月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ルクナタ。
ナタリアは約束とは言わず、ガイも穏やかな感じです。ガイのほうは絆されてるからってのもあるかな。
たまにこういうほのぼのな話を書きたくなります。
ルーク12歳、ナタリア13歳な子どものころのお話。
13歳にしては、ナタリア、夢見がちですが(苦笑)
特に厳しめ要素はありません。
ガイを相手に木刀を打ち込んでいたルークの耳に、バタバタと廊下を掛ける足音が聞こえてきた。何やら、メイドたちが騒ぐ声も聞こえてくる。
お待ち下さい、とかいろいろと。一体、何ごとだ。
「…なんだ?」
「なんか騒がしいなぁ」
ガイと揃って首を傾いでいれば、中庭に続く扉がバンッ、と音を立てて開いた。ルークの翡翠の目が、丸くなる。
「え、ナタ、リア?」
「っ、ルー…ッ」
両手で思いっきり扉を開けたのは、ナタリアだった。まろい頬を真っ赤にし、ぼろぼろと涙を流している。
目に見えて、ルークは狼狽した。
何故、ナタリアが泣いているんだ。一つ年上のナタリアは、いつもは燐とした王女であるのに。
いつもの気丈さが嘘のように、ぼたぼたと涙を零しながら、少女はルークへと駆け寄ってきた。
「ルーク…ッ」
いつか追い越してやるつもりではあるものの、今はまだ自分より背の高いナタリアを、ルークは必死で受け止めた。足を踏ん張り、どうにか背後に倒れるような無様な真似だけは避ける。
そっとガイが背中をさりげなく支えてくれたのも、倒れずにすむのを助けてくれた。
ちらっと感謝の目を向ける。世話係は苦笑一つを残し、音を立てずにまた背後へと下がっていった。
「…で、どうしたんだよ、ナタリア」
「ふっ、あ、わ、わた…くし、じじょ、が…マレ…ナが…」
「泣いてちゃわかんないだろ。落ち着けよ、な?」
喉をしゃくりあげるナタリアの言葉は不明瞭で、聞き取れない。大丈夫だからと、ルークはナタリアを泣き止ませようと、ナタリアの頭を撫でる。
だが、ナタリアはなかなか泣き止んでくれない。涙腺が壊れてしまったように、ぼろぼろぼたぼたはらはら、泣き続けている。
どうしたら泣き止むのかと、ルークは頭を働かせる。答えは出ない。
泣いてなんか、欲しくないのに。ナタリアには、輝かんばかりの笑顔こそが、相応しいのに。
「ナタリア、ってば」
ぐすぐすと鼻を鳴らし、しがみ付くのをやめないナタリアをどうしていいかわからない。そろそろと、ルークはナタリアの背に腕を回し、ぽんぽん、と軽く小さな背を叩いてやった。
本当に、何があったのだろう。
ナタリアがこんなに泣いている姿なんて、初めて見た。
(泣き腫らした目なら、見たこと、あるけど)
誘拐されて、記憶をなくして、何もわからない自分と会ったときの、ナタリアがそうだった。
真っ赤に泣き腫らした目を、ナタリアはしていた。
当時のことを、ルークはろくに覚えていない。だが、そのときのナタリアの顔だけは、覚えていた。
「何があったか知らねぇけど、言ってくれなきゃわかんないだろ」
「…侍女の、マレーナたちが」
「マレーナ?ああ、ナタリア付きの」
「ぅく…、はつ、恋は実らないって…話してたの、聞いて、しまって」
はつ、恋。
初恋のことだろうか、と首を傾ぐ。
ああ、と背後でガイが納得したように頷いたのがわかった。何だよ、とルークは首を捻り、ガイに訝しげな目を向ける。
「迷信、なんですがね。初恋は実らないものだと、言うことがありますね」
「ふぅん」
「ふぅんって、それだけですの?ルークは、不安ではありませんの…ッ」
大きな目を見開き、眉間に皺を寄せるナタリアに苦笑する。今の今まで泣いていたのに、今では怒っているのだから、面白い。
ナタリアの涙で濡れる頬を、手のひらで拭い、ルークはあどけない顔に笑みを零した。
「なぁ、ナタリア。二年前までの記憶のある俺と、今の記憶のない俺。どっちが好き?」
「どっちも好きですわ」
即座に返された迷いのない答えに、頬が熱くなるのを感じる。ナタリアが潤んだ目で、じ、とルークの目を覗き込んできた。
「二年前のルークは、聡明で、頼もしくて…私、大好きでしたわ」
「…うん」
「今のルークは、確かに、ちょっと頼りないですけど」
「ぐ、う、うん」
噴き出しかけたのを誤魔化すように咳き込むガイを、あとで殴ろうと決めつつ、ナタリアを見つめ返す。
深い緑の瞳が、悪戯めいて煌いた。
「でも、優しくて、大好きですわ」
にこ、と涙の痕が幾筋も残る頬に笑みを浮かべるナタリアに、ルークの翡翠の目が和らぐ。
貴族らしい貴族であったという、二年前の自分。だからこそ、今の記憶を失った自分のことを、残念だ、惜しいことだと嘆いている者たちが多いことを、ルークは知っている。あれが、ファブレの子息だなんて、と。
(だけど、ナタリアは言ってくれたんだ)
記憶を失くし、帰って来た自分に、「初めまして」と言ってくれた。「改めて、仲良くしてくださいましね」と腫れぼったい瞼をした顔で、笑って言ってくれたのだ。
何故、私のことまで忘れたの、と責めることだって出来ただろうに、ナタリアは握手をしてくれた。よろしく、と笑顔で。
その笑顔を、ルークは忘れない。あの笑顔に自分は救われたのだと、思うから。
「じゃあ、大丈夫だよ、ナタリア」
「え?」
「だって、ナタリアにとっての初恋は二年前の記憶のある俺だろ。でも、ナタリアは今の俺のことも好きだって言ってくれた。それってさ、二度目の恋になるんじゃねぇの?」
「…屁理屈ですわよ、そんなの」
でも、とナタリアが可憐な声で、うふふと笑った。
ナタリアの笑い声を聞くと、自分まで気持ちが弾んでくる。ルークもまた釣られたように、笑みを浮かべた。
「素敵ですわね」
二度目の恋なら、きっと叶いますわね!
にこにこと微笑みだしたナタリアに、ホッと息を吐く。うん、とルークは笑い、ナタリアの頬を撫でた。
ナタリアの頬は乾きだした涙で、少しばかり荒れていた。
「…でも」
「今度は何だよ」
「ルークはどうなのです?ルークにとっての初恋が私だったら、どうなるのでしょう?ねぇ、どうなのです、ルーク」
恐る恐るというように、首を傾ぐナタリアに、ぐ、と思わず、口ごもる。そうだと言えば、またナタリアは泣くだろうか。それでは、やっぱり私たちの恋はと、泣くだろうか。
──そうだと言ったら、自分のこの恋は、叶わなくなるのだろうか。
「…秘密」
まぁ、ずるいですわ!とナタリアが声を上げたが、ルークは口を塞ぎ、決して言わなかった。
ナタリア以外の誰に恋をしろって言うんだ、なんて、言えなかった。
賢くないわけではないけれど、夢見がちな姫君が、好きで仕方ないなんてあまりに恥ずかしくて言えない。
(…俺の恋は、初恋、だけど)
ナタリアの恋は二度目だから、きっと。
きっと、大丈夫だ。
言ってくださいな、と頬を膨らませるナタリアを、今度はどうやって宥めたらいいんだと、ルークは頭を悩ませながら、この恋が実ることを祈った。
END
初恋は叶わない、とかよく聞くような。
そんな迷信からちょっと書いてみました。
まあ、大概が子どものころの話になるから、叶わないってことなんでしょうがね。