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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2008.07.02
5万HIT企画

rinrinさまリク「逆行ルーク×シュザンヌ」です。ED後。
クリムゾンと決闘とあったので、決闘シーン、頑張ってみました。
切ないような…ちょっと不思議な話になったような。
シュザンヌもクリムゾンも若いころの話になってます。(シュザンヌ王女時代)





くだらないわ、とキムラスカ王女、シュザンヌは呟いた。何もかもがくだらない。
人の来ない、裏庭の片隅に咲いた一輪の薔薇を見つめながら、拳を握る。身体が弱い。それを理由に、まともに公務すら与えてもらえず、こうして十五まで生きてきた。──いや、生きていると言えるのだろうか。
綺麗に着飾られ、美味しいものを食べ、人に世話をされ、傅かれ、ただ諾々と流れているだけの自分は、生きていると言えるのだろうか。
生まれてからずっと、シュザンヌは生の喜びというものを得たことがない。目の前で朱色に咲き誇る薔薇は、こんなにも生に満ちているのに、自分はどうだ。
青白い顔。痩せた指。美しいと賞賛される容姿も、着飾っているのだから当たり前のことに過ぎない。

「…私は」

ああ、何もかもがくだらない。とりわけ、自分が。
両手で顔を覆い、シュザンヌは震える息を吐く。私は誰、私は何。シュザンヌにはわからない。
何のために、自分は生きているのだろう。
シュザンヌの唇に苦い笑みが滲む。いっそ幼いときに死んでいればよかっただろうに、と口さがない貴族たちの囁きが鼓膜に蘇る。あれでは政略にも使えまいと陰口を叩かれていることを幼い姫は知っていた。あのように病弱な身で、子を成せるのかと。
何、一人、子を成すくらいは出来るであろう。その後で死ぬことになろうとも構わぬではないかと笑っている者たちもいる。

「シュザンヌー…」

城の奥で、自分を探す年若い青年の声がする。その声の主を、シュザンヌは知っていた。
自分と同じく赤い髪と翡翠の目を持つ婚約者、ファブレ家の跡継ぎクリムゾンだ。
知っていて、シュザンヌは答えなかった。むしろ、遠ざかっていく声にホッとする。今は誰にも会いたくなかった。
クリムゾンには自分の孤独など、寂寥感など理解できまい。彼は雄雄しく、あの年で軍人としての功績も上げている。兄、インゴベルトとともにキムラスカを良き国へと導く逸材だと期待され、華々しく輝くクリムゾンに、この胸のうちなどわかるわけがない。

「お前は美しいのね」

こんな裏庭でぽつんと一輪、咲いているのに。きっと城の中庭や門の前に植えられた花々と違って、肥料だって与えられていないはずなのに、この薔薇は美しい。
どこから種が運ばれてきたのかはわからない。たくましい花だと、シュザンヌは目を細める。こんなたくましさが自分にもあればいいのに。
手を伸ばし、そっと花弁に触れる。しっとりと柔らかな花弁。朝露に濡れていたのか、ひんやりとしていた。
花をそっと両手で包み、鼻先を近づける。濃厚な薔薇の香りが、シュザンヌの鼻腔を擽った。お前のような気高く美しく、たくましい者が私の側にいてくれたなら。

「ッ」

ザァッ、と突風が不意にシュザンヌを襲った。眉を寄せ、思わず、目を閉じる。
髪やドレスを抑えようと薔薇から引いた右手の甲に、ピッ、と痛みが走った。棘に引っ掛けてしまったらしい。
痛みに顔を顰めながら、ゆるゆると目を開け──シュザンヌは息を呑んだ。

「…貴方、誰?」

目の前に、少しばかり年上の白い服を纏った青年が立っていた。クリムゾンと同い年くらいだろうか。青年は不思議な髪をしていた。切っ先に行くにつれ、金色へと変わっていく朱色の髪。
綺麗、と吐息を零す。青年は翡翠の目も持っていた。では、王家縁のものなのだろう。シュザンヌは警戒心を忘れ、青年をぼぅと見上げる。

「え…ええ、と」

きょろきょろと周囲を見回す青年の顔立ちは、どこかクリムゾンと似通っている。常に眉間に皺を寄せ、気難しい顔をしているクリムゾンと違い、目の前の青年は柔和な顔立ちをしているが。

「ここ、って」
「ここはキムラスカ王城内の裏庭です」
「キムラスカ、の?え、でも…」

ふと、青年が泳がせていた視線を止めた。釣られ、シュザンヌはその視線の先を追う。青年が見ていたのは、右手に小さく出来た切り傷だった。血が真っ白な肌に滲んでいる。

「怪我してんのか」
「ああ…。先ほど、薔薇の棘で…」

ふと、シュザンヌは瞬き、首を傾げた。そういえば、この青年の髪は薔薇の花弁と同じ色をしている。青年の背後で揺れている薔薇からは、数枚の花弁が散り、青年の足元に落ちている。

「ちょっと待って」
「え?」

ごそごそとポケットに手を突っ込み、薄い青色のハンカチを取り出した青年に、促されるまま、右手を差し出す。青年は不器用な手つきでハンカチを傷を痛めぬよう、気を使いながら、右手へと巻きつけた。きゅ、と結ばれたハンカチを、シュザンヌは見下ろす。

「これでよし。で、ええと…ここがキムラスカの城なら、君はもしかして、ナタリアとアッシュの娘、とか?」

だとしたら、みんな、いい年なんだろうなぁ、と頭を掻いてぼやく青年に首を傾ぐ。ナタリアやアッシュとは誰のことだろう。

「王も王妃もそんな名ではありません」
「え、でも…」
「貴方は不思議な人ですね。ああ、もしかして、人ではないのかしら」
「…っ」

ギクリと固まる青年に、シュザンヌは一人得心したように頷く。やはりそうだ。彼は人ではない。

「貴方は薔薇の精でしょう?」
「はぁ?!」

ぽかん、と呆気に取られる青年に構わず、孤独な姫君はにこにこ微笑んだ。困惑する青年の髪の一房に指を滑らせ、薔薇の色だと笑みを深める。

「私はシュザンヌ。シュザンヌ・キムラスカ・ランバルディアと申します」
「シュザ…え、ま、待って。ええと、それって、祖母とか叔母とかの名前をもらった、とか?」
「…?さぁ、遠い先祖には同じ名前の者もいたかもしれませんが」
「……あ、あの…もしかして、お兄さん、いたり、する?」
「ええ、インゴベルト王子は私の兄です」
「……はは、…ありえぬぇ」

呻き声を上げ、頭を抱えてしゃがみこんでしまった青年に、シュザンヌは小首を傾ぐ。気分でも悪いのだろうか。
労わるようにそっと頭を撫でれば、戸惑うような翡翠が上向いた。にこりと微笑む。

「貴方のお名前はサラバンドですか?」
「サラ…?」
「ああ、人間がつけた名前ですから貴方方にとっては、違うかもしれませんね…」

ちら、とシュザンヌは青年と同じく淡い翡翠の目を薔薇へと向ける。目の覚めるような朱色の薔薇。青年の髪もまた、目が覚めるような──いや、目を惹き付けられるような朱色だ。
シュザンヌは青年の朱色に惹かれていた。

「いや…、サラバンドでいいよ」

乾いた笑いを零し、頷くサラバンドに、深窓の姫君は微笑み、手を差し出した。一瞬、躊躇いながらも、手を握り返してきたサラバンドの手のひらは、思っていたよりも硬く、シュザンヌは内心、驚く。肉刺の出来た手だ。

(…たとえ、薔薇の精ではなくとも、構わないわ)
彼が何者であろうと、構うものか。こんなに澄んだ、それでいて悲しみを秘めた目をしている人を自分は他に知らない。
この手を離したくない、側に居てほしい。強く思う。強く望む。強く願う。
こんなふうに何かを強く願ったのは、初めてだ。いつも諦めが先に勝っていたのに。

「私の側に居てください、サラバンド」

請うように、シュザンヌは言った。サラバンドはただ困ったように笑っただけで、返事はなかった。





裏庭に立ち、サラバンド──ルークは息を吐いた。まだ咲き誇る薔薇が恨めしい。それどころか数を増やしている。シュザンヌが命じたのだろうか。

(あれが母上、か)
ベッドに伏せがちなのは自分が見知っている母と変わらないが、若いからか、母ほど落ち着きはない。表情もナタリアほどではないものの、くるくるとよく変わる。
好ましいと思うし、病弱なその身を守ってあげたいとも思う。病弱な身の上のせいで、囁かれる陰口から遠ざけてやりたいとも思う。
それは母であるという思いが前提にあるからだ。少なくとも、ルーク自身はそう思っている。
だが、シュザンヌは違うらしい。はぁ、とルークの口からため息が漏れた。

「サラバンド、またここにいたのね」

ひょこ、と外壁の角から顔を出したシュザンヌに軽く睨みつけられ、サラバンドは苦笑する。気の弱い人だとばかり思っていたけれど、なかなか芯の強い人だったのだと、認識を改める。こうして若い母と接していると、自分は母のことも父のことも、ろくに知らなかったのだな、と改めて思う。
まともに話をしたことすら、思えばなかった。今更のように悔いる。もっといろんな話をしておけばよかった。

「サラバンドはすぐにいなくなってしまうんだもの」
「すいません。お邪魔かな、と思って」
「あら、だったら、貴方も一緒にピアノのお稽古、すればいいのよ」
「いやー…」

それはちょっと、と頬を掻く。剣の稽古のように身体を動かすような稽古であれば構わないが、そういった芸術的な稽古は苦手だ。出来れば、遠慮したい。
つまらないわ、と拗ねて唇を尖らせるシュザンヌに、サラバンドは苦笑うしかなかった。

「薔薇、増やしたんですね」
「ええ、貴方がいなくなってしまわないように。一年中、いいえ、音素を注いでずっとずっと咲かせるわ」

きっぱりと言い切る王女を、ちらりと横目に窺う。自分が薔薇の精だなどと、本気で信じているのだろうか。
姫の心の内がわからない。
わかるのは、この薔薇が咲き誇る限り、彼女の側から離れることを、シュザンヌが許しはしないということだけだ。

(…ローレライの仕業、だろうなぁ)
過去へと戻る。そんなことを現実に起こせるものがいるとすれば、それは、星の記憶を司るローレライくらいのものだろう。何を思ってこんなことをしたのかは知らないが、戻すにしても時を選べ、とルークは言いたい。
何故、よりにもよって父と母が結婚する前、母がまだ王女であったころなのだろう。

(せめて、場所がここじゃなかったら…)
ルークはローレライの代わりに、恨めしげに朱色の薔薇をじとりと睨む。薔薇はそよ風にゆらゆら吹かれ、ルークの恨み言など、どこ吹く風だ。
隣に立つシュザンヌも一緒になって薔薇を見つめている。細い指が、きゅ、とサラバンドの白い服の裾を掴んだ。

「……」

振り払えたらいいのだろう。振り払ってやったほうがいいのだろう。
そう思いながらも、サラバンドは黙し、ただ気づかない振りをする。シュザンヌが自分へと想いを寄せていることには、気づいていた。気づかないわけがない。眼前で咲き乱れる薔薇がその証拠だ。枯れぬよう、ご丁寧にも薔薇は第七音素で守られている。

(でも、俺は、貴方の息子のレプリカなんです)
シュザンヌの胎から生まれた身ではないけれど、それでもアッシュと完全同位体であるこの身は、シュザンヌとの間に濃い血の繋がりを持っている。そして何より、シュザンヌの相手は、自分であってはならないのだ。シュザンヌの相手は、クリムゾンでなければならない。
『聖なる焔の光』が生まれてくるためには。

「いなくならないでね、サラバンド」

何度となく請われる願いに、サラバンドは薄く笑って、視線を落とす。返事はしない。肯定も否定も出来ないでいる自分が、酷く情けなく、卑怯に思えてならない。
シュザンヌの不安そうに揺れる翡翠を、振り払いきれない己の弱さに腹が立つ。

(いっそ、真実を告げてしまおうか)
サラバンドが城に留まれているのは、滅多に我が侭を言うことのないシュザンヌが、己を溺愛する父と兄に泣いて訴えたからというものあるが、自分が朱色の髪と翡翠の目という、王家の証を持つからだ。現キムラスカ王は、自分の素性を考えあぐね、探るために留まることを認めたにすぎない。
ベルケンドにも、一度となく、連れて行かれた。音素個体数も調べられた。幸い、レプリカという技術がキムラスカではあまり知られていなかったこともあって、レプリカだとは気づかれずに済んだが、間違いなく王家の血筋を引くことは証明されている。
おそらく、前国王の落胤か、王家の傍系だとでも思われているに違いない。いずれ政治的に利用しようと考えている者もあるだろう。マルクトとの貿易協定で使者とし、何かしらの傷を負わせ、キムラスカにとって有利にことが運ぶよう、そのくらいのことは画策していても可笑しくはない。
その前に、逃げ出さなくては、とサラバンドは思う。この時代でまで利用されるつもりはない。けれど、シュザンヌを悲しませたくはない。
この病弱な姫君は、自分が彼女の願いを反故にしたのだと知れば、酷く落胆し、体調を悪化させるだろう。

(ああ、ダメだ。やっぱり、言えない)
言ったところで信じてもらえはしまい。俺は貴方の未来の息子なんです、だなんて。
貴方とクリムゾンの息子なんですなんて、言えない。

「ねぇ、サラバンド」
「はい」

名を呼ばれ、シュザンヌへと視線を移す。大きな翡翠の目が、じ、と自分を見上げていた。青白い顔に、今日は血の気が差している。今日は具合がいいのだろう。淡い紅色の唇が、ゆるりと開いた。
ダメだ、とサラバンドは思った。これ以上、先を言わせてはいけない。

「私、貴方が」
「シュザンヌ!」

が、サラバンドが止める前に、鋭い声がシュザンヌを止めた。ヒュッ、とシュザンヌが短く息を呑む。
サラバンドは息を荒げ、額に汗を滲ませ、こちらへと寄ってくるクリムゾンを見やった。眉間の皺が、一層、深い。
ズカズカと肩を怒らせ、足を進めたクリムゾンが、シュザンヌの前に立ち、サラバンドを睨んだ。怒気が身体中から滲み出ているようだった。

「何をしている、サラバンド。王女と二人になろうとは…」

棘を感じる物言いだ。シュザンヌにも釘を刺している。シュザンヌがムッ、と眉を寄せている。
激しい、彼の髪の色のごとき炎の怒りをサラバンドは、ピリピリと感じていた。感情を余り表に出す人ではないと思っていたけれど、若いころはそうでもなかったらしい。アッシュとよく似てると苦笑する。
それを嘲笑と取ったらしく、クリムゾンが手袋を取り、サラバンドの胸へと向かって投げつけてきた。パシンッ、と勢いよく当たった白の手袋は、そのまま、ぱさりと地面に落ちる。

「私と勝負しろ」
「しょ、勝負?」
「そうだ。私が勝ったならば、おとなしくシュザンヌの前から姿を消せ」
「クリムゾン!何を言うの…ッ!」

悲鳴じみた声を上げ、シュザンヌがクリムゾンの腕を掴む。けれど、クリムゾンは微動だにすることなく、サラバンドを睨んだままだ。サラバンドは手袋を見下ろし、思案する。

(負けたところで、利用価値のある王家の証を持ってる限り、勝手に城から出てくのは難しそうだけど…)
それでも、シュザンヌに自分を諦めさせる手段としては有効かもしれない。クリムゾンのほうが強く、頼りになるのだとわかれば、シュザンヌの自分への想いもきっと醒めるだろう。

「…わかった」

悲痛な面持ちのシュザンヌから目を逸らし、サラバンドはクリムゾンに向かって頷いた。





連れて来られたファブレ邸の中庭に、サラバンドは目を細めた。見知ったエンブレムに小さく微笑み、庭を見渡す。彩りに欠けるように思えるのは、気のせいではないのだろう。
ペールが手入れをしていた庭には、もっと花々が咲き乱れていた。

「余所見している余裕があるとは、私も舐められたものだ」

嘲弄と怒りの入り混じるクリムゾンの声に、ゆっくりと視線を向ける。カラ、カラン。足元に投げられたのは、木刀だった。ホッと息を吐く。真剣でやろうと言われたら、どうしようと思っていたのだ。
周囲から、使用人たちや白光騎士たちの視線が、痛いほどに突き刺さってくる中、サラバンドは木刀を拾った。背中には、シュザンヌの不安そうな視線も感じる。

「どちらかが負けを認めるまでの一本勝負だ」

ス、と木刀を構えるクリムゾンにこくりと頷く。父の剣術を自分は知らない。だが、発される気は本物だ。手を抜けば、あっという間に負けるだろう。

(父上にも、剣を習いたかったな)
きっとアッシュも同じことを思っていた。忙しい人だとは知っていたけれど。
妙な形で叶う願いに、ルークは内心、苦笑を零し、木刀をしっかりと握った。ヴァンに習い、ヴァンを打ち負かしたアルバート流の構えを取る。
負けるつもりではあるが、わざと負けたのだと思われるわけにはいかない。

始め!と審判に立った白光騎士の一人が宣言したのと同時に、二人は互いに間合いを詰めた。ガッ、と木刀の腹を打ち合わせる。押す力は互角らしく、木刀はギリギリと切っ先を震わせる。
チッ、とクリムゾンが舌打ちし、サラバンドの木刀を弾くように横に流すと、パッ、と背後へと飛んだ。サラバンドは弾かれた木刀を、クリムゾンの右手の甲へと凪ぐ。
木刀の柄の下でクリムゾンがそれを打ち払い、乾いた音とともにサラバンドの木刀を握る左手に痺れが走った。とっさに右手も木刀に添え、振り下ろされたクリムゾンの木刀を避けるべく、右に飛ぶ。
ひゅう、と風がサラバンドの顔の横に打ち下ろされ、朱色の髪をパシリと叩いた。

「なかなかやるな、サラバンド」

怒りに染まるばかりだったクリムゾンの顔に、笑みが滲んでいた。この試合を楽しみ始めていることは明らかだった。
それはサラバンドも例外ではなく、頬に笑みが昇っている。

「クリムゾン様もいい腕ですね」

互いに横に凪いだ木刀を打ち合わせ、ガッと音を立てる。二度、三度。打ち合わせているうちに、互いの木刀がへこみ、打ち合いの跡を残した。
ぐ、と右手を引いたクリムゾンが左手でバランスを取りながら、木刀をサラバンドへと向かって突き出した。鋭い突きの剣戟に、サラバンドは避けては受け流す。
真剣なクリムゾンの眼差しと、その確かな腕前に、負けなければ、という思いが、いつしかサラバンドの頭から消えていた。

「はああぁ!」

クリムゾンの渾身の突きが、胸へと一直線に向かってくる。その切っ先を狙い定めて、木刀の切っ先で弾き上げ、衝撃で右腕が上がり、がら空きとなったクリムゾンの懐に、サラバンドは一気に飛び込んだ。

「たあっ!」

一声叫び、左手で強く握り締めた木刀でクリムゾンの胴を払う。おお!と周囲からどよめきが起こった。
ぐぅ、と息を詰め、クリムゾンが退いた。二歩、三歩と背後によろめき、そのまま、どぉ、と尻から落ちる。カランッ、とクリムゾンの木刀が転がった。

「…私の、負けだ」

苦しげな呼吸の下から吐き出された声に、サラバンドははぁ、と短く息を吐き、荒ぐ呼吸を整え──しまった、と思ったときには、もう遅かった。
クリムゾンは、負けを認めてしまっていた。
内心、後悔を噛み締めながら、サラバンドはクリムゾンに手を差し出す。にっ、と笑うクリムゾンに同じく笑みを返し、立ち上がるのを手伝えば、周囲からは拍手が送られた。ちらりと見やれば、シュザンヌも珍しく頬を蒸気させ、手を叩き合わせている。

「また手合わせしてくれるか、サラバンド」
「喜んで」

クリムゾンと握手を交わす。にやりと、クリムゾンの口角が吊り上った。

「次こそは貴様を負かして、シュザンヌの前から追い払ってやるからな」

どうやら諦めるつもりはないらしい。そのことに安堵しながら、ええ、とサラバンドは頷き、笑った。





「ずるいわ」

朱色の薔薇を前に、頬を膨らませるシュザンヌに、サラバンドは眉を跳ね上げた。すとん、とその場に腰を落とすシュザンヌに、ドレスが汚れると注意する。構わないわ、とにべもなく返され、サラバンドは戸惑った。

「ドレスなんて今はいいのよ。…クリムゾンとばかり遊んでずるいわ」
「遊んでるわけじゃ…」

あの試合から、クリムゾンと顔を合わせることが増えた。お互い、暇があれば、木刀を合わせている。過ごせなかった父とのひと時を、ルークは楽しんでいたのだが、それを知るはずもないシュザンヌは、つまらなそうに青白い顔でため息を零す。

「シュザンヌ様、お顔色が優れません。今日は部屋に戻られた方がいい」
「大丈夫」
「…失礼」

ス、と左手でシュザンヌの前髪をかき上げ、額に触れ、自身の体温と比べる。少し、熱いようだ。吐息を零し、サラバンドは部屋に戻ってくださいと再度、言った。
けれど、答えはなく、離そうとした手を、きゅ、と握られた。

「貴方を見つけたのは、私なのに」
「……」
「ねぇ、側に、いてくれるのよね?いなくならないわよね?」
「……」
「いつもそうね。貴方は私に答えをくれない」

寂しそうに微笑むシュザンヌに、唇を噛み締め、俯く。
それは貴方の望む答えを返せないから。だから。

(時が過ぎるのは、早いよな)
サラバンドは薔薇を見やった。音素で保たれてはいるものの、精彩を欠いてきたように思える。
六ヶ月。この時代に来てから、それだけの月日が流れた。短いような、長いような。──いや、長いのだろう。目の前の少女を、母だと、母以外の他の誰でもないのだと思えなくなってきたのだから。

(だって、俺の知ってる母上は、優しくて穏やかな人で)
こんな激しい情熱を秘めた赤い髪の少女ではない。母の面影を確かに少女は持っているのに、翡翠の目を見ているとわからなくなる。
こんな想いは、これは。

「サラバンド、私」
「ダメだ。…言わないで下さい」

お願いだ。
じわりとシュザンヌの翡翠の目が涙に滲んだ。

「酷い…、酷いわ、サラバンド。想いを口にすることすら許してくれないの」
「……」

ダメだ、ダメなんだ。だって。…だって。
するりとシュザンヌの手から自分の手を引き、サラバンドは静かに少女を見つめた。涙が伝う頬に手を伸ばしかけて、止める。彼女の涙を拭うのは、自分の役目ではない。

「貴方と俺の時間が重なるのは、もっと後、だから」
「何を…言ってるの?」

これ以上、ここにはいられない。これ以上、シュザンヌに惹かれるわけにはいかない。
側にいたいと思ってしまう。離れたくないと思ってしまう。
クリムゾンと友のように過ごすひと時も愛しい。それをこれ以上惜しいと思ってしまう前に、ここから消えなければ。
手放せないと思う前に、二人から離れなければ。

(ローレライ。俺の声が聞こえるなら、応えろ)
応えろ、ローレライ!
周囲に第七音素が渦巻くのがわかった。第七音素の素養があるシュザンヌが、驚きに目を瞠っている。

「もう、行かなきゃ」
「どこへ?花はまだ枯れていないわ。枯らさないわっ」
「いや、もう終わりだよ。ほら、よく見て」

花を守っていた第七音素が消え、朱色の薔薇がはらはらと花弁を散らしていく。シュザンヌが「いやァ」と泣きじゃくり、サラバンドに抱きついた。

「いやよ、いやよ!行かないで!」
「…大丈夫。俺がいなくたって、貴方は…シュザンヌは幸せになれるから」
「私は…ッ」

さよなら。
額に一つ口付けを送り──サラバンドは現れたときと同じように、吹いた風に溶けるように消えた。突風に目を閉じてしまったシュザンヌが慌てて目を開いたときには、サラバンドの姿も、薔薇の花弁も何一つ残されていなかった。あるのは、花を失くした茎だけ。
ずるい、と取り残された少女は、大粒の涙を溢れさせながら、呟いた。





風が止むのを待ってから、ルークはゆっくりと目を開けた。開ける直前、鼻腔を擽った香りに、首を傾ぐ。どこかで嗅いだ香りだ。

「あ…」

開いた翡翠の目に映ったのは、朱色の薔薇だった。一輪、凛と咲いている。

「これ…」
「サラバンド、と言うのですよ」

柔らかな女性の声に、振り返る。穏やかに微笑む母がいた。

「母、上」
「…久方ぶりに咲いたと聞いて」

物静かな居住まいは、あの少女と重ならない。けれど、顔立ちは確かに少女の面立ちを残している。
翡翠の目も少女であったころと変わらない。ずきりとルークと胸が痛んだ。
そっとシュザンヌが薔薇の花弁に触れた。

「昔、この花と同じ名前の人とここで出会ったことがあったの。その人と出会ってからの私の日々は、文字通り薔薇色だったわ。くだらないと思っていた灰色の日々が、美しく輝いていた」
「……」
「だからこそ、その人に唐突に別れを告げられた後、ただでさえ体調を崩していたところにショックが重なって、寝込んでしまってね。一週間くらい、高熱が続いたのではなかったかしら」
「え」

やっぱり熱があったのか。無理矢理にでも部屋に戻せばよかったと悔いるルークに、ふふ、とシュザンヌが笑み零す。
シュザンヌがドレスのポケットへと手を入れ、ハンカチを一枚、取り出した。古びた、けれど、きちんとアイロンが掛けられたハンカチだった。

「その間、ずぅっとこのハンカチを握っていたものだから、熱が下がって、目が覚めたときにはくしゃくしゃになってしまっていたわ。そして、きっとまたいつかあの人に会える、と自分でも何故かわからないけれど、確信したの」

薔薇から自分へと視線を移すシュザンヌを見返す。優しく微笑む母の顔に、ふと、少女の笑みが重なる。鼻の奥がツン、と痛んだ。

「お帰りなさい、サラバンド」
「……」
「お帰りなさい、ルーク」

シュザンヌがそっとハンカチをルークの頬へと当てた。じわりとハンカチに涙が染みていく。ルークが流す涙が、じわりとじわりと染みていく。

「母う、え」
「待っていたのですよ、ルーク。お前の帰りを」
「おれ、俺…ッ」

幼い子どものようにしゃくりあげながら、ルークは母を抱きしめた。背中を優しい手が何度も撫でてくれる。温かなシュザンヌの体温に、涙が止まらない。

「今度こそ、約束してくれるかしら?」
「やくそく…?」
「ええ。側にいるという約束を」

涙で滲む目で、シュザンヌの笑みを見る。シュザンヌの顔が歪んで見えた。けれど、同じように翡翠の目から涙が溢れているのは、わかった。

「ねぇ、ルーク」
「っ、はい!」

ルークは力強く頷き、朱色の薔薇の香りがふわりと二人を包み込む中、涙でぐしゃぐしゃの顔で笑った。
シュザンヌもまた、少女のような笑みを浮かべ、息子を力いっぱい抱きしめた。


END


結婚まではちょっと無理でした(汗)すいませ…。
これ書いている間、ずっと頭の中に「バ/ッ/ク/ト/ゥ/ザ/フ/ュ/ー/チ/ャ/ー」と「ス/ロ/ッ/プ/マ/ン/シ/ョ/ン/に/お/帰/り」があったからか、逆行というよりタイムスリップ物に近い話になった気がします…。
少しでも、rinrinさんに楽しんで頂けたなら幸いです

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