月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
2008.07.08
5万HIT感謝企画
「『陽だまり』、それは帰る場所」の続編です。
よく続きを、と言われる話で、光栄ですー。
ノアは相変わらず我が道を突き進み、アッシュとイオン様が奮闘してます。
イオンは指導者らしい指導者を目指してます。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
注!同行者厳しめ
「『陽だまり』、それは帰る場所」の続編です。
よく続きを、と言われる話で、光栄ですー。
ノアは相変わらず我が道を突き進み、アッシュとイオン様が奮闘してます。
イオンは指導者らしい指導者を目指してます。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
注!同行者厳しめ
ルグニカ平野の崩落により、キムラスカとマルクトの戦争は停戦状態に入った。その間も、セントビナーが地響きを起こし、住民は慌てて避難を始めた。
だが、崩落を始めた街に取り残された住民も多く、救助に難航しているという情報が、シェリダンでも人々を不安に陥れた。
「どうなっちゃうのかしら…」
昼ご飯にと、お握りと簡単なおかずを用意してから、不安そうに新聞を広げるノエルに、ノアは傾けていたコーヒーカップをテーブルに置き、椅子から立ち上がった。
不思議そうに自分を見上げるノエルをじ、と見つめる。
「ノエルはさ」
「はい」
「この世界が好きか?」
唐突な質問だ。ノエルの目が見開く。
それでも、ノエルは即答するのではなく、ゆっくりとノアの質問を噛み砕くように瞬き、ノアを見上げた。
「戦争を起こす国は、好きじゃありません」
「うん」
「でも、世界は、好きです。人間だけじゃない、たくさんの生き物たちが生きる、たくさんの見たこともない綺麗なものがある世界を、私は嫌いになれない」
「…そっか」
ノエルは優しいね。
ノアは微笑み、ノエルに背を向けた。行ってくるよ、と手を振る。
すれば、着ていた簡素な黒い服の裾を、ガシッ、と掴まれ、転びこそしなかったものの、ノアの身体は前につんのめった。
「ノエル?」
「また一人で行くつもりなんでしょう?」
咎めるように上目遣いで睨まれ、ノアはたじろぐ。思わず、可愛いな、と緩みそうになる頬を引き締め、困ったように首を傾ぐ。けれど、ノエルに効果はなく、手は離れなかった。
「私も行きます」
「ノエル、それは」
「ずっと考えてたんです。ここでノアさんが帰りを待つこと。ノアさんの帰る場所であること。それはきっとノアさんに必要なことだって、わかってます」
ひたむきな視線を注いでくるノエルから、目を逸らせない。手を振り払うことも出来ない。
ノエルの目を、覗き込むようにノアは見つめ返した。
「でも、私に出来ることは本当にそれだけなのか、ずっと考えてたんです」
「…それで、どういう結論を出したんだ?」
ふわり、と柔らかな笑みがノエルの顔に浮かんだ。ノエルだけの笑みだ。穏やかに目を細め、唇の端を上げて笑うノエルの頬には、えくぼが出来る。
きっとどんなに年を経ても、ノエルの笑みは変わらないに違いない。目尻に笑い皺が出来る、優しい老婆になるのだろう。
何度も繰り返してきた生だけれど、一度も、そんなノエルを見たことはない。ノエルが若いままに、いつだって自分は彼女を残して死んできたから。
でも、今度は、今度こそは。
(俺はノエルと一緒に、生きたい)
ノエルとともに年を経ていきたい。おばあさんになっても、きっとノエルは可愛い。優しいノエルと二人、手を取り合って、笑って人生を過ごしたい。
ノエルが笑って生きていける世界を作りたい。
初めてかもしれない、とノアは思う。初めて、世界を心から救いたいと、この世界で生きていたいと思うのは、初めてかもしれない。
あの身勝手な同行者たちといたころは、従順な子どもであるなら愛してあげると言わんばかりに、独りよがりな幻想を押し付け、勝手に恋心を抱いたつもりでいたティアといたころは、考えもしなかったのに。
「ノアさんと一緒に行きます。一緒に行けないのなら、迎えに行きます」
「……」
「たとえ、どこにいても、ですよ?もちろん、ノアさんの邪魔にはなりたくないから、ノアさんが来るな、と言えば、危険な場所には立ち入りません。でも、ノアさんがすぐに帰れるように、準備して待ってます。そのために、私、アルビオールの運転、覚えたんですから。兄さんには敵いませんけど、でも、セントビナーの住民の皆さんをアルビオールで救出する手助けは出来ます」
息を飲み、眉を跳ね上げる。ノエルがふ、と苦笑を浮かべ、ノアの服を掴んだまま、立ち上がった。ポケットへと一度消えた手がぶら下げているのは、アルビオールのキーだ。
「行くんでしょう?セントビナーに」
「…参ったな」
「ノアさん一人じゃ、大変ですよ。アルビオールの運転だって、ノアさんの運転じゃ不安です」
「痛いとこ突くなぁ。でも、キムラスカの許可なしにアルビオールをマルクトのために使ったなんてバレたら、ノエルまで危ない」
「どこにでも行くと、言ったでしょう?私はもうノアさんを一人にしたくないんです。ノアさんの側が、私の掛け替えのない『陽だまり』なんです」
「『陽だまり』…」
ノアは泣き笑いを浮かべ、服を掴むノエルの手を掴んだ。温かな手。『陽だまり』の温かさだ。
ノエルの『陽だまり』が自分ならば、自分の『陽だまり』はノエルだ。ダメだ、と言ったところで、ノエルは聞かないだろう。まったく、本当に。
なんて愛しい我が侭を言ってくれるのだろう。自分がどんなにノエルに救われているか、きっとノエルは知らない。
「仕方ないな」
「ふふ」
「じゃあ、置手紙残して、行こうか」
『陽だまり』を守るためにも。
ノアは簡単な手紙をアッシュへとテーブルに残し、ノエルと手を繋いで、アルビオールへとこっそりと向かった。
*
メジオラ高原で遺跡の調査を終え、アッシュとギンジが家へと帰って来たとき、迎えてくれたのは一枚の置手紙と握り飯だった。他には卵焼きとから揚げ、サラダが置かれている。
「あれ、ノエルたちどこに?」
手を洗い、さっそく握り飯の一つに齧り付いたギンジの横で、アッシュはノアの上手いとは言えない筆跡に目を走らせ、大きく目を見開いた。アッシュの反応に、ギンジも慌てて、手紙を反対側から覗き込む。ギンジの顔から血の気が引いた。
「こ、ここ、これッ」
「いや、まさ…?!」
ゴォッ!
唐突に外から聞こえた轟音に、アッシュは外に飛び出した。ギンジも後を追ってくる。二人が見上げた空には、大きな影があった。アルビオールの影だ。
「ノア!」
「ノエルー!」
当然、二人の声が届くわけもなく、ノエルが操縦するアルビオールはあっという間に点になり、見えなくなっていく。アッシュの手の中で、手紙がぐしゃりと拠れた。
『セントビナーに行ってくる。あとよろしく』
それだけが書かれた手紙は見るも無残に皺くちゃだ。
「何がよろしくだ…!」
創世暦時代の遺産を用い、やっと成功させた飛行譜業は、シェリダンで作られたものだが、シェリダンはキムラスカの領土である。アルビオールには国家からの予算もつぎ込まれており、言わば、キムラスカの財産だ。それを停戦状態であるマルクトのために用いることは、国への反逆行為に等しい。
──このままならば。
「面倒ごと押し付けやがって…」
どうすればいい。アッシュは必死になって頭を働かせる。どうすれば二人がキムラスカに捕らえられるような事態を防ぐことが出来る。
あとを頼んでいったということは、自分ならばどうにか出来るだろうと信頼してくれているからこそだ。ノアの信頼に、アッシュは報いたい。奈落の底から救い出し、『陽だまり』を得る機会をくれたノアへと恩を返したいという思いもある。
そして何よりノアとノエルを失うことだけは、嫌だった。
「…おい、ギンジ。アルビオールは整備が終わってるやつが、もう一機、あったよな」
「へ?あ、うん」
「で、お前もアルビオール、運転出来たよな」
「今のところ、アルビオールを完璧に運転出来るのは、おいらとノエルだけだけど」
よし、とアッシュは頷き、行くぞ、とギンジを促した。どこに、と困惑するギンジに、ダアトへ向かうと告げる。
「何のために!二人は…ッ」
「いいから、俺を信じろ!…頼む、ギンジ」
アッシュはまっすぐにギンジを見据えた。ギンジがぐ、と言葉を飲み込み、思案するようにぐるりと目を回し、ため息とともに頷いた。
「わかったよ。おいら、アッシュを信じる」
「ありがとう」
「礼なんて…。友だちだろ?おいらたち」
照れくさそうに笑うギンジに、アッシュの眉が跳ね上がる。友だち、と小さく呟けば、力強い頷きが返ってきた。
思えば、友と言える人間に出会ったことなどなかったな、と内心、苦笑う。親友だと思っていたガイは、本当は自分を憎んでいて、近づいてくるのは打算がある者たちばかり。友人だと胸を張って言える人間など、いなかった。
けれど、ギンジは当然のように笑ってくれる。友だと言う理由で自分を信じてくれる。
心が温かい。そうか、とアッシュは一人頷く。この温かさが『陽だまり』か。
「行こう、ギンジ」
けれど、この『陽だまり』も、ノアとノエルの二人を失えば、翳ってしまうだろう。ノアもノエルも、自分やギンジにとって掛け替えのない『家族』なのだから。
アッシュは一つに結わえた茶色の髪を背へと払い、ギンジとともにアルビオールへと急いだ。
*
停戦協定を結び、大地の崩落など、今後を話し合うため、二国と自治領の代表がダアトへと集まった。イオンはテーブルの下で強く強く拳を握る。長くもない爪が食い込むほどに。
「互いにあまりに多大な犠牲が出た。それでもなお預言に従うおつもりなのかな、インゴベルト王」
秘預言の存在を知ったピオニーが、スゥ、と細めた目でインゴベルトを見据えている。インゴベルトが咳きを一つ零し、口を開いた。
「…預言には大地の崩落は読まれておらん。なれば、預言から道は外れてきていると考えるべきであろう」
わかっているんだ、とイオンは怒りに滾る心とは裏腹に、醒めた頭で思う。預言が外れた今こそ預言から脱却するチャンスであり、世界が滅びてしまう前に解決策を見つけねばならぬときであることは。
(でも、それなら、何故、ルークは)
彼は死なねばならなかったのだろう。イオンは悔しい。
ルークは薄情で無責任な人間だったのだと、アニスたちは言った。けれど、それは違うとイオンは思う。
ただルークは感情を露わにする方法を知らないだけなのだと、あるいは、失ってしまっただけなのだと。
(ルークは薄情なんかじゃなかった)
いつだって身体が弱い自分を、ルークはさりげなく気遣ってくれていた。たとえば、朝、草原に座るとき。朝露で身体が冷えることがないよう、乾いた石に導いてくれた。疲労で足元がおぼつかなくなる自分のために、つまずく原因となる小石を蹴飛ばして除けていてくれた。
ルークは優しかった。確かに、気づかれにくい優しさではあっただろう。でも見ていればわかったはずだ。頭ごなしに否定せず、ちゃんと見ていれば。
(でも、もうルークは、…彼は)
いない。いないのだ。アクゼリュスで大地とともに逝ってしまった。
ルーク。イオンは口の中で呟く。胸が痛い。
「…外郭大地を降下させるには、いくつか問題があります」
胸の痛みに耐えながら、イオンは腹を探り合う大人たちを睨んだ。インゴベルトが眉を潜め、ピオニーが静かにその視線を受け止める。インゴベルトよりも、まだピオニーの方が今の状態を理解し、悔いているらしいとイオンは見て取った。
大地の崩落というあまりに衝撃的な事実に隠れてしまっているが、ルークと自分がティアに利用されることになった原因の一端が、自国の信頼を寄せていた者になることを、ピオニーはちゃんと理解しているのだ。
だからこそ、それが懐刀であり、幼馴染であるジェイド・カーティスであっても、ピオニーは王として処罰を躊躇わなかった。
当然の判断だ。アクゼリュスの被害があそこまで大きくなってしまったのには、ジェイドの責任が大きい。街道許可の報告をし、救援を依頼していたならば、もっと迅速に救助が行えたはずなのだから。
「一つは大地の流動化の問題です。これに関しては、ユリアシティと相談し、ダアトの古い書物から解決策が見つかるものと思います。その際は、おそらく、キムラスカのシェリダンとベルケンドの研究者たちに力を借りることになると思いますが」
「もちろん、協力は惜しまぬ」
当たり前だ、とイオンは拳をより強く握りこみながら、こくりとインゴベルトに頷く。譜業の研究ならばキムラスカが一番進んでいる。自身の感情は今は後回しだ。
「そして次に瘴気の問題です。これは今、罪の軽減と引き換えにディストに研究させていますから、もうじき答えが出るでしょう」
「で、他には?」
「パッセージリングの操作です。ダアト式封咒は僕が解除します。ユリア式封咒は…投獄中のヴァン・グランツを使います。彼はユリアの子孫ですから」
「ユリアの子孫は他には?どうせなら、何組かに分かれて行動したいところだが」
「ええ、僕もそうしたいのですがね、ピオニー陛下。直系の生き残りは彼だけです。妹であり、アクゼリュス崩落の主犯であるティア・グランツは崩落に巻き込まれ死亡しましたから」
直系ではなくとも、ユリアの血が流れている子孫ならば、他にも見つかるだろう。問題は彼らにユリア式封咒を解く力があるかどうかだ。こればかりは試してみなければわからない。
ユリアの子孫と名乗る者は、ダアトでは珍しいものではない。募ってみましょう、とイオンはトリトハイムに命じた。肯定の意が返ってくる。
「パッセージリングの操作は、ユリアシティより技術者を派遣してもらいますから、護衛の人間をつけて、各セフィロトを僕とともに回ってもらいます。ヴァンの監視もありますから、相応の実力者をマルクト、キムラスカからも派遣して頂ければ助かります」
司法取引に応じた六神将はディストの他には、シンクとアリエッタだけだ。二人にも協力させるつもりだが、応じなかったラルゴとリグレットはヴァンと同じく投獄されたままだ。ヴァンについて行った神託の盾騎士は全員ダアトから追放してある。
今、ダアトは人手不足だった。たとえ、そうではなかったとしても、両国から世界を救うための助力を出させるつもりだったが。
呼び戻したカンタビレを、彼女はもともとヴァンに組していなかったため、今回の作戦に同行させることが出来るのがせめてもの救いか。この会議にも末席に名を連ねている。
「では、さっそく、シェリダンとベルケンドより、技術者をこちらに派遣致しよう。シェリダンで研究させていた飛行譜業も完成したようだからな」
「…インゴベルト殿、その飛行譜業とやらに助力を頼めないだろうか。セントビナーが崩落し始めたのだが、取り残された者たちがいる。彼らの救助を頼みたい」
「僕からも頼みます」
「…わかった。協力しよう」
ピオニーとともに揃って、インゴベルトに頭を下げ、…イオンは上げた顔を、ひたとインゴベルトに向けた。インゴベルトが眉を寄せ、居心地悪げに椅子の上で身じろぐ。隣には、ファブレ公爵は無言で、無表情のまま、座っている。
「何か、導師イオン?」
「インゴベルト陛下とピオニー陛下のお二人に訊ねたいことがあります」
普段、浮かべている柔和な笑みを消し、イオンは二人の王を見やる。トリトハイムの戸惑ったような視線が、頬に刺さるが視線は向けない。小さく、微かにカンタビレが笑う声が聞こえた気がした。
「あのとき、アクゼリュスに同行した者たちの処分は如何様に?詳細は伺っていないので、この機会にと思いまして。ちなみに、ダアトにおいては、全て処分済みです。僕の護衛任務を放棄したアニス・タトリンは、両親ともどもダアト追放。モースのスパイであった事実から、タルタロス襲撃に関して疑問があるため、現在は、マルクトに身柄を移してあります。どうぞ、お好きに裁いてください、ピオニー陛下。ティア・グランツ、彼女は死亡していますが、彼女の保護者であるテオドーロ市長が責任を持って、市長を辞任しました。現在は外郭大地を救うため、奔走中です。また、彼女に預言成就を命じ、ルーク・フォン・ファブレを害させたモースは尋問ののち、処刑しました」
貴方方は?
あどけなく小首を傾げ、イオンは問う。答えないのは許さないと、視線で咎めて。先に口を開いたのは、ピオニーだった。
「和平の使者として向かわせたジェイド・カーティスのことならば、処分済みだ。親善大使であったルーク殿への不敬、護衛放棄。アクゼリュスのキムラスカ側の街道使用許可の報告の怠り…などなど。あげていけばきりがないほどの罪状にて、軍位剥奪並びに処刑」
内心は穏やかではないのだろうが、ピオニーは冷静にさらりと言い放つ。こくりと頷き、イオンは次にインゴベルトへと視線をちろりと移した。ごほ、とわざとらしい咳きをし、インゴベルトがクリムゾンを窺い見る。が、クリムゾンは無表情のまま、視線をテーブルへと落としたまま、口を開かない。
小さくインゴベルトが呻き、渋々、口を開いた。
「ルークの使用人兼護衛として同行させたガイ・セシルも、護衛放棄、ルークへの度重なる不敬罪により、処刑しておる」
「…それだけですか?」
「それだけ、とは、可笑しなことを」
笑うインゴベルトの表情は心なし、硬い。何を言われているか、わかっているからだろう。ピオニーも何も言わないものの、その表情は険しい。
イオンは唇にゆっくりと笑みを滲ませた。
「可笑しいですね。僕は確かにナタリア王女と道行をともにしたはずなのですが」
「それは…ナタリアの影武者だ」
「おや、何故、影武者など同行させる必要があったのでしょう?ルークを守るためだとでも?馬鹿馬鹿しい。彼女は立場も弁えず、ルークに命じることはしても、守ることはしていませんでした。それに僕には本物のナタリア王女に見えましたよ。ルークへと『約束』を口にするよう、何度も強請っていましたし」
それって、本物じゃないと知らないことですよね?
不思議そうに目を丸くするイオンに、インゴベルトは色を失くしていく。
「いや、それは…」
「陛下、もう誤魔化すのはやめにしませんか」
ぽつりと呟いたのは、クリムゾンだった。視線を伏せたまま、クリムゾンは訥々と続ける。
「親善大使一行に無理矢理ついて行ったのは、導師イオンの仰るとおり、ナタリア殿下だった」
「クリムゾン…!」
サッ、と顔を蒼ざめさせ、インゴベルトが叫ぶ。けれど、クリムゾンは止めない。
表情が削ぎ落ちた顔のまま、語り続ける。
「私はキムラスカの繁栄が詠まれているからと、預言のために息子に犠牲を強いた。あの子は何を想って逝ったのか。いつのころからか、笑うことすらしなくなったあの子は、何を…。いや、今更、私に何を言う資格もない。だが、貴方もだ。娘だからと、ナタリアを庇うというのなら、私は彼女の罪を国民に暴く。ただでさえ、自国民を省みないと噂が流れている今、彼女の評判は地に落ちるでしょうね」
僅かにクリムゾンの唇の端がつり上がる。インゴベルトの顔は、今や紙のように白い。
本当にクリムゾンがそれを実行した場合、そうなれば、インゴベルトもただではすまない。王としての資質を問われることになるだろう。
ぐぅ、とインゴベルトは呻き、がくりと項垂れた。
「…ナタリアは今、原因不明の高熱で寝込み…もう長くはないと、そう医師から伝えられている」
ナタリアの罪が明らかになったわけではないが、及第点といったところか、とイオンは「そうですか、それは残念です」と心にもない気遣いの言葉を口にする。
インゴベルトは蒼白な顔を俯かせ、ぶるぶると震えていた。対するクリムゾンは、静かなままだ。感情が完全に欠けてしまっているように見える。
「僕が聞きたかったのはそれだけです。それでは」
スッと椅子から立ち上がり、新しい導師守護役を側に控えさせたイオンは、王たちにぺこりと頭を下げ、会議室を辞した。疲れたな、と吐息すれば、お部屋にお茶を用意しております、と会議室前にいた導師守護役の一人が言った。
ありがとう、と礼を言い、一休みするため、私室に向かう。セフィロトを回るにも、まだ準備が整っていない。その前に倒れていてはどうにもならないと、己の体力のなさをイオンは呪う。仕方ないことだとはわかっているけれど。
人払いをし、ホッと息を吐く。用意された紅茶に砂糖とミルクをたっぷり注ぎ、一口啜れば、やっと人心地ついた。肉体の疲労もそうだが、精神的な疲労も大きい。
イオンは吐息し、テーブルに肘をつくと、両手で顔を覆った。頭を過ぎるのは、ルークのこと。
「ルーク…」
貴方の死と引き換えに、世界は滅びを知った。でも、本当に貴方は死なねばならなかったのだろうか。イオンは疑問に思う。きっと同じことを、彼の父親も思ったのだろう。だから、彼は。
「…ルーク」
貴方は今、心穏やかでしょうか。貴方は笑っているでしょうか。そればかりが気がかりです。
イオンはゆるゆると息を吐き、ゆっくりと両手を顔から外した。開けた視界に、人影が映る。驚き、顔を上げれば。
「イオン」
「あ…、ああ」
それは、ルークだった。髪の色も、目の色も違っていたけれど、イオンは間違えない。ルークの哀しげに翳った瞳の奥の優しさを、イオンは知っていたから。
「ルーク…ッ」
感極まったイオンは、涙を流して椅子から立ち上がり、ルークに抱きついた。しゃくりあげるイオンの背を、不器用な手が何度も撫でる。生きていてくれたのですね、と歓喜だけがイオンを満たし、何故、ルークが導師の私室に入ってこられたのか、考える余裕もない。
ルークが苦笑し、イオンの頭をくしゃりと撫でた。
「イオン、話がある」
「あ…、は、はい。あの、でも、どうして生きていたなら」
「…すまない。イオンにだけは知らせるべきだった。あの中で本当に俺のことを心配してくれていたのは、イオンだけだったからな」
ふ、と皮肉な笑みがルークの片頬に浮かぶ。イオンは居た堪れず、目を伏せた。ありがとう、とルークが笑う。
「イオン、俺が生きていることは誰にも言わないでほしい。ルーク・フォン・ファブレは死んだんだ」
「…キムラスカの、預言の犠牲になって、ですか」
「ああ、そうだ。そして、燃え尽きた『聖なる焔の光』は『灰』となって生まれ変わった。今の俺はアッシュだ」
「アッシュ…。どこかで聞いたことがある、ような」
どこだったろう。訝しげに首を傾ぐイオンに、アッシュが苦笑う。ヴァンから聞いたんだろうと言われ、イオンはハッ、とアッシュを仰いだ。
「確か、僕が導師となってすぐのことだったはずです。ヴァンがアッシュに逃げられた、と喚いていた覚えがあります」
「ああ、それが俺だ。ここにも一度、来たことがある。そのとき、この私室の抜け道を知った。…被験者イオンが亡くなった直後の話だ」
「ッ」
ビクリ、とイオンの肩が跳ねる。アッシュは知っているのだ、自分がレプリカであることを。唾を飲み込み、身体を強張らせるイオンに、アッシュが緩く首を振り、微笑んだ。
あ、とイオンは息を呑む。こんなに優しく穏やかに微笑む顔を見るのは初めてだ。
「怯えないでくれ、イオン。俺はレプリカに偏見なんて持っちゃいない。何しろ、俺を『聖なる焔の光』という名の奈落の底から救ってくれたのは、俺自身のレプリカだからな」
「え、貴方の、レプリ、カ?」
「ああ、ノアという名だ。あいつのために、イオンの力を借りたい」
「僕でよければ、何でも言って下さい」
涙を袖で拭い、アッシュを見つめる。嬉しそうに、アッシュが目を細めて笑った。
(きっとこれがルークの、いえ、アッシュの笑顔なんでしょうね)
それを抑え付けられてきたのだろう。預言のために滅びる『聖なる焔の光』として生きる道を強いられることで。
「アルビオールを知っているか?キムラスカの飛行譜業なんだが」
「ああ、ええ。シェリダンで作られた、とか」
「そのアルビオールの二号機の方なんだが、崩落するセントビナーの救出にノアが許可なく、使って行ってしまってな…。キムラスカに知られれば、操縦士であるノアの恋人とともに罰せられる。俺はそれを避けたい」
「なるほど。それなら、大丈夫だと思います。先ほどの会議でピオニー陛下からのセントビナーへの救出要請が通っていますから、早速飛ばしたということにしましょう。まあ、時間軸が合いませんけど、今のインゴベルト陛下に言い返す気力があるとは思えませんし、今の状況では些事に過ぎませんから」
にこりと微笑み、会議の内容を掻い摘んでアッシュに話す。俺が知ってもいいのかと戸惑うアッシュに、貴方には知る権利があると思いますと、親善大使一行の行く末にもついてもイオンは知らせた。
話し終わったとき、アッシュはただ、そうか、と頷いただけだった。噂を聞いていたのだろう。
「…ちょうどよかったかもしれないな」
「え?」
「ここまで、アルビオールの一号機で来たんだ。今は森の中に隠してある。いつでもイオンたちの準備が整い次第、セフィロトに向かって飛べる。ユリアの子孫が別にいるなら、ノアも協力するだろう。ノエルが協力すると言えば、ノアはそれに逆らわないだろうから」
「それは助かります…!」
時間の猶予はない。次にどこが崩落し始めるか、わかったものではないのだ。
ホッとイオンは息を吐く。時間を稼げたと言える。カンタビレたちに用意を早く終えるよう、伝えなければ。
「アッシュ、僕は準備を早く終えるよう、みんなに伝えてきます」
「…イオン、俺も連れて行ってくれないか?」
「ですが」
「アルビオールの操縦士はギンジと言うんだが、俺の、その、友人なんだ。俺はギンジを守ってやりたい。それに、イオン、お前のことも。アクゼリュスでは、お前を守ってやれなかったから。ノアの役にも立ちたい…俺は俺に出来ることを、したい。せっかく奈落から救われたのに、世界が滅んじまったら、元も子もないしな。パッセージリングの操作に超振動の力が必要な場合は、役に立てるし」
「超振動を使うようなことになれば、正体がバレてしまうかもしれません」
「それでも友だちを一人、行かせるわけにはいかない。俺はギンジに俺を信じろ、と言った。そして、ギンジも俺を信じると言ってくれた。あいつやノアやノエルだけに頑張らせるじゃなく、俺も出来る限りで頑張りたいんだ。俺に『陽だまり』をくれたあいつらのために」
羨ましい、とイオンは思った。アッシュに友だと言ってもらえる、そのギンジという青年が。ともに頑張りたいと言ってもらえるノアやノエルが。
アッシュの『陽だまり』と思ってもらえる彼らが、羨ましい。会ったこともないというのに。
気づけば、イオンの口から、ぽろりとそんな思いが零れ出ていた。アッシュが紺色の目を見開く。
「あ、いえ、その…僕も、その」
「…イオン、よければ、アッシュとなった俺の友だちになってくれるか?」
「ルー…いいえ、アッシュ、ありがとうございます」
イオンは嬉しそうに微笑み、差し出されたアッシュの手を握った。温かなぬくもりを持つ手に、じわりと心が温まる。
ああ、とイオンは吐息する。アッシュが僕の『陽だまり』だ。そう確信する。
「一緒に頑張りましょうね、アッシュ」
「ああ」
少し照れくさそうに頬を朱に染め笑うアッシュに、イオンもまた頬を朱に染め、笑顔を送った。
しっかりと繋いだ手を、離すまいとそう思いながら。僕もまたこの手を守るのだと、そう思いながら。
そして、自身がレプリカであることを公表した導師イオンの指示のもと、キムラスカとマルクトが手を取り合い、外郭大地は無事に降下し、一端、ディバイディングラインで封じられた瘴気もまた、ディストとシェリダン、ベルケンドの研究者たちにより、中和の目処が立ち始め、世界に平和が訪れた。
END
ローレライの解放とかは、これにssのような後日談を加えようと思うので、そこでちょっと触れたいな、と思ってます。
後日談では、ルクノエとか、アッシュとイオンとギンジとか、そのあたりをそれぞれいろいろ書きたい所存。もちろんあっさり流した世界のその後も。
『陽だまり』の続きを読みたい!と言ってくださった方々に少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
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