならば、外郭大地などという不安定な大地を作り出したのも被験者なのだから。
その責任は、被験者が取ればいい。
レプリカたちが責任を取る必要も、押し付けられることも、アッシュは許すつもりはない。
今度こそ、今度こそ。
この子たちは幸せになるのだ。
(それでも、…どうにもならなくなったときは)
被験者たちが自分の知る『未来』同様、レプリカを犠牲としなくては世界は存続できないのだとのたまうならば。
被験者では世界が救えぬとわかったときは、動いてやろう。
世界のためではない。まして、被験者のためでもない。
ただこの子たちが生きていく世界を守るために。この子たちの未来のために。
この子たちが幸せであるために。
(…ルーク)
お前が得られなかった幸せを、せめて、この子たちが得られるように、俺は生きる。
ルーク、ルーク。
お前を愛しているよ。
カノの頬に自身の頬を摺り寄せ、すやすやと寝入るルーシェの髪に指を滑らせ、アッシュは目を細めた。
幸せに、幸せに。
どうか、…どうか、何人もこの子たちの幸せを邪魔してくれるな。
邪魔をするならば、容赦はしない。
「さて、と」
夕食までまだ時間がある。
子どもたちは、もうしばらく寝かしておいてやるとしよう。
アッシュは寝室から持ってきた温かなキルトを子どもたちが風邪を引くことがないよう、ふわりと掛けてやり、夕食を作りにキッチンへと向かった。
今日こそは、ルーシェたちにニンジンを克服させてやる、と誓いながら。
END