月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ピオルク。
城を抜け出してるピオニーとルーク&ミュウのほのぼのな一日。
某映画にタイトル、引っ掛けてます。
ジェイドは名前だけですが、軽くジェイルク風味もあり。
城を抜け出すことは、ピオニーにとって、そう難しいことではない。
ジェイドですら把握しきれない、こっそり作った抜け穴の一つを使い、今日も、簡易な変装──茶髪のかつらに、服は平服、顔には眼鏡──とサンクトという適当な名とともに、ピオニーは城を抜け出した。
グランコクマは、どこもピオニーにとって庭同然であり、民衆もサンクトと名乗る男の正体に気づいても、苦笑しながらも沈黙を保つことにしているため、ピオニーを探す役目を不幸にも請け負ってしまった軍人たちなどは、見つけられたためしがない。
それをピオニー自身も知っているため、平気な顔で、グランコクマを歩き回っている。民衆にとっては、日常茶飯事の光景だ。
そして、ちゃっかりと執務室に戻っているピオニーに、軍人たちがぐったりと項垂れるのも日常茶飯事の光景である。
その日は、たまたまルークたちがグランコクマに訪れていた日で。ピオニーは、ミュウをともに、仲間たちと離れ、屋台を冷やかしているルークを見つけると、にんまりと笑んだ。
*
「ご主人様、僕、お腹空いたですの~」
「そうだなー。俺も何か食べたいな。どっか店、入るか」
頭の上に乗せたミュウに同意を返す、ルークの背後にス、と立つ。襟足でぴこぴこと揺れる短い朱色の髪が微笑ましく、ピオニーもとい、サンクトは笑った。
笑い声に気づいたルークが、訝しげに目を細め、サンクトを振り返る。
「あの…?」
「ああ、すまない。君、ルーク君…だったよな?」
「え、あ、はい」
ご主人様を守るのが自分の役目!とでも言うような聖獣に、つぶらな瞳で睨まれる。だが、それすらも微笑ましく思え、サンクトはにかっ、と明るく笑った。
実際は、ミュウは口の中に炎を溜めていて、微笑ましいというようなものではなかったのだが。
「俺はジェイドの友人でサンクトだ。よろしくな」
「ジェイドの…!ええと、よろしくお願いします」
ミュウが落ちないよう、手で支えてやりながら、頭を下げるルークの肩を、ぽんと叩く。
少年の背後で苦笑いしている、アクセサリー屋の店主にウインクで、黙っているよう伝えれば、店主はこっくりと頷き、サンクトはますます笑みを深めた。
これで、誰か自分を探しに来ても、ルークを連れて出歩いていることは、黙っていてくれるだろう。
「で、ジェイドに頼まれてな。君を探してた」
「俺を…?」
きょとん、と瞬くルークと、同じように、視線を和らげ、瞬くミュウ。どちらも可愛らしく、ここで手放すには惜しく。サンクトはルークを探していたという嘘を悟られないよう、笑顔のまま、頷いた。
「グランコクマを案内してやって欲しい、ってことでな」
「そうなんだ…ですか」
ルークの顔には、安堵しきった笑みが零れた。
ふと、面白くない、という感情が込み上げてくる。
(ジェイドの名、だけでこれか)
面白くない。まったくもって面白くない。
いくらここが平和なグランコクマだからこそであっても、面白くない。
「ああ、そうだ、ルーク君。敬語なんか使わなくていいぞ。ジェイドにだって、使ってないんだろ?」
「あ、じゃあ、俺も君、いらないんで」
目上のものには敬語を、とでも、ジェイドかガイラルディアにでも言われたんだろうけどな、とサンクトは内心で呟き、苦笑する。
ルークの拙い敬語は、謁見の間で聞き飽きている。
せっかくの機会だ。対等な立場として、会話を交わしたい。
へら、と笑い、自分の敬語がいかに拙いかを自覚しているらしく、気恥ずかしさに赤らんだ頬を掻くルークを、ふと抱きしめたいとサンクトは思う。
だが、ここは街の往来。
そんなことをすれば、子どもは逃げていってしまうかもしれない。それは困る。
ジェイドにうっかり報告などされてしまったら、あの陰険なジェイドのことだ。二度と、ルークを自分のもとに連れてこないようにするかもしれない。少なくとも、二人きりのような状況は決して作るまいとするだろう。
だから、代わりとして、サンクトはルークの手を握った。
「へ」
「腹減ってるんだろ?うまい飯を食わせてくれるところがあるから、連れて行ってやろう」
「…あ…ありがとう」
礼を言うのに慣れていないように、ルークが躊躇いがちに呟く。
その顔に、ツキリと痛んだ胸に気づいたが、綺麗に隠して、笑みで「どういたしまして」と返す。ルークが、照れくさそうに微笑した。
(軟禁されていた、とかジェイドが言っていたな)
ルークの手を引き、歩き出しながら、サンクトは頭の中でジェイドとの会話を、頭の中で素早く整理しながら、想起する。
七年前、マルクトに誘拐されたという、オリジナルルーク。
屋敷に代わりとして引き取られたレプリカルーク。
赤ん坊同然だった、『生まれた』ばかりのルークは、記憶喪失として扱われた。
ルークを育てたのは、自身もまだ子どもだった、ガイ・セシル。
壊れ物に触るかのように、甘やかされるだけ甘やかされた、ルーク。
屋敷の中だけで完結していた、彼の世界。
見た目と違い、その実、七歳の子ども。
感謝や謝罪をどう伝えたらいいのかすら、知らなかった子ども。
子どものころ、出自故に軟禁されていた自分、ピオニー・ウパラ・マルクトに近く、遠い、朱と翠の子ども。
ルークには、ジェイドたちのような対等な友人も、ネビリムのような教師もいなかったはずだ。自分よりも孤独であっただろうことは想像に難くない。
「サンクトさん?」
ルークの手を握り締めていた手に、気づけば力をこめていた。
今の自分が、ピオニー・ウパラ・マルクトではなくてよかったと、心の底から思う。本当は存在しない、けれど、単なる一人の人間であるサンクトであってよかった。
(今の俺は、この子ども一人だけを想っていられる)
王である限り、自分は民を国を一番に思わなくてはならない。けれど、今だけは、一人の単なる人間として、笑いかけてやれる。
「なぁ、ルーク」
「はい」
握った手を引き寄せ、前のめりになったルークを胸で受け止める。鼻を胸板にぶつけ、ルークが呻くくぐもった声が聞こえた。
不思議そうな顔で見上げてくる、ルークとミュウの視線をしっかりと見据え、サンクトはにっこりと笑う。
「今日一日は、俺にたっぷりと甘えるといい」
「は…?」
「俺は若く見られるが、これでも三十を超えている。お前一人くらい、甘えさせてやれる度量ぐらいは、持ってるさ」
パチンッ、と伊達眼鏡越しにウインクをルークに送る。
困惑をありありと顔に浮かべるルークの頭…は聖獣に取られているため、肩を軽く叩く。翡翠色の目は、しばし、ゆらゆらと揺れていたが、サンクトに引く気がないことを悟ると、やがて困り顔で頷いた。
「…ありがとう」
「ああ」
もっともっと。
感謝の気持ちを素直に表せるようになればいい。
感謝するということは、それだけ優しさを与えられたということでもあるのだから。
*
運ばれてきた料理に、ルークの顔に、ぱっ、と笑顔が咲いた。サンクトも釣られたように笑う。
ルークの前に置かれたのは、餡かけ海老炒飯だった。
にこにこ笑うルークに、サンクトの表情は柔らかい。
キラキラ煌く翠の目に思わず、目を奪われそうになりながら、サンクトはルークに食べるよう、促した。
「じゃあ…いただきます!」
レンゲを手に取り、笑顔で炒飯を食べ始めたルークを、テーブルに肘をついて見守る。ルークの隣では、テーブルに直接座ったミュウが、サラダをもしゃもしゃと食べている。
実に微笑ましい光景だった。
政務での疲労が癒されていくのを感じる。
(羨ましいな、ジェイドの奴)
こんな可愛らしいルークやミュウと一緒にいられるのだ。羨ましくないわけがない。
自分にもブウサギという癒しはあるものの。
すべてが終わったら、ルークをマルクトに誘おうか。
専用の秘書として雇いたい。そうしたら、毎日一緒だ。
ルークは確かに公爵子息ではあるが、レプリカだ。王族に連なるファブレ公爵家の跡を継ぐことさえ、おそらく難しいはずだ。となれば、ルークはキムラスカでは生き難い。立場がない。
それでも、ルークの身に流れるのは紛れもない王家の血。そして、ローレライの力がある限り、キムラスカはルークを手放そうとはしないだろう。
せめて、キムラスカの外交官としてマルクトに在留出来るよう、自分が手を回してやってもいいと、皇帝は内心、一人ごちる。
「お待たせ致しました」
カチコチに硬い声が、それでも丁寧な口調でサンクトの料理を運んできた。ちらりと見やれば、緊張に顔を強張らせたウェイトレスの姿。
十五、六かと思われる少女は、サンクトの正体に気づいているようだ。サンクトはひっそりと苦笑する。
(参ったな)
ルークに正体を気づかれたくはないのだが、これでは少女の反応で気づかれてしまいかねない。
ピオニーがケテルブルグで過ごしていた、子どものころを知っている大人たちは、サンクトにも慣れたものだが、年若い国民では、そうもいかないのだろう。
ちらりとルークの様子を窺い見る。
ルークはウェイトレスの不審な様子に気づくことなく、満面の笑みで海老炒飯を口に運んでいる。
口の悪さの割りには、米一つ零すことのない優雅なその様に、サンクトは改めて、ルークが貴族の子息であることを実感した。
「ご、五目ラーメンをお持ち致しました」
少女のどもりを訝しく思ったのだろう。ルークがレンゲを持ったまま、ひょい、と顔を上げる。
翡翠色の目が、きょとん、と少女を見つめた。
サンクトは内心、舌打ちし、震える少女の手から、どんぶりを奪い取るように受け取り、注文は以上だ、と台詞を先回りした。伝票もひったくるように受け取って、さっさとウェイトレスを下がらせる。
少女が背を向け、ルークが首を傾げながらも、また炒飯へと向き直ったところで、サンクトはホッと息をついた。
ホッとしたところで、ふわりと美味そうな匂いとともに、湯気を立ち昇らせている五目ラーメンに食欲を刺激された。口中に唾が溜まる。
「五目ラーメンも美味しそうだなー」
「だろ?ちょっと食うか?」
「え、でも」
「何、構わないさ。その代わり、炒飯をよこしてくれればな」
「あはは、なるほど」
どうぞ、と器を押し出してくるルークにサンクトはにっこりと笑んだ。小首を傾ぐルークの前で、あーんと口を開ける。
一瞬、面食らったような顔をしながらも、意図を悟ったらしいルークが、ほんわりと頬を赤らめ、周囲をきょろきょろと窺いつつ、レンゲで炒飯を掬い、サンクトの口へと運んだ。
本当に素直な子だ。きっと今日のお礼の意味でもあるのだろう。
「ん、うまいな」
「よ、よかったです」
「よし、ラーメンもー…ってさすがにラーメンで、あーん、は厳しいか」
惜しい、と唸る。すれば、ルークが噴き出して。あはは、と可笑しげに笑い声を上げた。
サンクトはその様に、嬉しげに目を細める。子どもは笑っている方がいい。
(ルークがアクゼリュスのことを罪に思っていることも、また仲間たちに見捨てられるんじゃないかって怯えてるのも、知ってるけどな)
ルークの口から聞き出したわけではないが、見ているうちにわかった。いつでもルークは、罪悪感を胸に抱き、哀しげに微笑み、仲間たちから、一歩、離れたところにいるようにピオニーには見えていた。
あれは、本当に罪があるのはヴァン・グランツで、そして、あの場にいたジェイドたちにも罪はあるのだと、お前一人が背負うことはないのだと言い聞かせても、無駄だということも、ピオニーは知っていた。
もう試したことだったからだ。ルークは頑なだった。純粋であるが故に、頑なだった。
「ああ、そうだ。ここは点心も美味いんだ。餃子とか、桃饅頭とか」
「桃まんじゅう?」
「食ったことないか?じゃあ、頼もう。それなら、ミュウも食べられるだろうしな」
ついでとばかりに餃子や桃饅頭の他に、杏仁豆腐も追加する。そんなに食べられるかな、と剥き出しの腹を撫でるルークの頭を、サンクトはくしゃりと撫でた。
若いくせに、そんなことでどうするとからりと磊落に笑えば、頑張る!と勢いのいい返事があった。頑張るですのー!とミュウも目を輝かせている。
二人の湯呑みにジャスミン茶を注ぎ足してやりながら、サンクトは頷きあうルークとミュウに頬を緩める。ずっとこんなときが続けばいい。また、こんなときが来ればいい。
すべてが終わり、平和が訪れた先に、この笑顔を再び見れる日が来ることを、俺は祈ろう。
マルクトの皇帝として、そして何より、一人の人間として。
運ばれてきた桃饅頭の形に感嘆の声を上げるルークとともに、サンクトは熱々のそれにぱくりと齧り付いた。
熱い餡に、舌が焼け、二人と一匹で、苦笑しあう。
また、再び、こんな日が。
サンクトの、ピオニーの願いは──。
END
グランコクマにあるかな…とは思いつつも、中華な気分だったもので(笑)