月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
2008.07.22
5万HIT企画
東胡さまリク「逆行ヴァンinルークVS現行ヴァン」。
何だかとてもヴァンルクになりました。
二つ名前があるって便利だな、と思いました(笑)
特にティアとガイに厳しめです。
注!同行者厳しめ
東胡さまリク「逆行ヴァンinルークVS現行ヴァン」。
何だかとてもヴァンルクになりました。
二つ名前があるって便利だな、と思いました(笑)
特にティアとガイに厳しめです。
注!同行者厳しめ
まどろむ意識の中で、ヴァンは思う。これは悪夢だ、と。
そうでなければ何だと言う。それ以外に何がある。
低く低く、忍び笑う。ありえないだろう、こんなことは…!
『だぁれ?』
ルークのなかで、わらってるの、だぁれ?
聞こえた舌ったらずの拙い声に、無意識の海を漂っていたヴァンの自我が形を成す。
光で作られたような白い空間に、ぽかりと浮かび上がる人影、二つ。
一、二歳くらいの幼い子どもが、ぱちぱちと瞬きながら、ヴァンを見上げていた。
(朱金の髪…、翠の、目)
これは、ルークだ。レプリカルーク。
でも、何故、こんなにも幼い姿なのだろう。肉体年齢は被験者と重なるはずなのに。
(だが、ここがルークの精神世界だと言うのなら)
目の前にいるルークの姿は、心の年齢なのだろう。ヴァンはこめかみを押さえた。頭痛がする。
考えるな、と思うのに、考えてしまう。──エルドラントで戦い、自分に留めをさしたルークは、たったの七歳だったのだ、と。
考えるな、と首を振る。何度も、何度も。
警戒心もなく、よろめく足取りでふらふらと近づいてくるルークを、ヴァンは恐れを持って、見つめた。ルークの細い足が絡み合い、どてりと転ぶ。けれど、この白い空間はルークに優しく出来ているらしく、幼い顔が痛みに歪むようなことはなかった。
『…ねぇ、だぁれ?』
身体を起こし、その場でこてりと折れそうに細い首を傾ぐルークから表情を隠すように、ヴァンは両手で顔を覆った。幼い子どもだ。幼い子どもだったのだ。
最後まで弟子として師である自分を慕い、そして、だからこそ超えてくれたのは、幼い子ども、だったのだ。
考えたくないと、目を逸らしてしまいたいと思っても、もう出来ない。幼いルークの無垢な目に映る己を知らぬふりなど、ヴァンには出来なかった。
(こんな子どもに、私は)
ぞわりと嫌悪に身体が震える。後悔しているのか。ヴァンは自身に問う。
否、そうではない。後悔はしていない。後悔するには、余りにも多くの血を流し、余りにも多くの犠牲を強いてきてしまった。
後悔は、出来ない。
(ならば、何故、私はこんな夢を見ているのだろう)
自分は確かに死んだはずなのに。
側へと寄ってきたルークが、自分に向かって手を伸ばす。小さな手が、ヴァンの手をきゅ、と握り、そっと撫でた。
労わるように、慰めるように。
『だいじょーぶ?』
大きな翡翠の目が、ひたとヴァンを見つめている。不安そうに細めて、じっ、と。
「ルー…ッ」
ヴァンは、幼い子どもの身体を抱きすくめ、縋るように膝を着いた。
もし、これが悪夢なら──醒めなければいいと、そう願いながら。
*
夢ではなく、現実なのだとヴァンが認めてから、数年の月日が経った。その間に、ルークが望めばルークの身体を動かすことが出来るようにもなった。
時を経るうちに、これが現実である上、どうやら過去らしいということもわかってきた。年若いガイやファブレ公爵を見ているうちにわかったことだ。
そして、自分がルークの中にいるということも。今、ルークの身体には、ルーク自身と自分の精神が同居している。
(薄々、気づいてはいたんだがな)
ルークがこの屋敷で冷遇されていることに。けれど、これほどとは思っていなかった。
記憶がないからと、以前の優秀なルーク様に早く戻られないものかと求められるばかりで、今のルークを見ようとしない者たちばかりに囲まれ、ルークは孤独だった。
かつての部下よりも、親友であるルークを取るよ、と自分に背を向けたガイですら、今の時代では、ルークを疎ましく思っているらしい。時折、酷く凍てついた目を向けてくることがある。
なるほどな、とヴァンは思った。剣の稽古という名目でルークが自分を信頼するよう仕向けてはいたが、それでも、誰よりも側にいるガイに一番懐くだろうとそう思っていたのに、亡命の誘いも、アクゼリュスを救う方法も何もかもガイに相談した様子がなかったこと不思議に思っていたが、それも当然のことだったのだと今わかった。あんな憎悪の感情を向けられていては、懐くわけがない。
与えられる教育も、言葉すら知らないルークには高度過ぎるものであり、癇癪を起こさせるしか能のない者ばかりで、ヴァンは呆れ返っていた。誰もがルークに一ではなく、初めから十を求め、それがわからぬと失望する。
あまりに腹が立ち、ヴァンはルークに言葉や字など、一から教えることにした。もっとも、人の目のない部屋の中だけで、だ。ルークに字の形を覚えさせるために、ルークの手を借り、書く必要があり、また、心の内で会話している間、ルークははたから見ればぼうっとしているようにしか見えない上、ルークがたまに会話を口に出してしまうことがあるためだ。
記憶を失ったばかりか、精神にも問題があるのではないかと思われぬよう、ヴァンはルークに自分と会話するときは、なるべく人の目がない場所で、と約束させた。
朝食を終えるや否や、部屋に篭った幼いルークが、ベッドに転がり、目を閉じた。そうすることで、ルークは自身の意識を埋没させ、精神世界で形をなすことができるらしい。姿を見せた、肉体年齢よりも幼いルークに、胡坐をかいて座っているヴァンは笑みを向けてやった。真っ白な世界で、ルークが『ムスト』と自分を呼び、駆け寄ってくる。
自分のことを、ヴァンは『ムスト』と名乗っていた。
『明日から、剣の稽古が始まるんだってさ』
『…そう、か』
ムストは顔を顰め、膝の上に乗ったルークの髪に指を滑らせる。くすぐったそうに身じろぎながら、ルークが嬉しそうに笑った。屋敷の誰にも見せたことのない明るい子どもの笑顔を、曇らせたくないな、と吐息する。
『「私」が来るか』
『?』
『…ルーク、明日、お前に稽古をつけるために現れるのは、ヴァン・グランツという名のダアトの軍人だ』
『ふぅん。ムストの知り合い?』
『…そんなようなものだな』
ムストは苦笑し、ルークを抱き上げると、くるりと小柄な身体の向きを変え、向かい合うように膝に乗せた。
厚い胸板に手を付き、小首を傾げて見上げてくるルークの頭を撫でる。
『その男は私とよく似ている。いや、似ているなんてものではないな。同じ人間にしか見えないだろう』
『ムストと?』
『ああ、そうだ。だが…』
何と言えばいいのか、ムストは惑い、口ごもる。不思議そうに瞳を瞬かせるルークに、曖昧に笑む。
(簡単なことだろうな)
このルークにも、「ヴァン・グランツ」と言う男を信用させるのは。ルークがティアたちとともに、自分の計画を阻止せぬよう仕向けることも難しくはない。ムストに寄せられるルークの信頼は厚い。
自分の言うことに、ルークは素直に従うだろう。
けれど、とムストは翡翠を覗き込み、思う。けれど、曇らせたくないのだ。この笑顔を、無垢な瞳を。
ムストは思い出す。アクゼリュスの後、長かった髪を切り、曇り、傷ついた翡翠の目をしていたルークを。
『ムスト、どうしたの?』
そっと小さな手が、ムストの頬を撫でてきた。結わえることなく、顔の両脇に垂れ下がるように下ろした髪が、さらさらとルークの手の甲に触れる。
大丈夫?と傾げられた細い首に、ムストは力なく笑った。
『ルーク、私が好きか?』
『誰よりも大好き!』
屈託なく笑う子どもにそうか、と頷き、抱き締める。嬉しそうに笑い転げ、ルークもきゅ、としがみ付いてきた。
駄目だ、とムストは首を振る。駄目だ、犠牲になどさせない。失えない。失いたくない。
(認めよう)
私はルークが愛しい。無垢な心で一心に慕ってくれる、この子どもが。
そうだ、私は愛しかった。どれほど否定されようと、己の力で立ち上がり、最後まで諦めず向かってきた弟子が。
自分を超え、何よりも望んでいた預言の改変を成し遂げた弟子が誇らしかった。
ああ、誇らしかったのだ!
『ムストは?ムストはルークのこと、好き?』
『ああ、愛しく思っている』
頬を紅潮させ、花が咲いたように笑うルークの額に、ムストは一つ、口付けを落とした。
ヴァン・グランツに傷つけさせたりなどしないと、決意を込めながら。
*
ルークの身体を借り、偽の呼び出し状をティアへと送ることで、ティアが公爵邸へと襲撃を仕掛けないよう仕向けることは出来たが、和平の使者は前回の記憶どおり、キムラスカへとやって来た。アクゼリュス救援を望む親書とともに。
王に呼び出されたルークは、申し分のない気品を漂わせ、完璧な礼儀でもってインゴベルトより親善大使の任を拝命して見せた。ムストによる指導の成果である。
ほぅ、と使者であるジェイドがルークへと感心の目を向けてきたことに、ルークの中でムストは安堵する。死霊使いがルークを侮り、嘲るようなことはこれで避けられただろう。
──それも、レプリカであることを知られるまで、だろうが。
(ルークにも話さねば、な)
ムストはため息を噛み殺しながら、立派に公爵子息として振舞ったルークを褒める。真っ白な世界が、ルークの喜びで震える。
アクゼリュスへと向かう旅路には、必ず、アッシュが絡んでくるだろう。アッシュの顔を見たときのルークの衝撃を考えると、気が重い。
レプリカであること、被験者のこと。それを教えておかなければ。
(出来れば…アッシュも救ってやりたいのだが)
ルークと同じく弟子であり、預言によって翻弄され、──この手によって運命を狂わされた、アッシュ。アッシュにもまた幸せになって欲しいと、今のムストは思っていた。
だが、アッシュには自分が植えつけたレプリカへの憎悪がある。深い深い憎悪が。
その憎悪がある限り、アッシュがルークを認めることはないだろう。そして、その憎悪はアッシュ自身の心を苛んでもいるはずだ。
己の罪深さに、吐き気がする。
ルークの目を通し、ムストはヴァンを見た。モースの横に立ち、先遣隊とともにアクゼリュスへと向かう命を受けるヴァンを。かつての自分を。
ルークへとヴァンが向ける目はにこやかで親しみ深いものだった。マルクトの使者であるジェイドにも、礼儀を持って接している。
内心では、ジェイド・バルフォアを憎悪しているというのに。ルークのことも、所詮は人形と嘲っているというのに。
謁見の間を辞したところで、アクゼリュスへと向かう前に、話をしよう、とルークへと寄ってきたヴァンをムストは警戒した。おそらく、暗示をかけるつもりに違いない。自分がそうしたように、ルークにアクゼリュスで超振動を使わせるために。
そんなことをさせるつもりは、ムストにはない。アクゼリュス崩落を、ルークはずっと気に病んでいた。どういうわけか、共にいた者たちが、皆、ルークだけを責めたことで、ルークの罪の意識に拍車が掛かっていたように思う。
ルークに超振動を使わせたのは自分であるのにも関わらず、ルークにばかり罪を押し付けていた。ルークから平然と目を離していた自分達の怠慢を棚に上げて。
実際、あれほど計画が嘘のようにうまくいったのは、彼らが護衛の役目を完全に放棄していたからだ。もっと手間取るだろうと思っていたというのに。
ルークに準備があるから急いで戻らなくてはならないので、と言い訳させ、ムストはヴァンからルークに暗示を掛ける機会を奪った。それでも油断はならない。これから先、いっそう、気を引き締めていかなければ。
アクゼリュスへの出発の前夜、ムストはルークと向き合った。白の世界で、ルークの心は今、十五歳ほどの姿となっている。
ルークの成長は早かった。教えれば教えてやるだけ、それを吸収していく。砂漠に水が染み込んでいくように。
『ルーク…。お前に話しておきたいことがある』
いつものように膝の上にと乗ってきたルークの髪を指で梳きながら、ムストはぽつりぽつりと語った。
レプリカのこと、被験者のこと、アッシュのこと。
アクゼリュスの預言のこと。
そして、己の『未来』と『過去』を。
ルークは俯き、黙ったまま、それを聞き、話を終えたところで、ゆっくりと顔を上げた。翡翠の目に、ムストの顔が映りこむ。
『ムストは、俺が好き?』
予想していなかった問いに、ムストは目を瞠り、一瞬、言葉に詰まる。じ、と見上げてくるルークの手が、ぎゅ、と腕にしがみついてきて、ムストはルークへと微笑を向けた。
温かで、優しい、心からの笑みを。
『ああ、好きだ』
『…じゃあ、いい』
頬を赤らめ、にっ、と口角を吊り上げて、ルークが笑う。何がいいんだと首を傾げば、ルークの手が首へと回り、ぎゅうと抱きついてきた。
『ムストがヴァン師匠だったとか、よくわかんねーけど、でも、今ここにいるムストのことが好きで、今ここにいるムストに好きだって言ってもらえるルークは俺一人だから、俺が何であっても、ムストが誰であってもいい』
自分が人間ではなく、レプリカであったとしても。
擦り寄ってくるルークの身体を腕に閉じ込める。生まれた理由を、生きている理由を求め、自己を犠牲にしていったルークの苦悩の表情が、閉じた瞼に浮かぶ。
ス、と目を開け、ルークとこつん、と額を合わせる。翡翠の目は、キラキラと煌き、生に輝いて見えた。
『…私もだ、ルーク』
肉体も持たず、精神だけの存在である自分は、もはや人とは言えないだろう。ルークがいなければ、こうして存在することも出来ない、曖昧なもの。
だが、それでも構わない、とムストは笑う。
生まれて初めて満たされていると、そう思える。
ルークが笑っている。ルークが幸せそうにしている。それだけでいい。
『必ず、お前を守ってみせよう』
誓うように、ムストはルークの髪を一房掴み、唇を滑らせた。
*
可笑しな話だ。肉体がないというのに、頭痛がするとは。もっとも、このルークの真っ白な精神世界では、自分はヴァンであったころと寸分違わぬ人の形を取ってはいるが。
ムストは親善大使一行にモースの一存で加わることになったティアに、眩暈を覚えていた。
ルークがこっそりとモースの護衛に来ていた神託の盾騎士の一人から聞いた話によれば、神託の盾騎士団本部でヴァンを襲撃し、失敗した際、それまで溜まりに溜まっていた、主に情報部に所属する神託の盾騎士団員のティアへの不満がここぞとばかりに噴き出したしたらしく、モースは崩落すると詠まれているアクゼリュスへとティアを送ることで、厄介払いすることにしたらしい。
ティア本人は、本人の話から察するに、自分の罪は許され、名誉挽回のために親善大使一行に加わるという名誉をモースから与えられたと都合のいいように思い込んでいるらしいが。
どういう思考回路だと、呆れ果てたムストは、ルークのためにも、妹を見放す決心を固めた。
「剣を持っているなら、何故戦わないの。前衛が足りないことくらい、見てわかるでしょう」
廃工場を抜け、ケセドニアへと向かう道中、向かってきた魔物を数体退けたところで、ティアがきつく目を細め、ルークを睨んだ。それだけでも不敬罪が適応されるというのに、ティアの台詞はさらに罪を重くしていく。
ルークが呆気に取られているのを、ムストは感じていた。
世間知らずで思い込みが激しく、無謀な妹だとは思っていたが、ここまで愚か者だとは思っていなかった。
テオドーロに任せっきりにするのではなく、もっとちゃんと見ておけば。いや、そもそも軍人にならないようにすべきだったと、ムストは今更のように後悔に後悔を積み重ねる。
「いや、だけど、俺が戦ってどうすんだよ」
「我が侭言わないで」
「我が侭って…お前、何で自分がここにいるか、わかって言ってんのか?」
「当たり前でしょう。私はモース様の命令でアクゼリュスまで貴方を連れて行くためにいるのよ」
「連れてって…お前なぁ」
「ルークもティアもそのへんにしとけ。今は先に進まないと。それに、ルークの剣術は手習いでしかないし。な、ルーク」
それで庇っているつもりなのだろうか。
長年、使用人として暮らしてきたはずなのに、主への礼儀一つ守れないなんて、と呆れ返るルークの中で、かつての主人にムストは失望する。
口を挟みはしないものの、呆れているのを隠しもせず、馬鹿にしたような視線で注いでくる死霊使いにもため息を禁じえない。やはり、彼のルークへの敬意は紙のように薄いものでしかなかったらしい。六神将の目を眩ますためにと廃工場を抜けたとき、導師イオンを連れ、タルタロスで移動しているアッシュを見てからというもの、ジェイドの態度は一変していた。ルークから目を逸らし、なるべく見ないようにしているのが明白なのだ。
ルークの毛先にいくにつれ、金色へと変わっていく髪と違い、アッシュの髪は濃い赤だ。レプリカが劣化しやすいことを知っているジェイドのことだ、ルークこそがレプリカだと半ば確信しているのだろう。
ルークの髪をこっそりと抜いていたことも、ムストは気づいていた。取り返す間もなく、すぐに音素へと還ってしまったところを間違いなく目撃しているはずだ。だからこそ、態度を一変させたのだろうから。
「もう早く行きましょうよー。イオン様、早く助けてくださいよぉ」
「そうですわ!早く行きますわよ、ルーク」
いつからアクゼリュスへの慰問から、導師イオン奪還の旅に変わったんだと、無責任な導師守護役であるアニスと王女の地位を放棄したはずだというのに当然のように親善大使へと命令を下すナタリアに、こめかみを押さえるルークの頭を、ムストは撫でてやりたかった。こんなとき、身体があれば、と思わずにはいられない。
身体があれば、ルークが剣を握るような事態にはさせないというのに。ヴァンすらも、ルークのために殺してしまえるのに。
ルークのために動ければ。ムストは精神体でしかない己に、歯痒くなる。
『…ありがとう、ムスト』
ムストがそんなふうに思ってくれるだけで、俺は大丈夫。頑張れるよ。
温かなルークの声が、白の世界に響く。けれど、ムストは知っていた。
この白の世界が、心無いティアたちのせいで、傷つき、血を流していることを。
『ルーク、どうしても剣を取らねばならぬときは、私が代わろう』
ルークの身体で命あるものを傷つけるのは不本意だが、少しでもルークの心を守れるならば、とムストは白の世界を抱き締める。
目の前で敵であろうと魔物であろうと傷つけば、ルークもまた傷つくことはわかっているけれど、それでも、ルーク自身が剣を握り、戦うよりはこの世界を守れるはずだ。
『…うん、ありがとう』
ほにゃ、と泣きそうに心の中でルークが顔を歪めるのがわかる。
こんな優しい子に、命を奪うことなど、出来るわけがない。
出来るわけが、なかったというのに。
(私は…罪を償っているつもりなのか)
かつて、ルークを傷つけた罪を償いでもしているつもりなのか。
後悔はしていないと言ったのは、自分であろうに。
(だが、私は守りたい)
ルークが二度と翠の目を暗ませることがないように。翳らせることがないように。
アッシュ、彼も憎悪の地獄から救ってやりたい。アッシュを真に理解出来るのは、きっとルークだけだ。
超振動という人ならざる力を持って生まれ、化け物とすら言われてきた異端の存在をわかってやれるのは、同じ異端のものだけなのだから。
(私が今、ここにいるのは、そのためか)
そうなのだろう、ローレライ。
ムストは今はまだ地殻にいるだろう、第七音素集合体の名を呼ぶ。ルークの中でそっと大譜歌を歌えば、微かな反応が返ってきた。
救え、とそう言われた気がした。ムストは苦笑する。
(そうだな、救ってみせよう)
かつて、奈落へと落とした二人の弟子を、今度は。
この生では。
そのためならば、そう。
ムストはルークたちを囲む魔物の一群を、ルークの目を通して確かめる。
「ルーク、貴方も戦いなさい!」
己の立場も理解せず、堂々とルークへと命令するティアを一瞥することなく、ムストはルークから身体の主導権を得た。ジェイドが封印術を掛けられている今、あの魔物の一群を相手にするには分が悪すぎる。
「飛燕瞬連斬!」
圧倒的な力でもって、ムストは魔物の一群をほとんど一人で片付けた。当然、ルークの身体は無傷のままだ。ティアたちがぽかん、と呆けている様を、やはりちらりとも見やることなく、魔物の死骸から目を逸らす。ルークが見てしまうことがないように、遠くへと。
『ルーク、ケセドニアに着いたら、彼らを追い払う手筈を整えよう』
キムラスカ、マルクト両国の領事館に向かい、ダアトの教会へも行き、彼らの不敬、怠慢を訴えるのだ。
親善大使の言と、実際の彼らの行動を見れば、領事たちは即座に動くだろう。領事たちの目があろうと、彼らが態度を改める可能性は低い。
何しろ、ここまでの道中でも、どれほど人の目があろうと、髪を隠しているとはいえ、貴族と一目でわかるルークに堂々と不敬を働いてきたのだから。
『…でも、いいのか、ムスト』
かつて、ヴァン・グランツであったことを話したからだろう。妹であるティアや、かつての主人であったガイのことを気にしていた自分を気遣うルークに、ムストは温かな笑みを心の内で降り注ぐ。借り受けたルークの顔にも、微かな笑みが滲んでいた。
『今の私が大切なのは、お前だからいいんだ』
ありがとう、ルーク。
そう言えば、そっか、と複雑そうにしながらも、ルークが笑った。
この優しい子を守るためならば。二人の弟子を守るためならば。
(私は、修羅にもなろう)
妹であろうと、己であろうと、邪魔となるならば、切り捨てるまで。
ぐ、と剣を握る手に力を込め、ムストは遠いアクゼリュスを睨み据えた。
END
ティアに失望するヴァンとのことだったのですが、気づけば同行者全員に失望することに。
ただアッシュに関しては、弟子であったので、救ってやりたいな、とヴァンなら思うんじゃないかなー、と。ラストのヴァンなら。
東胡さんに少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
リクエストありがとうございましたー。
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