月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
2009.04.09
ss
アシュルク。
雰囲気勝負の話です。
何かこう、静かで柔らかな雰囲気的なものを感じとってもらえたら幸い。
静かな夜の話。
寂しい子どもの耳に響いてきたのは、子守歌だった。
それは、母の声ではなかった。まして、父のものでもなければ、幼い使用人のものでもなかった。
子ども自身とよく似た声だった。
子どもと同じく、寂しげで孤独な声だった。
「……」
朱色の髪をした子どもは、毎夜、その夜にだけ聞こえる子守歌に耳を澄ませ、眠りについた。
それは、誰にも聞こえなかった。寂しい子どもの耳にしか、聞こえない歌だった。
一人、上辺だけの薄っぺらな愛を無理やり押し付けられる、寂しい淋しい子どもにしか、聞こえない子守歌を、子どもはいつしか、覚えてしまった。
そして、子どもは、ともに歌おうと、唇を開いた。自分がその子守歌に慰められたように、自分もまた、寂しい歌声の主を、慰めたくて。
けれど、子どもが歌声を重ねたとたん、それは止まってしまった。子どもは悲しくて哀しくて仕方なかった。
朱色の髪をぎゅ、と握りしめ、子どもは翡翠の目を潤ませた。驚かせてしまったのだろうか。怖がらせてしまったのだろうか。
(一緒に…歌いたい、だけなのに)
子どもは唇を閉じた。もう聞けないのだろうか。あの──。
子どもはまた唇を開き、一人、月明かりが差し込む部屋で、子守歌を歌った。
頭をよぎるのは、さみしい声。かなしい声。
今度は自分が、あの歌声の子どもに、歌を贈る番だ。だから、たとえ、歌が聞こえなくなってしまったとしても、歌おう。独りではないと、知ってほしい。
ここに自分がいると、一緒に歌う自分がいると知って欲しいから。
子どもは舌っ足らずの声で、一生懸命に歌った。
届いて欲しい。願いをこめて、歌う。
名前も知らない、誰か。子守歌が自分に届いていたことも、きっと知らなかったに違いない。だから、驚いて歌うのをやめてしまったのだろう。
(また…聞きたい)
一緒に、歌いたい。一人じゃないと、確かめ合いたい。
一緒に、歌おう!
子どもは毎夜、眠る前のひと時、子守歌を歌った。月が満ち、また少しずつ欠けていく中、子どもはただただ一生懸命、歌を繰り返した。
自分が毎夜、眠りについたように、あの子守歌の主も、自分が歌う子守歌で、眠りについているのだろうか。
そうだったらいいな、と子どもは祈る。
安らかで穏やかな眠りについてくれていればいいな、と願う。
歌声しか知らない誰かを、慰められているなら、いい。
「…あ」
月の満ち欠けが、一周したころ。
子どもの耳に、また子守歌が響いた。
子どもは満面の笑みで、子守歌を歌った。
*
ぎくり、とアッシュは足を止めた。
声が、した。
(この、子守歌、は)
身体を休めようと、立ち寄ったグランコクマ。
が、寝付けず、一人、深い眠りについていたギンジを宿に残し、出てきた人気のない街中で、アッシュは歌声を聴いた。
──それは、幼いころ、毎夜、聞こえていた子守歌だった。
いつからか、一緒に歌うようになった子守歌。つい最近まで、一緒に歌っていた子守歌。
けれど、少し前から、聞こえなくなってしまった子守歌。あの子守歌が、聞こえてくる。
それも、手が届きそうな距離で。
「っ」
アッシュは走り出した。声を求めて。
幼いころ、孤独に耐えかねて、一人、歌っていた子守歌。乳母に教えてもらったものだ。
それを毎晩、ヴァンにダアトへと連れて来られてからというもの、そこに一人、慰めを見出し、歌っていた。
その子守歌が、聞こえてくる。
初めて、自分以外の声が聞こえてきたときは、驚いたものだった。けれど、声は止まなかった。声は支えになった。
孤独に壊れそうになるこの心を、繋ぎとめたのは、あの声だ。
(…近い)
角を曲がったところで、アッシュは息を呑んだ。
丸い丸い白銀の下、海を前にした朱色の髪の青年が、佇んでいた。
その背を、アッシュは静かに見つめる。歌声は、その青年が──ルークが奏でるものだった。
「……」
はは、と短く、笑う。
あの声は、ひどく自分と似ていた。そうだ、考えてみれば、わかることだったのだ。
あれは、あの声は。
「……」
アッシュはゆっくりとルークへと近づきながら、ルークの歌声に合わせ、歌った。
ビクリとルークの肩が跳ね、歌が止まる。振り向いた翡翠の目が、大きく見開かれている。
アッシュ、と震える唇で、名を呼ばれる。
アッシュはルークに構わず、歌い続けた。戸惑いながらも、ルークも唇を開き、重ねてくる。
同じ声。同じ音程。同じ歌詞。
子守歌は重なり合い、夜空に響いた。
「……」
「……」
二人、無言で佇み、見つめあう。
海風が、静かに紅い髪を靡かせ、朱色の髪を撫でた。
「…ふん」
「はは」
顔を見合わせたまま、二人、揃って笑いあい。
アッシュはルークとともに、ルークはアッシュとともに。二人、並んで子守歌を歌い重ねた。
END
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