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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.20
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2008.09.09
5万HIT企画

「灰の騎士団」の続編です。やっと5話目。
今回は再びバラガスのターン。

注!同行者厳しめ




ジョゼットに案内され、連れて来られたクリムゾンの書斎の扉に、バラガスは目を眇めた。濃い茶色の扉は、見るからに重厚な気配を漂わせている。
髭を剃り、さっぱりとした顎を撫でる。さて、これからどう出たものか。
もし本当にクリムゾンが預言保守しか頭になく、マルクトが滅びた先の未来を見据えることも出来ないような無能者ならば、キムラスカを見限るべきだろう。
だが、そうでなければ。

(アッシュは反対するだろうがなぁ)
やれやれと内心、肩を竦め、ジョゼットが部屋の中のクリムゾンへと入室の許可を求める間、バラガスは無言で考えを巡らせていた。
扉の向こうから、許可の声が返り、ガチャリとジョゼットが扉を開けた。

「お初にお目にかかります。私はバラガス・カーンと申します」
「貴殿が『雷光のバラガス』か」

書斎に踏み込み、バラガスは深く頭を下げた。そのままの姿勢で、クリムゾンに言われ、ジョゼットが部屋を出、扉を閉める音を聞く。
ジョゼットの足音が遠くなったところで、クリムゾンがやっと顔を上げていい、と許可を出した。

「さて、何から聞くべきか」
「答えられることならば、何でも答えましょう」
「答えられない、答えたくないことには答えない、ということか」

フン、と鼻を鳴らすクリムゾンに、無言で頭を下げる。否定も肯定も、バラガスはしなかった。
そこに、と言われるままに、クリムゾンと向かい合うように用意された椅子に腰を下ろす。一挙手一投足を窺う視線にも、バラガスが動じることはなかった。

「…まずは、礼を言っておこう。息子を保護してくれたこと、感謝する」
「いいえ、当然のことをしたまでです。彼の素性は一目でわかるものですからね。それに、礼を言うならば、アッシュへ。ルーク様を見つけ、保護したのはアッシュです。私は後から合流した身ですから」
「ずいぶんと、ルークは貴殿たちに懐いていると聞いている」
「そうですね。特にアッシュを気に入っていらっしゃるようですが」

ルークに頼られ、兄としての威厳を保とうとしているのか、しかめっ面をしながらも、抑え切れず、笑みが滲んでいたアッシュの口元を思い出し、バラガスは心の内でひそかに苦笑する。あんなふうに浮かれているアッシュを見たのは、初めてだ。
だからこそ、守ってやらねば、と思うのだ。幼少のころから、超振動という力を持って生まれてしまったが故に、調べられ、実験され、救いを求めて、アッシュは足掻いてきた。

ファブレ公爵家子息として、相応しい振る舞いをするよう、躾けられ、それに応えるべく、努力をしていたが、父上に褒められた覚えはないな、とも、アッシュは苦々しく顔を顰めていた。
そして、心から、つかの間とはいえ、信じたヴァンには誘拐され、監禁され、洗脳まがいの虐待を受けて。希望は、ただただ一目会っただけの、無垢なレプリカだけだったと、アッシュは言ったのだ。

悲しい子どもだと、バラガスは膝の上に乗せた拳を握りこむ。
ルークとともにいるアッシュの幸せそうな顔。愛しげにルークを見つめる目。ルークがアッシュの幸せだというのなら、そして、またルークの幸せもまたアッシュとともにあるのなら、二人を守ってやりたいとバラガスは思うのだ。

(いや、俺だけじゃねぇ)
ロベリアも、ユーディも、ミシェルも、皆、そう思っている。だからこそ、四人揃って、神託の盾騎士団で得た地位を捨て、アッシュの幸せを守るために、こうしてそれぞれが動いている。
もちろん、恩に着せるつもりなど、まったくない。ただそれぞれが好き勝手にやっているだけだ、とバラガスは認識している。

「…それで、何故、ルークに仕えることにしたのか聞きたいのだが」

探るような視線に、顎を撫でる。モースやヴァンの差し金かどうかを確かめておきたいのだろうか。
六神将はヴァンの直接の部下に当たる。疑われたとしても不思議ではない。
好ましい言い方ではないが、ルーク・フォン・ファブレ──『聖なる焔の光』の価値を考えれば、秘預言を成就させるためにも、モースが何らかの手を打ち、確実にルークをアクゼリュスへと向かわせようとすることは簡単に読める。
だが、モースやヴァンの命で動いていると思われるのは、甚だ癪だった。

「正確に言えば、私が忠義を覚えているのは、アッシュです。そのアッシュが選んだ主だからこそ、ルーク様にお仕えしようと思ったまで。忠誠を誓っているかと聞かれれば、私は今のところはノーと答えるしかありませんな」
「『鮮血のアッシュ』は違うのか」
「ええ、アッシュは心底からルーク様をお守りしたいと思っていますよ。忠誠と言っていい。アッシュはルーク様のためならば、文字通り、火の中水の中だろうと飛び込んでいくでしょうね」
「…彼は昔のルークを知っているのか?」
「何故?知っていようと、知らなかろうと、何の違いがあるんです。アッシュは馬鹿じゃない。己の目でルーク様を見極めた上で、主としたんです。昔など、関係ありませんよ」
「だが、今のルークは」

言葉を不自然に途切れさせ、クリムゾンは口を噤んだ。記憶をないことを言っているのだろうな、とバラガスは目を眇める。
やはり、アッシュの言うとおり、見限るべきか、と考え込むクリムゾンを、とくと眺める。

(結局、無事『戻ってきた』息子からも、目を逸らしてるってことなのかねぇ)
ルークであったアッシュを、同じ人間から異端として扱われる苦しみから救ってやらなかったように、ルークもまた、彼は救おうとしていない。預言で死ぬことが詠まれているから。ならば、初めから見なければいい。愛さなければいいとでも、思っているのか。
愛さなければ、執着を持つこともないからと。

(親、だろうに)
秘預言には、キムラスカの繁栄が詠まれている。公爵として、元帥として、彼が国を一番に考えねばならぬことは理解出来るが、納得は別だ。これだから、貴族ってやつは、とバラガスは己の一族を振り返る。

カーン一族は、マルクトで代々伯爵位を賜っている。伯爵といっても、ホド諸島を任されていたようなガルディオス家とは違い、領地もちっぽけなものだ。良質なブドウが成る地で、一族はワインを作ることで、細々と栄えてきた。
四男として生まれたバラガスは物心ついたときには、いずれ家を出て行くと決めていたが、三人の兄たちは違った。二つ下の妹を有力貴族に嫁がせ、自分たちは貴族位を欲している金満家の娘を嫁とした。すべては、一族を栄えさせるという名目のもとに。

バラガスは常に三人の兄たちを、醒めた目で見てきたように思う。権力を欲し、金を欲するあまり、妹すら犠牲にしたことは、特に許せないことだった。妹には好いた男がいたというのに。
守ってやれなかったことが、今でも悔やまれる。預言を振りかざされてしまうと、何も言えなかったのだ。そのころには、既に神託の盾騎士団に入団していたから、なおの事。教団に仕える身でありながら、預言を否定することは、許されなかった。

(…だからこそ、俺はアッシュに忠義を誓う気になったんだろうな)
守りたいもののためならば、預言だとて、覆してみせる。そう吠え、翠の瞳を猛らせるアッシュに、バラガスが見たのは未来だった。
預言に定められていない、不確定な未来。そんな未来を、見てみたいと思った。
アッシュならば、見せてくれると思った。

「…先ほど、今のところはと言っていたが、ルークに、貴殿がいつか忠誠を誓う日は来るか、カーン殿」

酷く張り詰めたクリムゾンの声に、バラガスはハッと顔を向けた。決意が滲む顔に、眉を寄せる。もしかしたら、まだ早いかもしれない。
モースをまるで重鎮のように扱っているというインゴベルト王はともかく、クリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレ、彼を見限ってしまうには。

「それはまだわかりません。ですが、不器用でも、優しいルーク様を守りたいとは、思っています。少なくとも、寄せられる無邪気な信頼を裏切るつもりは毛頭ありません」
「……カーン殿、貴殿は、いや、貴殿たちは、モースやヴァンの命令で動いているわけではないのだな?」
「ご冗談を。モースやヴァンとて嫌がりますよ。私はあの二人にとって、地方に飛ばされたカンタビレ同様、目の上のたんこぶですからね」
「フ…、貴殿は御したがたい男のようだからな」
「で、私たちに何を望んでおいでです」

太い腿を掴み、ぐ、とバラガスは身を乗り出す。クリムゾンが机の上に肘をつき、両手を組み、バラガスの目を真正面から見返してきた。

「貴殿は『聖なる焔の光』、つまり、我が息子ルークに詠まれている預言をご存知か」
「ええ、アッシュがヴァンから聞き出しましたから」
「そうか。ならば、キムラスカの繁栄が詠まれていることも?」
「最後の皇帝の血で玉座を汚して、ですか」
「ああ、そうだ。そこまで知っているなら、話は早い。──私は、疑問に思っているのだ」

クリムゾンの息子と同じ翡翠の目に、鋭い叡智の光が過ぎる。彼が継がれてきた地位にただ甘んじるのではなく、武功を立て、己の知恵を武器としてきた証だ。
バラガスはクリムゾンの話に、全身を傾けた。

「キムラスカは譜業を用いることによって栄えてきたが、農耕は得意ではない。マルクトと違い、肥沃な大地に恵まれてこなかったこともあってな。今も、食糧のほとんどを、マルクトからの輸入に頼っている。だというのに、そのマルクトと戦争を起こし、勝利出来るとは私には思えない。マルクトの今の皇帝は先代と違い、預言を重用していないと聞く。ならば、ホド戦争のときのように、預言に詠まれているからと、丸一年、戦争を長引かせるような真似はしないだろう」
「でしょうね。ピオニー・ウパラ・マルクト9世は預言をむしろ疎んでいるとすら言われていますし、預言か民か、と問われれば、迷いなく民を取る方だ」
「私もそう思う。…というより、そうあるべきなのだ、為政者というものは。民がおらねば、国は成り立たない。民のいない王に何の意味がある。それは出来損ないの道化だ」

くつりと低く喉を鳴らし、自嘲を零すクリムゾンからは、深い疲労が感じられた。実際、彼は預言に踊らされる愚王に苛立ちを抑えて来たに違いない。
目先の繁栄に目が眩み、先を見据えることが出来ないインゴベルトに、内心、失望しているのかもしれない。バラガスは話の行方を窺い見つつ、クリムゾンに頷いた。

「食糧の輸入が止まれば、どうなる。貯蔵されているというならまだしも、食糧はまともに貯蔵などされていない。せいぜい上位の貴族の腹を満たすことが出来る程度だ。民は間違いなく飢える」
「…だが、インゴベルト陛下は、マルクトを手に入れさえすればすべてが解決する、とでも?」
「そのとおりだ。情けないことだがな。エンゲーブを真っ先に手に入れればすむ話であろう、と言われたよ。エンゲーブの民を脅して、生産させればいいとでも思っているであろう。言うことを聞かぬなら、キムラスカの民に畑を耕させればいいとも考えているらしい。それでうまくいくはずもないというのに」
「農耕の技術や知恵ってものは、一朝一夕で身につくものじゃありませんからね」

相槌を打つバラガスに、クリムゾンが疲れたように笑い、頷く。今まで、誰にも胸のうちを吐くことも出来ずにいたのか、クリムゾンの饒舌が止まることはなかった。

「それでも、繁栄が詠まれているのだと、陛下は聞く耳を持たない。私には、そんな繁栄は長く続くものには思えないというのに。だが、そんなつかの間の繁栄のために、私は息子を贄として差し出さなければならないらしい。私も、昔はそれは仕方のないことなのだと思っていた。そのためにあの子を辛い目に合わせて…いや、今も、か」
「……」
「バラガス・カーン、貴殿は預言を絶対だと思うか?」
「昔の俺ならば、悩む質問ですが、今の俺は迷いなく答えましょう、否と」
「私もだ。初めに疑問に思ったのは、ホド戦争だったがな。あれの真実を貴殿は知っているか?」
「……神託の盾騎士団が、関わっていたことですか」
「知っているのか…!」

苦渋に顔を顰め、バラガスは唇を引き結ぶ。知らないわけがない。当時、まだ十七で、特務師団に配されたばかりの己が脳裏を過ぎる。
特別任務だと言われ、浮かれていた過去のガキであった自分を、過去に戻れるならば、バラガスは殴りつけてやりたいと喉奥で呻いた。
ホドへと赴き、師団長の命に従うこと、決して任務内容を口外しないこと、と厳命され、向かったホドで、若かったバラガスは絶望を味わった。思えば、自分もあのころからだ。預言に対して懐疑的になったのは。

「私も、あの場にいましたからね」
「貴殿が?」
「ええ。若気の至りなどではすまされない過ちですよ」

ホドに着き、渡されたのは赤い軍服だった。一目でキムラスカの軍服とわかるそれ。何故、こんなものを、と問いかけたバラガスに、師団長は、何も言わずにさっさと着替えろ、と命じてきた。これもすべては預言のためだと、そう言って。
何故、と思いながらも、バラガスはキムラスカの軍服の袖に腕を通した。そして、師団長の命令のもと、隊の人間が向かったのは──。

「ガルディオスの屋敷へと踏み込んでいく同僚たちを、止めようと思いましたよ。こんなことは間違っている、と訴えた。だが、止まらなかった。臆病風に吹かれたなら、引っ込んでいろ、と気絶させられて…目が覚めたときには、すべてが終わっていた」

悪夢だった。目覚めたバラガスを待っていたのは、地獄絵図だった。
絵画が切り裂かれ、テーブルや窓ガラスが叩き割られ、カーテンが引き裂かれ、見るも無残になった屋敷の中、転がる幾つもの死体。血溜まりから立ち上る噎せ返るような血臭は、吐き気を催させた。
あれから、魔物や盗賊の討伐だけではなく、幾つもの戦争に参加してきたが、あの光景だけは今だ忘れることが出来ない。あれは、一方的な虐殺だった。
預言を成就させるため、ユリアのため。そんな大義名分に何の意味がある。
なんて馬鹿馬鹿しいと、バラガスは口の端を吊り上げる。

「本当に預言が絶対だと信じているなら、何故、教団が影で動く必要があったというのか。絶対のものならば、教団が動かずとも、キムラスカとマルクトの間にホド戦争は起こり、ホドは崩落していただろうに。…私も、あのときからです。預言が何なのかと真剣に考え出したのは。本当に必要なものなのかと、考え出したのは」
「…私も、同じことを考えた。預言に詠まれていないにもかかわらず、ルークが誘拐されたときにもだ。帰って来たあの子を、陛下は来るべき日まで軟禁しろと私に命じた。それすらも、矛盾だろうに。預言が絶対ならば、軟禁などせずとも、ルークはアクゼリュスに向かうことになるのではないのかと。…だが、私は為政者なのだ。己の感情は犠牲にせねばならぬ身だ」

しばし、過去の痛みに顔を顰める二人の男たちに沈黙が落ちた。カチカチと時計の秒針が動く音が部屋に響く。
ふ、とバラガスが息を吐き、知らず強張らせていた肩から力を抜いた。

「俺は二度とごめんですがね。あんな悪夢を見るのは」
「ああ、同感だな。…ならば、『雷光のバラガス』。表立って動くわけにはいかぬ私の代わりに、貴殿に頼みたいことがある。頼みを聞いてくれるならば、貴殿たちを正式にルークの護衛として雇おう」
「願ってもないですね」

にやり、とクリムゾンとともに笑みを交わす。
その笑みは、二人にとって契約の証のようなものだった。





シュザンヌとルークの再会に、アッシュは立ち会わなかった。当然だ。母子の再会に、水を差すような真似は出来ない。
寝室の扉の前に立ち、廊下からぼんやりと中庭を見やる。花々が咲き乱れる庭は、七年前よりも華やかだった。キムラスカの土壌は植物の栽培に向いているとは言えない。エンゲーブあたりから、腐葉土を輸入しているのだろう。
金の掛かった庭だ。そして、それ以上に、庭師の手間も掛かっている。

(庭師と言えば、ペールか)
アッシュは目を細め、中庭へと姿を見せた老人を見つめた。主とともに仇の屋敷に潜り込んだ老人を。
腰はいくらか曲がり始めているものの、足取りはしっかりしている。両手に携えた道具を持つ手も危なげない。
ス、と目を細め、壁に隠れると、アッシュはペールへと僅かに殺気を飛ばしてみた。ピク、とその肩が揺れ、ゆっくりとまるで運動しているかのように首を巡らせ、ペールが辺りを窺うのが見えた。殺気を飛ばしたのは一瞬であったから、どこまでかは突き止めきれていないらしいが、油断ならぬ老人であることに変わりはない。

(皮を被るのが、うまいな、ペール)
ガイよりも、よほど堂に入っている。年季の差か、とアッシュは苦笑し、壁に背を預け、護衛のため、廊下を行きかう白光騎士へと頭を下げた。アッシュの存在に警戒心を抱きながらも、礼儀正しいそのしぐさに、白光騎士たちも礼儀をきちんと返してくる。
ここはファブレ公爵邸。礼儀を失するような真似は許されない。

(…だが、ルークの話によると、ガイは違うようだがな)
ルーク自身は、ガイの態度がいかに異様であるか、気づいていないようだが。
好青年といった態の使用人を思い出す。幼いころ、ガイに背後に立たれると、悪寒を覚えずにはいられなかった。けれど、振り返ってもそこにあるのは、人のいい笑みだけで。年の近いガイがいなくなることのほうが寂しくて、結局、気のせいなのだと言い聞かせていた幼い自分に、アッシュは苦笑を零す。きっとルークも似たようなものなのだろう。

ポケットに入れたロベリアからの報告書を、アッシュは思い起こした。
それは、自然な動作で、先ほど、ルークをシュザンヌのもとへと見送ったとき、寝室から出てきたメイドから渡されたものだった。
まったく、いつの間にファブレの屋敷の中にまで協力者を作ったのかと、用意周到なユーディに感心を通り越して、呆れる。道理で、ユーディ自らが撮った隠し撮りだけでなく、ヴァンの偽りに満ちた情報ではなく、正確なルークの情報を手に入れてきていたわけだ。
ユーディが味方でよかったと、アッシュはつくづく思った。敵には回したくない相手である。もっとも、それはユーディに限ったことではない。自分について来てくれた、他の三人にも言えることだ。三人が揃って一癖も二癖もある者たちばかりなのだから。

ケセドニアにいるという、ロベリアからの報告書には、和平の使者であるジェイド・カーティスや、襲撃犯ティア・グランツ、そして、ガイ・セシルの情報が記されていた。公式なものではないとはいえ、そこかしこに苛立ちが覗く報告書は、頭が痛くなるようなものだった。
己の立場も弁えず、ルークへの侮辱に満ちた彼らの言動が事細かに記された報告書を、アッシュは思わず、握り締めてしまったほどだ。
誰もがありえなかった。ルークは王族であり、第三王位継承者でもある。
和平の使者にしてみれば、ルークは相手国の重要人物であり、襲撃犯にしてみれば、自分が巻き込んだ被害者であり、使用人にしてみれば、すべてを懸けて守るべき、尊い主であるというのに。
報告書の最後を締め括っていた、救いようがない阿呆というのは、彼らを指すのでしょうね、という文章は、普段は読みやすい流麗な文字が怒りゆえか、歪んでいた。

「……」

はぁ、と深いため息をつき、アッシュは仮面の下で眉を顰める。あのとき、自分がルークを救い出していなければ、今頃、ルークは、非常識極まりない連中に囲まれていたのかと思うと、ため息を零さずにはいられないのだ。
タルタロスでルークを見つけることが出来てよかった。当初は、アクゼリュスの道中でローレライ教団より派遣されたと文書を偽造し、護衛につき、信頼を得るつもりだったため、計画は大きく狂ったが、重要なのはルークのすぐ側でルークを守り、信頼を得ることだ。
計画が狂ったというのなら、また新たに立てればいいだけのこと。すべてはただルークのために。愛しい、あの子どものために。
ただ、それだけだ。

(…そして、そのために、俺はバラガスたちさえ、巻き込んでることになるんだろうな)
く、と低く、自嘲を零す。ついて来いと言った覚えはない。だが、ついて来るなとも言わなかった。
自分は、心のどこかで、確信していた。自分のあとに、彼らがついて来るであろうことを。それを止めるつもりは、端からなかった。
自分のことを大切に思ってくれているバラガスたちを、アッシュも大切に思っている。彼らにも、幸せになって欲しいとそう思っている。預言を覆すなどという厄介ごとに巻き込んでしまったことを、申し訳ないと思う気持ちもないわけではない。

(それでも、俺はあいつらの協力が欲しい)
それに、何より──嬉しい、のだ。アッシュは仮面で顔が隠れていてよかった、と呟く。頬が緩むのを、止められなかったから。
そう、嬉しい。自分のために、築いてきたものを捨て、自分のために、それぞれ動いてくれていることが、嬉しい。自分のことをそこまで想ってくれていることが、嬉しい。
そんな人間は、今まで自分の周りには誰もいなかったのに。
彼らが自分だけでなく、ルークのことも大切に想ってくれたら、きっともっと自分は嬉しくなるだろう。

(あいつらに出会えたことは、俺にとって僥倖だった)
幸せへの道が始まったとすれば、それは、ルークに出会い、そして、彼らに出会えた瞬間にこそあるのだろう。
アッシュは部屋の中で母と抱き会っているだろう、ルークを思い、微笑んだ。
ルーク、お前の幸せへの道は、この俺が開こう。お前の幸せへの道は、きっと俺に出会えた瞬間からだ。
腕を組み、壁にもたれたまま、アッシュは微笑を唇に滲ませたまま、ルークを待った。


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