月齢
女性向けブログ。ネタ語りや小説など。ルーク至上主義。
『陽だまり』シリーズ番外編。
ノアとノエルの甘々話。
後日談の少し後の話になります。
何かもうひたすら甘いです。
グランコクマ近くの海岸沿いを、ノエルと手を繋いで、ノアはのんびりと歩いていた。
サシャ、サシャ、サシャ。
靴裏で崩れる細かく、白い砂の音が、打ち寄せる波の音に混じって耳朶を打つ。波は足元近くまで、その手を伸ばしてきたが、二人の靴には届かず、引いていく。
「気持ちのいい日ですね」
にこりと微笑み、爽やかな海風に金色の髪を靡かせるノエルに、笑みを返し、ノアは頷いて足を止めた。ノエルの足も、釣られて止まる。
海面で太陽の光が反射し、キラキラと煌き、ノアの紺碧の目が自然と細められた。
ノエルがそっとノアの額に手を翳し、大丈夫ですか、と微笑んだ。柔らかな影が目元に落ち、眩さも和らぐ。
ノエルの髪に左手の指を絡め、ありがとう、と礼を言えば、ノエルが擽ったそうに笑った。
「ねぇ、ノアさん」
「うん?」
「私、今、世界中の誰よりも幸せな気がします」
「うん、俺もだ」
二人、顔を見合わせ、ふくふくと笑いあう。
胸のうちからこみ上げてくる温かさが、身体中に満ちていく。
ノエルと繋ぎあった手のぬくもりが、心地いい。
「もったいないくらい、幸せです」
「ああ、夢みたいだ」
「現実ですよ」
「うん、わかってる。夢だったら、俺、泣くよ、間違いなく」
サシャ、サシャ、サシャ。
二人で当てもなく、のんびりとまた砂浜を歩き出しながら、これからのことを徒然なく、語り合う。
青い空には雲ひとつなく、音譜帯がよく見えた。あの音譜帯で、ローレライは何を思っているんだろうな、とノアは一人、思う。
(現れたり、しねぇだろうな)
祝福の言葉を言いに来た、などと姿を見せになど来たら、どうしてくれよう。
祝いの言葉は嬉しいが、ローレライが現れれば、いらぬ騒ぎを引き起こすばかりか、ローレライの力を持つ『聖なる焔の光』と関係があることが、バレてしまうかもしれない。アッシュにも迷惑が掛かりかねない。
もし、そんなことになったら、地殻に封じてやるからな、とノアは心のうちでローレライへと脅し文句を送る。心なし、音譜帯が震えたような気がした。
「ピオニー陛下にね、言われたんです」
「何言われたんだ、あのおっさんに」
「そんな言い方してるのをフリングス将軍に聞かれたら、怒られますよ?」
「わかった、わかった。で、何言われたんだ?」
「祝いにブウサギを一匹、分けてやろう、って」
「宴のメインディッシュは、ブウサギの丸焼きか」
それより、チキンの丸焼きのほうがいいな。
真剣な顔つきで呟くノアに、ノエルが目を丸くし、眉を吊り上げた。
「そんなことしたら、泣いちゃうかもしれませんよ、ピオニー陛下」
「いいんじゃないか、別に」
「ノアさん!」
「…冗談だって」
もう、とノエルが右手を伸ばし、ノアの頬を抓った。いてて、とノアがたじろぎ、謝る。
一瞬、二人の視線が交差し、どちらともなく、笑い出した。
「…嬉しいですね」
「ん?」
「たくさんの人に、祝われてるんだなぁ、ってことが」
青く広がる海を背景に、ふんわりと穏やかな笑みを顔に乗せるノエルに、ノアは目を細めた。
金色の髪が日の光を弾き、さらさら揺れている。
ああ、と吐息がノアの口から漏れた。
「本当、幸せ者だな、俺たちは」
「ええ、きっと世界一、幸せ者です」
「うん、そうだな」
ここまで本当に長かった。何度、絶望に負けそうになっただろう。
それでも、繰り返して、繰り返して──やっと、辿りついた、手に入れた幸せ。
手に入れた、『陽だまり』。
この『陽だまり』で、自分は幸せになるのだ。なれるのだ。
これ以上の幸せなど、きっと他にない。
「ノエル」
ノアは繋いでいるノエルの左手を、引き上げた。
きょとん、と首を傾ぐノエルに小さく笑い、ノエルの薬指にチュッ、と口付ける。途端に赤く染まる、ノエルの頬に、小さく笑う。
「アルビオールの教習を終えて、シェリダンに帰ったらさ、まずはイエモンさんに言わないとな。ノエルを俺にください、って」
「おじいちゃん、きっと、何を今更って言うと思いますよ」
「言われそうだよなぁ。もしくは、そういう台詞はロケットの一つでも作ってから言え!とかな。…何年掛かるんだっつうの」
そんなに待ちきれるわけ、ねぇし。
深いため息を吐くノアに、ノエルがくすくす笑って、そんなことになったら、とノアに続けた。
「駆け落ちでも、しちゃいましょうか」
「どこに?」
「ダアトとかどうですか?」
「アッシュもイオンと一緒にいるの楽しいみたいだしな。三人でイオンの厄介になるか」
「ふふ、それも楽しそうですね。ピオニー陛下が、マルクトに来い!って言い出しそうですけど」
「それはちょっとなぁ。俺、ブウサギの世話係はちょっと」
何ですか、それ、とノエルが笑う。
はは、と曖昧に笑い、ノアはノエルの左手をそっと撫でた。
ノエルが唇を寄せ、ノアの左手の薬指に軽くキスを落とした。お返しです、と悪戯めいた笑みを零すノエルに、ノアの頬が朱に染まる。
それを誤魔化すように頬を掻けば、ノエルの笑みが深まった。
「兄さんやアッシュさんにも、言わなくちゃですね」
「あいつらの方が後だったら、連絡したとたん、すっ飛んで帰って来そうだよな」
アルビオールの最高速度で帰ってきますね。
呟くノエルに、間違いないな、とノアは苦笑する。ギンジのことだ、アッシュが冷や汗を流すくらいのスピードを出して帰ってくるに違いない。
そして、ノエルと自分とを抱きしめ、おいおい泣くはずだ。
よかったなぁ、ノエル!よかったなぁ、ノア!
そんなことを叫びながら、泣くはずだ。アッシュも、喜んでくれるだろう。
足元に落ちていた貝殻を避けながら、ノアはノエルの手を握る手に力を込めた。
ノエルもまた、きゅ、と握り返してくる。その確かな強さが、嬉しかった。
ノエルの自分への想いの表れのようで、擽ったかった。
「もう一回、言わせてくれるか、ノエル」
「何度でも、聞きたいです」
ザザーン…。
緩やかに打ち寄せる波の音に耳を澄ませながら、ノアは息を深く吐き出し、深く吸い込んだ。
ノエルの左手をしっかと握り、薬指に目を落とす。紺碧の目が、幸せそうに緩む。
それから、ふ、とノエルへと向けられた顔には、緊張を帯びた真剣な色が浮かんでいた。真っ直ぐにノエルの目を覗き込む。
ノエルも真っ直ぐにノアの目を見つめ返してきた。
「これから先、死ぬまで、いや、死んでも、ずっと一緒にいて欲しい。俺と幸せになって欲しい。──結婚しよう、ノエル」
以前にも、一度、告げた言葉だった。
今、ノエルの左手の薬指に嵌まる、ローズクォーツが煌く銀色の指輪を贈ったときに。
そして、返事も既にもらっていた。
ノエルがゆっくりと瞬き、穏やかな愛情のこもる眼差しを、ノアへと注いだ。ノアの心に、じんわりと温かな火が灯る。
「幸せになりましょうね、ノアさん」
「ああ」
黒髪をさら、と海風に靡かせながら、ノアはノエルを強く抱きしめた。ノエルもノアの背に腕を回し、抱きしめ返してくる。
愛しさで、胸が詰まる。
「って、うわっ」
「きゃっ」
そんな二人の足元を、少しずつ、満ち始めていた海が手を伸ばし、ざばりと濡らした。引っ込んでいく波がまた寄ってくる前にと、慌てて、後ずさる。
「濡れちゃったな、ノエル」
「濡れちゃいましたね、ノアさん」
波に濡れた靴を見下ろし──ぷっ、と二人揃って、ノアたちは噴出した。
「脱いじゃいましょうか、靴」
「そうだな、脱いじまおうぜ」
ポイポイッ。
靴を放り落とし、ノアはノエルの手をしっかりと掴み、波の中へとざぶん、と足を突っ込んだ。
日の光で温まった海の水は、裸足の足を気持ちよく洗っていった。
END