月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
「朱と紅の猫二匹」
アシュルクパラレル。
野良猫アッシュと捨て猫ルークの話です。
ねこにんではなく、二人とも猫化してます。
爪をニョキッ、と出し、小さな前足を揃えたルークは、お尻を高く持ち上げ、キランと翡翠の目を煌めかせた。
耳と同じく先だけが金色の長い尾をゆらり、ゆーらり左右に揺らし、後ろ足に力を溜める。
ルークの視線の先には、地面に何か落ちてやしないかと探して、チュンチュン鳴いている雀が一羽。
ぜってー逃がさねーぞ、と自身に心のうちで気合いを入れ、ルークは身軽な身体を跳躍させた。
爪が突き出た前足が雀へと迫り――届く直前で、雀はパッと飛び去った。
ぴちゅちゅ、と聞こえた鳴き声が自分を馬鹿にしているように聞こえる。
「あー…」
悔しげに喉を鳴らし、ルークは項垂れた。
三角の耳もぴるぴる震え、垂れていく。
ピン、と張っていた尻尾も、へにょりと地面に落ちた。
ペシ、と未練がましく雀がいた場所を肉球で叩く。
あと少しだったのに。
「惜しかった…」
「どこがだ」
「あ、アッシュ!」
降ってきた声に、ルークは小さく鳴き、首をのけぞらせた。
ヒラリと軽やかに塀の上から飛び降り、足音もほとんど立てずに着地した、濃い紅色の猫に、ルークは駆け寄った。
鼻先を相手の鼻先に近付け、擦り寄せる。
喉もゴロゴロ鳴らし、全身で会えて嬉しい、とルークは表す。
わかったわかったと、アッシュが苦笑し、ルークのピンクの鼻先をざらついた舌でペロ、と舐めた。
「少しは狩り、うまくなったと思うんだけどな」
「…形だけはな」
「アッシュの狩りの仕方、よく見てたからな!」
胸を張り、牙を覗かせ、笑う。
アッシュが照れくさそうに鼻を鳴らし、耳を震わせた。
「だが…気配の消し方がまだまだだな。まあ、家猫だったことを考えれば、覚えは早いが」
「へへ」
アッシュに褒めてもらえて嬉しいと、ルークは耳をピピッ、と震わせ、アッシュの身体に頭を擦り付ける。
アッシュは、数ヵ月前まで家猫であったルークにとって、人生の師であり、命の恩人であった。
ルークが一身に自身へと向ける信頼に、アッシュが内心の照れくささを隠し、苦笑いしながらも、ざり、とルークの毛皮を舐めた。
ルークも舐め返し、二匹は互いに毛づくろいをしあう。
それは、唐突だった。少なくとも、ルークにとっては。
引っ越すことになり、そこは動物が飼えない場所だから、とそんな理由で、ルークは捨てられたのだ。
独り、置き去りにされた土地で考えたのは、勝手だな、ということ。
一方的に可愛がって、自分の都合で捨てて。
もともと自分が慰めて欲しいときにしか、遊んではくれない人だったけれど。
『あなたなら、ヒトリでも大丈夫。力強く生きてね』
そう彼女は言い残していったけれど、あれは彼女の一方的な希望だ。
大丈夫だと自分自身に言い聞かせて、罪悪感を少しでも減らそうとしていただけのこと。
生まれたときには家猫だった自分に、そんなことが本当に出来ると思っていたのなら、本当に馬鹿だと思う。
ルークは、狩りの仕方なんて、当然、知らなかった。
食事の心配など生まれてこの方したことすらなかった。
食べてはいけないものがあることだって、知らなかった。
雨の中、背の低い木の下で飢えて震えていた自分をアッシュが見つけてくれなかったなら、今頃、自分はあの寂しい場所でヒトリ、死んでいたのだろう、とルークは思う。
寒さから逃れられる教会の軒先まで、首根っこを咥えて連れて行ってくれた、アッシュ。
すぐ側にくっついて、濡れた毛皮を舐めて、温めてくれたのもアッシュだ。
ご飯をくれたのも、清潔な水の場所を教えてくれたのも。
全部全部、アッシュがくれたものだ。
生きていく術は、すべてアッシュが教えてくれた。
(…そりゃ、狩りはアッシュの言うとおり、まだまだだけどさ)
だけど、頑張るんだ、とルークは自分より少しだけ大きいアッシュを見上げた。
不思議と似通った面立ちと、同じ色の翡翠の目。
どうした?と耳を傾けるアッシュに、ルークは耳を立て、真っ直ぐに向けた。
少し先の折れている尻尾も、出来るだけ、ピンと伸ばす。
「俺、頑張るからな」
「?」
「狩り、覚えて、獲物捕まえられたら、アッシュにいっちばん先に、食べさせてやるからな!」
それがお礼になるなんて思っていない。
だけど、自分に出来る精一杯のことだと思うから。
アッシュの目が丸くなり、やがて嬉しそうに細められた。
つい、と横に並んだアッシュが、ルークの耳を擽りながら、囁いた。
「楽しみにしてるよ」
「おうっ。…で、さ」
「うん?」
「ずっとずっと、側にいてくれよな」
これからも、ずっとずっと。
雨の中、寒さに震え、孤独の中、死んでいくのだと思った、あのとき。あのときの恐怖は、ルークの骨身に染みている。
あんな恐怖は二度とゴメンだ。
そして、アッシュにも、あんな恐怖を味わわせたくはない。
だから、側にいて欲しい。
ずっとずっと。最期まで。
「…バカが」
ぶっきら棒な口調だったけれど、ルークはアッシュが不器用なのだと、まだ短い付き合いの中でも知っていたから、翡翠の目を糸のように細め、ぐるぐる喉を鳴らして、アッシュへと擦り寄った。
アッシュの喉からも、ごろごろと音がする。
不器用で、だけど、アッシュは優しくて。
少しだけ、寂しがり屋でもあるのだと、ルークは朱色の自分の尻尾にゆるりと絡んだ、紅い尻尾に思う。
「アッシュ」
「何だ」
「大好き!」
そうか、と頷いたアッシュの耳が、嬉しそうにぴくぴくと動いていることに、ルークだけが気づいていた。
そして、アッシュだけが、ルークの耳が、同じように嬉しそうにぴるぴる震えていたことに気づいていた。
END