月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ルクアリ。
ルークはスレではないですが、歪んでます。
いろいろ特殊設定過多なルクアリ。
世界は滅亡し、そして…。
逆行ではないですが、ある意味、似たようなものかな…。
木漏れ日が落ちる森の一軒家で、たどたどしいピアノの音色が響く。
鍵盤を叩くのは、小さな手、短い指。一所懸命ではあるのだが、その指の動きは拙く、メロディは途切れがちだった。
それでも、何とか一曲弾き終えた少女に送られたのは、温かな拍手だった。優しさと愛に満ちた、拍手だった。
「うまくなってきたね、アリエッタ」
「えへへ」
嬉しそうに顔を綻ばせた少女は、椅子からぴょん、と降りると、拍手の主へと抱きついた。
少女より、見た目としては、五つほど多く年を重ねてはいるものの、まだまだ幼い顔立ちの朱色の髪をゆったりと三つ編みにした少年が、朗らかに目を細める。
その翡翠の目には、少女への溢れんばかりの愛しさが覗いていた。
「ルークに褒めてもらうと、アリエッタ、嬉しいです。ルーク、大好き!」
「うん、俺もアリエッタのこと、大好きだよ」
まろい頬を朱に染め、幼い少女がきゃらきゃらと笑みを零す。ふわふわとした桃色の髪を揺らし、心底、幸せそうに、笑う。
ルークと呼ばれた少年も、とろけそうに翡翠の目を柔らかに細め、アリエッタを抱き上げた。
少しずつ、大きくなってきたアリエッタの重みに、ルークの笑みが深まる。
(俺のアリエッタは、あの『アリエッタ』より、大きくなりそうだな)
ルークの脳裏を過ぎるのは、母の仇と、自分を憎んでいた少女の顔。哀しいあの娘は、結局、母の仇も取れず、また、レプリカを本物と縋るように信じたまま、やっぱりその仇も取れずに逝ってしまった。
何も手に入れられず、すべてを失って、逝ってしまった。
「そろそろおやつにしようか、アリエッタ」
「じゃあ、アリエッタ、紅茶の用意します」
「気をつけてな」
ストン、とアリエッタを下ろし、キッチンへと先んじる姿を見送り、ルークも後に続いた。ゆっくりとした足取りで、ぱたぱたと走り回っているアリエッタの足音に、耳を澄ます。
可愛いアリエッタ。可愛い可愛いアリエッタ。
アリエッタの微笑みだけが、今のルークを生かしていた。
──再びの始まりは、絶望からだった。
存在と引き換えに救ったはずの世界が、結局、滅びていく姿に、音譜帯でローレライとともにたゆたっていたルークは絶望した。
言ったであろう、とそんなルークを憐れむように、ローレライは言った。お前たちは、確かに我が見た夢と違う道を築いた。僅かに、違う道を、と。
僅か、でも、十分だと思っていたのに、とルークは嘆いた。僅かでも道が逸れたならば、そこから新しい道に繋がっていくのだと、そう思っていたのに。
けれど、僅かに逸れた道は、本当に僅かでしかなくて。言うなれば、ほんの少し、遠回りをしただけのことでしかなくて。
世界は、滅びからは逃れられなかった。二千年の間に限界が近づいていたのは、パッセージリングだけではなかったのだ。
空に浮かぶという、不自然な状態を押し付けられた大地もまた、限界を迎えていた。そして、降下した大地は流動化し、人は滅び、獣も滅び──世界は、滅亡した。
絶望し、自分は一体、何のために、と打ちひしがれるルークに、ローレライが囁いた。
我はまた夢を見る、と。大地が再び大地となり、世界が蘇り──また滅んでいく夢を。
我はそうして繰り返し繰り返し、夢を見てきたのだと、ローレライは言った。
譜術戦争、ユリア、預言。何もかもを、繰り返してきたのだと。
今回はお前という存在が生まれ、少しばかり、いつもとは違ったが、と笑いながら。
その繰り返す世界の中で、お前は自由に生きればいい、と七色の焔は揺らいでいた。
──そして、ルークは、今、長い長い時を音譜帯で過ごすうちに音素を使って形成した新しい身体で、オールドラントの大地で、なるべく他人と関わらぬようにしながら、ひっそりと暮らしていた。
六年前、気まぐれのように拾った、ホドの崩落に巻き込まれたフェレス島で生まれたばかりだったアリエッタとともに。
「今日は、どの茶葉?」
「そうだなぁ。オレンジペコにしようか」
「うん!」
冷蔵庫から朝のうちに作っておいて、冷やしておいたプリンを取り出しながら、ルークは答えた。
小さな手で、オレンジペコの缶を開け、中の茶葉を二人分とポットの分、ティーポットに入れるアリエッタに、ふふ、と笑う。
(本当に、気まぐれでしかなかったのに)
アリエッタのことを哀れに思いこそすれ、そこに特別な感情など、かつての自分は抱いていなかった。だから、沈んでいくフェレス島から、ライガクイーンがアリエッタを拾う前に、死んだ母親の側で泣いていたアリエッタを抱き上げたのは、本当に気まぐれでしかなかった。
獣に育てられたが故に純粋無垢であった少女を、自分が育てたら、どんなふうに成長するのだろうか。そんな興味があった。
それに、地上での久々の暮らしを一人で過ごすのも退屈であろうし、とそう思って、拾っただけだった。
(でも、今は…それだけじゃ、ない)
日々、成長していくアリエッタから、目が離せない。アリエッタがいない日々など、考えられない。
桃色の髪、緋色の目。姿かたちこそ、導師イオンを一心に慕っていた少女と同じだが、目の前にいる『アリエッタ』は、ルークだけの『アリエッタ』だった。
幼さゆえに、舌ったらずの声音も、年を重ねるうちに、より流暢なものとなり、人が成長するに必要な栄養が足りている今、背も伸びるはずだ。
ここにいるのは、俺のアリエッタなのだと、ルークはプリンをトレイに乗せ、薄っすらと微笑む。
この幸せは、いつまでも続く。続かせてみせる。
再び、世界が滅びを迎える、その日まで。
(…そして、また)
世界が再生し、繰り返される歴史の中でも、アリエッタとの幸せを、この手に。
アリエッタがイオンやヴァンと関わらぬことで、ローレライが見る夢に変化があるかもしれないけれど、それも、所詮は些事だろう。
預言に詠まれぬレプリカという存在が、『僅かな』綻びしかもたらすことが出来なかったように。
「紅茶、淹れ終わった?」
「うん!」
「じゃあ、リビングに行こうか」
プリンとティーカップが乗ったトレイを持ち、ルークはアリエッタへと穏やかな微笑を向けた。
アリエッタからも、幸せそうな微笑みが返ってきた。
窓の向こうには、ただただ静かな森が広がり、二人の平穏を乱す影はどこにもなかった。
END
サブタイトルは『紫の上計画』だったり。