月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ルクノエ。
ほんわか甘く、ほろりと切なく。
そんな話になってるかな、と。
ノエルのことが本当に好きなルーク。
ルークさん、と呼んでくれるノエルの声の柔らかさを、ルークは知っている。
振り向いた先で、ノエルの顔に浮かんでいる微笑みの優しさも、知っている。
穏やかに細められた目が、愛しい。
風にさやさやと揺れる淡い金色の髪も、愛しい。
(ノエルが、好きだ)
世界を守ることは、救うことは、自分にとって、罪滅ぼしの一つなのだけれど、そこに別の意味を見出すことが許されるのならば、ノエルを守るためという意味が欲しい。
ノエルが生きて、幸せになるためには、世界が必要だから。
その世界に自分がいなくとも、ノエルが幸せになってくれるなら、それでいい。
ノエルが幸せに生きてくれる世界なら、それは、いい世界だろう。
そんな世界を守れたならば、どんなに苦しくとも、笑っていられる気がする。
どんな罰にも、きっと耐えられる。
「そこのお店でお菓子、買ってきたんです。この揚げ菓子、本当に美味しいんですよ!」
一緒に食べましょう、と差し出された、紙に包まれた菓子を、ルークは受け取った。
紙には油が染み込み、粉砂糖が振りかけられた菓子からは、ほこほこと湯気が立ち昇っている。
甘く、香ばしい匂いも鼻腔を擽り、ルークの口中には涎が溜まった。
「熱いんで、気をつけてくださいね」
ルークと同じように持った、紙に包まれた揚げ菓子に、ふぅふぅ、とノエルが息を吹きかける。
それに倣い、ルークも美味しそうな匂いに耐えながら、息を吹きかけ、菓子を冷ました。
湯気が少し散ったところで、恐る恐る、菓子へと歯を立てる。
カリッ、と小気味のいい音がし、サクッと皮が崩れ、中からとろりとしたカスタードクリームが溢れた。
はふはふと空気を取り込みながら、熱々のクリームを皮ごと味わう。クリームが舌の上で、甘く溶けた。
「熱っつ…でも、美味いな、これ」
「ケセドニアに来たときには、必ず、食べてるんです、これ」
菓子が熱いからだろう、頬を赤らめ、ノエルが笑う。
ノエルの笑顔を見ているだけで、菓子がより美味しくなるようで、ルークの頬の赤みも増す。
ルークさんにも、食べさせてあげたいな、って思ってたんです、とノエルが笑みを深めた。
「ルークさんにも、私の好きなお菓子を美味しいと思ってもらえたら、嬉しいな、と思って。ふふ、気に入ってもらえたみたいで、よかったです」
とくん、とルークの鼓動が跳ねる。
ノエルとこうして、同じものを食べて、同じように美味しいと感じられることは、幸せなことだと思えた。
それこそ、涙がこみ上げてきそうなまでに。
(俺が幸せになるなんて、許されることじゃないのに)
それなのに、ノエルといることが、幸せで仕方ないんだ。
ノエルが笑ってくれていると、嬉しくて仕方ないんだ。
二人で道の端に寄り、通り過ぎる人たちを眺めながら、お菓子を食べる。
たったそれだけのことだけれど、それが幸せで幸せで。
苦しいくらいに、幸せで。
「…ありがとう、ノエル」
「私こそ、ありがとうございます」
「何でノエルが礼を言うんだよ」
首を傾げ、訝しげにノエルを見やる。
ノエルがにっこり微笑み、ルークの心臓はまた早鐘を打った。
手の中の菓子からクリームが溢れ、紙に零れる。
菓子の甘い香りは、ノエルによく似合ってると、ルークは一人思う。
「ルークさんといると、胸の辺りがほっこりするんです。幸せな気持ちを、ありがとうございます」
「っ」
ケセドニアの砂の混じった、乾いた風を受けながらも、ノエルの笑みは、ルークにとって誰よりも綺麗に見えた。
愛しくて、幸せで、鼻の奥が、ツン、と痛む。
(どうしたらいいんだ、俺)
本当に、ノエルが好きだ。好きなんだ。
この思いは、決して伝えられないけれど。だって、この身はもうすぐ消えてしまうのだ。
ノエルに何一つ残していけないのに、側にもいられないのに、伝えることなんて、出来ない。
だから、せめて、この世界をノエルのために守りたい。
罪は償うから、償ってみせるから、せめて、俺にそんな意味だけでも、ください。
ルークは甘い菓子を噛み締め、死んでしまった人たちへと、守れなかった人たちへと、祈り、願う。希う。
「あ、ルークさん」
「え?」
「ちょっと動かないでくださいね」
ス、と今は手袋を外しているノエルの指が、ルークの頬へと伸びた。
何かと思っていれば、その細い指がルークの口の端を掠めて。
見れば、その指には、クリームがついていた。
自分の顔に、クリームがついていたことに気がついたルークの頬が、パッと赤らむ。
これでは、まるで子どもみたいだ。
うう、とルークは唸り、咄嗟に、ノエルの手首を掴んで、ぺろ、と指についたクリームを舐め取った。
え、とノエルの目が丸くなる。
「あ」
カァッ、と耳まで赤くなったノエルに、ルークも耳まで赤く染まりながら、慌てて、ノエルの手を離した。
お互い、視線を合わせることも出来なくて、どこを見るでもなく、目を逸らす。
気まずい空気が流れ、それを煽るように、どこからか飛んできた紙くずが、カサカサと目の前を通り過ぎていった。
「その、ゴメン」
「い、いえ、私こそ、その…すみません」
「ノエルが謝ることなんて、ないだろ」
「でも」
「でも、じゃなくて」
顔を、二人、見合わせる。
お互いの顔は、まだ赤いままで。
先に、ふ、と困惑を宿していた目元を緩めたのは、ノエルだった。
くすくすと、可笑しそうに笑うノエルに、ルークもしかめっ面などしていられず、はは、と笑う。
(本当、もったいないくらいに)
幸せだ。
そう思えるのも、ノエルのおかげだ。感謝しても、しきれない。
菓子はまだ温かく、ルークの手のひらには、じわりと汗が滲む。
手のひらをズボンへと押し付け、拭いながら、菓子をまた一口齧り、ぺろ、とルークは唇を舐めた。
「…甘いな」
「そうですね」
「でも、美味しいよな、本当」
「はい。…また、食べにきましょうね」
ノエルの声には、胸が締め付けられるような響きがこもっていた。
ルークは、ノエルの顔を見ることが、出来なかった。
頷くことも、出来なかった。
(本当に、そうなったら)
ノエルの望むとおりにしてやれたら。
それは、どれほどに。
──どれ、ほどに。
口に放り込んだ菓子は、サックリと口の中で砕け、甘さの余韻を残して消えていった。
END