月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
アシュルク。
アッシュのみ逆行してます。なので、アッシュだけ、二人います。
レプリカルーク誕生時にアッシュが逆行しました。
若干、同行者に厳しめです。
注!同行者厳しめ
タイトル拝借:「ロメア」さま
抱き上げた朱色の髪の子どもの身体の軽さに、アッシュは眉を顰めた。首なんて、少し力を入れただけで、簡単に折れてしまいそうだ。
そして、空虚な目。感情のない目。まだ感情を知らない目。心を知らぬ目。
姿かたちこそ、十歳の少年のものではあっても、子どもは無垢、真っ白だった。
当然だ。生まれたばかりなのだから。
「…誰、だ」
震える声で問いかけてくる紅毛の子どもに、アッシュは顔を向けた。恐怖に震えながらも、自分を睨んでくる目に苦笑する。
負けず嫌いで、意地っ張りで。このころから自分は変わらない。
──アッシュの目の前にいる紅い髪の子どもは、『過去』のアッシュだった。
音素を弄り、黒くした前髪の下から、アッシュはルークを透かし見た。
「助けに来たんだ、ルーク」
「…え?」
「お前を、いや、お前たちをな」
そう言って、アッシュはまだ名前のない生まれたばかりのレプリカルークの頬に唇を寄せた。きょとん、と翡翠が瞬く。このキスの意味を、赤子は知らない。
これは愛情のキスだと、アッシュは微笑んだ。
十数分前に、コーラル城を闊歩していた科学者やヴァンに心酔する神託の盾騎士たちを超振動で一瞬で消し去ったとは思えぬほど、それは柔らかな笑みだった。
「そいつ、人間じゃ、ないん、じゃ」
「ああ、そうだな。レプリカは人間とは違う。だが、生きている。ほら」
ス、と怯えるルークの前に膝をつき、アッシュはその細い手を掴んだ。びく、と震えるのに構わず、薄い布越しに、レプリカルークの胸へと、その手のひらを押し付ける。
ルークの目が二度、三度と瞬き、唇が戦慄いた。
「感じるだろう?心臓が波打っているのを」
「……」
「お前と同じように、この子は生きている」
「だ、けど」
「ルーク、すぐにレプリカを認められないのはわかる。だが、考えてみろ」
この子は唯一、お前と存在を同じくするもの。
お前の半身であることを。
ルークの翡翠の目が、く、と見開く。はんしん、と唇が動いた。
アッシュは心のうちでにたりと笑う。ルークが何を求めているかなど、わかりきっていた。この子どもは過去の自分なのだから、わからないわけがない。
「欲しかったんだろう?」
「あ…」
「お前を理解するものが。異端だと、化け物だと蔑まれるお前を愛してくれるものが。この子もまた、ローレライの力を持っている。お前と同じ力だ」
「……こいつも?」
ルークの手が伸び、レプリカルークの頬に触れた。ピク、とアッシュの腕の中でルークの身体が身じろぎ。
「…ッ」
微かな笑みが、まろい頬に滲んだ。
ルークが息を呑み、その笑みに惑うように視線を揺らした。
「ルーク。『聖なる焔の光』であるお前たちは、預言に死を詠まれている」
「…ヴァン師匠から、聞いた」
「ヴァンはこの子をお前の代わりしようとしている。お前を自分の道具とするためにな」
「貴様の言うことを、信じろっていうのか」
「…初めて会ったばかりの男の言葉は信じられない、か?まあ、そうだろうな」
ふ、と苦笑を唇に滲ませ、立ち上がる。
レプリカルークが小さな頭をことん、とアッシュの肩へと落とした。くぅ、と聞こえてくる寝息。
本当に赤ん坊と同じだな、と小さく肩を揺らし、アッシュは笑った。
あどけない寝顔が、愛らしかった。
「今は、信じられなくてもいい」
「え?」
「だが、ヴァンを盲目に信頼するのもやめることだ。そうすれば、気づく。お前の『道』は俺が関わったことで変わったんだから」
「何を言って…」
戸惑い露わに視線を揺らすルークに、アッシュはそれ以上、何も言わなかった。自分で考えなければ意味がない。自分で気づかなければ意味がない。
自分は遅すぎたけれど、このルークにならば、希望はある。レプリカルークが己の半身であることを知った、このルークには。
「この子は俺が連れて行く。預言に縛られない幸せを歩ませるために」
「な…」
「ルーク、もし、俺が信用できるようになったなら、あるいは、この子が欲しいと思ったら、俺を呼べ。どこにいても、迎えにいってやる」
アッシュ、と呼べ。
にこりと笑みを一つ残し、アッシュは困惑の中にあるルークを一人置き去りに、レプリカルークを連れて消え去った。
残されたルークは唐突に消え去ったアッシュに呆気に取られ、すべてが夢だったのではないかと、頬をつねった。頬はじんじんと痛み、半身の存在が夢ではなかった『幸せ』をルークへと知らしめた。
*
出来たよ、お父さん!という声に、アッシュは目を向けた。途端に、視界一杯に飛び込んできたのは、歪んだ数字の羅列。
覚えは早いが、なかなか上達しない文字の形に苦笑しつつ、アッシュはノートを受け取り、目を走らせた。
「ああ、全部、あっているな」
「やったー!」
「本当にルーシェは賢いな。父として鼻が高い」
「えへへ」
褒め、頭を撫でる。頬を赤らめ、嬉しそうに顔を綻ばせるルーシェに、アッシュも頬を揺るめた。
ルーシェと名づけられたレプリカルークは、今年で三歳になった。だが、算数を始めとして、オールドラントの子ども達が一般的に並ぶ教養過程を、ルーシェは既に七歳まで終わらせていた。
己が知る過去の中で、無知だと蔑まれていた『ルーク』を思い出す。『ルーク』もまたこの子と同じように、賢かった。それを周りは理解せず、始めから見下し、何も教えようとしなかったけれど。
(そのくせ、自分たちには教えろ、と言うのだから)
呆れて物も言えない。あの頃も思っていたが、こうして離れて、すべてが過去となった今は、さらに強く思う。
彼らは、傲慢であったと。
「…ねぇ、お父さん」
「ん?どうした、ルーシェ」
「お兄ちゃんには、いつ会える?」
小首を傾げるルーシェに、アッシュは困ったように眉尻を下げた。ルーシェがノートをぎゅ、と抱き締め、唇を尖らせる。
俺、頑張ってるのに、と小さく拗ねたように呟くのが聞こえた。
アッシュは、ルーシェにルーシェがレプリカであることを教えていた。そして、被験者であるルークを、兄のような存在として教えていた。
幼いルーシェは、レプリカと人の違いを本当に理解したわけではなかったが、自分に母親がいない理由は理解できたらしく、その日以来、母親のことを聞かなくなった。
代わりに、ルークのことを知りたがった。会いたいと強請るようになった。
いつか必ず会えると、アッシュはルーシェに言った。そのためにも、ルーシェがルークとお互いを支えあえるように勉強も剣術も頑張ろうな、と。
その言葉に従い、ルーシェは本当に頑張ってきた。剣術でも努力と才を発揮し、アッシュたちが住み着いた村では、自警団所属の大人であっても負かしてしまうくらいの腕を今では誇っている。
「そうだなぁ…」
じ、と懇願するように見つめてくる翡翠から目を逸らし、アッシュは天井を仰ぐ。
三年間、ルークからの呼び出しはなかった。それでも、時折、窺うようにしていたルークの様子を思い起こす。
ヴァンに疑心暗鬼の目を向け、ヴァンへと疑いを向けるうちに、ガイがヴァンと使用人の枠を越え、親しくしている様に気づき、ガイへも疑いをもつようになり、年々、孤独になっていくルークの様子を。
「きっともうすぐだ、ルーシェ」
アッシュは誰にも知られぬよう、ルークにこっそりと手紙を届けていた。音素に溶け、ルークの部屋に誰もいない瞬間を狙って、何通も。
最初のうちは誰にも知らされはしなかったものの、読まれることなくしまわれてきたが、一年ほど前から、ルークはその手紙を読み出していた。最近では、心待ちにすらしているようで、自分を捕らえられないものかと、不意打ちを狙うように部屋に戻ってくることもあるほどだ。
そう、きっともうすぐ、あの子は。
「そっか!じゃあ、俺、もっともーっと頑張る!」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、お父さん、剣術の稽古の相手、して!」
ノートをぽん、とテーブルに投げ出し、腕を掴んで、早く早くと急かすルーシェにわかったと苦笑混じりに頷きながら、アッシュは立ち上がった。
人の目を引かずにはおかない朱色の髪は自分と同じ黒へと変えたものの、翡翠の色そのままのルーシェのキラキラとした目に、目を細める。くるくると変わる表情が、愛しい。
(ルークは、驚くだろうな)
手紙では書いておいたが、実際に見るのとは違うものだ。
ルーシェの眩いばかりの笑みを見たときのルークの様子を想像し、一人、アッシュは苦笑う。ルーシェに心奪われる様が、容易に想像出来た。
──自分がかつて、そうであったように。
(俺のルークは、もうどこにもいない)
けれど、いや、だからこそ。
ルークとルーシェの二人には、ともに幸せになって欲しいと、アッシュは願う。
自分が勝ち得なかった幸せを、歩んで欲しいと、ただ願う。
「お父さん、早く!」
「わかった、わかった」
早く、俺を呼べ、ルーク。
お前の幸せは、ここにあるのだから。
木刀を構えるルーシェの前に立ち、アッシュは遠いキムラスカから、自分を呼ぶ声が聞こえはしないかと耳を澄ませた。
アッシュ、と呼ぶ幼い声が、アッシュの心に響いた。
END