月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
ディスルク。ルークは若干スレルク。
ルークの能力は最強です。知識も豊富。
素直じゃないディストと素直なルーク。
唐突に現れ、気まぐれにじゃれてきたかと思えば、気づけば姿を消している。
そんな神出鬼没で猫のようなルークに、最近、ディストはずっと乱されていた。
来るのか、来ないのか。はっきりして欲しいものだと、人のいない研究所で呻く。
「屋敷に軟禁されているはずじゃなかったんですかっ」
苛々とキーを叩く。ピーッ、と警告音が鳴り響き、ディストは深いため息を零した。
入力し間違えた。
「…最悪ですよ」
ぼそりと呟き、譜業の電源を落とす。集中力が完全に切れてしまっている今、これ以上、仕事を進めたところで物になるとは思えない。むしろ、あとで面倒なことになりそうだ。
「まったく、どうやって抜け出してきてるんですかね…」
つくづく不思議なレプリカだと、ディストは椅子に深く腰掛け、眼鏡の奥で考え深げに目を細める。
ギシリ、と椅子が音を立てた。
レプリカルークは、何の刷り込みも行われていないはずである。にも関わらず、彼の知識量はそこらの学者を平気で上回るほどだ。
何しろ、天才と謳われるこの自分と討論を交わせるほどなのだから。
そればかりではない。彼は音素コントロールもまたずば抜けている。譜術が発展しているマルクトであっても、彼ほどのコントロール能力を持つものはそうはいないだろう。
もしかしたら、譜眼を持つジェイドすらも、上かもしれない。何しろ、超振動でもって己を構成する第七音素を分解し、大気中の音素に溶かし、移動先で再構築するだけの桁外れのコントロール能力なのだから。
「…被験者を超えたレプリカ、ですか」
髪の色、目の色。彼の色素は確実に被験者よりも劣化している。
だが、その能力は劣化どころか、被験者を上回るものだ。
完全同位体だからこそなのだろうか。研究価値のあるレプリカだと、思う。
それだけであれば、これほど惑わされることもなかっただろうに。
どうにも気まぐれなのだ。彼は。
どうも振り回されている。ディストは眼鏡を外し、目頭を押さえて唸った。
生まれてたった六年しか経っていないような子どもに自分が振り回されているのかと思うと、腹が立つ。
「ああ、まったく…ッ」
このところ、思えば、彼のことばかり考えているような気がする。おかげで仕事もままならない。気が散って仕方ないのだ。
はぁ、とため息を零す。これでは、まるで。
「悩ましげなため息だなー」
背後から聞こえてきた声に、ディストはバッと素早く振り返った。あまりに勢いがよすぎて、椅子がついてこれず、傾いたほどに。
「っ!?」
椅子とともに、ディストの身体は床へと倒れた。うう、と呻く。
一瞬、呆けたあと、ルークが慌てて、駆け寄ってきた。
「だ、大丈夫かよ!?」
「あ、あなたのせいでしょう!?」
「へ?え、あ、いきなり声、掛けたから?」
疑問符を浮かべ、小首を傾げるルークを、床に臥せったまま、睨む。
眼鏡がずれ、視界が歪み、睨んだルークも歪んで見えた。
それでも、朱色の髪は、鮮烈なまでの色でディストの目に映っていた。
「大体、あなた、気まぐれすぎるんですよ!」
来るのか、来ないのか。
そわそわと待つしかないこちらの身にもなりなさい!
ディストはそう泣き叫ぶ。
ぽかん、とルークが呆気に取られ、考え込むように目をぐるりと回すと、膝をディストの前に着いた。
「それって、さ」
「…なんです」
「俺に、会いたかったって、ことだよな」
「なっ、誰がそんなこと…!」
「だって、今、待ってるって言ったじゃん」
じ、と見つめてくる翡翠の目をズレた眼鏡を直して見返す。
ほんのりと、目元が朱に染まって見えるのは気のせいだろうか。
「なぁ、俺に会いたかった?なぁ」
「…あなた、もしかして」
私が好きなんですか?
今度はディストがぽかん、と口を開けて呆けた。
パッとルークの頬に朱が散る。
「っ、おれ…」
「でも、何故…?」
理解出来ない。恨まれるというなら、憎まれるというならば、わかる。
けれど、好かれている、だなんて。理解、出来ない。
戸惑いの目を、ルークへと向ける。ルークが困ったように眉をハの字に下げ、笑った。
「…最初はさ、俺を作ったやつどんなんか知りたくて、ダアトに探りに来たんだけどさ。ああ、レプリカ理論を立てたのがジェイド・バルフォアとかいうやつなのは知ってるよ」
「…それで」
「ん、それで、あんたが何でレプリカに執着してんのか、調べた。ネビリムっていう恩師を生き返らせたいから、なんだろ?」
「…よく調べたものですね」
苦い笑みがディストの口の端に上る。いつの間に調べたのやら。
頬を掻き、気まずそうに笑うルークを軽く睨む。
「羨ましいって思ったんだよ」
「は?」
「そこまで思われてるその人が。俺には、そういう人いないし」
俺に向けられるのは、本当は全部、被験者のものだしさ。
苦笑一つ浮かべず、当然のように言い切ったルークに、ディストは目を瞠る。
翡翠の目は静かに澄んでいる。それが何故か、痛々しい。
「だから、思った。もし、あんたが俺のこと好きになってくれたら、俺にも執着してくれるかなって。そんなふうに強く想ってくれるかなって。そんなふうに想ってもらえたら、『幸せ』かもしんないって、思った」
微かな微笑を唇に浮かべ、ルークが言う。
ああ、とディストは息を吐いた。彼は。この子どもは。
(愛されたい、のですか)
自分と同じだと、ディストは思う。
愛して欲しい。愛されていたころに戻りたい。
『幸せ』を求めているのだ、彼も。
「そんなふうに思ってあんた見てたら、好きになってたっつーか。誰かを思える強さを持つディストが好きになってたっつーかさ」
照れくさそうに、視線を泳がせるルークに、小さく笑う。
何だよ、とふてくされたように、ルークが唇を尖らせた。
「迷惑なら、もうこねーよ」
「誰もそんなことは言ってませんよ。ただ…ああ、これをあげます」
「何これ?」
立ち上がり、机の上から小さな腕輪型の譜業を取り、ディストはルークへと投げた。受け取り、不思議そうに腕輪を調べるルークに、こほん、と一つ咳き払う。
ルークの視線が、ディストに向いた。
「それは通信の出来る譜業です。先日、開発したばかりで、まだ試作品なんですが、せっかくですから、テストに協力してください」
「テスト?」
「…あなたがここに来るときは、それで前もって知らせてくださいということですよ。お茶の用意くらい、してあげますから」
「俺、来ていいのか?!」
「もちろん、ヴァンたちに気づかれるこなくですよ?」
「あったりまえだろ!任せろ!」
嬉しそうに顔を輝かせ、さっそく譜業を腕に嵌めるルークの喜びように苦笑する。
まったく、ここまで喜ぶなんて思わなかった。
自分の頬まで緩んでくるのがわかる。ルークが喜ぶ姿を見ることが、笑ってくれる姿を見ることが、嬉しい。
(…本当に、これでは、まるで)
まるで、恋でもしているかのようだ。
ディストは己の酷く甘い考えに、緩く首を振り、ルークに譜業の使い方を説明し始めた。
END