月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
アシュルク。切ない話になりました。
ED後、ですがいろいろ捏造の上でED後。
アッシュはエルドラントで死んでいません。ルークと一緒にヴァンを倒して、ローレライも二人で解放。
ルークもアッシュも二人とも生き残ってます。が、ルークは瘴気中和の関係で音素乖離は進行中。
大爆発は、今回はなしの方向で…。
この話は、笹/川/美/和の「あなたあたし」という曲からイメージしてますー。タイトルも歌詞から拝借してます。
注!同行者厳しめ(ジェイド&アニス除く)
どうしたらいいだろう、とルークは思う。アッシュと二人、並んで堤防に腰掛けて、ぼんやりと海を眺めて。
ああ、どうしたらいいんだろう。
グランコクマから見える海は月に照らされ、海面にぽかりと波打つ月が浮かんでいる。まるで鏡のように、キラキラと煌きながら。
「…綺麗だな」
「……うん」
ぽつりと呟いたアッシュに頷く。綺麗だ、本当に。隣にいるのが、アッシュだからこそ、余計に。
ルークは足をぶらりと揺らした。こつ、と踵が堤防にぶつかる。
堤防に置いておいた手に、アッシュの手が重なった。温かい手だった。
「ごめんね、アッシュ」
好きだけど。大好きだけど、側にいてあげられなくて。
アッシュの顔が苦痛に歪む様を見て、ルークは安心させたくて、微かに微笑んだ。
そんな顔しないで、アッシュ。ねぇ、アッシュ。
「俺がいなくなった後は、俺のこと忘れていいから」
「馬鹿言うな!俺は…」
「うん、怒ってもいいよ。罵ってくれてもいい。自分でも酷いこと言ってるって、わかってる」
「……馬鹿が」
「うん」
ぐ、とルークの手を握るアッシュの手に、力が篭る。大好きだよ、アッシュ。本当に本当に。
でも、俺はアッシュに何も残せない。せめてこの身体が女性のものだったなら、アッシュに子どもを残してやれたかもしれないけれど。
けれど、レプリカでしかないこの身は、アッシュに何も残さない。
残して、あげられない。ただ消えていくだけだ。
「形になるものを残してあげられなくてゴメン」
「謝るな」
「…酷いついでに、我侭、言ってもいい?」
「何だ」
「俺が消えてしまう日まで、ずっとずっと側にいて」
「言われずとも」
だから、お前は馬鹿なんだ。
怒ったように、泣き出すように言ったアッシュに、ルークは小さく笑って。手を伸ばし、アッシュの頭を抱き寄せた。
海から、静かな波音が響いていた。
*
馬鹿の一つ覚えみたいに、何度も何度も手を差し伸べてくるルークに、安らぎを覚えるようになったのはいつからだろう、とアッシュは首を傾ぐ。いくら罵っても、馬鹿にしても、怯えた顔はするものの、ルークはこちらへと歩み寄ろうと必死だった。
絆されたのかもな、とアッシュは笑う。ただ真っ直ぐに、アッシュ!と追い縋ってくる翡翠から、目を逸らせなくなったのは、いつからだろう。
「……」
ピオニーやアスターの力を借り、アッシュとルークはケセドニアに近いマルクト領に、一件の家を借り、住んでいた。ヴァンとの戦いの後、ローレライを二人で解放した後から、ずっと。瘴気の中和のせいで、音素乖離を起こしているルークの残り時間は、短い。
その短い時間を、アッシュとルークは二人きりで過ごす道を選んだ。他には、何もいらなかったから。ただお互いがいれば、それでよかったから。
ルークが、これからのことを一応、ガイたちにも伝えておきたいと言ったとき、やはり止めるべきだったな、と近くの澄み切った川から組んできた水を沸騰させ、冷やしたものをコップへと注ぎながら、アッシュは吐息する。
ジェイドとアニスを除いて、彼らは揃って、二人を止めようと必死になった。ジェイドとアニスは、そうするだろうと思っていたと、苦笑混じりに頷いたのに、ガイやナタリア、ティアは理由を並べ立ててきた。
曰く、二人はキムラスカに英雄として戻るべきだ。
曰く、キムラスカを導けるのは、二人だけだ。
曰く、ルークを助けるためにも、ベルケンドに行くべきだ。
理由は様々だったが、ガイたちの本当の理由は一目瞭然だった。その目が雄弁に語っていた。
ガイはルークを自分のもとに留めたくて。ティアはルークを支えるのは自分の役目だと勝手に思い込んで。ナタリアはアッシュは自分のものだとそう信じて。
コップを掴む手に力が篭り、キシ、とガラスが歪んだ音を立てる。ハッ、と我に返り、アッシュは緩く首を振り、手の力を緩めた。
ルークの傷ついた顔が、忘れられない。父や母が裏で手を回し、ナタリアが自分たちを捜索するのを妨害してくれているが、それもいつまでもつことか。ティアにはもとよりそれほどの力はなく、人に頼るしか能がないのでさほど心配はしていないが、ガイはしつこい。今のところは、ピオニーが皇帝命令としてマルクトに留めてくれているが、ガイは主を軽んじる傾向がある。許されると思い込んで。
きっとそのうち、勝手に探し出そうと動き出すに違いない。
「…あと少し」
せめて、あと少し。あと少し、誰もここを見つけてくれるな。
きゅ、と唇を引き結び、眉を寄せ、アッシュは窓を見やった。夜の帳が落ちた外は暗く、森の中に作られた小屋の周りは、とっぷりと闇で覆われている。月も今夜は出ていない。
コップを手に持ち、アッシュは寝室に向かった。ベッドに横たわるルークの側に置いた椅子に、腰を下ろす。
「ルーク、喉が渇いただろ」
朱色の髪を指で梳くように、ルークの頭を撫でる。ルークの瞳は開くことがなかった。硬く閉じられた瞼を温めるように、唇を落とす。
長い朱色の睫毛が、アッシュの唇を擽った。
「…いい夢を、見ているか?」
手を鼻の上に翳し、呼吸をしていることを確かめ、ホッと息を吐く。
冷たい水を一口、口に含み、アッシュはルークの唇に自分の唇を寄せた。舌でこじ開け、口腔に水を流し込む。こくん、とルークの喉が上下したのを確かめ、口の端から零れた水を、アッシュは丁寧にハンカチで拭ってやった。
「覚えているか、ルーク。お前、俺に酷いことを言ってるって、言ってただろ」
また水を口に含み、ルークへと口付ける。ゆっくりと水を注ぎ、薄く開いた目からルークの顔を見つめる。頬に微かにルークの呼気が当たった。
何度も、アッシュは同じことを繰り返した。コップ一杯の水が、無くなるまで。
──アッシュがルークへと注いでいるのは、水だけではなかった。
「俺も、お前に酷いことをしている、んだろう」
アッシュがルークへと注ぐのは、第七音素だった。レプリカであるルークは、第七音素で形作られている。音素乖離が進むルークに、音素を注げば、もしかしたら大地に留めておけるかもしれないと始めたことだ。
実際、ルークの身体は乖離が緩やかなものになった。けれど、意識は日に日に緩慢なものとなり、ある朝からずっと目が覚めることなく、ルークは眠り続けている。
限界なのは、アッシュにもわかっていた。ルークがこの地に留まっていられる、アッシュのもとに留まっていられる時間はとうに過ぎているのだろう。だからこそ、ルークは目覚めないのだろうから。
それでも、手放せなかった。離れたくなかった。だから、アッシュは第七音素を水とともに毎日、注ぎ続けた。身体が生きていれば、もしかしたら、もしかしたらと諦め切れなくて。もう一度、アッシュと呼んで欲しくて。翡翠の目を細めて、笑って欲しくて。キスを返して欲しくて。
「…ルーク」
上掛けを捲れば、ルークの手足が透けていることを、アッシュは知っていた。アッシュ自身が倒れるほどに第七音素を注ぎ込んでも、ルークの乖離は止まらない。出来るのは、緩やかにすることだけ。少しでもその時が来ることを遅らせることだけ。
ただ、それだけしか、出来ない。
「俺もお前に側にいて欲しいんだ」
愛してる。愛している。ルークだけがいればいい。
他には、何もいらない。
コップをベッドの脇の小机に置き、アッシュは靴を脱ぎ、ルークが眠るベッドに入り込んだ。ルークの身体を抱き寄せ、強く抱き締める。
このまま、ルークと自分の音素が溶け合って、一つになってしまえばいい。乖離するというのなら、俺の音素もつれていけ。
「…愛してる」
おやすみ、とルークの額にキスをし、アッシュは透け始め、軽くなったルークの身体を抱き締め、目を閉じた。
もう二度と、自分一人だけが目覚める朝がやって来なければいいと願いながら。
END