月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
パラレルアシュルク。
現代物かつ、擬獣化の第三弾。(一本目はその11、二本目はその12)
飼い主アッシュと愛犬ルークの話。
それは、遊んでいたときに起こった。
アッシュが動かすぬいぐるみに、ルークがじゃれついていたときのことだ。
ぬいぐるみは、白い毛皮を持つウサギの形をしていた。
目も鼻も、すべて刺繍されたもので、プラスチックはどこにも使われていない。
ルークが噛み切って、誤って飲み込んでしまうことがないようにと、アッシュがペットショップで手に入れてきたものである。
「うわん!」
ルークの気を惹くように、アッシュがウサギをひょこひょこ動かす。
ふよん、ふよん、と長い耳が跳ねるように動く。
揺れるウサギへと、ルークが勢いよく、飛びついた。
飛びつく寸前、ウサギはひょい、と逃げて。
ルークはますます興奮し、ウサギを追いかけた。
尻尾がばさばさ、風を生む。
「ほら、こっちだ、ルーク」
「わんっ」
あと少し。
あと少しで捕まえられる、というところで、いつもウサギはするりと牙の先から逃げていく。
ううっ、と低く唸り、ルークはしっかりと狙いを定めた。
その間も、アッシュが遊んでくれる嬉しさで、ふさふさとした尾がぱたぱた揺れる。
こうして遊んでいられる間は、大好きなアッシュを『仕事』に取られることなく、独り占め出来る。
それがルークには、嬉しくて仕方がない。
ぴた、とウサギが動きを止めた。
どうやら誘っているらしい。
じり、とルークはウサギへと近づき──えいやっと飛びついた。
がぶっ、と牙がしっかり食い込む。
(…あれ?)
けれど、牙から伝わってきた感触は、予想していたぬいぐるみの柔らかさではなかった。
ぬいぐるみならば、ふかっとした感触のはずであるのに、伝わってくるのはもっと硬い感触だ。
恐る恐る、ルークは視線を動かし、それを確かめた。
あ、とルークの口が戦慄き、開いた。
尾が力なく、垂れ下がる。
上から、痛そうなアッシュの呻き声が、降ってきた。
「く、くゥゥんっ」
「いたた…」
ルークが噛み付いたのは、ぬいぐるみではなく、アッシュの手だった。
目測を誤ってしまったらしい。
血は幸い、出ていないものの、牙の痕が赤く残っている。
アッシュの手は、その部分が腫れ始めているようだった。
痣にもなるかもしれない。
思いっきり噛み付いた覚えのあるルークは、垂れている耳をさらに伏せ、しゅん、と項垂れた。
長い尾が、しゅる、と足の間に入り込み、丸まる。
そっと鼻先を寄せ、アッシュの手をぺろりと舌先で舐める。
(俺のバカ…!)
アッシュの手に噛み付いてしまうなんて。
アッシュに痛い思いなど、させたくなんてなかったのに。
きゅうんきゅうん、と鼻で鳴き、ぺろぺろと痛みが少しでも取れるようにと願って、舐め続ける。
ルークの小さな胸は、罪悪感と自己嫌悪で張り裂けそうだった。
「これくらい大丈夫だ、ルーク」
「クゥ…」
「お前がわざと噛んだわけじゃないことも、わかっているから」
アッシュの手が、ふわ、と優しくルークの頭を撫でた。
翡翠の目も、柔らかく細められている。
だから、そんなに気にするな、とアッシュが笑いながら、ルークを抱き上げた。
間近に迫ったアッシュの鼻先も、ぺろ、と舐める。
アッシュは擽ったそうに身じろぎながらも、ルークを腕にしっかりと抱えていた。
「ルークはえらいな。ちゃんと反省出来ているんだから」
「わふ…」
「俺にはこれ以上、お前に何も言うことはないさ。元気でいてくれるのが、一番だしな」
アッシュの腕の温かさに、ルークの元気をなくしていた尾が、また、ゆっくりと振れ出した。
ぱたん、ぱたん、とアッシュの腹を緩やかに尾が叩く。
(アッシュ、アッシュ、大好き)
ルークは甘えるように鼻先をアッシュの胸に擦り付けた。
言葉は通じぬはずなのに、アッシュが、俺もお前が好きだよ、と微笑みをルークに落とす。
アッシュに出会えてよかったと、ルークは嬉しそうに鳴いた。
(ホントに、本当に、アッシュでよかった)
兄弟たちが人に引き取られていく中、毛色が変わった自分ひとりだけが、いつまでもペットショップのケージから出ることが出来なかったことを、思い出す。
寂しくて、悲しくて、仕方がなかった。
自分は誰にも愛してもらえないんだと思った。
ペットショップの人たちは、みんな、優しい人たちだったけれど、いつか、自分の飼い主となる誰かのために、自分に名前をつけてくれることはなかった。
名前ももらえないまま、自分はひとりぼっちでい続けるんだ、とケージの隅で丸まっていたこともある。
そんな自分を、アッシュは見つけてくれた。
ひとりぼっちだった自分を、俺も一人なんだと、抱き上げてくれた。
ルークという名前もくれた。
一緒においで、と微笑んでくれた顔を、ルークは忘れない。
これからは俺がお前の家族だと、撫でてくれた手の優しさを今でも覚えている。
あのときから、アッシュがルークのすべてとなった。
アッシュのことが、大好きで大好きで仕方なくなった。
「ワン、ワワン!」
まるでキスをするかのように、ルークはアッシュの唇にちょこん、と鼻先を押し付けた。
俺にもちょうだい、とばかりに目を煌かせ、アッシュを見つめる。
アッシュが苦笑し、ルークの頭にキスを落とした。
ルークの尾が、ちぎれんばかりに、勢いよく左右に振れた。
END