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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2008.03.28
短編

ジェイルク
グランコクマでのひと時、ジェイドがルークに思うこと。
ジェイドを変えたのは、ルークだよね、って話。


朱色の髪をした子どもは、死霊使いとまで呼ばれ、畏れられてきたジェイド・カーティスにとって、嘲りの対象でしかなかった。
──そうでしかなかったはず、だった。
いつのまにやら『ジェイド・カーティス』を変えてしまった子どもを、ジェイドは憎むべきか愛するべきか、悩んでいる。



眩く痛む



太陽の光を反射し、グランコクマを護る水が煌いた。
ツキン、と眼鏡越しに突き刺さってくる光という痛みに、ジェイドは逃げるように瞬いた。
右手を翳し、光を遮る。
キラキラと、水面はそんなジェイドを嘲笑うかのように輝いている。

「ジェイド?」

どうしたんだよ、とジェイドの眼前でルークが首を傾いだ。
子どもはジェイドよりも背が低く、自然と上目を使ってくる。
上からの視界には、表情豊かな翠の目だけでなく、くっきりと浮かぶ鎖骨も入り込み、どこか倒錯めいて見えた。
馬鹿らしい──ジェイドは内心の戸惑いには気づかなかったフリをし、にこりと微笑んだ。
胡散臭いとでも思ったのか、子どもの眉根が寄る。

「少しばかり」
「うん?」
「眩しかった、だけですよ」

ルークは興味を失ったように、ふぅん、とだけ頷き、くるりとジェイドに背を向けた。
人を小馬鹿にしたような怪物のシルエットが、ジェイドをにたりと笑う。

──彼が、背中を向けてくれるのが。
それが信頼の証であるならば、よかったのだろうか。
だが、実際には、ルークが背を向けるのは、単純に油断しているからだ。
グランコクマは平穏な都市で、ジェイドはこの国の軍人であり、騒ぎを起こすわけにはいかないことを、子どもは薄々悟っているのだろう。

そこに信頼がある、と思うほど、ジェイドは楽観出来る立場にはない。
ルークを一度見捨てたことは、消えない事実であり、ルークはあれから、常に一歩引いた場所におり、近づいてきてはくれない。
かつて、無条件の信頼を寄せていたはずの金髪の使用人にさえ、ルークは一線を引いている。
そこに信用がないわけではない。だが、信頼はない。

ルークは、頼ることを止めてしまった。
子どもが大人である仲間たちを信じるのは、利害が一致しているからでしかない。
世界を救うため。そのために、信用する。そのことだけなら、信用出来る。
ただその一点につきる。

ジェイドは眼鏡のブリッジを押し上げ、唇を歪めた。
笑いたいのか、泣きたいのか。
己のことであるはずなのに、ジェイドにはわからない。

──私らしくもない。
わからないなどと、ジェイド・カーティスにあるまじきことだ。
ジェイド・バルフォイ、いや、ジェイド・カーティスは、すべてを知り、すべてを見通す者でなければならない。
そうでなければ、三十を越えてまで、生きてきた意味がない。

「……」

ひらりひらり、とルークの白い燕尾が翻っている。
子どもが引いた一線を越えるには、どうしたらいいのだろう。
ふと、ジェイドはルークの後に続きながら、そんなことを考えた。

キラキラ。
光を吸って輝く水は、やはり目に痛い。
翡翠色の目には、眩しくないのだろうか。

「…ルーク」
「ん?」

くるりとダンスでもしているかのように、ルークが振り返る。
朱色の睫毛に縁取られた翡翠が、ジェイドを真っ直ぐに見つめた。
その無垢な色に、息を呑み、言葉が詰まる。

「ジェイド?」

訝しげに、ルークが白い首を傾ぐ。
あの首を、握りつぶすように締めたら、答えがわかるだろうか。

「ジェイド、どうしたんだよ」

今日のお前、なんかおかしい。
不安と怯えの混じる、ルークの声音に、ジェイドは笑った。
別に笑いたかったわけではなかった。笑おうとも思っていなかった。
けれど、忍ぶような低い笑い声が、ジェイドの薄い唇から漏れていたのは、事実だった。

「何だよ」

無垢な瞳が、ジェイドを睨む。
可笑しな話だ、この子どもが無垢だなんて。

「…あなたは多くの人や魔物を殺し、血を浴びているはずなのに」

ビクリ、とルークの肩が跳ね。
くしゃりと幼さの残る顔が歪み、泣きそうなその顔が、ジェイドから逸らされた。
ルークが顔が俯かせたせいで、ジェイドからは、ルークのつむじがよく見えた。

「なのに、どうして今さら無垢なんでしょうね」

無邪気ならわかる。
実際、髪を切る前の──アクゼリュス崩落前の──ルークは、無邪気と言えた。
素直で、裏切りなどといった汚いものを知らない、そういう子どもだった。
それは、思慮に欠けているということでもあり、ジェイドにとって嘲りの対象である、浅はかな子どもでしかなかった。

「何故、あなたは」

大勢の命を飲み込んでから、ルークは無邪気な子どもではなくなった。
己の浅慮を知り、絶大な信頼を寄せていた者に裏切られ、己が人間ではないことも知った子どもは、無邪気ではいられなくなったのだ。
本物の代わりとして生まれた、否、作られたレプリカであるという自分。
『ルーク・フォン・ファブレ』として生きてきた自分は偽者だった。
それを知ったルークが浮かべる笑みは、遠慮がちなものになった。
あからさまに感情を零すことも少なくなった。
常に罪を意識し、笑うことですらも罪なのだと思っているように見えた。

そして無邪気ではいられなくなった代わりのように、ルークは無垢になった。
罪を、罰を受け入れ、償うために世界を救う道を選んだ子どもは、すべてを受け入れるかのように、真っ白になった。
純白とも言える白に、ジェイドは畏怖を覚える。
それはジェイドとは、無縁の色のはずなのだ。
なのに、何故、この白は目の前にいるのだろう。
何故、手が届くところにいるのだろう。

「…何故なんて言われても…」

ぽつりと、ルークが水音に消されてしまいそうな、か細い声で呟いた。
ジェイドは苦く笑い、すいません、と眼鏡を押し上げるフリをして、顔を隠した。

「忘れてください」
「……うん」

ルークが顔を上げ、そろりと笑った。
眉がハの字に下がった、情けない笑みだった。





夜の帳が落ちた街に、潜めているはずの革靴の音が耳障りなまでに響いて聞こえ、ジェイドは苦笑を一つ零した。
ジェイドの足取りはしっかりしたものであり、尚且つ、雪国育ちの白い頬も白磁のような白さを保っているため、誰がジェイドを見ても信じはしないだろうが、ジェイドはかなりの酒を摂取しており、唇の隙間から零れる吐息は、熱を帯びていた。
熱い身体に水を通して吹く風が心地よく、紅い目が眼鏡の奥で細まる。
なんとなしに仰いだ暗い空には、月もなければ、星すら瞬いておらず、音素灯の光がなければ、足元すら覚束なかっただろうと悟る。

「……」

黒で塗りつぶされた空には、雲が蠢いている様子もない。
重い重い沈黙を孕んだ黒が、ジェイドを包み込もうと澱んでいる。
人で溢れた賑やかな昼と違い、人の影もない夜の沈黙は、耳に痛いほどだ。
まったく、とジェイドはため息をつく。

「昼間は目に痛く、夜は耳に痛いんですから…困ったものですねぇ」

ぽつりと吐いた独り言さえ、遠くまで響いていってしまいそうだ。
聞こえてくるのは、己の息遣いと足音と流れ落ちる水音ばかり。
コツ、とつま先が石を蹴った。
カン、コツンッ、と軽い音を立てながら、小石が転がっていく。
転がった先に、ジェイドは息を呑んだ。
音素灯の光が丸く落ちる中に、朱色の子どもが立っていた。

「…何を、しているんです?」

とうに寝ている時間だろうに。
こんな時間まで起きていることは、ルークに対してのみ過保護な元使用人が許さないはずだ。
ルークは頬を掻き、ばつが悪そうに視線を逸らした。

「…ちょっと、目、覚めちゃってさ」
「…そうですか」

また、魘されたのだろうか。……そうに違いない。
ジェイドは音素灯の明かりで白く光る眼鏡を押し上げ、ルークへと寄った。
ホテルに備え付けられている寝巻きの上に、いつも羽織っている白いコートを肩に掛けただけのルークは、紅い瞳に儚く映った。
ルークの身体は、ガイに言わせればはったりだというものの、それでも未発達ながら、筋肉がしっかりとつき、貴族とは思えぬほどに頑強だ。
これで、ほんの七年前まで、歩くことすらままならなかったというのだから、相当の努力が必要だったということなのだろう。

──だからこそ、儚いなどと思う理由はないというのに。
なのに、何故、そんなことを思ったのだろう。
嫌な気分だった。それとも、嫌な予感だとでも言うべきか。
ジェイドは落ち着かない己の心に気づき、僅かに動揺した。
もっとも、それを顔に表すような真似はしなかったが。

「ジェイドは、またバーか?」
「ええ」
「そっか。酒ってそんなにうまいもん?」
「あなたも大人になればわかりますよ」
「どうせ俺は子どもだよ」

口調だけは拗ねていたが、ルークの顔に浮かんでいるのは笑みだった。
そのことに、ジェイドはホッとする。
そして、また、動揺した。
何故、ルークが笑っていることに安堵したのだろう。

「寒くありませんか?」
「いや、別に。…なんか今日のジェイドって、やっぱおかしいな」
「そう…でしょうか」

ルークの言う『今日』からもう日付は変わっているのだが、そのときのジェイドには、あえて言い直してやる気は起きなかった。
普段ならば、皮肉たっぷりに時計が十二時を越えていることを教えてやるところなのに。
それはルークも思ったらしく、翡翠色の目が、意外そうに見開かれた。

「今日のジェイドって、なんか優しいな」

嬉しそうに目を細め、ルークが笑う。
柔らかそうな頬は薄っすらと赤く染まっていて、ルークの方がよっぽど酔っ払っているように見える。
ジェイドは目を眇め、ポケットに無造作に突っ込んでいた手袋で覆った手を出した。
ゆっくりと、その軍人には似つかわしくない優美な手が上がっていく。
やがて、ルークの頭の上にまで、その手は上がった。
ふ、とルークの顔から表情が消える。
ガラス玉のような目が、きろりとジェイドを睨んだ。

まるで、手負いの獣のようだ。
ジェイドは口の中で呟き、そのとおりであることを思い出した。
この子どもは傷ついている。
癒しようのない怪我を負っている。
その怪我の原因の一端を、ジェイドが担っていることは、違えようのない事実だ。
手負いの獣は、鋭い警戒心と殺気を併せ持つ。
今のルークもそうだ。
ジェイドに敵愾心がないかを、翠の目が探っている。
だから、ジェイドはことさらにゆっくりと手を動かした。
そっと羽根のように、優しく、柔らかくルークの頭に触れる。
そろそろと撫でれば、翠がようやくとろけ、にこりと笑みに変わった。

「本当に今日のジェイドは優しいな」

ルークはそれしか言わないまま、微笑し続けている。
ルークが言葉の裏に潜ませているものは何だろう。
ジェイドは笑みを顔に貼り付け、ルークの頭を撫でながら、考える。
傍から見たら、今の自分たちは、滑稽なことだろう。
暗い夜空の下、音素灯で照らされ、仮面のような顔で微笑み合う軍人と貴族。
滑稽の極みだ。
指を差し、腹を抱えて笑えばいい。
いもしない観客に、ジェイドは心の内で唾棄した。

「…なぁ、ジェイド」
「なんですか?」

長い前髪を通し、ルークが笑みを絶やさぬまま、ジェイドを見る。
同じく、笑みを絶やさずに、首を傾げてやれば、あのな、とルークが言葉を継いだ。

「頼みたいことがあるんだけどさ」

頼みたいこと。
申し訳なさそうに目を泳がせている子どもは、気づきもしないだろう。
ジェイドが、その一言にどれほどの喜びを覚えているのか、などということには。
ぐ、と喜びを心の奥底に留め、ジェイドはルークの頭を撫でていた手を、ポケットに戻した。
紅の譜眼を笑みに細め、常と同じく探るようにルークを見る。

「構いませんよ、私に出来ることでしたら」
「うん、多分、ジェイドにしか、出来ないと思う」
「…それはそれは」

一体、何を頼む気なのだろう。
泳いでいた目が、不意に止まり、ジェイドをしっかりと見据えた。
思わず、たじろぎそうになった己を叱咤し、ジェイドもルークを見据え返す。
翠眼はいっそ剣呑なまでに真剣で、ジェイドは笑みを装うことで、その目から逃げた。

「髪、切ったとき、消えたんだ」
「……それは」
「わかってる。レプリカである、俺の身体は第七音素で構成されてるから、だろ。俺から切り離されれば、音素に還るしかないんだよな」

淋しそうにルークが頭を傾ける。
ルークが哀れむのは、誰だろう。
ルーク自身か、それとも、何も残されない自分たちか。
ジェイドはルークを抱きしめることも出来ない腕に辟易しながら、拳を握った。
両手をポケットにしまっていてよかったと思う。

「だから…髪でも、爪でも、何でもいい。俺の身体の一部でも、残るように細工することは出来ないかな」

──細工、だなんて、
ああ、なんて言い方だろう!
それではまるで、ルークが物であるかのようではないか。
確かに、エンゲーブで出会ったばかりのころ、和平のための皇帝名代であったジェイドは、ルークをキムラスカ第三王位継承者という物として見ていたし、扱っていた。
けれど、今は違う。レプリカだからと、物と同じように見てはいない。
『ルーク』という一人の人間として見ているのに。
『ルーク』だから、ジェイド・カーティスは好きだというのに。
子どもは残酷だと言ったのは誰だったろうか。

「…アクゼリュスのさ、親子、いただろ?」

ジェイドのいらえを期待しているわけではないのだろう。
ルークは独り言のように、とつとつと語る。
ジェイドは黙りこくって、ルークの告白を聞いた。
どうして自分はおとなしくルークの話を聞いているのだろう。
ちらりとそんなことを考える。
答えは簡単だった。ルークの頼みごとだからだ。
最後まで聞かなければ、後悔することを、聡いジェイドは悟っている。
聞きたくもなければ、悟りたくもないというのに。
ジェイドは生まれて初めて、生来の賢さを呪った。

「エンゲーブの人たち、非難させてたときにさ…女の人、いただろ」
「……」
「あの人の夫も子どもも、瘴気の海ん中、でさ。…あの人には、二人の遺体すら帰って来ないんだな、って思ったら、それって、辛いよな、って」
「……」
「ジェイドはそう思わないか?だって、ずっと生きてるかもしれないって、思い続けることになるんだぜ?…つらいだろ、そんなの。ずっとずっと待ち続けるなんて、つらいだろ」

ルークが同意を求めるように、頭を傾ける。
翠の目には、まるでジェイドを気遣うような色が浮かんでいて。
くつりと低くジェイドの喉が鳴った。

「それがあなたの頼みごとですか」
「うん」
「ならばドッグタグでもさしあげましょうか?」
「ドッグタグ…?」

何だ、それ。
きょとん、と瞬くルークの様は、実年齢を思わせるほどあどけなく、ジェイドは苦く笑う。
ルークはまだ七年しか生きていないのだ。
なのに、子どもは己が死した後を考えている。
腹立たしい──ジェイドは声には出さずに苛立つ。
子どもが考えるようなことではない。
いや、違う。自分は、そんなことをこの子どもが考えているということに腹が立っているのだ。

「本来は犬の迷子札なんですがね。今では、軍人の身分証明書のことを指しています。どういったとき、ドッグタグが利用されるか、わかりますか?」
「え…」
「死んだときです。まあ、重傷を負ったときも有効ですが」
「何で?」
「身分証明として、ドッグタグには、名前や血液型など、その人間の情報を刻んでおくからですよ」
「ジェイドも、持ってるのか?」
「持っていますよ」
「…そうなんだ」

ジェイドは眉を上げた。
ルークの声音に、不安と恐れが混じっていたからだ。
なんて愚かな子どもだろう!
死霊使いは一人嘆く。

ルークは、死を覚悟しているジェイド・カーティスを案じている。
それが、ジェイドもまた同じであることにどうして思い至らないのだろう。
己の浅慮を知った子どもは、ひたすらに健気なまでに変わることを望み、実際に変わった。
それでも、子どもは人の気持ちを悟らない。自分に向けられる好意に気づかない。
そんなものはありえないと、そう断じている。

だから、己の身を犠牲にすることに躊躇いを持たない。
当たり前だとでも言うようだ。罪を償うためには、これしかないのだとでも。
ジェイドにとて、その思いがわからないわけではない。
理解は出来る。が、納得は出来ない。

ああ、これもジェイド・カーティスらしくない。
理解が出来るのなら、納得も出来るはずなのだ、ジェイド・カーティスならば!
けれど、出来ない。感情がそれを認めないからだ。
感情は、ルークの無事を願う。ルークの笑顔を願う。幸せを願う。
いまさらだ。ジェイドはそれを知っている。
いまさら。ああ、でも、やはり納得は出来ないのだ。
失いたくない。そう、ジェイド・カーティスはレプリカである『ルーク・フォン・ファブレ』を失いたくないのだ。
レプリカは本物の代わり。そう思っていたのは、確かに自分だった。
ジェイド・バルフォアであり、ジェイド・カーティスだった。
なのに、今は違う、と同じジェイドが言う。
嫌だ、嫌なのだ。
ルークを、目の前の朱色の髪と翡翠色の目を持つ子どもを失うことは嫌だ。

「ジェイド?!」

ジェイドは手を伸ばし、ルークを抱きしめた。
ルークを抱きしめる腕が震えていることに気づき、ほんの一瞬、薄く笑う。
それでも、今度は、抱きしめることが出来てよかった。
伏せた顔にさらりと朱の髪が触れ、シャンプーの香りに鼻腔を擽られた。

「どうしたんだよ」

戸惑いと訝しさの混じる、ルークの声。
そこに嫌悪は感じられず、ジェイドはホッとした。
この子どもに嫌われたら。
出会ったばかりのころとは真逆の怯えに、苦笑を禁じえない。

「ホント、今日のジェイドは可笑しいな」

くすくす、ルークが笑う。
軽やかな笑い声だった。
人を不快にさせるのではなく、同じように楽しくさせる笑い声。
ずいぶんと子どもに絆されてしまったものだと、ジェイドも笑った。

「私は」
「うん?」
「…私には、何も残して欲しくありません」

あなたが死んだ証など、欲しくもありません。
ルークが腕の中でヒュッ、と息を呑む。
何で、と小さな声でジェイドは問われた。

「わかりませんか?」
「うん」
「…何も残っていなければ、信じていられるじゃありませんか」
「……」
「だから、いらないんです」

夕焼けを吸い込んだような髪も、宝石よりも輝く翡翠の目も。
何一つ、そう、何一ついらない。
残して欲しくない。
ルークの頭に頬を摺り寄せる。
手入れの行き届いた髪が、肌に心地よい。

「希望を、抱き続けたいんですよ、私は」
「それって、辛くないか?」
「一般的には、そうかもしれませんね」
「だったら」
「私は辛くないので、いいんですよ」
「…ジェイド」

この子どもは知らない。
名前を呼ばれるだけで、この身体に歓喜の念が走ることを知らない。
ルークという名の子どもは、ジェイド・カーティスを変えてしまった。
そのことを憎むべきであり、嫌悪するべきなのだと、ジェイドは考えたことがある。
けれど、出来なかった。胸に湧くのは、切り裂かれるような愛しさだけだった。
愛しい、切ない。そんなものを、自分が抱く日が来るなんて、考えもしなかったのに。

「お願いです、ルーク」
「…頼んだの、俺なのになぁ」
「すいません」
「いいよ。だって、今日のジェイド、おかしいから」

だから、許してやるよ。
言葉は尊大なものであるのに、ルークの口調はからかいを含んだ、ジェイドを気遣うものだった。

──…ああ。
胸が痛い。
きゅう、と締め付けられでもしているかのように痛い。
こんなものは擬似的なものだ。本当に心臓に痛みがあるわけではない。
理屈では、天才と名高い死霊使いはもちろんわかっていた。
けれど、その心の痛みは本物だと、ジェイドは一つ吐息する。

「…まったく」
「何だよ」
「この街もあなたも、困ったものですね」

目に痛く、耳に痛く、心に痛い。
なのに、どうしてだろうか。どれも理不尽な痛みで、痛みを受け入れるなどと、ジェイド・カーティスらしくもないのに。

「なのに、私は嫌いになれないんですよ」

痛みすらも愛しく思えるほどに、大切で仕方がない。
親しい幼馴染が支配する水の帝都も、腕の中の愚かで恋しい子どもも。

「…ごめんな、ジェイド」

痛みに対するものなのか、残していくことに対してなのか。
ジェイドはその答えを知りたくないと思いながら、朱色の髪に口付けた。


END

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