月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
(本編前)
隔月に行う真夜中のお茶会が、セイナたちの情報交換の場で憩いの場。
アッシュにとっては、何よりのストレス発散場だろうな…。
ルークと会えるので(笑)
今日のお茶会にはゲストが一人…。
真夜中、ぬいぐるみ二個をセイナが魔人の術、変化(ぺんげ)でルークと自分の似姿を仕立て、ベッドに転がし、ルークとセイナはこっそりと屋敷を出た。
空をひゅん、と飛べば、誰の目に留まることもない。
せいぜい、フレスベルグが不思議そうな顔をするくらいだ。
二人が着いたのは、イニスタ湿原。
凶悪な魔物、ベヒーモスの縄張りである湿原に訪れる人間はまずいない。
キムラスカ軍からも何度となく討伐隊が出ているが、成功したためしはない。
まして、魔物が活性化する夜ともなれば、なおのこと。
人の目を避けるルークたちにとっては、これ以上の安全な場所はない。
ベヒーモスという脅威も、一瞬、魔人化して見せたセイナを恐れ、姿を見せない。
「もういるな、アッシュたち」
「ああ、ホントだ。…なんか一人多いけど」
「誰だろ、あれ」
「うーん」
ばささっ、と羽を震わせ、ルークを抱えたまま、セイナはアッシュにシンク、アリエッタの待つ小高い丘に下りた。
湿原の中で地面が乾いているのは、こういった丘だけで、彼らはそこを会合の場所としている。
ルークが持っていたバスケットを受け取り、セイナは中からシートを出し。
ルークが、アッシュたちににっこり笑った。
満ちた月から降り注ぐ光は、それをアッシュたちに見せるには、十分に明るい。
「悪ぃ、待ったか?」
「いや、今、来たところだ。気にするな」
「ちょっと、何、そのカップルみたいな会話。寒いんだけど」
うえ、と舌を出し、呆れ顔のシンクに、アッシュの頬が薄っすらと朱に染まる。
が、ルークはきょとんと瞬き、首を傾ぐだけだ。
カップルって何だ、と訊かれて、セイナは苦笑する。
バスケットの中からシートやティーセットを並べながら、恋人って意味だよ、と教えてやれば、へぇ、とルークは頷いた。
照れた様子は見当たらない。
意識されていないらしい、とアッシュががっくり項垂れる。
セイナとシンクの同情の視線が彼に向く。
アリエッタは友だちとともに既にセイナ特製のクルミたっぷりのパウンドケーキをご満悦の表情で齧っているので聞いていない。
「ちょっと!あなたたち、いつまで私を無視しているつもりですか…!」
キィー!と甲高いヒステリックな声に、全員の視線が向いた。
男は後ろ手に縛られた上、アリエッタの友だちであるライガに縛り付けられている。
ライガが迷惑そうに唸った。
「六神将の一人、死神ディストだ」
「薔薇です、ばぁら!どうして私がこんな目に合うんですか…!」
「ディストって…あの…?」
アッシュの紹介に、セイナは眉を寄せる。
ディストという名には、六神将としてだけでなく、心当たりがある。
てきぱきバスケットの中からクッキーやマフィンも次々と取り出しながら考えていれば、ルークから知ってんのか?と訊かれた。
まあ、と歯切れの悪い答えを返す。
「彼がバルフォア博士とともにフォミクリーを作り出した、サフィール・ワイヨン・ネイス博士だよ、ルーク」
「え!じゃあ、この人が俺とシンクの父親?!」
「ちょっと待てえぇぇ!!」
「気色の悪いこと言わないでくれる?!」
アッシュとシンク。二人分の絶叫がイニスタ湿原に響き渡る。
聞くものと言えば、夜行性の魔物たちくらいなので、誰が咎めることもない。
「シンクのパパ、がディストなら、セイナママは、ディストの奥さんになるですか?」
「いやいやいやいや。そんなわけないから、アリエッタ」
「そうだよ、やめてよ、冗談じゃないよ!僕は絶対に認めないからね!」
「シンク、お前、やっぱりマザコンだろう。まあ、俺だってディストが義父になるなんて冗談じゃないがな!」
「アリエッタもディストがパパなのはヤです…」
「え、ちょ、そ、それってどういう意味?!僕、プロポーズされてんの?!先越された?!」
「ギフって何だよ?なぁ、セイナー」
「私を無視しない!失礼にもほどがあるでしょう?!大体、何であなたたち普通に会ってるんですか?!」
交錯する会話に、終わりは見えない。
セイナが深く深くため息を零した。
「あああ、もういいから、全員黙れッ!アッシュもさりげなく、義父とか言わない!」
パンパンッ!と手を叩く音が高らかに夜空に響く。
ピタリと全員の会話が止まった。
肩を竦め、セイナがシンクにディストを下ろすように言う。
面倒くさそうにしながらも、ディストはシンクによってライガから下ろされた。
手は縛られたままだ。
「逃げようなんて思わないでよ、死神。ベヒーモスに喰われたくはないでしょ」
「譜業もないのに、そんな馬鹿な真似はしませんよ。それより、ママとはどういうことです」
「母さんは母さんだよ。僕をザレッホ火山から救って、育ててくれた、ね」
「……」
ザレッホ火山の名に顔を顰めるディストに、セイナが歩み寄った。
目の前に紅茶のカップを置いてやってから、後ろに回って縄を切ってやる。
白い手首が赤く擦れてしまっている。
痛そうに眉尻を下げているディストに笑みかけてやってから、両の手首を掴む。
セイナは譜術が使えない。異世界からやってきた、構成物質自体が異なる身体を持っているため、音素の素養がないのだ。
なので、ポケットから取り出した塗り薬をディストの手首に塗りつけた。
染みるのか、くぅっ、とディストは泣いた。
「あなた、回復譜術とか使えないんですか!?」
「残念ながら、音素の素養はないんでね。でも、これよく効くから」
「何の薬です?」
「ガマの油」
「凄まじく胡散臭いんですが?!…まあ、いいでしょう。それより、さっきの翼はなんだったんですか?」
キラリ、と眼鏡の奥の目が光る。
科学者の純粋な興味というものだろう。
セイナはにっこりと満面の笑みを浮かべた。
普段、他人から向けられる笑みと違い、柔らかなばかりの笑みにディストは狼狽する。
「今は教えられない」
「今は…?」
はいできた、と包帯を巻いたディストの手を解放してやり、セイナは紅茶と菓子を薦めてやる。
子どもたちは既に各々勝手によろしくやっている。
セイナもまたディストの隣に座り、紅茶とパンプキンマフィンを手に取った。
「…で、私は何故連れてこられたんですかね」
「その前に自己紹介しようか。僕はセイナ。セイナ・セイジュ。ルーク様の世話係兼護衛」
「えーと、俺はルーク・フォン・ファブレ。…のレプリカ」
「レプリカであることを知っているんですか…」
「コーラル城で俺とルークを同時にセイナが発見したからな。ルークを俺として連れ帰るよう命令したんだ」
「…つまり、アッシュ。貴方のレプリカルークを憎む姿勢は演技、ということですか」
にやり、とアッシュが意地悪く口角を吊り上げる。
当然だろう、と言わんばかりの態で。
ルークへとブルーベリーマフィンを手渡してやっている姿を見ても、どう考えてもアッシュがルークを憎んでいるようには見えなかった。
ディストは一人、眼鏡のブリッジを押し上げ、考え込む。
「いいように騙されたものですね、ヴァンも」
「あの髭の詰めの甘さは今に始まったことじゃないぞ」
「だよね。僕が世界を憎んでるなんてのも、信じちゃってるし」
馬鹿にしたように揃って鼻を鳴らすアッシュとシンクを前に、ディストからはもはや苦笑いしか出てこない。
セイナがス、とディストの前に黒い羽を一枚、はためかせた。
「…なんです?」
「僕にはさっきの翼以外にもう二対、翼があってね。その翼の羽がこれ。手土産にあげる」
「……」
手に取り、手触り、光沢を確かめるディストの眉間に皺が寄る。
それを眺めながら、セイナはパンプキンマフィンの欠片を紅茶で流した。
「彼をわざわざ危険を冒してでも連れて来たのには、理由があるんでしょ、アッシュ」
「ああ」
先ほどとは打って変わって真剣なものへと表情を変えたアッシュに、和気藹々と近況を報告しあっていたアリエッタとルークもピタリと話を止め、口を噤んだ。
ぐ、とアッシュに肩を引き寄せられ、ルークがディストとアッシュを交互に見やり、戸惑うように瞬く。
「こいつの『主治医』になってもらいたい」
「レプリカルークの…?」
「ああ、そうだ。体調を崩しても、ベルケンドの研究者どもに診せるわけにもいかないからな。レプリカだとわかればどうなるか…」
ギリ、と唇を噛み締め、俯くアッシュの手に、ルークの手が重なる。
大丈夫だと、そう言うように。
その二人の様子に、ディストは瞠目した。
完全同位体だから、なのだろうか。心が通じ合っているように見えるのは。
レプリカルークが…人と変わらぬように見えるのは。
ディストの心情を見透かしたかのように、セイナが言った。
「確かに、レプリカと人は、身体の上では違うけれど、心は同じだと思うよ、ネイス博士」
「…心、ですか」
「そう。ルークもシンクも、一生懸命生きてる。それなら、幸せになって欲しい、と願うのは当然でしょ?」
「……」
「協力してください、ネイス博士」
「…私は」
「協力してくださるなら、僕を好きにしていい。興味があるでしょ?『僕』に」
に、と口角を吊り上げ、じ、と見つめてくる蒼い瞳。
その奥に見えるのは、子どもたちへの想い。
射抜かれるような強い眼差しに、ディストはたじろぐ。
確かに、興味はあった。
手に持った羽を見下ろす。ザッと見ただけでも、どの生き物とも違う羽。
先ほどのあの背から生えていた翼も気になる。
静まり返ったアッシュたちからも、痛いほどの視線が注がれてくる。
ベヒーモスだろうか。低い唸り声が遠吠えのように湿原に響く。
ゴクリと唾を飲み込み、ディストは息を吐いた。
「…完全同位体であるレプリカルークも研究させて下さるんでしたら」
「それはルークに負担を掛けるようなことじゃねぇんだろうな」
「傷つけるような真似はしません」
もしそんなことをすれば、自分の命はないだろうなと睨みつけてくるアッシュの視線を受け止め、冷静に思う。
この子どものこんな目も顔も初めて見た。
本当に、大切に思っているのだ。
レプリカルークを、一人の人として。
半身として。
ディストの心に、初めてネビリムをレプリカとして蘇らせることへの疑問が芽生えた。
「…それで、貴方は何者なんです」
眼鏡の下からちろりとディストはセイナを見やる。
にこり、とセイナが微笑んだ。
「そうだね…。どこから話そうかな」
ま、お茶でも飲みながら。
少し温くなった紅茶のカップを手に取り、ディストは香りを吸い込んだ。
豊かなアールグレイの香り。
濃く淹れられた紅茶は、綺麗な赤茶色をしている。
「…ミルクはあるんですかね」
巻き込まれることを覚悟したディストの台詞に、全員の顔に笑みが浮かんだ。
差し出されたミルクを紅茶に足し、啜りながら、これほど薫り高い紅茶と美味しい菓子を口に出来、興味深い研究対象も得られるのなら、ヴァンを欺くのも悪くはないなとディストも小さく笑った。
END
ディストも巻き込んだ!
以降、苦労人街道まっしぐらだと思います…(笑)