月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
短編
ガイルク←アッシュ
駄々っ子みたいなアッシュになったような…。
実は、かなり前に書いたものだったり。
レプリカルーク。
オリジナルである俺から作られ、オリジナルである俺の居場所を奪ったモノ。
だから、あれは俺のもので、俺に従属すべきものだ。
だって、そうだろう。
俺は何もかもを失ったのに、不公平じゃないか。
俺のレプリカなのだから、俺のものであればいい。
俺に従い、お前は俺を愛せばいい。
俺だけを愛せばいい。
所有欲
ヴァンの動きを伝えるためにという大義名分のもと、アッシュは時折、ルークたち一行のもとに現れる。
そのたびに、ルークの、自分と同じはずなのに、何故か幼く見える顔は、パッと笑みを浮かべる。
どこか苦いものを飲み込んだ、そういう笑みではあるが。
「アッシュ!」
ケテルブルグは、常に真っ白な雪に覆われた土地だ。
そんな真っ白な中を、赤いダッフルコートを身に纏ったルークが、姿を現したアッシュのもとへと駆けて来る。
「……」
いつもの腹を出した薄着では寒いのはわかるが、何故、そこまで着込む必要があるのだろう。
アッシュは、コートだけではなく、ふわふわの白い毛糸の帽子に、同じく白い毛糸のマフラー。
もこもことした手袋に、ペルシアブーツを履いたルークの格好に眩暈を覚えた。
ルークにそういう装いをさせた奴らを、ナタリアを除いてぎろりと睨む。
駆け寄ってくるルークは、そんなアッシュの様子に気づく様子もない。
精神年齢は確かに七歳かもしれないが、肉体年齢は十七のはずだ。
なのに、どうしてそう子どものような格好が似合うのだ。
自分にもアレは似合うのか。似合っても困るが。
いや、そういう問題ではない。
「…おい、屑」
ぴく、とルークの眉が下がり、笑顔が曇る。
翡翠色の目が、罪悪感の色の浮かべている。
いっそ思いっきり罵ったら、こいつの罪悪感は軽くなるのだろうか。
アッシュはふとそんなことを思う。
そんな哀しげな目で見つめられるくらいなら、憤りをぶつけられた方がまだマシだ。
──俺だってそうしてるんだ。
お前だってそうすりゃいいだろうに。
「アッシュ、今日はどうなさいましたの?」
ナタリアが驚きと嬉しさの混じる声でアッシュを呼ぶ。
アッシュがナタリアへと視線を移すと、ルークがホッと息を吐くのが聞こえた。
──…俺に。
同じ翡翠色の目に見られるのが、そんなに嫌か。
チリ、と心がざわめくように苛立つ。
「…情報を持ってきた」
「まあ、ありがとうございます」
にっこり、ナタリアが笑う。
なのに、苛立ちは消えない。
ナタリアに不機嫌な顔を向けるわけにもいかないので、アッシュは強引にそれを押し隠すが、余計に、ルークへの苛立ちが怒りに進んだ。
「…で、屑」
「……何?」
ナタリアからルークへと視線を戻す。
屑と呼ばれることに抵抗がないわけではないのだろう。
ルークの返事には、間があった。
それでも、ルークはへらりと笑みを浮かべている。
困ったような、泣き出しそうな、そんな子どもの笑みを。
アッシュは、ぐ、と眉間に皺を寄せた。
「何だその、ガキのような格好は」
はっ、と鼻で笑うように言えば、ルークの顔がへにゃりと情けなく歪む。
ゴメン、と小さな声がアッシュの耳に届いた。
怒りが、一瞬のうちに後悔に変わる。
だが、アッシュがそれを取り繕う前に、ガイがルークの肩を抱いていた。
「気にすんな、ルーク」
「……ガイ」
「いいじゃないか、お前には似合ってるんだし」
ガイの台詞は、暗にルークとアッシュは、違っているのだと言っていった。
アッシュには似合わずとも、ルークには似合っている。
その言葉に、ルークの顔に明るい笑みが零れる。
もうそれ以上、アッシュはルークを見ていたくなかった。
「おい、そこの死霊使い」
「私は死霊使いなどという名前ではないんですがねぇ」
わざとらしく肩を竦める男に、アッシュのこめかみに青筋が浮かぶ。
ジェイドの態度には、アッシュへの厭味が溢れている。
ルークに対する態度が気に入りません。
そう薄ら寒い笑顔が言っている。
ガイといい、この男といい。
どうしてあいつの周りには、こんな奴らばかりなのだろう。
アッシュはギリ、と奥歯を噛み締め、情報を纏めた紙をジェイドに叩きつけた。
これはどうも、と死霊使いが優雅に慇懃無礼に礼を取る。
その動き一つにも厭味が溢れていて、アッシュは怒りを通り越して感心すらしたくなった。
「…じゃあな」
一言、そう告げ、背中を向けて歩き出す。
剣の柄には右手を置くのを忘れない。
ガイの視線が憎悪と嫌悪を絡めて突き刺さってくる。
「アッシュ!」
──同じ声、のはずなのにな。
ため息を一つ落とし、顔だけを振り向かせる。
何故、ルークの声は耳に心地いいのだろう。
何故、ルークの翡翠色の目は煌いて見えるのだろう。
何故、ルークの顔は幼く、愛らしく見えるのだろう。
どうかしている。
アッシュは低く笑って、何だ、とルークに答える。
「あの、さ。…ありがとな」
にこ、とルークが笑う。
遠慮がちな笑みが、憎らしい。
もっとあからさまに笑えばいい。
ガイに向ける笑みは、もっと明るい笑みじゃないか。
アッシュは何を言うこともせず、首肯だけすると、今度こそ振り向くことなく、
ルークの前から離れていった。
紅い髪が、溶けた雪に湿っていた。
*
ケテルブルグを出たところで、アッシュは足を留め、天を仰いだ。
ゆっくりと息を吐く。
真っ白な吐息が空に溶けて消えていく。
灰色の曇天が、重苦しく空を覆っている。
「……俺は」
あいつを…ルークを、どう思っているのだろう。
馬鹿馬鹿しい、と思う。
あれは本来の『ルーク・フォン・ファブレ』の居場所を奪い、アクゼリュスをヴァンに唆されるままに滅ぼした大罪人だ。
いや、人ですらない。
第七音素の塊、レプリカドール。
「……俺も似たようなものか」
くっ、と喉を鳴らして哂う。
タルタロスに倒れ伏した、百余名もの死体。
タルタロス──奈落を意味するその名に相応しい地獄絵図。
タルタロスには、死者の無音が息づいてた。
死んだマルクト兵たちは、神託の盾兵たちに次々にタルタロスから投げ出された。
それを、せめてもと、アッシュが焼いた。
──何が、神の託宣を施行する神の兵だと、罵りながら。
「…ッ」
人の肉が燃える饐えた匂い。
込み上げてきた吐き気を思い出す。
ヴァンを裏切ることを決意したのは、思えばあのときだったのかもしれない。
人を殺すことを躊躇っていた、レプリカルークの震えた手を思い出す。
いつのことだったろう。
命を奪うことに、躊躇いを覚えることを忘れてしまったのは。
綺麗な綺麗な真っ白な、ルークの手。
それは自分の手であるはずだった。
深紅の髪と同じ色で、手を汚すつもりなどなかったのに。
「…クッ、クク」
そうか。アッシュは気でも違えたかのように笑う。
そうか、俺は。
「…ルーク」
かつて、それは自分の名だった。
真っ白な、この雪のように真っ白だった『ルーク・フォン・ファブレ』は、自分だった。
だが、今の自分は、鮮血のアッシュ。
血に塗れた灰。それが自分だ。
だから。
「だから、ルーク」
俺はお前には綺麗でいて欲しかったんだ。
今頃、気づいたところで遅すぎる。
あいつもまた、血にその手を浸してしまった。
浸させてしまった。怖いのかと、罵って、しまった。
「……なのに」
なのに、どうして白く感じるのだろう。
どうして朱色の髪を、日の光のように感じられるのだろう。
「…ルーク」
聖なる焔の光。
お前が側にいてくれたなら、灰となった自分も、また焔として燃えられるのだろうか。
「…そうだ、お前は」
俺のレプリカである、お前は。
俺の側で、俺を愛するべきなんだ。
アッシュは紅蓮の髪を靡かせ、真っ白な雪の中、笑った。
*
そっと悟られぬよう、ケテルブルグの街中に戻ったアッシュは、公園でルークを見つけた。
もこもこと温かそうな格好をしたまま、一人ベンチに座り、ぼんやりと雪合戦をしている子どもたちを見ている。
何をしているんだ、とアッシュは首を傾げた。
だが、すぐに一人ならば好都合、と側に行こうと歩き出す。
その前に、反対側の階段を上ってくるガイの姿が見え、舌打ちし、近くのかまくらに身を隠すことになってしまったが。
「こんなとこにいたのか、ルーク」
「……ガイ」
ガイがベンチに積もった雪を払い、ストン、とルークの隣に腰を下ろす。
アッシュの位置からでは、ガイの背中がかろうじて見えるだけで、ルークの姿はわからなかった。
ただガイの自然な様に、眉間の皺が深くなる。
「どうした」
「……アッシュのこと、なんだけどさ」
「あー…」
「何だよ」
「いや、あいつのこと、考えるのも嫌だな、と」
「お前…ホント、アッシュのこと、嫌いだよな」
「ははは」
「…そりゃ、父上がしたこと…考えれば…」
ルークの声が、語尾にいくにつれ、小さくなる。
アッシュからはルークの姿は見えないが、おそらく、顔を俯かせ、項垂れているのだろう。
ガイが苦笑を零した。
「それだけじゃないんだけどな」
「……他にもあるのか?」
「お前への態度が気に入らない」
ヒュッ、とルークが息を呑む。
ガイは笑顔を浮かべている。
それが、アッシュには気味が悪かった。
「でも、それは、俺が」
「お前は悪くない」
「ガイ、俺は」
「悪いのは、ヴァンだろ」
「……でも、俺は」
「じゃあ、ルーク。俺がオリジナルに馬鹿にされてるレプリカだったら、お前、腹立たないか?」
「……怒るよ、そんなの」
「俺だってそうだ。大体…」
「ガイ?」
不意に、アッシュの翡翠色の目に、朱色の髪が映りこんだ。
それがガイがルークを抱き寄せたからだと気づくと、今すぐ、ここから飛び出していってしまいたくなる。
鞘から剣をわずかに抜く。
「大体、あいつ、俺の俺の言いすぎなんだよ」
「……おま…ぶはっ」
ルークが噴き出し、ケラケラと笑い出した。
可笑しそうに、楽しそうに笑っている。
自分には決して向けられない笑みに、ズキリとアッシュの心臓が血を流した。
「何だよ、ガイ。お前、妬いてたのか」
「当たり前だろ。恋人が他の奴に『俺の』扱いだぞ?腹立つに決まってるだろ。その上、離れたとこでも会話出来るわ、お前はあいつ見つけると、すぐに近寄ってくわ」
ぶつぶつ文句を言いながらも、ガイのルークを抱きしめる腕は緩まない。
ルークも、それに慣れきっているように笑っているばかりで、ガイの腕を解くつもりはないらしい。
「それくらい我慢しろよ」
「悪かったな、心狭くて」
「あのなー、ガイ、俺が好きなのはお前なんだから、嫉妬する方が馬鹿らしいとか思わないか?」
「……俺の方がアッシュより好きか?」
「ガキみてぇなこと言うなよ…」
「ルーク」
ガイの声音が厳しくなる。
ルークがため息を零し、くすくすと笑った。
アッシュは身動き一つ取れず、強張ったまま。
「お前の方が好きだよ、馬鹿ガイ」
「…余計なもんがついてたが…そっか…」
へら、とガイの横顔がとろけているのが見える。
ガイの肩に顎を乗せ、ルークもまた、微笑んだ。
「大体、アッシュにはナタリアがいんだから、変な心配するなよ」
「……あー、まあ…そうだな」
歯切れ悪く、ガイが同意する。
その様子に、ガイが気づいていることを、アッシュは悟った。
頭に血が昇り、顔が熱くなる。
知られている。悟られてしまっている。気づかれてしまっている。
ガイは知っている。
俺がレプリカルークを特別に想っていることに。
ナタリアと同じ、けれど、違う位置に置いていることに。
──…ちくしょう。
あれは、レプリカルークは、俺のものだ。
あれは俺を愛さなければならないのに。
俺が愛されるはずだった場所を奪ったあいつは、その分も俺を愛さなくてはならないのに。
それなのに、ガイに先を越されたなんて。
ガイを愛しているだなんて。
そんな復讐者を、裏切り者を愛しているだなんて。
「ルーク、そろそろホテル戻ろうぜ。風邪引いちまう」
「そうだな」
「で、部屋で続きってことで」
「…お前、アホだろ」
立ち上がった二人が、揃ってホテルへと歩いていく。
ガイの軽口にルークが笑っているのを、アッシュは茫然と見送る。
「…お前は」
かまくらから出る。
サクリと足が雪を踏む。
はらりと降って来た雪が、肩に落ち、頬に触れた。
溶けたそれは、気づけば零れていた涙と交じり合う。
冷気をたっぷりと孕んだ風が、アッシュの露出の少ない肌に突き刺さる。
涙は今にも氷ってしまいそうだった。
「お前は、俺のだろう、屑が」
渡せない、渡すものか。
お前は俺の側で、俺を愛していればいい。
「…クッ」
アッシュは子どもたちが家路へと着く公園で一人、澱んだ空を見上げ、低く笑った。
END