月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
匿名さまリク「極度な人間不信で我侭な態度は人を遠ざけるためなルークと、ルークを愛するマルクト組(ディスト含)」です。(要約)
ジェイド以外の同行者に厳しめとなっております。
先に謝っておくと、作中、ジェイドとピオニーが偽名を使ってるのですが、捻りがないです…。
注!同行者厳しめ(ジェイド除く)
ジェイドは存分に呆れを含ませたため息を零した。嫌味なほどに整った顔が愁眉を寄せた様は、それだけで人を威圧する。が、相手が気心が知れすぎている幼馴染では、効果は薄かった。
「ため息吐くと、幸せが逃げてくぞ、ヒスイ」
「では、私が不幸なのは、貴方のせいということですね、シャクヤク」
「お前、不幸なのか?」
「この状況でそれを聞きますか」
互いに偽名で呼び合いながら、はぁ、とまたため息がジェイドの口から漏れる。そのため息を吐かせている原因は、腰に手を当て、からからと愉快そうに笑っている。じろ、と眼鏡の下からピオニーを睨む。普通ならば、ここで相手が凍るところだ。だが、やはり効果はない。ちっ、と内心、舌を打つ。
素性がバレたらどうなるかわかっているだろうに。もうじき皇帝として即位が決まっているピオニーの最後の我侭に付き合わされているジェイドは、疲れたように肩を落とした。
「まったく、貴方の酔狂にも困ったものだ」
肩を竦め、ピオニーとともに中流階級の住まう階層へと続く昇降機に乗りこむ。
ピオニーの最後の我侭。それは、キムラスカの闘技場に参加することだった。信じられないとジェイドはこめかみを押さえる。ピオニーはそ知らぬ顔で興味深そうに昇降機の隙間からバチカルを見下ろしている。
(気持ちはわからないでも、ないですがね)
皇帝になれば、宮殿から出ることすら難しくなる。なれば、最後の最後に羽を目一杯広げたいと、自由を好むピオニーの気質を考えれば、そう思っても当然だと思う。しかし、巻き込まれる身としては勘弁願いたいところだ。ただでさえ、自分は『死霊使い』と有難くない二つ名が売れてきてしまっているというのに。
知らぬ間に上司にジェイドを三日借り受けるぞ、と話をつけていたピオニーに胃が痛くなる。ここまで来てしまったからには今更後にも引けませんがね、とジェイドは深く嘆息し、力なく首を振った。
「これっきり、ですからね」
「ああ、わかってる」
護衛として自分を連れてきただけ、まだマシ、なのだろう。そう思っておこうと、ジェイドはガタンッ、と音を立てて止まり、開いていく昇降機の扉を憂鬱そうに見やった。
「まずは腹ごしらえからだな。何か食おうぜ」
正体がバレぬよう、鬘を被り、眼鏡を掛け、質素な服を着込んだピオニーの後に続きながら、はぁ、と曖昧に相槌を打つ。きょろきょろと辺りを見回すピオニーは、どこから見てもただの観光客だ。自分も似たようなものだろう。
店のウィンドウに映るピオニーと同じく質素な服を着て、髪を一つに結わえ、色の入った眼鏡をする自分をちらりと確認する。赤い譜眼を見られなければ、正体に気づかれる可能性は低いはずだ。名前こそ売れ始めて入るものの、顔はそれほどではない。今のところは。
(何にせよ、目立つことは避けなくては)
そして、何かあった場合、ピオニーだけでも無事、マルクトへと帰国させなくてはならない。そのために自分は今、存在している。
「お、あの店にし…」
「シャクヤク?」
不意に言葉を途切れさせ、立ち止まったピオニーに眉を寄せる。ピオニーの視線が横を向いているのに気づき、ジェイドは自身の視線も移動させた。薄暗い路地裏にフードを被った子どもの人影が見える。そして、数人の若者の人影も。
「行くぞ」
「は?行くって…ああ、もう貴方という人は…ッ」
ジェイドの思いとは裏腹に、紛れもない揉め事に自ら頭を突っ込んでいくピオニーに頭を振る。もう何度目になるかもわからないため息を零し、路地裏へと走り出したピオニーの後をジェイドは追った。
「正義の味方、参上!」
「……何に毒されてるんですか、貴方は」
不良たちが呆気に取られている隙を突き、ジェイドは素早く子どもを引き寄せた。小柄な身体は軽く、ストンと胸にもたれてくる。頭から膝までをすっぽりとコートで覆っているため、女なのか、男なのか、体型は判然としない。ぼそ、と子どもが何かを呟いた。ジェイドの目が見開かれる。
「何だ、てめぇら!」
「俺たちは生意気なガキを躾けしてやろうとしてるだけだぜ?」
「邪魔すんな、おっさん!
「おっさんだぁ?近頃のガキは本当なってねぇな!」
貴方だって人のこと言えないでしょう、と思いつつ、ジェイドは子どもを見下ろす。この子どもは何と言った。
向かってきた不良を圧倒的な強さで片っ端から片付けていくピオニーが怪我をしないよう、目を配る。子どもが逃げ出そうするように暴れたが、肩を掴み、その場に押さえつける。今、この子どもを離せば、どこかで同じことをするだろうと確信があった。
この子どもは、不良たちが絡んでくるよう、自ら仕向けたに違いないと、ジェイドは確信していた。
(「邪魔しやがって」と、言いましたからねぇ、何しろ)
生意気なガキ、という不良たちの言葉もある。子どもの肩を掴む手に力をこめる。子どもが小さく呻いたが、緩める気はない。子どもがコートの下に纏っているのは、仕立てのよい服だ。おそらくどこか裕福な家の子どもだろう。そんな家の子どもが一体、何のつもりでこんな真似をしたのか。
不良たちが捨て台詞を吐き、去っていくのを確かめ、振り向いたピオニーを咎めるようにジェイドは睨む。悪びれた様子もなく、ピオニーはただにやりと笑った。ここで嘘でも反省するフリをして見せるならば、まだ可愛げがあるものを。そんなもの求めるだけ無駄かと、ジェイドは首を振る。
「大丈夫だったか?」
ぽん、と子どもの頭にピオニーが手を置いた。その手がパシッ、と弾かれる。弾かれた拍子に、ピオニーの爪が子どものフードに引っかかり、フードがはらりと落ちた。
露わになる、朱色の髪に、ジェイドはピオニーとともに目を瞠る。
「貴方は…」
声音に戸惑いを滲ませ、子どもの露わになった顔を見る。翠の目がそこにあった。酷く暗い光を宿した翠に息を呑む。
「何故、王族ともあろう者が、あのような不良どもを嗾けるような真似を…?」
問いかけるジェイドが、虚ろな翠に映りこむ。フ、と子どもは唇に笑みを零した。昏い闇が滲む、嘲りの笑みだった。
「殺して欲しかったから」
迷いなく告げられた答えに、大人二人は言葉を失う。少年はことりと首を傾げ、そんな二人を不思議そうに見比べた。
「あんたたちでもいいぜ」
少年の台詞の意味を理解するのに、二人は数秒を要した。殺してくれるなら、誰でもいいと、そう言っているのだと理解するのに、時間が、掛かった。
死を理解していないジェイドにさえ、少年の空っぽの笑みは恐れを抱かせた。この少年はいつか言葉通りに誰かに自分を殺させるだろう。このまま、ならば。
ピオニーが深く息を吐き、少年の身体を抱き上げた。髪隠せ、と言われるままに、ジェイドは少年のフードを戻す。訝しげに眉を寄せる少年に、ピオニーが笑った。
「メシに付き合え」
「はぁ?」
「行くぞ、ヒスイ」
「はいはい」
「なっ、何、勝手に…!」
「メシ食ったら、いいとこ、連れてってやるよ」
暴れるのを止め、フードの下からじ、とピオニーを見つめる少年を見つめる。この年頃の王族で思い当たるのは、ルーク・フォン・ファブレ一人。もっとも、落胤というのはいつの時代もいるもので、彼もそうでないとは言い切れない。言い切れないが、おそらく、ファブレの長子で間違いないだろう。フードの下からちらりと見えたボタンに、ファブレの紋章が刻まれていたのをジェイドは見落とさなかった。
(何故、そのルーク様がこんなところに…)
噂では、二年ほど前に誘拐された後、屋敷に軟禁されているということだったのだが。抜け出してきたのだろうか。だとしても、何故、殺されたい、などと。
「……」
ピオニーに担ぎ上げられたまま、運ばれる少年を見やり、ため息を吐く。どうして自分の主は面倒ごとにばかり首を突っ込みたがるのだろう。これも最後の我侭のうちだとでも嘯く気だろうか。一発ぐらい殴っても、許される気がする。
(考えるだけ無駄な気もしてきましたね)
やれやれと肩を竦め、ジェイドはなるようになれ、と半ば自棄になりつつ、ピオニーの背を追った。
*
くるくると動く表情がすべて偽りだと気づいているのは、どうやら自分だけらしい。ジェイドは疲れた、と歩くのを嫌がるルークを宥めるガイを見やり、眼鏡のブリッジを押し上げ、呆れの滲む顔を隠した。自分よりも彼の側にいた時間は長いはずだろうに、自分が貼り付けた我侭お坊ちゃんのレッテルを疑いもしないらしい。
よくあんな礼儀一つ守れない使えない使用人を側に置いておけるものだと、ルークの忍耐力に感心する。自分ならばとっくにクビにしている。
「ルーク、ここは周囲に身を隠すものがありません。せめて、あの木まで行きましょう」
「…へいへい」
ジェイドはさっさと木のところまで歩いていこうとするルークに並んだ。ガイはモースが無理矢理アクゼリュスへと向かう親善大使一行に同行させたティアと談笑することにしたらしい。「あんな我侭な人のお守りじゃ、大変でしょう」「ルークの我侭には慣れてるからね」と明らかにルークを馬鹿にする会話をルークが聞こえる位置で平然と交わす二人に、ジェイドは心底呆れ返る。
ルークは王族だ。首を切られてもおかしくない不敬を犯していることにまったく気づきもせず、己の認識こそ正しいと疑いもしない二人に、苛立ちが募る。ジェイドは不快だと言わんばかりに首を振り、ほとんど唇を動かさずにルークに話しかけた。ルークも同じくほとんど唇を動かさずに話し出す。以前、ジェイドとピオニーが教えた話し方だ。背後にいるガイたちには自分たちの声は聞こえない。
「よくあんなのを側に置いていますねぇ」
「どうせ十七で死ぬんだから、役立たずが側付きでも構わねぇって思ってるんだろ」
先ほどまでとは違い、冷め切った声で言い放つルークに苦笑う。ファブレというのは無能者の集まりらしい。いや、キムラスカ王族自体が無能者と言うべきか。
王命に逆らい、公務をすべて投げ出して、勝手についてきた王女をちらりと見やる。彼女は、朝まですやすやと快眠し、守るべき主をあっさりと誘拐された役立たずの導師守護役と談笑している。いつのまに仲を深めたのか知らないが、実に楽しそうだ。無能者同士、話も合うのだろう。
ナタリアは己の立場を理解していない。王女と思うな、とマルクト皇帝の名代である自分の前でのたまったことがどれほどの意味を持つかも、わかっていない。こちらは開いた口が塞がらないほど呆れているというのに。
「よかったですねぇ」
「あ?」
「ナタリアのことですよ。王女の地位を自ら捨てたということは、王位継承権も捨てたということです。よかったですね、これで貴方の王位継承権は二位となった。あのような愚か者を妻とせずとも、王位は目の前ですよ」
「父上を殺せってことか?ふん、俺が王位になんて興味がないことくらい、知ってるだろ」
軽く肩を竦めるルークに小さく笑う。ルークが興味がないのは、王位だけではない。この青年は、キムラスカという国そのものに対して興味がないのだ。愚かな国だと、ジェイドは嘲笑う。放っておいても、いずれ勝手に滅びに向かっていくだろう。あのような無能どもが政治の中枢を担っているのだから。
「お前こそ、よく賛成したな。キムラスカとの和平になど」
「預言のことがありますから」
「…秘預言、か」
ほんの僅か、ルークの声が揺れる。ジェイドは痛ましげに目を細め、ルークを見やった。ルークは髪と同じ朱色の長い睫を伏せ、ゆるく息を吐いている。秘預言に勝手に定められた運命を、ルークは呪っている。
頭を撫でてやりたいと、ふと思う。だが、ジェイドの手は動かなかった。ピオニーならば容易にやってのけることが、自分には難しい。己の不器用さに心のうちで嘆息する。
ダアトに亡命したサフィールが、皇帝に即位したピオニーに知らせに来た秘預言の全文を頭に並べる。幼馴染が死ぬと詠まれているのに無視できるほど私は薄情ではありませんよ、と顔を顰めながら、サフィールは秘預言を口にした。ヴァンから聞きだしたという、消滅預言を。
あのとき、ジェイドたちを揺るがしたのは、マルクトの滅びではなかった。もちろん、それも二人に衝撃をもたらした。だが、それ以上に──朱色の髪の少年のことが、二人の心を締め付けた。サフィールがもたらした、ルークがレプリカであるという情報も、ジェイドを苛んだ。
「和平の話を持ち出さずとも、キムラスカは何としても、貴方をアクゼリュスに送ろうとしたでしょう。秘密裏にでも」
「……」
「裏で動かれれば、我々としても把握しづらい。それならば、いっそこちらからきっかけを作ってさしあげようかと」
「そうすることで、堂々と俺の側にいる理由も出来るってわけだ」
「ええ」
ご苦労なことだな、と他人事のようにルークが笑う。幼いころと同じ暗い笑み。死に場所を求めてさ迷うような真似こそしなくなったが、それでもルークにとって己の命は酷く軽いものでしかない。死んで欲しくないと心から自分たちが願っていることを、理解していない。いつだって不思議そうにしている。不快には思っていないようなのが、せめてもの救いだろうか。
「…そういえば、ルーク」
指し示した木の側でガイたちから離れるように座ったルークの隣に座り込み、ジェイドはルークに水筒を差し出した。それを受け取りながら、何だよ、とルークが首を傾ぐ。二人はガイたちに不審に思われないよう、時折、見えるよう唇を動かし、他愛のない会話を挟みつつ、小声で会話を続けた。
「やはり貴方が他人に自分を殺させることを止めたのは、あのときの闘技場がきっかけなのですか?」
「お前らと初めて会ったとき、か」
微かな苦笑がルークの口の端に上る。水で濡れた唇を手の甲で拭い、ルークがぽつりと零した。
「痛いんだな、と思って」
「……?」
「殴る方も痛いんだなって、シャクヤクが戦うの見てて、思ったんだよ。それは何か、ちょっとイヤ、だったし」
「ああ…」
闘技場に立つピオニーを、ルークとともに見ていたときのことを思い出す。ピオニーはわざと己の拳を痛めつけるようにして、戦っていた。個人戦の予選の相手である、致命傷を与えることはできないよう牙と爪を奪われた魔物を叩き伏せ、罪の軽減を条件に出場者の相手をさせられていた罪人を殴りつけるたびに、ピオニーは顔を顰めていた。わざとルークに見せるためだけに。
闘技場に治癒術師が待機しているからこそできたことだ。僅かな怪我でもマルクトに帰る前に負ってはならないことくらい、ピオニーも自覚していた。
ルークが自分の手をじ、と見つめていることにジェイドは気づき、首を傾げた。ルークの手のひらには、肉刺ができている。剣の稽古でできたものだろう。中には、ジェイドがルークを見つけるまで、罪の自覚もない襲撃犯によって前衛を強要され、剣を振るっていたときにできたものもあるのかもしれない。
エンゲーブで真剣を買い求め、腰に提げていたルークを見たときの怒りは、ジェイドの中でまだ燻っている。ルークの身分を知っていてなお、いや、知らずとも民間人だとはわかっただろうに、軍人でありながら、ルークに詠唱中の身を当然のように守らせていたというティアを、ジェイドはローズの屋敷で躊躇いなく殴りつけ、拘束した。イオンの抗議も、もちろん跳ね除けた。それだけのことを、あの女は仕出かしていたのだから。
今もティアは何故自分が殴られたのか、まったく理解していない。少しでも理解していれば、ジェイドへと憤りの目を向けることもなければ、ルークに戦えなどとは口が裂けても言わないはずだ。魔物が襲ったように見せかけて殺してしまおうかと、何度考えたことか。
あんな痴れ者が軍人だと名乗る時代かと、ジェイドは嘆かずにいられない。サフィールの話では、ダアトでもティアの常識のなさは、兄であるヴァンや教官であったリグレットの評判をも貶めているそうだが、それも当然と言える。
「それにさ、命を奪えば、その奪った命を背負って生きなきゃいけない、ってシャクヤクが勝利インタビューで言ったのってさ、あれ、俺宛て、だったんだろ?」
「ええ」
「それ聞いたら、誰かに俺の命背負わせんのヤだな、って思ったんだよ。死んだあとでまで誰かに干渉し続けてるなんて、考えるだけでも不愉快」
「なるほど」
ピオニーが意図していたのとは違った受け取り方をしたようだが、結果として無謀な行為に出なくなったのだから、よしとしておこう。ジェイドは苦笑しながらも、頷いた。
さやさやと吹くそよ風が、栗色の髪と朱色の髪を靡かせ、絡ませた。どちらも指どおりのいい髪は、指を滑らせるだけでさらりと解ける。このまま繋がっていられたらと、ふとそんなこと思い、ジェイドはそんな己の心情に小さく肩を揺らした。
「どうかしたのか?」
「…ルーク」
ルークは己の存在に執着を持たない。愛を知らず、嘲りと無関心と裏切りの中で育ってきた子どもは、愛が己に与えられるものではないと判断してしまっている。だが、彼はまだ七年しか生きていない。まだ間に合うかもしれないと、儚い期待をジェイドはピオニーとともに抱いている。
ルークのことを話して聞かせたサフィールもまた、被験者とのあまりの違いにレプリカという存在を考え直し始めた。キャツベルトでわざわざ敵を装ってルークを見に来たのも、そのためだ。そして、サフィールも気づいた。ルークの翠の目の奥に淀む闇に。
(あの洟垂れでさえ、一目で気づいたというのに)
カリスマと称えられいい気になっているヴァンは、ルークが自分を慕っているものだと微塵も疑ってはいないというのだから、片腹痛い。そんなグランツ兄妹がユリアの直系というのだから、聖女の血脈も地に堕ちたものだ。世も末というやつなのだろう。
(泣いて、ましたねぇ、サフィールは)
七歳の子どもの目ではないと、ルークを追い詰めたキムラスカへと怒りを露わにし、泣いていた。死神と名指されてはいるが、サフィールは非情からは程遠い。本当に非情であったなら、当の昔に過去を切り捨て、秘預言のことも教えに来るようなことはしていなかっただろう。真に非情というならば、それはルークの方だ。他人にも自分にも情を持たない、哀れで愛しい子ども。
「すべてが終わったら、マルクトに来ませんか?」
「亡命の誘いか?死霊使い」
「ええ、そうですよ。グランコクマは世界一美しい都市です。貴方にも見せて差し上げたい」
ガイたちはこちらの会話には気づかない。「いつまで歩くんだよ、たりーなー」「おやおや。根性なしですねぇ、公爵子息殿は」などという意味のない会話にしか耳を傾けず、ルークを我侭で世間知らずのお坊ちゃんと馬鹿にし、侮っているばかりだ。どちらが愚か者か、考えもしない。醜悪な愚か者どもめ、とジェイドは内心、憎悪にも似た嫌悪を募らせていく。
「ケテルブルクもいいですね。雪を見たことはないでしょう?」
「キムラスカには降らないからな」
「一面の銀世界を見せてあげますよ。雪だるま作りでも、雪合戦でも、いくらでも付き合いますよ?」
貴方が望むなら、何でも叶えましょう。
微笑を湛えるジェイドにきょとん、とルークが目を丸くし、ぷっ、と吹き出した。それは偽りの笑みではなく、まして冷笑の類でもない、心から愉快だと言わんばかりの──明るい、笑み。
その笑顔から、ジェイドは目を逸らせなかった。
ナタリアたちがそんなルークの笑い声を不思議そうに見やり、ガイがジェイドへと困惑と怒りの目を向けてきた。
(今更、惜しむのですか)
この子を拒絶し、この子から目を逸らし続けておきながら、今更惜しむのか。ルークが懐くのは、己の特権だとでも勘違いしているのかもしれない。ああ、実に滑稽だ。そんな資格が貴様にあるわけもないというのに。ルークの闇に気づきもしないくせに。
「可笑しな奴だな、ヒスイ」
初めて出会ったとき名乗った偽名をガイたちには聞こえぬよう、小声で囁くルークに笑みを返す。ヒスイとシャクヤクの存在が、ルークの中に根差しているさまを見た気がする。
(だとしたら、どんなに幸せなことでしょうね)
ルーク、貴方を決して死なせたりなどしない。貴方を愛しているのだと、貴方は愛されているのだと、必ず、教えてあげましょう。知って頂きましょう。
「光栄です、ルーク」
貴方に笑って頂けて。
ルークがますます可笑しげに声を上げ、ジェイドは満足そうに微笑んだ。
END
極度な人間不信とのことだったのですが、リクから反れた気がしてなりませ、ん。極度でもないかも。
ピオニーとは面識ありとのことだったのですが、ジェイドまで面識あることに。期待から外れてたら、すいません…!
ディスト含むマルクト組に愛されているルークとのことだったので、愛されてみました。特にジェイドに。
ルークも心許してる感じになっているといいのですが。
少しでも気に入って頂けたなら幸いです。