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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2008.07.15
5万HIT企画

「灰の騎士団」三話目。
今回はロベリアにスポットを当ててます。
ケセドニアにてロベリア暗躍。
ノワールさんも出てきますー。

注!同行者厳しめ





通された応接室で、ソファにゆったりと腰を下ろしたロベリアは、すらりと伸びた長い足を無造作に組んだ。部屋には香が焚かれ、仄かなムスクの香りが漂っている。
アスターが好む香りだ。ロベリアも嫌いではない。
運ばれてきたティーカップに手を伸ばし、添えられた砂糖もミルクもレモンも入れず、ストレートのまま、一口啜る。濃く淹れられたアールグレイの豊かな香りが口中に広がり、胸が透く。
ホッと息を吐いたところで、ロベリアはミルクだけを紅茶に足した。
また一口、口に含んだところで、ガチャリと扉が開き、入ってきたアスターに、ロベリアはティーカップをソーサーに戻し、立ち上がって、にこりと笑んだ。アスターからも笑みが返ってくる。

「ヒヒ、ご無沙汰じゃないか、ロベリア」

向かいに腰掛けたアスターに促されてから、自身もまたソファへとまた腰を下ろす。小さな目でじ、と自分を見つめるアスターの視線は鋭いものだった。
己を値踏みしているその目に、ロベリアは嫣然と微笑む。この笑み一つで落ちる者は少なくない。
けれど、アスターは付き合いが長いだけにその笑みに裏があることを見て取った。吐息がアスターから漏れた。

「あら、そんなため息なんて零さなくても。いい情報を持ってきてあげたんですから」

艶やかに紅を引いた唇を引き上げ、ロベリアはアスターを見返す。互いに視線を交わし、黙り込む。
先に視線を逸らしたのは、ロベリアだった。今は腹の中を探りあっている場合ではない。

「和平の話、ご存知?」

単刀直入に切り出す。ピク、とアスターの眉が上がる。何故それを、と言わんばかりの視線に、ロベリアはスゥ、と目を細めた。
マルクトの死霊使いは機密事項だと言っていたらしいが、やはり情報はアスターにも伝わっているらしい。まあ、当然ですよね、と辞表届を二人揃ってモースへと叩きつけに行く途中、ユーディが笑っていたのを思い出す。
だって、タルタロスなんて大仰なもので移動しているんですから、バレない方が可笑しいですよね、と笑っていた。その上、エンゲーブにも立ち寄り、物資の補給を行ったらしい。当然、兵士全員に緘口令は布いてあったのだろうが、それでも情報はどこからか漏れるものだ。
立ち寄ったのが軍の支部が置かれているセントビナーであれば、まだ情報漏えいもある程度は防げたかもしれないが、ローテルロー橋を破壊されている時点で軍艦の存在はキムラスカにも伝わっているはずだ。

(しかも、ユーディ、和平妨害とはなーんの関係もないって言ってたわね)
和平の妨害に合い、逃げるためにやむを得ず、橋を破壊した、とかではないのだ。皇帝の勅命を受けた身でありながら、漆黒の翼を追跡し、逃げられた上、橋を破壊されたのである。
確かに橋を破壊した漆黒の翼は重罪だろうが、わざわざ目立つ真似をし、追い詰めた第三師団も責めを負うべきだ。和平の動きをごまかすために漆黒の翼を追跡したとでも言うのだろうか。時間の無駄だ、とロベリアは思う。
そんなに捕まえたかったのなら、タルタロスのような小回りの利かないものではなく、馬でも使って譜術で追い詰めた方が効率がよかっただろうに。
タルタロスまで奪われ、乗員たちも人質に取られた第三師団長、ジェイド・カーティス大佐に関して言えば、今も自由に動き回っていられることがロベリアには不思議でならない。捕らえられ、裁判に掛けられていたって可笑しくないのだ。それほどの失態を、彼は犯している。

「実現すれば、貿易もより活発になるだろうし、いいことじゃないか」
「ええ、実現すれば」
「…ロベリア」
「ふふ、意地悪が過ぎたかしら、アスター様」

手で口を隠し、くすりと笑む。アスターがむぅと眉を潜め、紅茶を啜った。じゃらりとアスターの手首で金の腕輪が揺れる。

「預言が、絡んでくると思われます」
「…それは、」
「ええ、当然です。この世界は預言で動いていますから。問題はその預言の内容」
「ロベリア、何を知っている」

ロベリアは、ケセドニア自治区を纏める責任を持つアスターの険しく顰められた顔を見つめながら、ふと、思い出に想いを馳せた。幼いころ、二親を失くし、天涯孤独の身となった自分に手を差し伸べてくれたのは、父と友人だったアスターだった。
そのころにはアスターは既に大商人として名を馳せており、ダアトとも繋がりを持っていた。アスターは幼いロベリアに二つの道を示した。自分の養子となるか、神託の盾騎士団へと入るか。
ロベリアが選んだのは、神託の盾騎士団だった。アスターには既に息子がいる。自分が養子となれば、いらぬ争いを引き起こしかねないとそう判断したのだ。
また、ロベリアは幼いころから己の容姿が人目を惹くことを知っていた。ケセドニアは様々な人間が行きかう場所でもあり、両国の領事館が置かれ、軍兵も配備されている場所ではあるものの、治安はあまりよくはない。実際、何度誘拐されかけたかわかったものではない。いかがわしい誘いも多かった。アスターに守ってもらうのにも、限界があったのだ。

(まあ、神託の盾騎士団でも結局、色事を仕込まれたんだから、皮肉と言えば皮肉だけど)
もし、ケセドニアで誘拐され、売春宿にでも売られていたら、今頃、身も心もボロボロになっていただけだろうから、身を守る術も身につけられたことはよかったけれど、とロベリアは苦笑し、シナモンの香り漂うクッキーを一つ摘んだ。
紅茶で舌を潤し、渋い顔のアスターに笑む。

「預言の強制力が働くならば、予想される親書の内容…聞きたいかしら?」

聞けば後戻りは出来ない。ロベリアは暗に伝える。アスターは腕を組み、思案するように目を閉じた。コチコチと時計が時を刻む音が響く。
ロベリアは悠然とした態度を崩さず、アスターの返事を忍耐強く待った。程よく冷め、三分の一ほど残った紅茶を飲み干そうとカップを傾ける。こくり、ロベリアの白い喉が上下し、カップがソーサーへと戻されたところで、アスターがソファに深く背を預けた。
その顔には、疲労が滲んでいた。

「それを知ることで益はあるのか」
「マルクトとキムラスカに恩を売れるでしょうね。…ダアトの弱みも、握ることが出来るかしら」

独り言のように付け加えた一言に、ぴく、とアスターの眉が上がる。アスターの頭の中でどのような算段がつけられるのか、ロベリアは微笑みながら、考える。アスターは根っからの商売人だ。そして、ケセドニア自治区を誰よりも思っている人でもある。
彼が選択を過つことはあるまいと、ロベリアの艶やかに紅が塗られた唇が僅かに引き上がった。

「…なるほど。それは魅力的だな」

ゆっくりと納得の出来る答えが得られたというようにアスターが頷き、顎を撫でる。
ロベリアはゆるりと目を細め、唇を開いた。

「おそらく親書には、アクゼリュス救援の依頼が書かれているはずです。聞いていらっしゃるでしょう?アクゼリュスに瘴気が生じたという噂」
「ああ、確か、マルクト側の街道はすっかり瘴気に覆われ、使用できないものとなっているともな。キムラスカ側の街道から救援を送って欲しい、ということか」
「ええ。キムラスカは間違いなく、それに応えます。そして、和平の証として、一人の青年を親善大使としてアクゼリュスに送るはず」

すべてが予定調和だ。アクゼリュス──『鉱山の街』へと『聖なる焔の光』をどうやって送ったものかと悩んでいるキムラスカにとって、まさに渡りに船。そして、マルクトの領地で王族が死ねば、それは戦争を起こすだけの理由ともなる。一石二鳥というわけだ。
預言の強制力というものを、ロベリアは改めて思い知る。
ロベリアの身体がぶるりと震えた。怖気づいているのかと自身に問う。
マニキュアが欠けてしまっている中指の爪を見下ろし、ロベリアは口の端を吊り上げた。アッシュの髪色に似た、真紅のマニキュア。アッシュを救いたいと思っているのは、自分だ。そして、彼が守りたいと思うルークを守りたいと思うのも。
アッシュの幸せはルークありきだ。本人が堂々とそう宣言しているのだから、間違いない。
恐れはない。怖気づいてもいないわ、とロベリアは一人頷く。ならばこの震えは、武者震いだ。預言を何としても回避してみせると猛る思いの表れだ。

「何を望んでいるんだ、ロベリア」

黒々とした小さな目。その目を、ロベリアは臆すことなく、見つめ返した。

「アクゼリュス派遣が決まった際は、親善大使の請願書が届くでしょう。アクゼリュス救援の助力を願う要請が」
「マルクト側から、ではなくか」
「ええ、キムラスカの親善大使から。彼の評判を高めさせたいので」
「キムラスカとマルクトに確かに恩を売れるな。だが、ダアトの弱みというのは」
「大詠師モースとグランツ謡将、不快に思ってらっしゃるでしょう?」

アスターの眉間に皺が寄る。一瞬、その名への嫌悪がアスターの顔を過ぎった。
モースとヴァンのケセドニアでの評判は高いとは言えない。二人とも、ケセドニアをダアトの属国のように扱っているからだ。
特にモースの方は嫌われたものだ。ダアトがケセドニアが自治区として活動できるよう、後押しをしているのを言いことに、何かと要求が多いのだ。
珍らかな貿易品を安値で売るように言ってきたり、使途不明の資金援助を頼んできたり。断ろうとすれば、権力を笠に着る。ヴァンもモースほど頻繁でもあからさまではないものの、似たようなものだ。
アスターが常日頃からこの二人を疎ましく思っていることを、ロベリアは知っていた。

「モースはキムラスカに預言の情報を流しているわ。私的利用と言ってもいいでしょうね。アクゼリュスの預言を実現させるために、最近ではキムラスカに居座っていますし。それを明らかにするためにも、アクゼリュスの救援は成功させたいの」
「…ほぅ」

きらり、とアスターの目が光る。ふふ、とロベリアは小さく笑った。

「アクゼリュス救援の依頼が請願書が来たときは…よろしく頼めますかしら、アスター様」

髭を引っ張り、いいだろう、とアスターが頷いた。





酒場の戸を潜り、カウンターに立つノワールにロベリアはひらりと手を振った。ノワールの手がス、と背後のリキュールへと伸び、ロベリアがカウンターへと腰掛けるや否や、コトン、とドライ・マティーニが置かれた。
にこりと笑んでから、ロベリアはカクテルグラスを唇に当て、傾けた。

「アッシュの坊やといい、あんたといい…何してるんだい」

声を潜め、ぽつりと落とし、自身もまたグラスにラムを注ぐノワールに苦笑する。呆れたように柳眉を寄せ、ノワールはグラスの底に注いだラムを一息に飲み干した。
それに倣うように、ロベリアもマティーニを飲み干し、グラスに残ったオリーブを摘んで口に放り込む。ころころと飴玉のように転がしながら、ロベリアは口を開いた。

「頼みがあるのだけど」
「…面倒なことじゃないだろうね」
「あら、そんなことないわ。ちょっとの間、ここで働かせて欲しいだけ」

ぎろ、と探るように凛とアイラインが引かれた目に睨まれる。笑顔を絶やすことなく、見つめ返せば、ノワールが天を仰ぎ、肩を竦めた。

「いつまで」
「んー…。長くて一ヶ月、くらいかしら」

アッシュからの報告をアスターへと繋ぎ、かつ、アクゼリュス救援準備を手伝うために、ロベリアはケセドニアに留まるつもりだった。指折り、大体の日数を数える。ユーディもその間に合流することになるだろう。
ミシェルはおそらくアッシュたちがキムラスカを出発するころに合流するはずだ。

「アスターのところに滞在してりゃいいじゃないか」
「情報を集めるなら、やっぱりここだもの」

ここ、ノワールの酒場はケセドニアで最も繁盛している酒場であり、様々な場所から訪れた行商人たちが多く集まる場所でもある。つまり、様々な情報が行き交う場所でもあるということだ。
小首を傾げ、ノワールの許可を待つ。嘆息し、仕方ないね、とノワールが頷いた。

「ただし、しっかり働いてもらうよ」
「ふふ、もちろん」
「…うちの店員、つまみ食いするんじゃないよ、ロベリア」
「あら、嫌だわ、ノワール。そんなことしないわ」

自分から誘うつもりはない。──もっとも、据え膳は美味しく頂く主義ではあるが。
胡散臭そうに細められたノワールの目に、にこにこと華やかな笑みを返す。
背後で、ギィ、と戸が開く音がした。

「…妙な組み合わせだね」
「……?」

ノワールの言葉に、ロベリアはちら、と背後に目を向けた。マルクトの青い軍服を纏った眼鏡の長髪の軍人と腰に剣を提げた質素な服を纏った金髪の青年、そして、栗色の長い髪の神託の盾騎士団の軍服を着た女が三人、店の中へと入ってきた。

(…あれは、死霊使いよね。あの女は、ユーディの言ってたヴァン・グランツの妹…よね?)
何故、一緒に連れ立っているのかと訝しく思いながら、ロベリアはオリーブの種を手で隠しながら、グラスに戻し、席を立った。あの女はユーディの情報に寄れば、ファブレ邸に侵入し、キムラスカの第三王位継承者を攫った大罪人だ。まさか、あの軍人はそのことを知らないとでも言うのだろうか。
情報を得るチャンスだと、ロベリアはノワールに合図とばかりにウインクを送り、三人の側へと近寄って行った。

「いらっしゃいませ、どうぞお好きな席に」

にこ、と愛想のいい笑みを零し、三人を席へと促す。三人が丸テーブルへとついたところで、ロベリアはテーブルに置いてあるメニュー表を手で示した。
金髪の青年とティア・グランツの距離が不自然に空いていることに内心、首を傾げながら。

(この青年は何者かしら)
軍人ではないようだが、ちらりと見えた手のひらは硬く、剣士の手をしている。ユーディの報告にこの青年のことは何もなかったが。

「ご注文はいかが致します?」
「私はオレンジジュースを」
「そうですねぇ。では、私にはアイスティーを」
「俺はアイスコーヒーで。あとサンドイッチと…ティア、君、スコーンは食べるかい?」
「ええ、そうね。頂こうかしら。ありがとう、ガイ」
「なぁに。ジェイドの旦那はどうする?」
「私もサンドイッチを頂きましょうか」
「かしこまりました」

ここは酒場だ、という文句がちらりと頭を過ぎったが、まだ昼のうちだ。昼の間、この酒場はカフェの役割も果たしている。
それに、軍服を着ているということは任務中ということでもあるのだろう。女に関しては、疑問だが。何しろ、軍服を着たまま、物騒きわまりない『個人的な用件』を済ませようとしたくらいなのだから。
注文の内容をノワールに伝え、会話から知れた三人の名前を頭に刻む。やはり、あの女はティア・グランツで、眼鏡の男は死霊使いらしい。ガイという名のあの青年の正体はまだわからない。
ともにいるはずの導師と導師守護役は宿ででも休んでいるのだろう。

ノワールが用意した飲み物をトレイに乗せ、ロベリアは三人に見えないよう身体で壁を作り、素早く右の中指に嵌めた紫水晶の指輪のフタを開け、グラスの上に滑らせた。ノワールでさえ、自分が何をしたのか、気づかなかったようだ。当然、背後の三人も気づかず、談笑している。
ここで気づかれるような腕はしていないけれどね、とロベリアはひっそりと笑む。色事と合わせ、ロベリアは特務師団において、暗殺任務も請け負っていた。このくらいの仕掛けを誰にも気づかれず行うことも、ロベリアにとってはたやすい。

「お待たせ致しました」

ティアの前にオレンジジュース、ジェイドの前にアイスティーのグラスを置き、ガイの前へとアイスコーヒーを置いたところで、ガタタッ、と椅子を盛大に引く音がした。目を瞠り、ロベリアはガイを見る。

「あの…?」
「あ、いや、その」

ひく、と頬を引き攣らせ、笑うガイの顔は青い。くすりとジェイドが笑う声がした。

「ああ、驚かせて申し訳ありません、お嬢さん。彼は女性恐怖症なんですよ」
「はぁ…。それは、失礼致しました」

ごめんなさい、としおらしく微笑し、ロベリアはガイから離れる。俺こそすまない、とガイが頬を掻いた。本当は自分は男なのだが、教える義理もないので、ロベリアは黙り通すことにし、トレイを抱え、ガイへと同情の目を向ける。

「でも、女性恐怖症じゃ、お勤めも大変でしょうね」
「はは、まあね。メイドたちに囲まれると困るけど…幸い、俺のご主人様はお坊ちゃまだから、何とかやってるよ」

言葉の端に『ご主人様』への嘲りを感じ、ロベリアは内心、眉を顰める。使用人が主人を嘲ることはそう珍しいことではないが、聞かされる身としては不快だ。
オレンジジュースで喉を潤していたティアがガイに続いた。

「なおのこと大変じゃない、ガイ。あんな傲慢な人が主人なんだから。よく仕えていられるわね、あんな人に」
「その上、敵に攫われてしまいましたしね。やれやれ。本当に、役立たずですよねぇ」

もしや、という思いがロベリアに過ぎる。敵に攫われた、という言葉が気に掛かる。情報部に所属し、神託の盾騎士団でも裏方に徹しているはずのティア・グランツが、どうして貴族の『主人』を知っているのかというのも引っ掛かる。彼女が苦々しげに顔を顰める、その『傲慢な人』とやらは、もしかして──彼女が攫った、ルーク・フォン・ファブレのことではないのか。
だとすれば、彼女は己の罪をまったく理解していないということだ。理解しているのならば、これほどあからさまに彼を侮辱することはしないだろう。

「…でも、どこに連れて行かれちまったんだろうな、ルークのやつ」

ビンゴ。ロベリアは引き攣りそうになる頬を隠そうと、不自然にならないスピードで三人に背を向け、カウンターへと戻った。背後では不快な会話が続けられている。いっそ耳を塞ぎたい。
ここに隊長がいなくてよかったわ、とロベリアは思った。いれば、惨劇が起こっているところだ。

「奥様たちになんて報告したもんかなぁ」
「ガイは悪くないわ。悪いのは、ボーっとしていたルークだもの」
「ええ、ティアの言うとおりです。世間知らずのお坊ちゃまのことですから、騙されてのこのこ敵について行ったんでしょうね」
「そう言うなよ。ルークはまだまだ子どもなのさ」

トレイを握るロベリアの手に力が篭る。指輪のチョイスを間違えたわ、と密かに舌を打つ。アッシュたちがキムラスカに着き、ユーディやケセドニアの準備が整うまで、和平の使者が追いつかないよう、少しでも時間を稼ぐチャンスとばかりに、ロベリアが三人の飲み物に仕込んだのは、遅効性の睡眠薬だった。
すぐに効くようでは飲み物に何か仕込んだのではないかと疑われるが、遅効性であり、後遺症もないあの薬ならば、疑われる可能性は低い。当然、無味無臭の代物だ。
ロベリアが右手、左手とそれぞれ二つずつ嵌めた指輪は中が空洞となっていて、薬を仕込めるようにしてあるのだが、どうせなら、左手の人差し指に嵌めた指輪の中身を入れてやればよかったとロベリアは悔いる。
そこには、ミシェル特製の吐瀉剤と下剤をブレンドした薬が入っていた。
他にも、ロベリアは暗殺任務のために、身体の至るところに武器を仕込んでいる。形のいい耳を飾るオニキスのピアスでさえ、小型の譜業爆弾だ。

「ロベリア、持って行っとくれ」

二人前のサンドイッチとクローテッドクリームとマーマレードが添えられたスコーンが乗った皿をトレイに乗せ、ロベリアは伝票とともに丸テーブルへと向かう。ロベリアの顔に浮かんでいるのは、微笑みだ。目にも唇にも態度にも、内心の怒りや殺意が滲むことはない。
色事の任務であっても暗殺任務であっても、己の感情を露わにすることは危険な行為だからだ。誘った相手に嫌悪を悟られては失敗であり、また、感情を露わにすれば、相手に気配を悟られることになる。
ロベリアは完璧な偽りの微笑でもって、三人の前にそれぞれ注文の品を並べた。ガイから距離を取ることを忘れずに。

「ごゆっくり」

心にもない台詞を最後に、背を向ける。長く艶やかに波打つ髪に覆われた背に、ガイとジェイドから熱のある視線を感じたが、ロベリアは気づかない振りを決め込み、ノワールに一言言い置き、裏へと引っ込んだ。
彼らの会話の内容を、ユーディやアッシュへと報告するために。





港へと降り立ったルークが、つ、と顔を上げた。バチカルを見上げ、息を呑んでいる。
天空客車によってのみ向かうことの出来る王城は、遥か天にあるかのようだ。手を翳し、眩しげに翡翠の目を細め、ルークが呆気に取られたように息を吐いた。
俺、こんなところに住んでたんだな、と呟く声に、アッシュは再び、顔を覆った仮面の下で唇を噛む。
バチカルどころか、屋敷からすらも出してもらったことのないルークに、もっといろいろなものを見せてやりたいと強く思う。そのためにも、預言の犠牲になどさせない。させてなるものか。ルークは守ってみせる。ともに生きるために。

決意を込め、アッシュはルークを待ち構える白光騎士とキムラスカ兵の前へと促した。船の上とは違い、敬語へと戻った自分の口調にルークが一瞬、寂しげな顔をしたが、何も言いはしなかった。
キムラスカへと入った上、人目があるような場所で砕けた口調を使えば、不敬としてアッシュが裁かれることになることを理解したからだ。船の中で教えておいてよかったと、アッシュは思う。ルークは確かに世間知らずだが、賢い。物事を知らないだけで、きちんと教えてやれば、すぐに理解するだけの能力がある。頭の回転も悪くない。

ルークは己の地位も立場も理解していないだけなのだ。誰も教えてこなかったのだから当然だ。ルークの世話係はガイだったという。幼馴染だった金髪の少年を思い出す。彼は時折、酷く凍てついた目を向けてくることがあった。
その理由を、今のアッシュは知っている。ヴァンから以前、聞かされた。ガイを決して傷つけるな、とそう釘を刺されたことがある。
アッシュは、二度と、ガイをルークに近づかせるつもりはなかった。ルークを害する可能性のある者を、すべて取り除いてやりたかった。

「ゴールドバーグです、ルーク様。ご帰還、お待ちしておりました」
「ジョゼット・セシル少将です。ご無事で何よりです、ルーク様」
「うん、ありがとう。…アッシュのおかげだよ」
「そちらが、報告のあった…」

ケセドニアの領事館からルークは無事である旨を手紙にて知らせていた。その際、領事からもルークの保護に関する報告書が行ったのだろう。
ジョゼットがちらりと窺うように、アッシュとバラガスを見やる。
アッシュはバラガスとともに、ジョゼットやゴールドバーグたちへと頭を深く下げた。

「アッシュと申します。こちらは部下のバラガス」
「お初にお目にかかります」

アッシュとバラガス。二人、揃った名前に、ジョゼットの眉が跳ね上がる。ゴールドバーグも同じく、目を瞠った。

「もしや、神託の盾騎士団、特務師団の…?」
「ええ、元ですが」

元を強調しつつ、仮面の下から覗く唇に微笑を零し、アッシュは驚くジョゼットたちに頷く。
『鮮血のアッシュ』とその部下である『雷光のバラガス』の名は、特務師団の任務の中でも、魔物や盗賊の退治など、表立った任務を負うことが多いこともあり、他国でも知られている。軍人であるジョゼットたちが知っていたとしても可笑しくはない。
何故、とその唇が動くのが見えた。ケセドニアの領事にはアッシュとしか名乗らなかったためか、気づかなかったらしいな、とアッシュは考えつつ、ジョゼットたちの前へと一歩、進み出た。
ルークに発言の許可を得てから、二人と向き合う。

「タルタロス内でルーク様を保護したときに、私はルーク様の騎士となることを決意をし、それをルーク様が受け入れてくださったのです。それから、ルーク様の御身をお守りするため、ずっとお側に控えております」
「…ちょっと待ってくれないか。そのタルタロスは、マルクト軍艦の、だな?」
「ええ。…報告は来ていないのですか?」

訝しげに眉を顰めながら、首を傾ぐ。マルクトから報告がなかったのだろうか。ルーク・フォン・ファブレを保護した、という報告が。
第三王位継承者を保護したとなれば、キムラスカのマルクトへの心証は良好なものとなる。和平を成功させるためにも、当然、報告しているものだと思っていたアッシュは、バラガスとちらりと視線を交わした。
ジョゼットたちは眉を顰め、首を振っている。

「ローテルロー橋が破壊されたときに側にいたという話は聞いているが、そのような報告は何も来ていないはずだが。そうだな、セシル少将」
「はっ、そのような報告は受けておりません」
「…そうですか。では、当然、ルーク様を誘拐したティア・グランツのことに関しても…」
「引渡しの連絡も来ていないな」

頬を引き攣らせ、こめかみに薄っすらと青筋を浮かべているゴールドバーグに、吐息する。あの死霊使いは一体何を考えているのだろう。もしや、ルークを保護するどころか、戦わせていたことを誤魔化すために、何の報告も送ってきていないのだろうか。
それとも、六神将である自分にルークを連れて行かれてしまった失態を隠すつもりか。この様子では、タルタロスが奪われたことも含め、自国にも何の報告していないのではないのかと、アッシュは勘繰る。
何にせよ、あの男に和平の使者は無理だろう、と年若いながら、特務師団長としての責任を果たしてきた青年は結論付けた。

「あー…、その、ここで立ち話も何でしょうから、どこかに移動しませんか?聞かれては困る話もありますし、ルーク様も不慮の長旅でお疲れでしょうから」

バラガスのもっともな提案に、全員が頷き、天空客車へと向かった。
白光騎士たちに囲まれ、乗り込んだ天空客車を物珍しげに見回し、外の景色に目を輝かせるルークに、アッシュは白光騎士やバラガスとともに微笑ましげに目を細める。ルークの肩に乗ったミュウも、楽しそうに外を眺めている。

「すっげー…」

な、アッシュ!
顔を輝かせ、振り向くルークに、こくりと頷く。けれど、アッシュは胸のうちで、天空客車の遥か下、バチカルの下層部を思い、仮面の奥で眉根を寄せた。

(…変わらないな、ここは)
身分を重んじるキムラスカだが、その身分格差がバチカルでは特に顕著だ。身分の低い者、働く能力のない者は、容赦なく、下層部へと追いやられる。天空客車のような譜業を動かすための譜業が集中し、人が住める環境ではない下層部へと。
煙に覆われ、判然としない暗く淀んだ下層部を、アッシュは見下ろす。自分がまだ『ルーク・フォン・ファブレ』であったころとバチカルはなんら変わりない。そのことが、アッシュには哀しい。

(約束を、ナタリアは忘れてしまったのか…)
貴族以外の人間も貧しい思いをしないように、戦争が起こらないように。
そう交わした約束を、忘れてしまったのだろうか。約束を交わしたのは、自分が十のとき。ナタリアとて、十一の子どもだった。忘れてしまっていても仕方ないが、とは思いながらも、アッシュは内心、寂しさを抱く。
ナタリアももう十八。ダアトでも、ナタリアの行った福祉政策の話は聞いている。どれも実に成るようなものではないな、とは思ったが、王女としてキムラスカの国政に口を出すことくらいは出来ているのだろう。
それでも、相変わらず、貴族ばかりが利権を貪り、身分の低い者を虐げ続けているキムラスカの姿に、アッシュは密かにため息を零した。


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