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月齢

女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。

2025.04.21
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2010.01.15
10万HIT感謝企画

「朱色の髪の姫君」の中編です。
あと一話、掛かります。
今回はガイの捏造要素過多となってます。使用人として、常識もあり。
まだ捏造ナタリアのようですが、楽しんで頂ければ幸いです。




さぁ、ルーク様、とメリルがルークへと手を差し出し、歩き方を教える様を、ナタリアはにっこりと微笑みながら、眺めた。
自分もメリルと同じく、ルークにと遊んでやりたいところだが、この身体はすぐに息が上がってしまう。元気が有り余っているルークの相手は出来ない。
ひどく残念に思いながらも、ナタリアは膝にブランケットを掛け、おとなしく椅子に腰掛けていた。

「…ガイ」

ちろ、と少し離れて立つガイへと、視線を飛ばす。以前から、ルークの世話係として側に仕えているガイが、はい、とナタリアに頭を下げた。
もう少し、近くにお寄りなさい、と小さく苦笑する。ガイが戸惑いがちに、一歩だけ、踏み出した。だが、それ以上は近寄ってこない。

「相変わらず、女性が苦手ですのね」
「…申し訳ありません」
「構いませんわ。人払いも済んでおりますもの。聞き耳を立てている者もおりませんし、ここからでも話すのに不便はありません」
「……話、ですか」
「ええ」

つ、と小首を傾げ、ナタリアは髪と同じ朱色の睫毛を、二度、三度と瞬かせた。翡翠の目を、ひた、とルークへと向けながら、唇を開く。
ガイ、と呼んだナタリアの声音には、親しみよりも王女としての威厳が込められていた。ガイの背筋が、思わず、伸びる。

「気づいていますわよね、もちろん」
「…何に、でしょうか」
「嫌ですわ。あなたが一番、ルークに近いのですもの。気づかないわけがありませんわ。…誘拐騒ぎから戻ってきたルークが、すり替わったことに。あの子は、レプリカと呼ばれる存在です。ルークから情報を抜き出し、人の手によって作り出された存在です」

ぐぅ、と小さく、ガイが呻いた。やはりルークが別人であることに気づいておりましたのね、とにこりとナタリアは微笑む。
その微笑の意図がわからないというように、ガイがたじろぎ、目を伏せた。
ルークの笑い声が、ナタリアの鼓膜を快く、打つ。メリルにすっかり懐いたらしい。
こうして見ていると、本当に弟が出来たようだと、ナタリアは柔らかく目を細めた。

「気づいているのは、私だけではありません。叔父様も叔母様も当然、気づいておりますわ。父上も承知しております」
「なら、どうして」
「あの子をルークとして扱っているのか。あなたが訊きたいのは、そんなところかしら」
「……」

ガイの戸惑いが感じられ、ナタリアの笑みが深まる。ガイの困惑の理由は、あの子どもを『ルーク』として扱っているからだけではあるまいと、ナタリアは察していた。
ガイは己自身でどこまで自覚しているかはわからないが、あの子に絆されているからこそ、ガイは惑っている。
無垢な表情を浮かべ、ルークがナタリアとガイに手を振った。微笑み、ナタリアは手を振り返す。けれど、困惑しきったガイには、そんな余裕はなく、ルークが不思議そうに首を傾げ、寂しそうに顔を曇らせた。

「ダメですわよ、ガイ。ちゃんと手を振り返してあげなくては。ルークが寂しそうですわ」
「何故、そうも、冷静に…」
「私は己というものを知っております。何を為すべきで、為さねばならないのかも」

ナタリアはガイを見上げ、ス、と目を眇めた。その眼差しに、ぎくりとガイの身体が強張る。
明らかに、ガイはナタリアに気圧されていた。

「あの子が可愛いのでしょう?」
「……」
「認めておしまいなさいな。あの子は、この世で誰よりもルークに近しい存在ではありますが、厳密に言えば、叔父様と叔母様の子どもではありませんわ。仇の子、と頑なに忌み嫌う必要はありませんのよ、ガイラルディア殿」

ヒュッ、とガイが息を呑む。一歩、二歩と後ずさるガイの目は、見開いていた。
何を、と声を震わせるガイに、ナタリアは穏やかに笑む。

「ファブレを甘く見るものではありませんわよ、ガイ。使用人の素性を徹底的に調査するのは、当然のことではありませんか」
「…なら、どうして」
「ホド戦争でガルディオス伯爵を討ち取ったのは、確かに叔父様です。けれど、預言実現のためにと戦争を引き起こした者は別におります。ホドの崩落を仕組んだ者も」
「……?!」

絶句し、愕然としたガイが身体を震わせる。混乱に陥っているのは、一目瞭然だ。
ナタリアはブランケットを椅子の背に掛け、立ち上がり、ガイを真っ直ぐに見つめた。ガイの目が、戸惑いがちに逸らされる。
青ざめたその顔を見つめ、ナタリアは、ゆる、と首を傾いだ。

「ガイ、貴方が望むのならば、あの戦争の真実を教えます」
「教えて、どうするってんだ。父上を殺したのは、ガルディオスを滅ぼしたのは、あの男だ。俺をどうしようっていうんだ…!」
「私が望むのは、一つですわ」

己の身体を抱くように両腕を交差させるガイの頬を、脂汗が伝い落ちていく。
怯え、恐れ、そして、憎悪を青い瞳に覗かせながら、ガイがナタリアの顔をそろりと窺う。ナタリアは笑みを消し、静かにガイを見つめ続けた。
うう、とガイの口から、呻きが漏れる。

「ガイ!」
「あ、ルーク様!」

やっと歩けるようになったばかりのルークが、ガイの名を叫び、メリルの手から離れた。細い足はすぐに縺れ、小柄な身体が地面へと倒れこむ。
打ち付けた膝の痛みに、じわりと翡翠の目を潤ませながらも、ルークは地面を這い、ガイへと手を伸ばした。手を貸そうとするメリルを、ナタリアは視線で抑え込み、ルークを見守る。
震えるガイへと辿り着いたルークが、ガイの腕を掴み、一生懸命にその手をガイの頭へと伸ばした。撫でようとしているらしい。

「ガイ、どっか、いたい?」

たどたどしい口調でガイを気遣うルークに、ガイの震えが止まった。焦点のずれていた目が、ルークへと向く。
ことりと首を傾げ、朱色の髪を揺らしながら、ルークが泣き出しそうに眉根を寄せた。

「ガイ、いたい、ヤ!」
「…ルーク様」

じ、と無垢な翡翠の目がガイを捉える。ガイの目にじわりと涙の膜が張り、己を抱き締めていた腕が、ルークの背へと回った。
縋りつくようにルークを抱き締めるガイに、ナタリアは穏やかに目を細めた。

「その子には、あなたが必要なのですわ。私にメリルが必要であるように」
「……」

そっと隣に立つメリルへと、笑みを浮かべた顔を向ける。メリルもまた微笑みを返してきた。
風にふわふわと揺れる金色の髪に触れ、ナタリアは笑みを深める。

「ガイ、知っていますでしょ?ルークが時折、ベルケンドへと連れて行かれていたことは」
「ええ」
「ルークはベルケンドで生まれ持った力──ローレライの力の欠片とも言える超振動の力を調べられていました。検査と称して、ファブレの目から隠れ、非人道的な実験を行っていたこともあったようです」

思い当たることでもあったのか、ガイの顔に苦渋が過ぎる。仇の子と憎みながらも、幼いルークを憎みきれない面があったのだと、その顔を見、ナタリアは気づく。
ナタリアはそのことに微かな安堵の息を零し、話を続けた。

「ルークは国のため、と耐えようとしていましたけれど、ルークを想う私たちがどうして気づかずにいられましょう。そういった者たちは、今はすべて叔父様が『処分』しましたわ。…けれど、ルークが心に負った傷は、癒えません」
「その話を、何故、俺に」
「…その子もまた、ルークと同じく、超振動の力を持っています」
「!」

目を瞠り、ガイが腕の中の子どもを見下ろす。子どもは不思議そうに小首を傾げ、ガイにぎゅう、と抱きついた。
ガイが庇うように、ルークを抱き締める腕の力を強くする。
ナタリアは微笑み、その子を実験させるような真似はさせませんわ、と頷いた。

「ルークは己を化け物と思っています。ベルケンドの科学者たちが、意図的ではないにしろ、そう…思い込ませたのですわ」
「…そんな」
「そんなルークにとって、その子は唯一、自分と同じ力を持つ存在。きっと掛け替えのない存在になるはずです」
「…つまり、ルークのために、この子を生かしてるって、ことですか」
「もちろん、それだけではありませんわ。…反発したくなる気持ちはわかりますが、それが私の思いです。私の一番はルークで、その子は二番なのですわ。一番には、出来ません。私はこの国を導く立場にある者。ともに並び立つ存在として、私はルークを選びます」
「……ッ」
「ですから、ガイ。私は望むのです。ガイラルディアとしてではなく、ガイ・セシルとして、あなたにはその子の側にいて欲しい、と。その子を一番に思って欲しい、と。その子にはいずれ、レプリカであることに悩む日が来るでしょう。そんなとき、その子を支えられるのは、あなただけですわ。あなたがガイ・セシルでいてくれるのならば、私に出来ることは何でも致します。ホド戦争の真実を知りたいのならば、教えましょう。もっと給料を上げて欲しいでもかまいません。ですが、どうか、その子の、ルークのガイでいてくださいまし」

胸の前で拳を握り、切実にガイへと訴える。ガイの目は泳ぎ、ナタリアの目と合わなかった。
クリムゾンがガイをガルディオスの遺児と知りながら、雇い、生かしてきたのは、マルクトが不審な動きを見せたときの切り札とするためだ。
ガイを油断させるため、クリムゾンはルークの世話係兼遊び相手としたが、常に監視がついていたことをガイ本人は気づいていまい。

ホドの崩落には、マルクトの上層部が絡んでいる。その事実をクリムゾンはホド崩落の際、逃げ遅れたところを捕らえたマルクトの科学者から聞き出した。
戦争が始まり、回収しきれなかったフォミクリーなどの資料を廃棄するため、一人の少年とそのレプリカを用い、擬似超振動を発動させた、と。
その結果、ホドはオールドラントの地図から、消えてしまった。

マルクトがキムラスカに戦争を仕掛けてくるようなことがあれば、クリムゾンはその事実をガイに教え、マルクト上層部の罪を暴露し、ガイを旗印にマルクトで内乱が起きるよう仕向けるつもりだったのだ。
たとえ、預言に詠まれていない道筋だとしても、国を守るためならば、預言から外れる道を進むことも辞さない。それがダアトには見せずに隠してきた、キムラスカの顔だ。
いざとなれば、預言よりも民を取る。そういった判断がつけられなければ、王がいる意味がない。

(ごめんなさい、叔父様)
クリムゾンにも既に話を通してあるものの、ナタリアは改めて、心のうちで謝罪する。だが、ガイは必要なのだ。この子にとって、間違いなく。
だから、ガイをガイラルディアへと戻すことは、出来ない。
クリムゾンが苦笑いを浮かべながらも、ナタリアの願いに頷いてくれたのは、記憶に新しい。

「…ナタリア様は、メリルが必要だと仰いましたね」
「ええ」
「それは、ナタリア様もまた、一番ではないから、なのですか?」

ぎくりと、ナタリアの頬が強張った。ナタリア様、とメリルがナタリアの手を握る。
ナタリアはその手を握り返し、微苦笑を唇に滲ませた。

「そのとおり、ですわ。私はお父様にとっても、ルークにとっても、一番にはなりえませんもの」

彼らの一番は、キムラスカだ。そして、ここに暮らす民だ。
それは、自分にも言えること。ルークを一番と言いながらも、自分の最も大切な一番は、常にこの国だ。
自分は、我が侭なのだ。ナタリアは目を伏せ、メリルに身体を寄せる。
一番になどしてやれないのに、一番を求めてしまうのだから。

(だから、だから、私には)
ぎゅ、と目を閉じ、メリルの手のひらの体温を感じ取る。
いつでも、メリルは、メリルだけは、一番を自分にくれた。
きっとそれは、これからも変わらない。
メリルが微笑み、ガイを見やった。

「ガイ、あなたは幸せではありませんか?」
「…幸せ?」
「一番大切な人の側にいられることが。私は幸せです。ナタリア様のお側にいられることが。ナタリア様にお仕えしていられることが」

ナタリアは目を瞠り、傍らに立つメリルを見つめた。
ふふ、と照れくさそうに頬を染め、メリルが笑う。
ありがとう、とナタリアはメリルを見つめ、微笑んだ。
子どもを抱き締めたガイが、はぁ、と深くため息を吐くのが、聞こえた。

「ルークが大事じゃないとは言いません。だけど、割り切れないものはあるんです。ホドには大切なものがたくさんあったんだ。真実が何であれ、父を殺したあの男を、憎まずにはいられない」
「割り切れとは言いませんわ。戦争が仕方がないものだったとも、私は言いません。いいえ、言えません。仕方なかったと認めてしまったら、戦争のためにならば、民が苦しむことも仕方のないことだと認めることになりますもの」

しがみつくルークの髪に指を滑らせながら、ガイが胡乱げな眼差しをナタリアへと向ける。
ナタリアは、疲労のため息を零した。しゃべり続けたせいで、身体に疲労が溜まり始めている。本当にままならない身体だと、ナタリアの眉間に悔しそうに皺が寄る。
メリルが椅子の向きを変え、ナタリアに椅子に座るよう、促した。礼を言い、腰を下ろす。
ガイは何も言わず、ナタリアの言を待っていた。

「…私は、あなたもよく知ってのとおり、病弱な身です。叔母様のように子を生せるかどうかもわかりません。ですが、キムラスカを思う気持ちならば、誰にも負けぬつもりです。私は嫌なのです、ガイ。戦争で民が傷つき、憎しみが続いてくのが」
「憎しみが、人を生かす糧となる場合もありますよ」
「あなたを見ていれば、わかりますわ。でも、ガイ、私は憎しみが連綿と繋がっていく世界は、嫌です。民が憎しみに生かされているのを見るのは、嫌です。夢物語と、綺麗ごとだと罵られても構いませんわ。それでも、私は望みます。民が希望で生きる国を。だって、嫌じゃありませんか。…幼子に憎まれて生きていくのは」
「……」
「ファブレを憎むあなたの気持ちがわかるとは言いません。私の母は亡くなりましたが、あなたのように奪われたわけではありませんもの。だけど、ねぇ、ガイ。その子が父と慕う叔父様を殺して──その子に憎まれる覚悟は、ありますの?」

ガイの表情が、ぴきりと凍る。それは、とその唇が戦慄いている。
ルークがぱちくりと瞬き、ガイの頬に手を伸ばした。不安そうに、心配そうに、ルークがガイを見上げている。

「…ルーク様。私のことが、好きですか?」
「すき!ガイ、すき!」
「…それは、どうも」

熱烈だなぁ、とガイが笑った。その笑みからは少しずつ、陰りが薄れ、やがて、朗らかな笑みとなった。
深く、ガイがため息を零し、空を見上げる。
釣られたように、ナタリアも空を見上げた。のんびりと白い雲がたなびいているのが、見えた。

「…本物、って言ったら、あれですけど、ルーク様はどこに?」
「まだわかっておりません。ヴァン・グランツが絡んでいることは、確かだとは思いますから…ダアトを探っているところですわ」
「ヴァン…ですか」
「何か心当たりでもありますの?」

顔を顰め、俯くガイに、ナタリアは眉を顰める。ガイが惑うように視線を揺らし、覚悟を決めたようにルークを見つめた。
決意を固めるかのように、ガイの手がルークの肩をしっかりと掴み、抱き寄せる。

「ヴァンは、かつてガルディオスに仕えていたフェンデ家の人間です」
「それは、本当のことですの?」
「ええ。本名をヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ。…あいつ、何を考えてるんだ」

苦々しく、ガイが顔を顰める。ヴァンがかつての主君に何も告げていないことは、容易に知れた。
ナタリアが考え込むように、首を傾ぐ。背に垂らした朱色の髪が、さらりと揺れた。

「ガイ、ヴァンから何か聞きだせるようなことがあれば、それとなく聞き出してくださいませ。その子を守る為にも。…ヴァンは、その子にも何かさせるつもりなのではないかと、そう思えてならないのです」
「何か言ってきたんですか?」
「記憶を取り戻すきっかけにもなるかもしれないから、以前のとおり、剣の修行をつけさせてはもらえないか、と。白々しい男ですわ」

ふぅ、と息を吐くナタリアに、メリルが紅茶を差し出した。喉が渇いた頃合だろうと、淹れてくれていたらしい。
マスカットの香りのするそれを啜り、ナタリアは喉を潤した。
自分も喉が渇いたと身振り手振りで示すルークのために、ガイもまた紅茶を淹れるべく、中庭に置いたテーブルへと近寄りながら、口を開いた。

「俺は、いえ、私はまだファブレへの憎しみをそう簡単には捨てられません。…だけど、少なくともこの子だけは、守ります」
「それで、よいのですわ」

にこりと、ナタリアは微笑んだ。翡翠の目の端が、微かに潤む。
誰か一人であっても、一番に思ってくれる人がいてくれれば、それは自信に繋がる。自分が、そうだった。メリルがいてくれたから、王女としての誇りを失わずに生きてこられた。
レプリカであることを知っても、ガイの支えがあれば、きっとルークは立ち直ってくれるだろう。
ガイに抱きつき、きゃらきゃらと笑うルークを見つめ、ナタリアはメリルとともに微笑を交わした。





ナタリアの手から、紅茶が入ったカップが落ちた。
カップは厚い絨毯が敷かれた床に落ちたために、割れることはなかったが、その半分ほど残っていた中身は零れ、広がった。じわじわと絨毯に染みが広がっていく。

「ルークが、倒れた?」
「はい」
「原因は何ですの。風邪…?」
「それが、不明、だと…」

ベルケンドからも科学者たちを呼んでいるそうです、と顔を青ざめさせ、カップを拾い上げるメリルに、ナタリアは、腿の上で、きゅ、と両手を握った。
原因がわからない。その一言が、恐ろしい。

(あの子は、レプリカ…ですもの)
何が起こったとしても、不思議ではない。キムラスカでも生体レプリカはルーク以外に存在していない。
ルークがやって来てから、二年。その間にベルケンドでは、以前にもまして、レプリカの研究が進められてきたとはいえ、第七音素しか持たないレプリカに、どういった障害が起きるか。それはまだわかっていない。
あの子は未知の存在なのだ。すべてが手探りでしか進められない。
ナタリアは、深く息を吐き出した。メリルに今日の公務と勉学の予定を尋ねる。
ナタリアの性格をよく把握しているメリルが、本日は正午前に三十分ほど、間が空きます、と答えた。

「では、さっそく、片付けてしまいましょう。うまく予定が片付けば、あと十分は増やせますわね」
「無理は禁物ですよ、ナタリア様。今朝はお顔色がよいとはいえ」
「ええ、わかっておりますわ」

眉を顰めるメリルに苦笑し、頷く。
きっと大丈夫ですわ、と自身に言い聞かせながら、ナタリアは椅子から立ち上がった。ふわ、と薄緑色のドレスの裾が揺れる。

(そうですわよね、ルーク)
被験者のルークと、レプリカのルーク。
二人を思い浮かべ、ナタリアは吐息する。どちらも、愛しいルークだ。
被験者のルークは、半月ほど前にやっと見つかった。それまで、ヴァンがダアトの奥深くで監禁し、虐待まがいの洗脳を行っていたのだ。
ヴァンによって、新たにアッシュと名づけられたルークは、まるで人形のようにヴァンに従順であるように見えた、と報告があったときには、ナタリアはそれだけでヴァンを殺せるのではないかと思うほどの怒りを抱いた。
ただ殺すのでは、足りない。殺して欲しいと嘆願するまでいたぶってからではなくては、足りない。
それほどの怒りを。

だが、すぐに、ルークのヴァンへの従順さが演技であることが、ルークへと接触を図ったファブレお抱えの影によって判明した。
ヴァンがわざわざレプリカを作るという手の込んだことまでした理由を探るために、苦しみにも耐えたのだ、と。
誇り高いルークの精神であっても、ヴァンから受けた屈辱は耐えがたいものであったはずなのに、それでもルークは耐え切ったのだ。
もたらされた知らせに、ナタリアはより決意を固めた。ルークに報いるためにも、己が為すべきことを為すのだと。
たとえ、この命を削ることになろうとも。

「…嫌な天気ですわね」

窓を見やり、ナタリアは眉を顰めた。空を厚い雲が覆っている。窓ガラスを叩く風も強い。
メリルもまた空を見やり、一雨来そうですね、と呟いた。

「……ルーク」

抑えがたい不安が、ナタリアの慎ましやかな胸を襲う。
首を振り、ナタリアは午前中の用事をすべて済ましてしまうべく、立ち上がった。
そして、正午より少し前、ファブレ邸に訪れたナタリアは──危篤状態に陥ったルークを前に、身体を流れる血が凍りついたような恐怖を覚えた。


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