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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2008.12.06

5万HIT企画

灰の騎士団6話目。
5話目から、ずいぶんとお待たせしました…!
ロベリア&ユーディのターン。
ユーディというより、アスランのターンという感じですが。
6話目と次回の7話目が同行者に対して、一番厳しくなります。

注!同行者厳しめ(イオン含)


 





やれやれ、とわざとらしくため息を零すアスターの背中に回り、ロベリアはその肩に手を置いた。長い指先でゆっくりと凝り固まったアスターの肩を揉み解す。
美しく整えられた白い手は、見た目に反し、力強い。

「ヒヒ、上手いな、ロベリア」
「ええ。マッサージも得意ですから」

にっこりと微笑み、首筋の凝りも解す。アスターの口から呻きが漏れた。
もし、ドアの外から聞き耳を立てている者があるとすれば、あらぬ誤解を生みそうだ。幸い、人払いされていて、どんな人間の気配も感じられない。

「それで、あんな『小細工』をさせられただけの価値は本当にあったのか?」
「もちろん。助かりましたわ。アスター様だって、和平には成功してもらいたいでしょう?」

ケセドニアはダアトとも取引きはあるが、収益の多くを占めるのは、当然、オールドラントを二分する、マルクトやキムラスカとの貿易だ。今のような冷戦状態ならばまだしも、本当に戦争が起こってしまえば、貿易どころではない。
マルクトはキムラスカへの食糧の輸出を止めるであろうし、キムラスカもマルクトへの譜業の輸出を止めるだろう。そうなれば、二国に挟まれたケセドニアは、身動きが取れなくなる。

ロベリアはそう言ってさらにアスターを説得し、ユーディと連絡を取り合いながら、和平の使者が乗る連絡船に『小細工』を施すことにした。
一つ目は、キムラスカへと運び込む荷の手配の不首尾。平凡なミスではあったが、次々にミスは偶然にも重なり、荷物が揃わず、出港がこれにより、一時間半ほど遅れた。
二つ目は、急病人。これは、漆黒の翼の一人であるヨークに、ロベリアが薬を持たせたのだ。薬を飲んだヨークは泡を吹き、痙攣を起こして倒れたように装った。ケセドニアから出港してまだ三十分ほどだったので、設備が十分ではない船の中で様子を見るよりも、ケセドニアに戻る方がよいと連絡船に待機している医師の判断により、船は出港予定の時間から、さらに一時間半遅れることになった。
これで、既に三時間。和平の使者を乗せた連絡船は遅れたことになる。
そして、三つ目の小細工は航行速度だ。二つ付いているスクリューの一つが航行途中で故障したこととするよう、船長を始めとするクルーたちにロベリアは言い含めた。スピードが落ち、キムラスカへの到着時間が遅れるように。

「うふふ、マルクトは陸よりも海にこそ強い国。昨日の夜明け前に出発したそうですから、これだけの時間を稼げば、十分でしょう。通常よりも遅い連絡船がキムラスカ到着前に追いつくことが可能な船くらい、持っていますし」
「それで、どうなるんだ、ロベリア」
「あら、言ってませんでしたっけ」
「…後で詳しく説明するからと、強引にことを進めさせたのはお前だろう」

ぎろ、と睨まれ、ロベリアはぺろりと舌を出す。アスターは用心深い男だ。常ならば、こんな無茶な要求は決して聞き入れなかっただろう。聞き入れてくれたのは、自分が養い子であり、何より、マルクト皇帝の玉璽が入った内密の依頼書があったからだ。
ユーディが自身の情報網と人脈を駆使し、間に合わせた依頼書だ。そうでなければ、これほどの短時間で玉璽入りの依頼書をケセドニアまで手配することなど無理だったはずだ。

「少し前まで、和平の使者がケセドニアに滞在していたの、ご存知?」
「ああ、一度、顔を見せに来たからな。ジェイド・カーティスだろう?」
「会ってみての感想は?」
「……聞かずともわかっているんだろう、ロベリア?」

唇を艶やかに吊り上げ、華やかな笑みをロベリアは零した。その笑みが意味するところを正確に悟ったアスターの頬が引き攣る。

「マルクト内ではどうだか知らないですけど、階級に厳しいキムラスカが相手の和平において、慇懃無礼な態度しか取れない使者などありえない、でしょう?」
「それで、あの『小細工』か」
「ええ。時間を稼ぐ必要があったので」
「目的は和平の使者の交代、か?」

アスターの肩に掛けた指先に、頷くようにロベリアは力をこめた。
アスターの口から、また呻きが漏れた。





空は青く晴れ渡り、波も静かに凪いでいる。久方ぶりの快晴に、運行が止まっていた連絡船キャツベルトも海路に乗った。運搬の不備や急病人というトラブルはあったが。
それに乗り込んでいるのは、和平の使者一行。もはや彼らが『自称』和平の使者一行にしか過ぎないことを、その連絡船に添うように近づいてきたマルクト籍の船に乗る『現』和平の使者一行たちは知っていた。そして、その事実を突きつける役目も、彼らは担っていた。
静かな波に揺すられながら、二隻が止まり、船と船を繋ぐ橋が掛けられる。マルクトの船から連絡船へと十数人の人影が乗り移った。
ざわめく乗客たちに、アスターより連絡を受けていたクルーたちが、すぐに済むそうですから、と説明を繰り返す中、『自称』和平の一行が、訝しげに首を傾ぎながら、乗り込んできた人影に近づいた。

「これはこれは、フリングス将軍。一体、何事です?」

眼鏡のブリッジを押し上げ、ジェイドが片頬に皮肉げな笑みを刻む。機密で動いているというのに、こうも目立つ真似をするとは何のつもりだ、とでも言いたいのだろう。
今更ですね、とアスランとともに船に乗り移ったユーディが内心、失笑する。
誘拐紛いの導師イオンへの協力依頼。陸艦タルタロスでの移動並びに神託の盾騎士団による襲撃。
これだけでも、どうしたって目立っているのだ。目立たぬわけがない。しかも、タルタロスは漆黒の翼を追跡した上、ローテルロー橋を破壊されるという決定的な痛手を被ってもいる。

また、国境カイツールでも、一騒ぎあったと後日、アスランへと報告があった。旅券のことで揉めたらしい。イレギュラーであるティア・グランツの旅券がないのは当然ではあるが、どういうわけか使者であるジェイドの分も導師イオンの分すらもなかったという。
タルタロスが神託の盾騎士団によって襲撃され、持ち出す暇がなかったとのことだが、そもそも身体から離すべきではない。まして、ジェイド・カーティスはコンタミネーション現象を自在に操る術を持っているのだから、音素に溶かして身体に保管しておけばいい話だったろうに。
親書に関しても同じことが言える。導師守護役であろうが、何故、他国の人間に親書を託すことができるのか、どうかしていると頭を抱えるアスランに、ユーディは慰めの言葉もなかった。
国境では、ファブレ公爵より、ルーク様のためにと本来発券された旅券をヴァン・グランツが余部を持って現れたため、事なきを得たという話ではあるが、ティア・グランツが、兄とはいえ上司であるヴァン・グランツに二国の兵の目がある場で、導師の目前でもあるというのに武器を向けたという話も報告されている。

ちら、とユーディはジェイドの横に佇み、不思議そうに首を傾いでいるイオンに吐息する。
ただでさえ、求心力が下がっているというのに、導師イオンに関しても、キムラスカから、そして、ダアトからも不信の声があがっていることを、ユーディは知っていた。
公爵邸襲撃犯であり、誘拐犯でもあるティア・グランツの情報はカイツールにも伝わっていたが、ダアトで裁きますから、とキムラスカ兵が彼女を捕縛することを導師権限で拒絶したからだ。
が、縄で縛るでもなく、野放し状態のままでは、裁くも何もない。導師はキムラスカを馬鹿にしているのか、と憤る者がいるのも当然だ。ティアの件で処分された騎士や使用人たちからしてみれば、ティアだけではなく、導師イオンも憎悪の対象かもしれない。
ダアトでも、導師の政治手腕を批判する声は高まっている。現在の導師が擦り返られたレプリカであり、実質年齢二歳であることを知っているユーディとしては、イオン本人よりも、そんなことにも思い至らないヴァンやモースの無能ぶりを嘲笑ってやりたいところだ。
教団の未来は暗い。

「ジェイド・カーティス、あなたに皇帝陛下より帰国命令が下っています。今すぐ、マルクトに戻ってもらいましょう」
「陛下に何かあったのですか?」
「ええ。あなたのありえない非常識な行動の数々に、心労が祟り、寝込む寸前でいらっしゃいます」

眉を寄せるジェイドに向かって放たれた、にっこりと微笑むアスランの声音には鋭い棘が幾つも込められている。口調こそ穏やかであるだけに、一瞬、ジェイドは何を言われたのか反応できなかったらしい。虚を突かれたように、眼鏡の奥で赤い目を見開いている。
ジェイドの側に当然のような顔をして立っていた、ファブレの使用人や犯罪者、導師に導師守護役もぽかん、と呆気に取られている。
真っ先に口を開いたのは、この中でもっともその資格を持たない重罪人であるティアだった。

「待って下さい!大佐ほど和平の使者に相応しい方はいらっしゃいません。他に誰に使者が務まるって言うんですか!」
「…あなたは?」
「彼女がティア・グランツですよ」

ユーディはアスランにそっと耳打ちする。ああ、とアスランが納得したように頷いた。これが、と言わんばかりに他のマルクト兵たちとともにティアを睥睨している。
一体、彼女は自分を何だと思っているのか。キムラスカの第三王位継承者を平然と罵倒し、導師の意見も否定し、また、国家間の問題に己の分も弁えず、勝手に口を挟んでくる。
自分は一国の王と等しい地位と権力を持っているとでも思っているらしい。
ろくな軍位も持たない一兵の身でありながら、よくぞそこまで己の立場を過信できたものである。

「あなたに説明する義務など私にはありませんし、ここで込み入った話をするわけにもいきません。これ以上、マルクトの恥を晒せませんから。…話の続きは、あちらの船で待っている者からどうぞ。導師イオン、申し訳ありませんが、あちらにお移りください」
「僕も、ですか?」
「はい。貴方だけではなく、全員、です」

ス、とアスランが目配せするや否や、マルクト兵が五人を囲った。戸惑い、狼狽するイオンに、アニスやティアがイオン様に無礼だと喚く。
ガイがどうして俺まで、と声を上げた。

「俺はファブレ邸の使用人です。戻らないとなりませんから」

困ったように肩を竦めるガイに、アスランが近づき──そっとガイが隠してきた名を囁いた。ガイの顔から血の気が引く。
その反応だけで、ガイは己の素性を肯定したも同じだった。
ユーディへとちらりとアスランから感謝の視線が送られる。ユーディはにこりと微笑んだ。

「和平は…」

ぽつりとジェイドが戸惑いがちに呟く。アスランは微笑み、ぽん、と胸を叩いた。
新しく記された新書を私が陛下よりお預かりしておりますから、とジェイドに告げて。
己がピオニーに見放されたことにようやく気づいたのか、ジェイドの顔から血の気が引いた。
だが、幼馴染という立場に甘えてきたジェイドが、そのことを後悔するには遅すぎる。そうと知れ、とアスランの笑みは語っていた。
あの、とイオンが和平の中継ぎに自分の存在は必要ではないのかと問うように、アスランを見上げる。アスランは穏やかな笑みをイオンに向け、そのこともあちらで説明がありますから、とイオンの問いに答えることを拒絶した。
イオンが静かながらも断固としたアスランの目に、諦めたように頷く。

「それでは、ここまでご苦労様でした」

アスランの声は空に広がる青空に負けぬほど、晴れ晴れとしたもので。彼が相当怒りを溜め込んできたのだと悟ったユーディは、フリングス少将は怒らせるものではないですね、と苦笑した。





長い朱色の髪を三つ編みにし、礼服を着込んだルークの姿に、アッシュは息を呑んだ。普段、ルークが好んで着ている身体を動かしやすいよう、緩く作られた白い服と違い、きっちりと首までボタンを留め、露出が少ないその格好は、常よりも大人びて見えるほど。
ルークのベッドに転がっているミュウも、「ご主人さま、ステキですの~」と目を輝かせている。
顔つきも落ち着いているように見える。眉間に深く皺が寄っているからかもしれないが。

「…何故、そんな不機嫌そうなんだ?」

ルークを見事に飾りつけ、満足そうな表情をしたメイドたちが去っていったため、二人きりになったルークの部屋で、口調を崩したアッシュは首を傾げた。仮面も外し、それはミュウの隣で転がっている。
むすっ、とルークが頬を膨らませ、だってよ、と下唇を突き出した。

「堅ッ苦しいっつうか」
「まあ、気持ちはわかるが」
「…兄上、一緒じゃねぇし」

一番、気に入らないところはそこらしく、ルークの眉間の皺が濃くなる。
アッシュは一瞬、呆気に取られ、苦笑を零した。

「仕方ないさ。一介の護衛が許しもなく、王の御前に出るわけにもいくまい。まして、俺はこの仮面を外すわけにもいかないしな。ここでお前が無事、謁見を終えるのを待っている」
「……ちぇ」

せめて、城の入り口まででも、一緒だったらいいのに、とルークが眉尻を下げる。アッシュは手を伸ばし、ルークの頭を撫でた。
不安なのだろう、と眉間の皺が緩み、いつものあどけなさが残る表情を浮かべるルークに目を細める。伯父とはいえ、相手は国王であり、七年前から屋敷に軟禁されているルークにとっては、初めて会う相手だ。
こうして普段、着ることがない礼服にわざわざ着替えさせられたこともまた、ルークの緊張を煽っているのだろう。出来ることならば、アッシュとて側にいてやりたい。側で手を握っていてやりたいと思う。見守っていてやりたいと、思う。
けれど、この仮面を外すわけにはいかないのだ。この顔がルークと酷似していることを知られるのは、具合が悪い。

(だが…いつまで誤魔化していられるものか)
今は傷跡が醜いからと誤魔化しているが、それもいつまでも通用すまい。いずれ、傷の有無を疑い、見せろと言われる日が来るだろう。
それまでに、手を打たねば。ユーディにこちらの状況を伝える文書を送った折、その相談も記しておいたから、何かしら考えてくれているだろうが。

「バラガスが城までともをするから、それで我慢してくれ。すまんな」
「兄上が謝る必要なんてねぇよ。…俺こそ、我が侭言って、ごめん」

しゅん、とルークが項垂れる。いいや、とアッシュは首を振った。
我が侭を言ってもらえて嬉しいと、ルークへと微笑む。ルークが、え?と頭をことりと倒した。

「甘えてくれている、ということだからな。俺はお前に我が侭を言ってもらえて、嬉しい」
「ッ」

ルークがぐ、と息を呑み、頬を赤らめた。嬉しそうに、へへ、と笑う。
その笑顔があまりに愛しくて、アッシュの目は柔らかに細められた。

「あのさ、兄上」
「ん?」
「兄上もさ、俺に出来ることがあったら、言えよ」
「ルーク…」
「俺も、兄上の我が侭、聞いてみてぇし」

照れくさそうにルークが頬を掻き、アッシュは言葉に詰まる。自分のことをルークは心から好いてくれている。信じてくれている。──兄、なのだと。
ちくり、とアッシュの胸が痛む。ルークから真実を隠すと決めたのは、自分であるのに。
隠していることに、兄だと嘘をついていることに、罪悪感でも抱いているのかと、自問する。

「あ、やべ。そろそろ行かねぇと。じゃあ、兄上、行ってくるな!」
「あ、ああ。…頑張れ」
「おう!」

にかっ、と明るい笑みを残し、ルークが部屋を出て行く。ミュウと一緒に残されたアッシュは、扉が閉じると同時に、ベッドへと落ちるように腰を下ろした。
ボスッ、とベッドが沈み、ミュウがバランスを崩してころん、と転がる。仮面も、ぐら、と揺れた。

「大丈夫か?」

すまないな、とアッシュは手を伸ばし、仰向けに倒れたミュウをそっと起こしてやり、頭を撫でた。ミュウが気持ちよさそうに、目を細めて鳴く。
ふ、と穏やかに笑み、翡翠の目を仮面へと向ける。

「……」

ミュウの頭から手を離し、両手で仮面を手に取り、膝に乗せる。ミュウが首を傾げ、ぽふ、と小さな手で仮面に触れた。
つぶらな瞳が、アッシュを見上げる。

「ご主人さま、ときどき寂しそうですの」
「ルークが?」
「そうですの。お家に戻ってから、アッシュさん、仮面をあんまり外さなくなったって言って…。みんなの前でも、兄上って呼べたらいいのにな、って寂しそうでしたの」
「……そうか」

ミュウの耳元を左手の指先で擽る。ミュウがじゃれつくように、喉を鳴らす。
くす、とアッシュの唇から笑みが零れた。

(ルーク…)
兄上、と一心に慕ってくれる、ルーク。…俺の、レプリカ。
自身がレプリカであると知ったら、ルークがどうなるか、わからない。
そして、ルークの被験者が自分であり、本当のルーク・フォン・ファブレであると知ったら、ルークは。

(俺を、憎むだろうか)
兄上とは、もう呼んでくれないだろうか。
親愛の情を、もう向けてはくれないだろうか。

「……」

知られてはならない、と思う。その一方で、それを決めるのはルーク自身ではないのかと、そう思う気持ちもある。
隠したまま、ルークを騙したままでもいいのかと。決めた、はずであったのに。
アッシュは右手の指先で自身の頬を撫でた。このルークによく似た、顔。この顔を見られれば、ルークとの関係を探られることは必至。いっそ本当に焼いてしまおうか、と思ったこともある。顔を見られても、正体が知られぬように。
けれど、ベルケンドで音素振動を調べられれば──ルークとまったくの同一を示すことが、知られてしまう。
知られぬようにするためには、ルークをレプリカだと知る者たちを全員消さねばなるまい。ヴァンに、ヴァンに付き従うリグレットやラルゴ。他にも、ルークの誕生に関わった科学者たちもいる。彼らの口をすべて塞いで。
──それでも、秘密はどこから明るみに出るか、わからない。その恐怖とも、いつまで戦い続けることになるのか。

はぁ、とアッシュの口からため息が漏れる。
ディストはユーディが引き込んだらしいから、問題はないだろう。アリエッタやシンクも、難しいかもしれないが、ヴァンから引き離し、こちらに引き込んでやる。
子どもが傷つくのは、もうたくさんだ。

「俺は」
「みゅ?」
「…俺は、ルークが大切で、大事で…」
「アッシュさん?」

アッシュは誰に語りかけるでもなく、言葉を紡ぐ。
王城に出向き、ルーク・フォン・ファブレとしての振る舞いを一生懸命にこなしているだろう、ルークを思い浮かべながら、目を閉じる。
毛先にいくにつれ、金色へと移り変わってゆく、朱色の髪。あの朱が、愛しい。
山間に掛かる朝陽のような朱色が。海に沈み行く夕陽のような朱色が。
ルークだからこその、あの奇跡のような色が、愛しい。ルーク自身をそのまま表したかのような、あの朱金が。
兄上、と慕ってくれる笑顔が、愛しい。

「守りたいんだ」

ただ一人、お前を。
ふ、と息を吐き、アッシュはポケットの中から報告書を取り出した。あとでバラガスにも見せねばなるまい。
順調に海路を進んでくるならば、ユーディは新たな和平の使者である、アスラン・フリングスとともに明日、明後日にもキムラスカに着くはずだ。
障害となる者たちは、ケセドニアからキムラスカまでの海路で取り除いて。

(ルークは、悲しむだろうな)
ここで取り除いた障害の中には、ガイもいる。ガイ・セシルと名乗っていた、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスが。ホドの復讐者が。
ペールの近々、暇を申し付けられることだろう。その後、秘密裏に消されるかどうかは、クリムゾンの一存次第だ。

(父上、か)
く、とアッシュは苦笑する。まったくバラガスめ。やってくれる。
まさかクリムゾンを味方に引き込むとは思わなかった。書斎に呼びつけられたときのことを思い出す。ルークをよろしく頼む、とクリムゾンは頭を下げた。
バラガスを見上げれば、穏やかな笑み。味方は多い方がいいだろ?と何もかも知っておきながら、いや、知っているからこそ、バラガスはクリムゾンを巻き込んでみせた。

アッシュはかつて、ヴァンに父の姿を求めた。優しい父の姿を求めた。それは偽りで、裏切られてしまったけれど、ルークはまだ間に合うのなら、ルークには、クリムゾンから本物の父の優しさを与えてやりたい。アッシュだって、そうは思っていた。だが、本当にクリムゾンが、息子を愛してくれていたとは、ずっと信じてこれなかった。だから、始めから、自分はクリムゾンを味方に引き込むことは、諦めてしまっていたのに。
それを、バラガスはやってのけた。やってくれた。
本当にバラガスは、優しく、頼もしい。だが、その裏にあるのは、哀しみであり、絶望だ。バラガスはそれを知っているからこそ、バラガスなのだ。
ガイも哀れだな、とアッシュは苦く顔を顰める。ホドの真実。それをアッシュはバラガスから聞いていた。
苦しげに吐き出された告白は、今でも耳に残っている。

「……」

アッシュは膝に仮面を乗せたまま、どさっとルークのベッドの上に倒れた。ミュウが「大丈夫ですの?」と顔を覗き込んでくる。ああ、とアッシュは頷いた。
少しの間だけ、休みたいだけだから、と言えば、ミュウも休むですの、と隣にころり、ミュウが転がる。

(可哀想になぁ、ガイ)
せめて復讐を諦めているのなら、ルークを本当に友として思っているのなら、ルークに会わせてやるつもりはなかったが、せめて命の危険からは逃げられるように、見逃してやってもよかったのに。
けれど、ロベリアからの報告書には、とてもではないが、使用人どころか友人としても思えぬガイの姿が記されていて。ルークから聞き出した話でも、ガイはルークを侮り、嘲っているようにしか思えなくて。

かくして、ガイの素性はユーディによってマルクトに報告され、キムラスカにおいて、ガルディオスの遺児がファブレ家に潜り込んでいたという事実が公のものとして発覚する前に、ガイの身柄はマルクトに回収された。
ファブレ公爵が滅ぼしたことになっているガルディオスの遺児がファブレ邸に潜り込んでいた理由など、一つだ。復讐以外のなにものでもない。
その事実が公になれば、和平に罅が入り、マルクトにとって不利な条件で和平条約が結ばれることにもなりかねない。

ガイはおそらく、道中、病に倒れ、亡くなったことにでもされるのだろう。
あるいは、事故で海に落ちたということにでもされるか。後者の方が死体の扱いは簡単だろうな、とアッシュは報告書を再度、確かめながら、思う。
ルークは、悲しむだろうか。アッシュの思考はそこに舞い戻る。
ガイを親友だと思っているようだから、きっと悲しむだろう。

(ごめんな、ルーク)
お前を守るために、お前を悲しませることになるなど、本末転倒もいいところだ。
けれど、ルーク。お前の幸せを、誰よりも祈っているのは、事実なんだ。
お前に幸せになって欲しいと、心から思っているんだ。
だから、止まれない。止まるわけにはいかない。

「…ルーク」

誰よりもルークを想い、ルークの幸せを願う自分こそが、もっともルークを傷つけることになるのかもしれないと、アッシュは自嘲を零した。
ミュウがそんなアッシュに、切なげに鳴いた。


NEXT


次こそはミシェルの番です。

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