月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
2008.06.26
5万HIT企画
「灰の騎士団」の続きになります。
今回の前半はミシェル視点です。
ミシェル→アリエッタ。
注!同行者厳しめ(イオン含)
「灰の騎士団」の続きになります。
今回の前半はミシェル視点です。
ミシェル→アリエッタ。
注!同行者厳しめ(イオン含)
導師イオンと導師守護役アリエッタの仲睦まじさは、教団では有名なことだった。二年ほど前までは。
二年前、当時の導師守護役たちは皆、解任され、能力の劣る者ばかりが採用された。新しい導師守護役たちは皆、ヴァンやモースの息が掛かった者たちで、彼らが取り巻くのが導師なのか、モースたちなのかわかったものではないと、教団の人間は困惑を隠せない。それを導師が咎めようともしないことが、さらに彼らを戸惑わせた。
解任された導師守護役たちもそれは同じであり、特にアリエッタの落ち込みよう、哀しみようは目も当てられぬほどだった。アッシュから、今の導師は挿げ替えられたレプリカの導師であり、被験者は亡くなっていると聞いているミシェルは、何度、そのことをアリエッタに教えてしまおうか、迷ったほどだ。
けれど、同じく導師イオンのレプリカであるシンクが六神将の一人となり、アリエッタも何度も顔を合わせながらも、導師イオンとの相似から目を逸らしているのを見ているうちに、黙することを選んだ。アリエッタが真実に向き合うには、時間がいるのだろう、と。
でも、とバラガスとともにアリエッタのもとを訪れたミシェルは、拳を握り、俯いた。
休憩時間、導師イオンとともによく二人でお茶をしていた中庭の片隅で、膝を抱えて泣くアリエッタの背は小さく、痛々しかった。
「あ、」
アリエッタの名を呼び、伸ばしたミシェルの手が宙でさ迷う。小さく小さく、アリエッタが「どうして、イオン様…」と呟いたのが、聞こえた。アリエッタへと伸ばした手を、握りこむ。骨が軋むほど、肉に爪が食い込むほど、強く強く。
(イオ、ン)
レプリカの導師イオン。彼はアリエッタに何をしたんだ。
アリエッタに寄り添うライガが、くぅ、と哀しげに鼻を鳴らしている。
ミシェルの横を、するりとバラガスが通り抜け、アリエッタへと歩み寄っていった。バラガスさん!?とミシェルは目を瞠り、声を上げた。
「きゃあ?!」
アリエッタの背後に立つや否や、その小柄な身体をひょいと抱き上げたバラガスに、呆気に取られ、言葉を失くす。一体、何をしでかす気なのかと、ミシェルは困惑の目を向けた。
「何があったか知らねぇが、こんなところで一人で泣いてても苦しいだけだぞ、アリエッタ」
「バ、ラガス…」
「お前といい、アッシュといい、シンクといい…ついでに、そこで呆けてるミシェルといい。お前さんたちはガキのくせに、頑張りすぎだ」
まあ、お前さんたちも軍人だから仕方ねぇんだけどな。
苦笑を零し、アリエッタの背をバラガスが優しく叩く。うう、と泣きじゃくり、アリエッタがバラガスの太い首にしがみついた。
「ママ、が…ママが、殺されちゃった」
「ライガクイーンが?人間に、か?」
「っ、うん」
「そいつら誰だか、わかってるの、アリエッタ…?」
しゃくりあげるアリエッタに、ミシェルは小首を傾げて訊ねた。頭の中では、そいつらへの報復手段を次から次へと思い浮かべる。意識を保ちながら、身体の自由を奪うあの薬を使おうか。それとも長々と苦しみのた打ち回りながら、死んでいく毒がいいか。
ミシェルの頭の中で、ずらりと毒薬の小瓶が並ぶ。どれもミシェルが集めたものだ。殺鼠剤のように一般的に出回っているものもあれば、特殊な調合によって作られたもの、とある貴族の家で代々伝わっていたようなものまで揃っている、ミシェル自慢のコレクションだ。
考えを読んだのか、バラガスがちらりと戒めるように眉を寄せ、ミシェルを見た。ミシェルは黙ってウインクを返す。ひく、とバラガスの頬が引き攣った。
「アリエッタ、みんなに聞いた、です。青い服の軍人に、長い薄茶色の髪の女、赤い髪の男と…」
そこでアリエッタが口籠る。一方、ミシェルはバラガスと視線を交わした。
赤い髪。それは、キムラスカ王族の特徴だ。
(ユーディさんが言ってたなぁ…)
ファブレ邸で軟禁されているアッシュのレプリカを、ティア・グランツ──薄茶色の長い髪をした女が攫ったと。となれば、赤い髪の男とは、おそらく、ルーク・フォン・ファブレで間違いないのだろう。
(でも…アリエッタは「どうして、イオン様」って言ってたよね)
もしかして、ライガクイーン殺害の場に、導師イオンもいたのだろうか。戸惑ったように、ミシェルはバラガスを見上げた。こく、とバラガスから頷きが返ってきた。
「アリエッタ。そこには、導師もいたのか?」
「っ…。緑の髪の子どもが、いたって…」
「…そうか」
イオンがライガクイーン殺害に関わっているらしいこと自体にショックを受けているアリエッタは気づいていないようだが、ミシェルとバラガスはともに同じ疑問を抱いていた。二人揃って、ため息を零す。
「ねぇ、アリエッタ。そこにいたのって、その四人だけ?」
「たぶん…」
「導師守護役はどこに行ってたんだろうな…。それも問題だが、それはとりあえず置いといて。なぁ、アリエッタ」
「…はい」
「赤い髪って聞いて、思い当たらねぇか?」
ぱちんっ、とアリエッタの目が瞬き、涙の粒が散る。ふっくらとした唇で、赤い髪と小さく呟き、アリエッタが眉を寄せた。
「お前さんは言葉は拙いが、賢いからな。導師守護役としても優秀だった。…わかるな?」
「…キムラスカ、の王族の証、です」
アリエッタの声に厳しいものが混ざる。導師守護役として導師イオンの側に控えていたころの声音だ。
ミシェルはアリエッタの緋色の目を見つめた。潤んではいるものの、涙が止まった目には、戸惑いと疑問が浮かんでいる。悲しみに目が曇ろうと、アリエッタの本質は変わらない。アリエッタは、強い。
ぐ、とミシェルは拳を握った。導師イオンの真実を告げても、きっとアリエッタなら乗り越えるはず。乗り越えてくれるはずだ。
「でも…」
「ん?」
「どうして、チーグルの森に王族、が?」
あそこはマルクトの領土内なのに。
ぽつりと呟くアリエッタに、そうだな、とバラガスが相槌を打つ。その顔に浮かぶ意味ありげな笑みに、アリエッタがゆっくりと頷いた。
「何かある、ですか」
「ああ。突き詰める気はあるか?その王族のこと、そして、導師イオンのこと」
ビクッ、とアリエッタの肩が揺れ、緋色の目に不安が滲む。血の気が引いていくアリエッタの顔に、ミシェルはきゅ、と唇を引き結び、バラガスの横に足を進めると、アリエッタの握り締められた拳を握った。
きょとん、と丸くなるアリエッタの目に、にこりと笑む。
「大丈夫だよ、アリエッタ」
緊張で冷たくなっているアリエッタの手を温めるように、ミシェルは優しく両手で握り込んだ。アリエッタの不安が少しでも薄らぐようにと願いを込めて。
「アリエッタは一人じゃない。一人になんてしない。僕がついてるよ」
バラガスがく、と目を見開くのを目端に捉えたミシェルの頬が熱を帯びる。じぃ、と見つめてくるアリエッタの目から、ミシェルは顔を背けないでいるのに必死だった。どこまでアリエッタに意味が通じているかはわからないけれど、少しでも通じていればいい。
アリエッタのことを想っていることが、少しでも伝わればいい。
「…ありがとう、ミシェル」
微かな笑みが、アリエッタの唇に滲み、ミシェルは目を見開いた。ドキドキと鼓動が速い。
フッ、とバラガスが笑み、ストン、とアリエッタを地面に下ろした。
「アリエッタ、話の続きはこいつから聞いてくれ。覚悟は出来てんだろ?ミシェル」
「…当たり前でしょ、バラガスさん」
にやりと口の端を吊り上げるバラガスに、こくりと頷く。握ったままのアリエッタの手はまだ冷たい。
早く僕の体温が移ればいいのに。そんなことをミシェルは思う。
「ならいい。男を見せろよ?…ああ、で、アリエッタ。お前さんの友だちの手を借りてぇんだが、大丈夫か?フレスベルグにちょっくらケセドニアまで飛んでもらいたいんだが」
「リュシールなら、アリエッタが頼まなくても、バラガスのお願い、聞くと思うです」
「そうかあ?」
「試しに呼んでみたら、いいです」
ふむ、と顎を擦り、人差指と中指を唇に当て、ぴゅいっ、とバラガスが口笛を鳴らした。ばさり。大きな影が三人を覆い、一羽の焦げ茶色の羽を持つフレスベルグが降りてくる。その足には、大きなビロードの赤いリボンが結わえられている。
あれってバラガスさんが結んでやったんだっけ、とミシェルは苦笑を零した。
「よぉ、リュシール。本当に来てくれたんだなぁ」
嬉しそうに破顔し、頭を摺り寄せるフレスベルグを撫でるバラガスに、アリエッタが嬉しそうに小さく笑う。改めてミシェルは、バラガスの懐の深さを知った気がした。
(魔物でさえ、手懐けちゃうんだもんなぁ)
喉を鳴らし、リュシールはバラガスに甘えている。アリエッタが、友だちである魔物にこれほど懐かれるバラガスに懐くのも当然だ。ちょっと悔しいけど、とミシェルは吐息した。
「さてと、じゃあ、俺は行くわ。…アリエッタ」
「はい」
「何があろうと、もう独りで泣くな。ミシェルの奴も俺もいつだって腕広げて待ってるからな」
にっ、と笑みを残し、リュシールに跨ると、バラガスは颯爽と空へと昇って行った。あっという間に小さな点になったバラガスを見送り、ミシェルはアリエッタと顔を合わせた。
「…何から、話そうか」
泣かせたくはないけれど、泣き顔は見たくないけれど、きっとこれからアリエッタは泣くだろう。
ルーク・フォン・ファブレのこと。
彼が誘拐されたこと。
アッシュがルークのために、神託の盾騎士団を辞めたこと。
それが何故であるかということ。
そして──どうして導師イオンが、アリエッタの母であるライガクイーンを知らなかったのかと、いうこと。
すべてを告げたとき、アリエッタは絶望に顔を曇らせるに違いない。
(バラガスさんみたいにアリエッタを抱き上げることは、出来ないけど)
けれど、抱き締めることは出来るから。
アリエッタを想う気持ちなら、あの導師にだって負けないから。
ミシェルはアリエッタの手を握る手に、きゅ、と力を込め、一度、目を閉じてから、ゆっくりと口を開いた。
*
にやにやと楽しげに笑っているバラガスを訝しげに睨むルークに、アッシュは苦笑し、大丈夫だと首を振った。心配はいらないと強張っているルークの肩に手を置く。
「バラガスは俺の部下でな」
「部下って、…もしかして、兄上のこと、連れ戻しに来たのか?」
きゅ、と不安そうに眉根を寄せるルークに、バラガスがからりと笑い、いいや、と大きな手を顔の前で振った。
「むしろ、後に続こうと思って追ってきたんですよ、ルーク様」
「後にって、バラガス、やっぱりお前も辞めてきたのか」
「ああ。お前さんの辞表届をモースの奴に届けるついでにな」
「ふぅん。俺の辞表届、よくモースの奴が受け取ったな」
ヴァンに何をどこまで聞かされているかはわからないものの、それでも計画に加わっているモースのことだ。簡単には、辞表届を受け取らないだろうと思っていたのに。もっとも、だからこそ、自分で直接赴かずに、モースが疎ましく思っているバラガスに任せたわけだが。うまくいけば、バラガスを追い払いたい一心でろくに話も聞かず、受け取るだろうと踏んで。
にっ、と嘘くさいまでに晴れやかな笑みを浮かべるバラガスに、アッシュはひく、と頬を引き攣らせた。きっと何かしら細工したに違いない。
「ええと…、バラガス、だっけ。兄上を連れてっちゃうわけじゃ、ねぇんだよな」
「ええ、もちろん」
「そっか。…よかった。あ、あのさ。キムラスカ領に入るまで、俺の素性バレるとマズイんだろ。だったら、様づけとかいらねぇかなら。普通に話してくれよ。兄上みたいにさ」
「おお、それもそうか。わかったよ、ルーク」
「ん。…へへ、でも本当、よかった」
ホッと息を吐き、安堵しきった様子で目を細めて笑うルークに、アッシュの顔にも笑みが零れる。信頼してくれている。頼ってくれている。側にいて欲しいと思ってくれている。
そのことが嬉しくて仕方がない。
が、すぐに自分の緩んだ顔をバラガスに見られていることに気づくと、アッシュはわざとらしく咳きを零し、生温かい微笑を向けてきている部下をギロ、と睨んだ。
「そんな怒るな、怒るな。微笑ましく思ってるだけじゃないか。兄上かぁ、よかったなぁ」
「うるさいっ」
「何だ、兄上よりお兄ちゃんの方がいいのか?だそうだ、ルーク」
「え、お、お兄ちゃん…?」
「お、おに…ッ!?っ、てめぇ、バラガス!ルークに変なこと教えんじゃぬぇー!」
おろおろと自分とバラガスの間で視線を泳がせるルークを横目に、アッシュは顔を真っ赤に染め上げ、バラガスの肩を掴んで揺さぶった。
が、哀しいかな。体格差ゆえにダメージらしいダメージを与えることは出来ず、バラガスはけらけらと笑い続けた。
*
「いやぁ、いいもん見せてもらったぜ」
「黙れ。いいか、バラガス。あいつらには言うなよ。ロベリアに知られた日にはどんなことになるか…!」
「まあ、ルークとミシェルを巻き込んで、お兄ちゃん言いまくるだろうな」
「冗談じゃぬぇ!」
頭を掻き毟り、ベッドに腰掛けたアッシュは叫ぶ。込み入った話をするためにも、周囲の耳や目を避け、船室へと戻ったため、人目を気にせず、叫べる今、アッシュに遠慮も何もない。
ミシェルやロベリアだけなら聞かなかったことに出来るが、相手がルークとなると。
(ルークに上目遣いでお兄ちゃん、だなんて言われた日には…ッ)
顔が真っ赤になる程度の醜態を晒すだけでは収まらない気がする。不思議そうに瞬き、ソファに腰掛けているルークにちらりと目を向け、アッシュは乾いた笑いを零した。
ルークに変人扱いされるのだけはゴメンだ。ルークの前ではかっこいい兄でありたい。
「さて、可愛い息子をからかうのはここまでにして」
「誰が息子だ。いや、待て、それより、やっぱりからかってたのか、お前」
「見たことねぇ反応が面白くてつい」
すまんすまん、とまったく反省の感じられない態度で壁に背を預けて謝るバラガスを、アッシュは睨みつけながら呻く。悪いだなんて思っていないに違いない。
息子?とルークが首を傾げた。
「もちろん、血なんざ繋がっちゃいないがな。ガキのころから知ってるからなぁ。息子みたいに大事に思ってるってことだ」
「…ふん」
穏やかに笑み、大きな手でくしゃりと頭を撫でてくるバラガスに、照れ隠しで鼻を鳴らす。力強い、優しさと温かさに溢れた、バラガスの手。昔から、この手に撫でられるのに、自分は弱かったように思う。
父上からもヴァンからも受けたことのない、頼もしい優しさを感じるからだろうか。
ルークが翠の目を伏せ、顔を俯かせた。寂しげなその様子に、アッシュは眉を寄せる。
「ルーク?どうかしたのか」
「別に何でもねぇ」
「だが…」
戸惑うアッシュの横をすり抜け、しゃがみこんだバラガスがルークの頭を、自分にしたように優しく撫でた。さらりとバラガスの無骨な指を、朱色の髪が滑る。
パッ、とルークの顔が上がり、翠の目が見開いた。薄っすらと頬が赤い。
「お前さんのことも、アッシュからいつも聞かされててなぁ。恐れ多いのはわかっちゃいるが、お前さんのことも、息子みてぇに思ってきたんだぜ」
「俺、も?」
「ああ。だから、いつかこうして頭撫でてやろうと思っててな」
「なっ、何だよ、ガキ扱いすんじゃねぇよ」
ぷい、とルークが顔を背けるが、その顔は赤く、口元も笑みに緩んでいる。
勝てないな、とアッシュは苦笑した。こういうとき、バラガスの器の大きさを思わされる。
──だからこそ、アッシュは改めて思い知らされるのだ。いかにヴァンの笑みや手が、偽りであったかを。
その偽りしか知らないルークを、必ず救ってみせると、アッシュは拳を固めた。
「ああ、そうだ、アッシュ。あいつらもじきに集まるはずだ」
「じき?今はどこにいるんだ?」
あいつら。その見当はついている。ユーディ、ロベリア、ミシェルの三人だろう。
特務師団の中でも精鋭と名が通っている四人が抜けるとなれば、ヴァンの指導力不足に気づく者もあるかもしれない。ヴァンの耳心地のいい言葉と声に、カリスマ性を見出している者たちも、目を覚ましてくれるといいのだが、そこまで求めるのは難しいか、とアッシュは一人、内心、吐息しながら、答えを待った。
ルークは話を邪魔すまいというように、無言でミュウを弄っている。ルークに構ってもらえて、ミュウは嬉しそうだ。
「ユーディはマルクト、ロベリアはケセドニア、ミシェルは…ちょっとアリエッタとな、話してる」
「…そうか」
ふ、と顔に影を落とし、アッシュは嘆息する。アリエッタ。彼女は今頃、どうしているだろう。ライガクイーンの死を聞いただろうか。──聞いたに違いない。だからこそ、ミシェルは彼女の側にいるのだろうから。
導師イオンの被験者が生きているころから、アリエッタとはミシェルを通じて、アッシュは面識があった。友だちである魔物の力を借りたこともあり、アリエッタの数少ない人間の友だちの一人だとも思っている。
アッシュはルークとミュウを見やった。一人と一匹が訝しげに首を傾ぐ。ミュウの方はルークに支えられていなければ倒れてしまいそうだ。
(ライガクイーンのことは、ルークにも咎がないとは、言い切れねぇ)
少なくとも、その場に居合わせたことは確かだ。最たる罪はルークが抱くチーグルにあり、『交渉』とは名ばかりの『討伐』に同意した導師イオンとティア・グランツ、詳細も聞かず、一方的にライガクイーンを攻撃したジェイド・カーティスにあるとはいえ、ルークもまた、アリエッタの憎悪の対象であるはずだ。
アリエッタをヴァンの側にいつまでも置いておきたくはない。心身に傷を負っていくことになる。シンクもそうだ。あいつもあんなところから早く連れ出してやりたい。
シンクに世界を見せてやりたい。被験者とレプリカ。シンクにとっての世界は、その二つだけだから、世界は広いのだと、見せてやりたい。美しいのだと、教えたい。
(俺は我が侭なんだろうか)
ルークもアリエッタもシンクも救いたいと思うのは、不相応な願いなのかもしれない、とアッシュは苦く笑う。この頼りない両手でどこまで守れるというのだろう。
(…それでも)
アッシュはルークとともにミュウの腹や耳を擽っているバラガスを見た。バラガスの視線が自分を向く。
こくり、とその首が頷いた。自分の葛藤に気づいているらしい。
(それもそうか)
バラガスがこれほど早く自分たちに追いつけたということは、アリエッタから友だちの力を借りたのだろう。確か、バラガスに懐いていたフレスベルグがいた。
そのときにでも、アリエッタからライガクイーンのことを聞いたはずだ。
(道は、険しい)
百も承知だ。ルークを守りたいと思ったときから、覚悟している。それでも、やり遂げられるか不安もあった。
だが、とアッシュは目を閉じ、仲間たちの顔を瞼の裏に思い浮かべる。一癖も二癖もある連中ばかりだが、頼もしい仲間たちだ。
彼らがいれば、願いを叶えることが出来ると、確信めいた思いがアッシュの胸に宿っている。
「ルーク」
「ん?」
「話は大体済んだし、食べ損なってた昼飯、食べに行くか」
パッ、と顔を輝かせるルークとミュウに笑み──ルークたちに負けじと腹をわざとらしく押さえるバラガスにため息を零し、アッシュはベッドから立ち上がった。
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