月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
逆行スレルクでルクノエ。
ルークは十回以上、逆行を繰り返して、そのたびに世界のために犠牲になり、いい加減、やってられなくなってスレました。
超振動のコントロールだって完璧です。
ガイ&ナタリア好き注意。
アッシュが悲惨です…。
ルークは頬を掻き、呆然とした顔で立ち竦む、記憶にあるより二つほど若い被験者ルークを見つめた。
ああ、今は、アッシュと名乗っているんだよな、と苦笑を口の端に滲ませる。
馬鹿にされたとでも思ったのか、鋭い視線が飛んできた。
「てめぇは…」
「何だ。もう口悪いのな、アッシュ」
「んなこたぁどうでもいい!てめぇ、レプリカか…?!どうして…いや、どうやってここに!」
「超振動で音素に溶けて飛んできた」
にっこり。
満面の笑みをルークは浮かべてやる。
アッシュの眉間の皺が深くなった。
少しは笑えばいいのに。
まあ、この状況では無理もないが。
何しろ、私室で寛いでいたアッシュの目の前で音素を再構築し、現れたのだ。驚くなという方が無理だろう。
「馬鹿な…。てめぇにそんな真似…」
「劣化レプリカにんな真似出来るのかよ、って?んー、まあ、二、三回前は出来なかったけどさ」
「何言ってやがる…?」
訝しげに睨まれるが、ルークは苦笑するしかない。
説明したところで、信じてもらえるわけもない。
──時を繰り返すのが、これで十回目だなんて。
いや、十一回目だったか?
ま、どうでもいいや、と肩を竦める。
「それよりさ」
「?!」
動揺していたということもあるのだろうが、何より自分を『劣化レプリカ』と侮っていたからだろう。
アッシュの背後を取ることは、拍子抜けするぐらい簡単だった。
こんなに簡単なことだったら、もっと前に実行しときゃよかったな、とルークはため息を零す。
「何しやがる…!」
「返してやるよ」
「何?」
「居場所、返して欲しかったんだろ。だから、返してやる。その代わり、二度と俺には干渉するな。これから先の俺の『陽だまり』は俺が勝ち得た、俺だけの物なんだからな」
指の間に隠し持っていた毒針を、素早くアッシュの首筋に突き刺せば、呻き声を上げ、すぐにアッシュの身体が力を失った。
ガクリと崩れ落ちそうになる身体を抱える。
重い、と文句を言いつつ、ルークは目を閉じ、ファブレ邸の私室を思い浮かべた。
二人分の身体がゆらりと音素に溶けて消えた。
*
「さあ」
これからは、自由だ。
込み上げてくる笑いを止められそうにない。
メジオラ高原のど真ん中で、ルークは声を上げて笑った。
涙が眦に滲むまで、一人笑い転げる。
ルークの朱色の髪は、今は短くなり、黒へと色を変えていた。
目の色も、髪ごと音素を弄って翠から紺碧へと変えてある。
元が鮮烈な印象を残す色だっただけに、これだけ色を弄れば、そう簡単には『ルーク・フォン・ファブレ』であることに気づかれることはないはずだ。
あまりに笑いすぎて、乱れてしまった呼吸を整えながら、ルーク改めノアは青い空を見上げた。
雲ひとつなく晴れ渡り、澄み切った青い空。
気持ちよさそうに鳶が飛んでいくのが見える。
空はこんなにも美しいものだっただろうか。
長く、空の青も美しさも忘れていたような気がする。
「…会いに行こう」
今度こそ、彼女と幸せになりたい。
彼女の側にいたい。
彼女の笑顔を守りたい。
何度、時を繰り返そうと、そのたびに温かな想いを寄せてくれた彼女を。
ノエルと、今度こそ。
ノアは仄かな微笑を顔に浮かべ、意気揚々とシェリダンへと向かって歩き出した。
ひたすら世界のためだけに生きることを強いられ、贄とされてきた少年は、とうとう世界に背を向けた。
これから先、世界に恐慌が満ちることは知っていたけれど、一握りの本当に大切な人たちだけを守れれば、それでよかった。
ほんの少しだけ、被験者であるアッシュを哀れに思わないでもなかったけれど、彼の望む『陽だまり』を返してやったのだ。
それでいいだろ、とノアは首を振り、これからシェリダンで暮らす未来だけを見据えることにした。
*
アッシュは困惑した。
意識を失い、気づいたときには、物の少ない、殺風景な部屋にいた。
だが、部屋を出れば、そこには見覚えのある風景があった。
中庭のエンブレム。それは紛れもない、ファブレの紋章。
「馬鹿、な」
ここは、ここ、は。
ファブレの、屋敷?
返してやる。レプリカの声が脳裏を過ぎる。
「よいお天気ですね、ルーク様」
掛けられた声にビクリと身体を震わせ、アッシュは声の主を見た。
頭を下げるメイドの姿が目に映る。
礼儀正しく午後のお茶の用意が出来ていると告げるメイドに、呆然としたまま、頷く。
メイドは、アッシュに違和感を覚えた様子もなく、立ち去った。
「……」
アッシュは己の様を見下ろした。
前髪は下ろされ、服もいつの間にやら着替えさせられている。
白い服だ。自分には似合わないはずの色。
自分は、夢を見ているのだろうか。
「……」
よろりとふらつく足取りで、アッシュは屋敷の中を歩き出した。
すれ違う白光騎士が、メイドが、頭を下げ、失礼のないよう、控えめな挨拶をしてくる。
誰にも、違和感を覚えた様子は見られない。
誰も、気づかない。
自分とレプリカの違いに。
(完全同位体だからとでも、言うのか)
だとしたって、違うじゃないか。
俺とあいつは、違う。
部屋に唐突に現れたレプリカルークを思い出す。
髪の色は毛先に行くにつれ色が薄くなり、金色へと変わっていく朱色だった。
目の色だって、自分のそれより僅かに淡い。
違う、じゃないか。
彼は白が合っていた。だが、自分には黒が合う。
違うじゃないか。
声だって、持っている雰囲気だって。
そこで初めて、アッシュは気づいた。
自分とレプリカは違う個なのだと。
「……」
気分が悪かった。
頭も痛い。気持ちが悪い。
ガクリと膝を折り、ずるずると廊下にしゃがみこむ。
どこにいたのか、ガイが駆け寄ってきた。
「大丈夫か、ルーク!また頭痛か…?」
気遣うような声。
ガイ。ガイなら気づくだろうか。
幼馴染であるガイなら。
七歳で離れたとはいえ、それでも、幼馴染なら。
目の前でしゃがみこんだガイを、アッシュは見上げた。
見上げて──ゴクリと唾を飲み込んだ。
ほんの一瞬のことだった。
けれど、確かにアッシュは見た。
ガイの青の目に、仄暗い喜びの光が過ぎったのを。
苦痛に苦しむアッシュを──ルークを見て、悦んでいる。
「…ガ、イ」
唇が戦慄いた。
どうしていいか、わからない。
ガイにも、気づいた様子はない。
『ルーク・フォン・ファブレ』が苦しんでいる。
そのことだけが、ガイには重要な意味であるようだった。
ゆっくりと、絶望がアッシュを浸していく。
逃げ出したかった。
わけもわからず、喚きながら逃げ出したかった。
「まあ、ルーク…!」
悲鳴のような少女の声に、アッシュは小さく声を上げた。
翠の目に、僅かに輝きが戻る。
(ナタリア…!)
彼女なら、そう、彼女なら気づいてくれる。
そうだ。婚約者である彼女なら!
ガイを押しのけ、アッシュは応接間の扉から駆けて来るナタリアを喜びの目で見つめた。
ずっとずっと逢いたかったナタリアだ。
記憶にあるよりも大人びた、美しい少女。
「どうなさいましたの、どこか具合でも…。…あ、もしかして」
「ナタリ…」
「…思い出して、くださいましたの?」
「え?」
パッ、と顔に笑みを咲かせ、思わず、ナタリアへと差し出していた手を取る少女に呆気に取られる。
彼女は今、何と言った。
「約束を思い出してくださいましたの?私、実はずっと思っていましたの。きっと貴方が頭痛を覚えるのは、記憶を取り戻そうとしているからだ、と。ああ、やっと思い出してくださいましたのね!」
嬉しそうに笑うナタリアに、アッシュは身体が震えるのがわかった。
彼女は心配もしていない。
顔を蒼ざめさせ、床に座り込んだままの自分を。
ただただ己の喜びに浸っている。
浸って、やはり気づかない。
(…何を、期待していたんだ、俺は)
そうだ、ヴァンが言っていた。
誰もがあのレプリカルークを、本物のルークとして受け入れたと。
誰も気づきもしなかったと。
お前の居場所はもうないのだと。
(そうだ、俺は見た、じゃないか)
赤ん坊のようだったレプリカルークを何の疑いもなく受け入れていたナタリアたちを。
何故、今まで気づかなかったのだろう。
すべてをレプリカのせいにして、見えなくなっていた。
誰も、気づいてくれなかったことに、気づきたくなかった、から。
ガラガラと、音を立てて、自分の中の何かが崩れていく。
足元が覚束ない。
誰も見ていなかったのだ。
誰もが、自分が『聖なる焔の光』でさえあれば、それでよかったのだ。
預言に詠まれた『聖なる焔の光』でさえあれば、それが被験者であろうと、レプリカであろうとどちらであっても同じことだったのだ。
「…ハ、ハハ」
これが、こんなものが望んできたものか。
レプリカを憎んでまでも、帰りたかった場所なのか。
こんな、偽りの『陽だまり』が。
「ハハハハ」
「ルーク…?」
「どうしたんだ…?」
アッシュの唇からは、乾いた笑いが溢れて止まらなかった。
涙は出てこなかった。
泣きたかったのに。今こそ、泣きたかったのに。
ダアトでの日々でも、泣かなかった。でも、今こそ、泣きたかった。
なのに、涙は出てこない。
ただ壊れた笑い声だけが廊下に響く。
(誰でも、いい)
誰か、ここから救い出してくれ。
この奈落の底の『陽だまり』から。
ルークの言っていた『陽だまり』はどんな『陽だまり』なのだろう。
自分も連れて行ってくれないだろうか、とアッシュはそんな儚い夢のような想いを抱きながら、意識を失った。
END
アクゼリュスに送られるアッシュを見に来て、以前の輝きも何もないアッシュを見たルークが、あまりに哀れになってアッシュだけアクゼリュスから助け出しそうな気がします…。
その際、多分、髭はさっくり仕留めると思うので、崩落編で終わるな。
そうなったら、アッシュ、ルークに依存しそうだなぁ。