月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ルクアリ。
では、ありますが、ルークが六神将の設定なので、名前がアッシュとなっています。
被験者ルークはお屋敷に返されてます。出てきませんが。
自分がレプリカであることも知っています。
イオンがイオンじゃないと気づいてしまったアリエッタとの話。
ぬくもりの心地よさに、アリエッタは吐息を零し、目を閉じた。
朱色の髪の青年の腕の中は、温かかった。優しい温かさで、満ちていた。
注がれる翡翠の眼差しも、柔らかい。
ずっとこのまま、このぬくもりに包まれて、まどろんでいたい。
「うん、いいよ、アリエッタ」
このまま、眠ってしまってもいいんだよ。
優しい声が、アリエッタに囁く。悲しいことばかりが続いて、疲弊しきったアリエッタのひび割れた心に、とろりとろりと柔らかな水として、染み込んでいく。
つぅ、と閉じたアリエッタの目から涙が零れ、まろい頬を滑っていく。
「苦しかったの、アッシュ」
「うん」
知ってるよ、とアッシュの穏やかな声が、アリエッタの心を優しく撫でる。傷ついた心を、丸くまぁるく撫でていく。
イオン様が、アリエッタとの思い出を覚えてなかったの。
一緒に何度もお茶したのに、アリエッタの好きな紅茶のことも、覚えてなかったの。
目を閉じたまま、アリエッタは訥々と話した。イオンは、知っているはずだった。自分が紅茶の中でも、アップルティーを好むことを知っていたはずだった。
皮ごと小さく切ったリンゴを、茶葉と一緒にポットに入れて、一緒に蒸らして。そして、リンゴの甘い香りが漂う紅茶を、一緒によく飲んだのに、イオンは覚えていなかった。
アップルティーの作り方も、覚えていなかった。
「イオン様、アリエッタにアップルティー、教えてくれた、のに」
アップルティーの淹れ方をアリエッタに教えたのは、イオンだった。なのに、覚えていなかった。
久しぶりにイオンが淹れてくれたアップルティーが飲みたくて、イオンをアニスの目をごまかして、こっそり誘い出したアリエッタは、裏庭にイオンを連れて行き、道具を差し出した。
けれど、イオンはただ困った顔をするだけだった。どうしたらいいのか、わからない。そんな顔をするだけだった。
「…イオン様は、イオン様じゃ、なかったの」
ひっく、としゃくりあげ、アリエッタはアッシュの胸に縋った。ぼろぼろ涙を流して、泣きじゃくる。
アッシュは涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃのアリエッタを厭うことなく、抱きしめた。温かな胸に縋って、アリエッタはひたすらに、泣く。
「ホントは…ほん、とは」
「…もっと前から、そんな気がしてた?」
「……うん」
こくん、と頷き、声を上げて、泣く。
そう、本当は、ずっとそんな気が、アリエッタはしていた。
今のイオンは、自分のイオンではないのではないかと、ずっと、そう感じてきた。感じていたけれど、怖くて、確かめることが出来なかった。
それが本当だったとしたら、自分のイオンはどこに行ってしまったのかを、考えなくてはならなくなるから。だから、怖かった。
イオンはもうどこにもいないんじゃないかと知ることが、怖かった。
「アッシュ、イオンさま、アリエッタのイオン様は、どこ…?」
「…アリエッタは、それを知りたいの?」
「……」
ぐぅ、と喉奥で、アリエッタは呻く。手の届くところには、もうどこにもいないんだと、言われているようだった。
ああ、けれど、きっと、それが正解なのだと、アリエッタは鼻を啜る。
きっと、もう、イオン様は、どこにも。もう、どこにも。
アリエッタのイオン様には、きっともう会えないのだ。
「なぁ、アリエッタ。アリエッタは、俺がルーク・フォン・ファブレのレプリカだって、知ってるだろ?」
「……あのイオン様も、そう、なの?」
「アリエッタは、賢いね」
アッシュが、愛しげにアリエッタを見つめ、微笑んだ。桃色の髪を優しく梳きながら。
アリエッタは緋色の目を開き、アッシュを見上げた。アッシュの翡翠色の目が、ゆるりと細められている。
笑みの滲むアッシュの頬に、そっと触れれば、アッシュが頬を擦り付けてきた。
「どうして…イオン様、アリエッタに何も言って、くれなかった、の?」
「アリエッタが悲しむと思ったからだよ。…馬鹿だよな。レプリカはレプリカであって、被験者とは違うのに。代わりになんて、なれないのに」
苦しげに、吐き出すようにアッシュが呟く。アリエッタは朱色の髪に指を絡め、ことりとアッシュの肩に頭を預け、息を吐いた。
アッシュの言うとおりだと、思った。
「アッシュがルークじゃない、みたいに、アリエッタのイオン様はイオン様しか、いなかったのに」
「うん。レプリカは代替品なんかじゃ、ないのにな」
「アリエッタ、悲しい、です」
イオンが何も言ってくれなかったことも、イオンがレプリカを自分の代わりになると疑いもしなかったことも。
そして、アリエッタがレプリカと被験者の違いに、気づかないだろうと考えたことも。
(わかる、のに)
レプリカはレプリカだ。アッシュがアッシュとして、生きているように。
アッシュの被験者であるルークには、会ったことはない。それでも、二人並んだとしても、自分は間違えないとアリエッタは思う。
自分に優しく微笑んで、柔らかく見つめてくれるのは、アッシュだから。アッシュだけだから。
アッシュの殺風景な部屋に置かれたベッドの上で、アッシュの膝に乗り、その腕に抱かれたアリエッタは、アッシュの朱色の髪の匂いを肺一杯に吸い込んだ。
仄かに陽だまりのような匂いがした。どこか安心できる匂いだった。
「アッシュは、いなくならない?アリエッタを、一人に、しない?」
「…アリエッタは、一人になりたくないの?でも、アリエッタには、ママも妹もいるんだから、俺がいなくなっても、一人じゃないよ」
「ママも妹も、いる、けど…アリエッタ、アッシュがイオン様みたいにいなくなったら、一人になっちゃう気がする…」
こんなふうに抱きしめてくれる人は、アッシュだけだ。アッシュだけなのだ。
イオンがいなくなってしまった今、優しく笑いかけてくれるのも、アリエッタと愛しげに呼んでくれるのも、アッシュだけ。
だから。
だから、アッシュまでいなくなってしまったら。
アリエッタの身体が、ぶるりと震える。
アッシュが、嬉しげに顔を綻ばせ、アリエッタの額に口付けを落とした。
「可愛いアリエッタ。なら、イオンのアリエッタじゃなくて、俺のアリエッタになってくれる?それなら、俺はアリエッタを一人にしないよ」
「アッシュがどこかに行っちゃうときも…?」
「そのときは、アリエッタも連れて行ってあげる」
俺はイオンよりも、我侭で、貪欲だから。
にこりと微笑み、アッシュが今度はアリエッタの頬にチュッとキスをした。
擽ったそうに身じろぎ、アリエッタは笑う。
「アリエッタ、アッシュのアリエッタに、なるです」
「ありがとう、アリエッタ。…大好きだよ」
アリエッタだけが、大好き。
朱色の髪が、さらりとアリエッタの上に落ちた。柔らかな唇が、アリエッタの唇に、触れる。
まるで、春の日差しのように柔らかい焔に包まれたかのように、アリエッタの視界が朱に染まる。
「ずぅっと一緒だよ、アリエッタ」
目を細め、微笑むアッシュに、アリエッタは花が咲いたような笑みを返した。
窓から吹き込んだそよ風で、桃色の髪に、朱色の髪が絡み合うように波打った。
END