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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2009.05.14
5万HIT企画

灰の騎士団7話目。
6話の更新が去年の12月って(汗)あ、危うく半年経つところだった…。
今回はミシェルが中心です。
6話に引き続き、イオンを含む同行者に厳しめです。

注!同行者厳しめ(イオン含)






扉を通して聞こえてくる怒鳴り声に、ミシェルは盛大に顔を顰めた。
中からは、不当だの、どうして私たちがだの、イオン様に失礼じゃないですか!だの、年若い女二人の声がキンキンと響いてくる。キムラスカの第三王位継承者を不当に扱った上、導師の言を平然と遮ってきた女たちの台詞じゃないな、と失笑する。
正直に言えば、入りたくない。隣に立つトリトハイム詠師も、こめかみを押さえ、うんざりした表情で俯いている。
だが、いつまでもこうしていたところで無駄に時間が過ぎていくだけだ。それに、中で彼らの監視に当たっている神託の盾騎士たちやマルクト兵たちの胃に穴が開きかねない。

「…行きますか、詠師」
「……そうだな、フォレーヌ。まったく、リーンもカーンも厄介な役目を押し付けてから消えおって」

せめてお前だけは逃がすまい。
トリトハイムの自分へと向けられた目に、そんな意図をミシェルは感じ取り、ひく、と頬を引き攣らせた。

「開けますよ」
「…やはり、紅茶の一杯でも飲んでからにしないか」
「詠師」
「…わかっている」

はぁ、と二人揃ってため息を吐き、ミシェルは肩に掛かる三つ編みにした長い金髪を背に払い、扉を開けた。開いた途端、一斉に中にいた、かつて和平の使者一行だった者たちの目がこちらへと向かってくる。
庇うようにトリトハイムの前に立ち、ミシェルは彼らに向かって、にっこりと微笑みを向けた。それはそれは美しく、愛らしい、まさに天使の微笑みを。
アニスの頬が朱に染まり、ティアが小さく息を呑む声がした。

(ああ、そういえば、アニス・タトリンが僕を狙ってるとか、ユーディさんが言ってたっけ)
何しろ、自慢ではないが、自分は顔もよければ、実家は両親が医者で金持ちと何かと揃っている身の上だ。玉の輿を狙っているアニス・タトリンから見れば、自分は神託の盾騎士団において、見逃せない良物件ということになるらしい。
そういえば、何度か、それらしい誘いを受けたこともあった。興味がなかったので、任務があるからと断り続けてきたが。

アニスがモースの思惑で、導師守護役となってからは、ミシェルは殊更にアニスを嫌ってきた。理由など簡単だ。アリエッタへの仕打ちが気に入らない。その一言に尽きる。
アリエッタを侮辱するアニスを、アリエッタに想いを寄せる自分が許すわけがない。
仕事となれば、己の感情など二の次だが、幸い、特務師団員である自分と、モースに抜擢されるまでは下っ端でしかなかったアニスの仕事が重なることはこれまでなかった。

(…許すもんか)
アニスだけではない。アリエッタの母であるライガクイーンを殺した、ティア・グランツもジェイド・カーティスも許さない。二人の罪が暴かれる場に、自分が居合わせているのは偶然ではない。ユーディが回してくれた役目だ。
ミシェルはソファに座っている、戸惑いを顔に浮かべているイオンを一瞥した。自分が何故ここにいるのか、和平の使者たちとともにいなくていいのか、不思議に思っている顔だ。
己がしでかしたことの重要さを、イオンはまだ知らない。気づいていない。

「お待たせしました、皆さん」

ミシェルは完璧な笑顔の仮面を顔に貼り付け、ティアたちの前に進み出た。背後でトリトハイムが一瞬、気味が悪そうに顔を顰めたが、すぐに鹿爪らしい顔へと戻した。
天使の笑みを浮かべたまま、ぐるりと部屋を見回す。どうやらこちらへと渡ってくる前に、ユーディやアスランに何かしら言われたらしく、イオンを除く男性陣は二人とも項垂れている。
ユーディから貰った資料を、ミシェルは頭の中で捲った。マルクト軍大佐ジェイド・カーティスと、ファブレ邸の使用人ガイ・セシルの二人だ。ガイに関しては、本名も資料に記されていた。ユーディがどういう情報網を持っているのか、いつもミシェルは不思議になる。
が、知ったら、恐ろしい思いを味わうことになりそうで、一度も、訊ねたことはない。

「僕は神託の盾騎士特務師団所属、ミシェル・フォレーヌです。お見知りおきを。こちらはトリトハイム詠師。もちろん、導師イオンは詠師のことはご存知でしょうが」

薔薇色の頬にえくぼを浮かべ、ミシェルは笑う。その愛らしさにティアやアニスは毒気を抜かれたように、頷いた。
アニスに至っては、こんにちは、ミシェル、と熱っぽい視線を向けてくる。心底、うっとうしいとは思ったが、ミシェルがそれを顔に出すことはなかった。
イオンがトリトハイムに物問いたげな視線を向ける。トリトハイムは、ごほんと咳払い、話はフォレーヌが致します、とイオンに返した。

「…あの、ミシェル。フリングス少将から、話はこちらで聞くようにと言われたのですが…どういうことなのでしょう。僕はこんなところにいていいのでしょうか」

キムラスカに向かわなくてはならないのではないか。イオンの目が訴えてくる。
ミシェルは慈愛が込められているかのような微笑を浮かべ、イオンを見つめ返した。優しく細められた蒼い目に、イオンの唇にも釣られたように、微かな笑みが滲む。

「導師イオン、今、貴方がキムラスカに向かわれたところで、和平の仲介など無理です。むしろ、ダアトとキムラスカの間に、いらぬ諍いを起こすだけです」

貴方が今、為すべきことはキムラスカにはありません。
無邪気とすら形容されるようなボーイソプラノの声で、ミシェルは言い放った。一時は音律師の道もいいのではと勧められたほど澄んだ声に、イオンの首がゆっくりと傾ぐ。
何を言われたのか、反芻するのに時間が掛かっているらしい。
ちなみに、音律師としての道は、澄んだ声に反し、ミシェルの音感は自他ともに狂っていると認められるほどのものであったため、あっさり閉じている。
ミシェルはそんなイオンに笑みを深め、続けた。

「そこにいるティア・グランツ。彼女がキムラスカで犯した罪を、ご存知ですよね」
「え、あの」
「私は何もしていないわ!ルークを連れ出してしまったことは、事故であって…ッ」
「事故だろうが何だろうが、誘拐に等しいことに変わりはないんですよ?それに、あなた、それ以前に、公爵家への不法侵入っていう弁明しようのない犯罪を犯しているじゃありませんか。ファブレ公爵家は王族の血を引く、王位継承者を輩出する一族でもある。そんな屋敷に侵入したんです。首切られて、当然ですよね」

ね?と愛らしく小首を傾げ、ティアを見やる。まさか、謝れば許されるとでも本気で思っていたのか。不法侵入は個人的なことで、ルークを攫ったのも意図してのことではなく、事故だから、と。
アッシュから報告のあったルークの話に寄れば、彼女は堂々とルークを前衛に押し出し、自分はのうのうと背後で歌っていたというのだから、恐れ入る。
ルークが死んでいたら、と考えたことはないのだろうか。魔物に限ったことではない。擬似超振動での再構築が今回はたまたまうまくいったようだが、原型も留めない状態での再構成もありえていたというのに、彼女の頭にはその可能性など一欠けらも浮かんでいないのだろう。
終わりよければすべてよし、過程などに意味はないという主義なのかもしれない。この女には、想像力が欠けている。
つくづくお目出度い頭だ。こんなのが情報部の一員だとは。
なるほど、ユーディさんのお友だちが嘆くわけだぁ、とミシェルは内心、せせら笑った。

「な…わ、私は…!」
「で、そんな大罪人を、導師イオン。あなたはあなたの一存で、キムラスカに何の配慮もなく、勝手に赦してしまっているんですから、困ったものです。これじゃあ、キムラスカを侮辱したに等しいですよ」
「僕は、そんな」
「そんなつもりはなかった、と?では、何故、彼女を拘束もしていなければ、立ち寄った街にあるダアトの教会に身柄を預けもしなかったんです。これでは、貴方が彼女を赦免し、なおかつ、和平の使者という名誉ある一行に、導師権限で加えたと見做されても、文句言えませんよ?キムラスカが、ルーク様をその女が誘拐したのは、ルーク様を人質とし、キムラスカに圧力を掛けるためだったのか、なんて思ったとしても可笑しくないんですよ」

違いますか?
金糸の三つ編みをゆらりと揺らし、小首を傾げる。キムラスカに引き渡すために連れて来た、とでもいう言い訳が出るならばまだ救いようもあるが、この導師の頭からは、そんな答えはまず出ないだろう。
むしろ、ティアの罪が少しでも軽減するようにと、キムラスカに自ら頼みだしかねない。何人(なんぴと)も救おうとするその博愛精神は素晴らしいものだとは思うが、為政者としては失格だ。イオンの場合、美談を売るためではなく、本当に理解していない上での行動なだけに、たちが悪い。
優しいだけの指導者など、所詮、お飾りだ。モースやヴァンがダアトで幅を利かせているのも、これでは、当然の話だ。

「ミシェルの言うとおりです、導師イオン。貴方がすべきことは、ティア・グランツの罪を裁き、ローレライ教団から破門とし、軍位も剥奪後、キムラスカに身柄を明け渡すことだったのです」

トリトハイムが静かに言い放ち、ス、と片手を挙げた。待ってました、とばかりに神託の盾騎士たちがティアをあっという間に押さえ込み、譜歌を歌えぬよう、喉に枷を嵌めた。これだけ言っても、己を省みることをしないティアが身体を捻り、蒼い瞳を怒りで燃やしたが、神託の盾騎士たちから逃れることは出来なかった。
ジェイドやガイも、何も言わずに、ただ顔を逸らしている。己を待つものが何かを、彼らは悟っているらしい。時既に遅し、ってやつだけどね、とミシェルは一人、鼻を鳴らす。
特にジェイドには特製の神経毒をお見舞いしてやりたいところだが、この男の人生はもう終わっている。自分が手を下すまでもない。
イオンが蒼ざめた顔で、ティアへと手を伸ばした。けれど、何も言わず、何も言えず、ただ悲しげに俯いた。手がぱたりと身体の脇に落ちる。
ミシェルはそっとそんなイオンの側に近寄り、耳元で囁いた。

「それと…アニス・タトリンのことですが」

ポケットから紙を一枚取り出し、イオンの前に掲げる。サッとイオンの顔から血の気が引いた。唇を噛み締め、項垂れる。
スゥ、とミシェルは目を細めた。予想していたよりも、反応が薄い。

「…知っていたんですね、彼女のこと」

ビク、とイオンの肩が跳ねる。それは、認めたに等しい反応だった。
アニス・タトリンがモースが送り込んだスパイであることを知っていたと。
思わず、笑い出したくなる衝動を、ミシェルは必死で抑えこむ。この少年を殴ってやりたかった。引っ叩いてやりたかった。
知っていたのに、知っていたくせに、黙っていたのだ。そのために、タルタロスの乗員に犠牲が出た。モースがタルタロスを襲撃し、導師を連れ戻せと命じた、そもそもの原因は、ジェイド・カーティスが正式な手順も踏まずに導師イオンを連れ出したからだが、それにあっさりと応じた導師にも責任はある。
己の立場を、この少年は理解していない。教えなかったモースやヴァンの愚かさに、つくづく呆れる。

(ああ、本当に腹が立つなぁ!)
イオンが己の責任を少しでも、理解していたならば、スパイだとわかっていたアニス・タトリン一人だけを導師守護役として連れて行くことはなく、他の導師守護役たちを連れて行っていただろう。それならば、エンゲーブに立ち寄ったとしても、チーグルの森に向かうことはなかったはずだ。たとえ、無能者の集まりであったとしても、誰か一人くらいは、きっと止めていたはずだ。
イオンが森に向かわずとも、ルークやティアが森に向かう自体は避けられなかったかもしれない。けれど、もしかしたら、ライガクイーンが殺されることは、なかったかもしれない。

(…わかってるんだ)
すべてがもしも、だ。仮定の話でしかない。過ぎ去った過去に仮定を求めたところで、意味はない。
それでも、考えてしまう。どれか一つでも歯車が異なっていたならば、アリエッタが泣くことはなかったのではないか、と。
僕は貴方を恨む、とミシェルは今は亡き被験者イオンへと怒りを抱く。貴方がきちんとアリエッタに真実を話してから逝っていたならば。
アリエッタは悲しんだだろう。後を追おうとすらしたかもしれない。
けれど、イオン様に嫌われた、イオン様がママを殺した、とアリエッタが取り返しのつかない傷を負うことはなかったはずだ。

じわ、と視界が滲み、ミシェルは袖で乱暴に瞼を拭った。今は泣いているときではない。
イオンをダアトへと連れ帰り、その責務を果たさせなければ。そして、ダアトで自分が語って聞かせた真実を、一人噛み締め、受け入れようとしているアリエッタに、イオンの口から、ライガクイーンを死なせたことを謝罪させねば、気が済まない。
──アッシュには言っていないが、ルークに対しても、ミシェルはイオンに対するのと同じ憤りを抱いている。

「アニス・タトリンはマルクトに引き渡します。構いませんね?」
「…はい」

アニスの罪は、スパイ行為による和平の妨害だ。マルクトはタルタロスの陸路を教えたことなど、アニスが行ったモースへの一連の報告をすべて問い質すつもりでいる。
そして、アニス・タトリンのスパイ行為に気づかなかったばかりか、己の手から離すべきではない親書を預けさえしていたジェイド・カーティスのことも。

ダアトにとって、今回の一連の騒動での不幸中の幸いは、モースをアニス・タトリンのスパイ行為によって、ヴァンを妹の連帯責任として降格させられることくらいだ。うまくいけば、ダアトからの追放にも持ち込めるだろう。
モースに至っては、秘預言をキムラスカに漏らした罪にも問える。表立った処刑はいらぬ混乱を起こしかねないが、重病と偽り、葬るという手もある。

ティアたちからルークがアッシュによって連れて行かれたことを知らされたヴァンは、一足先にその報告と弁明のため、アリエッタの魔物の力も借りて、キムラスカへと戻り、王城内の牢にて監禁されているという話だ。
ルーク様はヴァンを慕っているから、キムラスカはヴァンをルーク様を動かす駒にでもするつもりかもしれませんね、とはこの船に少し前までともに乗っていたユーディの談だ。
ユーディの知り合いの情報屋が、酒場で牢の番人に金を握らせ、聞き出したところによれば、拷問の類は受けていないというから、ユーディの考えは当たっている可能性は高いと、ミシェルも思う。
何にせよ、今回のことでダアトが被った痛手は、あまりに大きい。立て直しには、時間が掛かるだろう。
だが、巣食った膿を出す絶好の機会でもある。トリトハイムがその指揮を導師イオンの名のもとに行う手筈となっている。

トリトハイムがマルクト兵に頷き、マルクト兵二人が今度はアニスを捕らえた。叫ぶアニスに、蒼ざめた顔をしたイオンがぐ、と唇を引き結び、ミシェルが差し出した紙を突きつけた。
──モースへと出された、アニスの筆跡鑑定済みの報告書だ。
音を立てて、アニスの顔から血の気が失せていく。ミシェルはアニスに、軽蔑の視線を向けた。

「もう二度と会うことはないだろうから、今言っておくよ。僕は君が心底、大ッ嫌いだ」

ひらひらと白い手を振って、絶望の眼差しで、マルクト兵に連れて行かれるアニスを見送る。
ジェイドもまた、マルクト兵に促されるまま、立ち上がり、船に用意された独房へと連れて行かれた。ティアの罪を見逃したこともどれほど愚かしいことだったか、理解したらしい。ルークを軽んじたことの重みもいい加減、理解しただろうか。
理解していなかったとしても、皇帝から見放されたジェイドに未来はない。マルクトへと帰国したジェイドを待つのは、軍事裁判と死だ。やっと常識的に頭が働きだしたのか、赤い譜眼には、何の光も浮かんでいなかった。
ミシェルは何の同情も寄せることなく、ジェイドを視界から外した。

イオンもまた、トリトハイムに促され、部屋を出て行く。音叉の杖を握り締める手は震えていた。
イオンを、ミシェルはこれから先も好きにはなれないだろうな、と去っていく背を見つめ、思う。同じレプリカでも、シンクのことは好きだが。
境遇を思えば、同情はする。だから、求心力が下がっているとはいえ、現在、他にイオンほど、ダアト式譜術を扱えるほどの担い手がいないこともあり、ダアトにはまだ必要な導師イオンが、これから先、己の責務を果たしていくのならば、そのことに文句を言うつもりはない。頑張って欲しい。ただそれだけだ。
兵たちも皆、罪びとたちの監視に動き、部屋にはミシェルとガイの二人だけとなった。
残されたガイ・セシルを、ちらりと見やる。ガイは項垂れ、途方に暮れた顔をしていた。

「俺は…どうなるんだ?」

ぽつりと一人ごちるガイに、ミシェルは肩を竦める。どうもこうもない。この男にも、未来はない。
復讐を選んだ時点で、そして、それを果たすこともなく、また、諦めることも選ばなかったことで、ガイは自らの道を閉ざしたのだから。
ルーク・フォン・ファブレを主として敬い、本気で守ろうとしていたならば、アッシュはガイを見逃すつもりでいたのに。
もっとも、幼いアッシュに殺意を向けていたというガイを、自分たちが許すことは、どちらにしろなかっただろうが。

「ガイラルディアさん、でしたっけ」

ガイの肩が大きく震え、ミシェルを怯えたような眼差しで見上げた。ミシェルは表情のない顔でガイを見つめ、唇だけに大きく笑みを刷いた。

「ああ、間違えた。ガイ・セシルさんでしたよね。だって、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスはとっくの昔に死んでるはずですもん。…そうですよね、ピオニー陛下」

え、と目を瞠るガイと平然と佇むミシェルの鼓膜を、スピーカー越しの声が揺らした。部屋に密かに用意されていた通信機を通して聞こえてきた声は、海の上にあるために電波が悪く、ノイズが混じってはいたが、言葉がわからぬほどではない。
はっきりと聞こえてきたのは、確かに、ピオニーの声だった。

『ああ、そうだとも、フォレーヌ殿。ガルディオス家はホド戦争で滅びた。残念ながらな。だから、もしも、ガルディオス姓を名乗る者があるとすれば、それは恥ずべき偽者だということだ』

部屋の話をすべて聞いていたピオニーが、ミシェルへと話すかのようにして、ガイへとはっきりとガイラルディアの死を告げる。
ガイが呆然と目を瞠り、唇を戦慄かせた。声もなく、カタカタと身体を震わせている。
だ、そうです、とミシェルはガイの前に立った。ガイが濁った目をミシェルへと向けた。

「…俺、は」
「あなたはガイ・セシル。守るべき主を侮辱し、あわよくば殺そうとしていた復讐者だ。あなたが帰るべき場所なんて、もうどこにもない」

これは、僕からの贈り物です。
ミシェルはガイの前に、腰に提げたポーチから取り出した小さな瓶をコトン、と置いた。中には白い粉末が少量、入っている。
──『カンタレラ』と呼ばれる、とある貴族が用いていたとされる猛毒だ。この手で殺すことは簡単だが、自殺という形を取らせる方が後腐れがないか、と用意した物だ。
ミシェル自身はルークに好意を抱いていないが、アッシュは違う。アッシュの部下である自分が、ルークが疑いもせずに親友だと信じているガイを殺したと知れば、ルークがアッシュに不信を抱くことになりかねない。アッシュのためにも、それは避けたい。
自殺の理由も、どうとでも付けられる。主を守ることが出来なかった己の不甲斐なさ故に、とでも何とでも。遺書を捏造してやってもいい。自分の手先の器用さは特務師団一だ。そのくらいの技術は持ち合わせている。
ガイがヒュッと息を呑む。説明せずとも、それが何かくらいは、理解したのだろう。

「ここは四方を海に囲まれていますから、逃げたとしても鮫の餌になるのがオチで、陸に辿り着くのはまず不可能だと思いますけど…まあ、好きにしたらいいんじゃないですか。でも、一つだけ忠告しておきますね。──もし、あなたがどんな道を選んだにせよ、今後、万一にでも、ルーク様の前に姿を見せたときには」

『鮮血のアッシュ』によって、その身を紅く染めるお覚悟を。
美しい顔に鮮やかな微笑を浮かべ、ミシェルはガイに背を向け、一人、部屋に残して、扉を閉じた。
扉を閉める直前、一瞥したガイは両手で顔を覆い、呻き声を上げ、啜り泣いていた。





王城から帰ってきたルークの顔は、曇っていた。何かを思い悩むように、視線を伏せている。アッシュと合わせようとしない。バラガスともだ。
玄関先でルークを迎えたアッシュは、仮面の下、眉間に皺を刻んだ。
城まで供を務めていたバラガスと視線を交わす。バラガスも眉根を寄せ、首を振った。何も知らない、ということらしい。
つまり、何かがあったのだとすれば、城の中でということだ。内心、舌を打つ。
城の中でのこととなると、調べるのに時間が掛かる。ユーディがこの場にいたならば、すぐにでも何かしらの手が取れたかもしれないが。

「どうかなさいましたか」
「…別に」

礼服の襟を緩め、ルークはアッシュの前から立ち去りたそうな素振りを見せた。落ち着きなく、視線が泳いでいる。
またナタリアに約束を思い出せとでも言われたのかと、アッシュは訝しげに首を傾いだ。だが、すぐに、それでは、こうも露骨に自分を避ける理由にはならないかと思い直す。
ルーク様、とルークの肩へと手を伸ばす。ビクリと大きくルークの肩が震え、アッシュは思わず、手を引っ込めた。
ルークからの拒絶に、身体が強張るのがわかる。

「あ…」

さらりと揺れる朱色の前髪の下で、ルークの顔に動揺が走るのが見えた。今にも泣き出しそうに、くしゃりとルークの顔が歪む。
自分を傷つけてしまったのかと、怯えているように瞼が震えている。

「ッ、ゴメン…!」

一言、叫ぶように言い放ち、ルークはアッシュの横を抜け、部屋へと駆けて行ってしまった。
呼び止めることも出来ず、アッシュは呆然と立ち尽くす。
城の中で、一体、ルークに何があったのか。謁見の間で、王に何か言われたのか。二度も攫われるなど不甲斐ないとでも叱られたか。
有り得ない話ではない。子どものころならばいざ知らず、今のルークは外見だけは十七なのだ。無力な子ども扱いされる年齢ではない。
だが、それでもやはり、自分を避ける理由にはならない。
ギリ、とアッシュは奥歯を噛み締め、頭を振る。考えろ。ルークに何があったんだ。

「落ち着け」

ポン、とバラガスに肩を叩かれ、アッシュはハッと顔を上げた。気遣うような眼差しに、肩の力が抜ける。
ルークのこととなると冷静でいられない自分を、バラガスの穏やかな笑みが諌めてくれていた。

「…すまない」
「落ち着いたんならいいさ。とにかく、ルーク様の後を追うぞ。話を聞き出すのは難しいかもしれねぇが、放っておくわけにもいかないだろ」
「ああ、そうだな」

こくりと頷き、バラガスとともにルークの私室へと向かう。
道中、二人はほとんど唇を動かさずに、会話を交わした。唇を読まれぬために覚えた話し方だ。
声も出来る限りひそめ、互いの耳にだけ届く音量にまで下げる。

「ルークの様子から察するに、何かしら、俺たちへの信頼を損なわせることを吹き込んだ奴がいると思うんだが」
「俺たち二人は表立った仕事が多かったからな。名前こそ知られちゃいるが…あることないこと、真実めかしてルークに言い聞かせられるような奴となると、限られてくる」
「…ヴァン、か?」
「確か、城の牢に捕らえられてるはずだ。…ルークはヴァンの野郎を慕ってるからなぁ。牢に捕らえられていると知れば、面会を申し出たとしても、不思議はねぇ」
「……チッ」
アッシュは鋭く舌を打つ。ヴァンの口の上手さは、誰よりも自分自身がよく知っている。
ヴァンへと絶対的な信頼を寄せているルークを己の都合のいいように掌の上で転がすことくらい、あの男には容易いはずだ。
ヴァンへの信頼と、自分への信頼。そこにはまだ、簡単には埋まらない差がある。それは、過ごした時間の差だ。
ヴァンと自分と、ルークの中で天秤に掛けられた場合、その比重はヴァンに傾くはずだ。そのことが、腹立たしい。忌々しい。憎々しい。

「…殺気出てんぞ、アッシュ」

くしゃりと少しばかり乱暴な手つきで髪を掻き乱され、アッシュはむぐ、と唸った。苦笑を浮かべるバラガスに、気まずげに頬を掻く。
バラガスが側にいてくれなかったならば、今すぐにでも、ヴァンの首を取りに行きかねない自分がいる。落ち着け、とアッシュは自身に言い聞かせ、深く息を吸い、吐き出した。

「焦って埋まるもんじゃねぇからなぁ」
「…そうだな」

ため息が、アッシュの口から零れる。ヴァンの悪行をルークにぶちまけたいが、今、それをすれば、ますますルークの態度は硬化する一方だろう。それどころか、反動でヴァンへの依存度を高めさせることにもなりかねない。
ルークをヴァンから引き剥がすには、ヴァン自身に墓穴を掘らさせなければならない。頼もしげな笑みの裏で、ルークを嘲っていることを、ヴァン自身に示させなければならないのだ。
──そのことで、ルークが深く傷つくとしても。

「……」

ぐ、とアッシュは拳を握る。ルークを傷つける者の多さに、苛立ちがばかりが募る。
ガイやティアたちは、ユーディやミシェル、ロベリアによって排除されたはずだが、もっとも排除しなければならないヴァンがまだ残っている。
そして──。

(どうしたら、俺は)
俺は、ルークを守れるのだろう。
どうしたら、俺から、ルークを守れるのだろう。
考えても、正しい答えは出てこない。誰も、答えを教えてはくれない。

「一人で考え込むな。側にいる俺の立場がないじゃねぇか。ああ、寂しい。水臭い奴だ。あいつらだって怒るぞ、きっと」

こつん、と仮面を指先で弾かれ、アッシュはバラガスを見上げた。ひょうきんな物言いと、おどけたような笑顔に、不安が溶ける。
バラガスの言うとおりだ。自分には、仲間がいる。
一人ではない。

「…ああ、ありがとう、バラガス」
「おう」

肩を力強い大きな手で握られ、アッシュの顔に自然と笑みが滲む。
ルークが傷つくことは、どんなに避けようとしても、きっと避けられないことだ。ライガクイーンのこともある。
けれど、傷ついたルークを一人にはすまい、とアッシュはきつく目を閉じ、自身に誓う。ルークが傷つくならば、その傷が少しでも癒えるよう、撫でてやろう。
優しく、柔らかく、ルークが再び、笑うようになるまで。

(俺自身が、ルークを傷つけてしまったとしても)
ルークが笑みを向けてくれるまで、ルークが赦してくれるまで、ルークの傷が癒えるまで、いくらでも、待とう。
ルークを守り、慈しみながら、待ち続けよう。
俺は、一人ではないから。支えてくれる仲間がいるから。
前に、進め。
アッシュは閉じた目を開き、足を大きく踏み出した。


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