月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ss
フリ→←ルク。ルークは女の子で、レプリカではなく、アッシュの双子の姉です。
預言もなく、ホド戦争も多少の小競り合いはあったものの、崩落してません。
なので、ガイもガルディオスを名乗って伯爵してます。
無事、マルクトとキムラスカの間に和平が結ばれた、その少し後の話。
ピオニーの手を取り、軽やかなステップでワルツを踊るルークを、壁際に立ち尽くしたアスランは、諦観の思いで見つめていた。朱色の髪を花や宝石で飾り、キムラスカを象徴する色である真紅のドレスを纏ったルークは美しかった。
勇ましく剣を振るい、双子の弟であるアッシュを真似るかのように自身を男言葉で呼ぶ少女だとは、とても思えぬほど、その姿は可憐で。華のようで。
「……」
アスランは首を振り、目を伏せ、手に持ったシャンパンのグラスに目を落とした。半分ほどしか減っていないシャンパンは、既に炭酸が抜け切ってしまっている。
ため息が、思わず、唇から零れた。
(身の程を知らないわけでもないのにな)
キムラスカとマルクトの和平。
今日の舞踏会はそれを祝うものであり、カイツールの国境からさほど離れていないコーラル城で行われていた。舞踏会には、マルクト側からは皇帝であるピオニー・ウパラ・マルクト9世はもちろんのこと、和平の使者となったホド領を統治するガイラルディア・ガラン・ガルディオス伯爵の他、ピオニーたちの護衛も兼ね、ガイラルディアの護衛に当たったアスラン・フリングス少将とジェイド・カーティス大佐が招待されていた。
今日ばかりは、普段は気楽な格好を好むピオニーや、軍服を身に纏うことの多いアスランたちも、タイを巻き、正装している。
コーラル城は手入れこそしてあったものの、管理が行き届いていたわけではないらしいということだったが、カーテン一つ、花瓶一つを取って見ても、どれも完璧に整えられていた。
今回の舞踏会の指揮は、社交経験を積むいい機会だからと、次代のキムラスカを担うナタリア王女やその婚約者であるアッシュ子爵、そして、ルーク嬢が行っているとのことだが、今のところ、不備らしい不備もない。
インゴベルト王もファブレ公爵も、我が子の仕事に満足していることだろうな、とアスランは光と音楽に溢れる、煌びやかな舞踏会場を見渡す。
「……」
アスランはシャンパングラスをゆっくりと揺らし、波打つそれを見つめた。ふわりとワインの香りが鼻腔を擽る。
睫毛を伏せたその様は、見るからに考えに耽るものであり、幾人かの令嬢が、見目のいいアスランが誰に声を掛けるか迷っているのではないかと、期待の目を向けていた。
今宵に限っては、真面目であり、忠義高いと称されるアスランの頭を占めるのは、自国の王のことではなかった。
焔の姫君と賞賛される、ファブレ家令嬢ルーク・フォン・ファブレのことだった。
初めてルークと出会ったのは、和平の使者であるガイラルディアとともにキムラスカに赴いたときだ。マルクトへと和平承諾の親書を持ち、両国の国民に和平が成ったのだと知らしめるためのキムラスカからの使者として、ルークがアッシュとともに任命された席で出会ったのである。
ルークとアッシュと名づけられたファブレ家の双子は、キムラスカだけでなく、マルクトでも名を知られていた。その剣の腕前とその智謀と──その無鉄砲さで。
何しろ、公爵家令嬢と子息の身でありながら、二人は身分を隠し、バチカル闘技場の個人戦に参加した上、姉弟で優勝の座を争ったほどの剣の腕前を披露した過去の持ち主なのである。そのときの優勝者は僅差で姉ルークであり、以降、二人は機会を掴んでは、闘技場に参加し、優勝の座を争っているとのことだ。
その話を聞いたピオニーが、俺も…、と不穏なことを呟いたのが、アスランの記憶に色濃く残っている。
マルクトに帰国するまで、陛下から決して目を離さぬようにしませんと、とジェイドとも事前に話し合い済みだ。
マルクトへと向かう道中、アスランにはルークと話す機会が多くあった。どういうわけか、ルークがアスランを気に入り、何かと話しかけてきたからである。
ルークが言うには、アスラン・フリングスの名は、『死霊使い』に負けず劣らず、キムラスカに勇将として伝わっているのだ、とのことだった。
前から会ってみたかったのだと嬉しそうに顔を綻ばせていたルークの笑顔が、アスランの脳裏を過ぎる。思えば、あの笑みに魅せられてしまったのだろう。
温かな焔のような笑みに。
キュ、とアスランは眉根を寄せ、気が抜けたシャンパンを呷った。生温いそれが、舌を濡らし、喉を滑り落ちていく。
こういうとき、酒に強いというのも考えものだな、と内心、一人苦笑う。酔うことも出来ないなんて。
「…よろしいんですか?」
ス、と横に並んだジェイドの横顔を、ちら、と窺う。眼鏡を押し上げる手で顔の半分を覆っているため、ジェイドの表情はよくわからなかった。美丈夫ゆえに、『死霊使い』の名にも怯まぬ令嬢たちに囲まれていたはずだが、どうやらどうにか逃げ出してきたらしい。
ガイラルディアのほうは伯爵の地位もあり、依然、囲まれたままだが。
アスランの頬に、自嘲が滲む。
「何がです?」
「このまま、何も言わぬままで」
「…貴方とて、わかっているはずでしょうに」
ジェイドの赤い譜眼がアスランを舐め、ゆっくりと首を竦めた。アスランはそれ以上何も言わず、空になったグラスに、また視線を落とす。
和平の使者ならば、アッシュだけで事足りていた。ルークがともにマルクトへと訪れたのには、インゴベルト王とファブレ公爵に別の思惑があったからだ。
すなわち、ルークをマルクト皇帝へとお披露目する、という。それが意味するところは、考えるまでもない。ルークを今だ空席のままであるマルクト皇妃へと据えたいという意思の表れだ。
ルーク自身、それをわかっていたのだろう。アスランと過ごす時間は多かったが、二人きりとなるのは避けていた。アスランも同じく。
それでも。
「陛下は、ルーク様のことを気に入られたようですよ」
「ええ、そのようですね」
頷きながらも、アスランは思う。そんなことは、結局のところ関係ないのだと。
主君が好んだ相手を妻とするならば、それに越したことはないが、相手がルーク、つまり、キムラスカの王族の娘となれば、気に入ろうと気に入るまいと関係ない。
マルクトとキムラスカは長年、いがみ合ってきた。和平を結んだとはいえ、すぐにわだかまりが消えるわけではない。より和平を強固なものとするためにも、ピオニーとルークの婚姻は必要不可欠なものなのだ。
(ルーク様は皇妃となられる身)
だからこそ、この想いは悟られてはならない。気づかれてはならない。
主君であるピオニーにも、そして、ルークにも。
(気づいても、ダメだ)
時折、こちらを窺うように見やり、寂しそうに伏せられる翡翠の目に、気づいてはならない。
気づいていることを、知られてはならない。
アスランは目を閉じ、息を吐く。ジェイドが緩く首を振り、アスランの側から離れていった。
「…私には、裏切れない」
太陽のごとき輝きを放ち、心からの忠誠を誓う、たった一人の主君であるピオニーを裏切ることなど、自分には出来ない。
だから、アスランは何も気づかぬフリをする。己の感情を深く沈め、忠誠だけを露わにし、忠義の騎士で在り続ける。
せめて、一曲、ワルツをと乞うことも出来ぬまま、アスランはくるくると踊り続けるルークから目を逸らした。
翡翠もまた、哀しげにアスランを追い、瞬きとともに逸らされた。
END
ランスロットはアーサー王から。
アーサー王の妻、グウィネヴィアとの話は有名かな、と。