月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
「アッシュと天使たち」シリーズ。
アッシュがレプリカルーク(ルーシェ)を連れて行った直後の話。
ルーシェの名前の意味は。
膝に乗せた子どもが、うとうととまどろんでいる様子に、アッシュは小さく笑んだ。
朱色の髪を、優しく梳く。
この髪を、いずれ自分と同じ黒に染めないとな、とアッシュの唇からため息交じりの呟きが漏れた。
赤い髪と翡翠の目は、キムラスカ王家の特徴だ。
それを知る者があれば、この子の素性を訝しく思うだろう。
この子が平穏であるためには、キムラスカ王家と縁あるのでは、と疑われるわけにはいかない。
これほどに美しい朱色を黒に染めてしまうのは、惜しく思われるが、仕方ない。
柔らかな頬を、ぷに、と人差し指で押せば、子どもが薄っすらと瞼を押し上げた。
潤んだ翡翠の目が、朱色の睫毛の下から覗く。
翡翠は、美しかった。
純真で、無垢で。
感情がまだ薄い目に宿る光は、どことなく無機質ではあったけれど、それでも、美しい。
この翡翠は感情を覚えていくうちに、もっと美しい色を見せてくれるはずだ。
(…だが)
それは、限りなくルークに近くとも、ルークとは違う色になるのだろう。
当たり前か、とアッシュは歪んだ笑みを口の端に乗せた。
この子は確かにルークと同じレプリカルークで、今、自分がいるのは、過去だけれど、この子がこれから辿る道は、自分が愛したルークとは違う道だ。
ローレライの力を使い、過去へと戻った自分が関わった時点で、この子の道はルークとは違えてしまった。
干渉したのは、幸せになって欲しいからだった。
だから、コーラル城で生まれたばかりのこの子を攫った。
被験者ルーク──過去の自分にも接触し、この子を憎まぬよう、仕向けた。
幸せで、あるように。
ただ幸せな道を生きられるように。
それを望んだのは他ならぬ自分であるのに、一抹の後悔を抱いている己の在り様にアッシュは自嘲を零した。
子どもが幸せであることを祈ることが、願うことが、罪であるとは思っていないけれど。
「…ルーク」
失ったものは、戻らない。
わかって、いた。
わかっていたことだ。
零れたミルクは、どんなに惜しんだとしても、元には戻らない。
こうして過去に戻ったところで、ルークが、あの愛しくて仕方ないルークが戻ってこないことなど、この腕に抱きしめられないことなど、わかっていた。
ルークは、死んだ、のだから。
「……」
アッシュは緩く息を吐き、朱色の子どもを抱きしめた。
子ども特有の高い体温に、冷えた身体が温まっていく。
けれど、心の奥底は冷えたままで、アッシュの身体が小さく震えた。
子どもがとろりとした翡翠の目にアッシュを映し、小さな手でしがみ付いてきた。
「…お前」
「うー」
生まれたばかりのレプリカルークは刷り込みをされていないために、言葉を話せない。
ただ、うーうー、と唸るように音を発している。
その音がまるで自分を慰めるかのような言葉に聞こえ、アッシュは思わず、子どもを抱き締めた。
朱色の髪に鼻先が埋まる。どこか甘い香りが鼻腔を擽ったような気がした。
そんなわけがないとわかっていながらも、それは懐かしさがこみ上げてくるような乳の匂いに似ているように思えた。
赤ん坊の、匂いだ。
ぬくもりが、胸のうちにじんわりと伝わっていく。染みていく。
「大丈夫だ」
お前のことは、俺が守るから。
何があっても、守り通してみせる。
だから、幸せになって欲しい。
そのために障害となるものは、すべて俺が片付けるから。
「お前の半身が、早くお前を呼ぶといいな」
「うー?」
「俺にルークが必要だったように、あのルークにも、お前が必要だ」
お前にとっても、必要なはずだ。
アッシュは優しく子どもの前髪を払い、額に口付けを落とした。
子どもが擽ったそうに、腕の中で身じろぐ。
「お前に、名前をやらなければな」
ルークとは違う名前だ。
ルークが歩めなかった幸せを、この子には歩んで欲しい。
だから、この子には、この子だけの、名前を。
この子がこの子として、生きていける名前を。
「…ルーシェ」
「う?」
「ルーシェ、それがお前の名だ」
光輝く者。
その意を込めた名を、お前に。
光輝くような幸せを、その手に掴んで欲しい。
そんな願いを、込めて。
「幸せになれ、ルーシェ」
お前がお前らしく生き、最後まで幸せだったと思えるような人生を、どうか。
アッシュはいつの間にか眠りに落ちたルーシェに、慈しみのこもった微笑みとキスを一つ落とし、柔らかな身体をしっかりと腕に抱き、ルーシェが幸せになれる場所を求め、ゆっくりと歩き出した。
END